二十九話:隠者のユウはやっぱり隠居が出来ない
ここから第二章です。
一年ぶりにポートローカルに帰還した。久々に門から入ろうとしたが時間が掛かった。街道が西まで整備されたおかげで最近はポートローカルを中継地として訪れる商人も増えたのだろう。
町に入れば殆ど変わっていない景色が広がる。行き交う人々、出店、住宅の数々・・・どれもがあまり変わっていない。覚えている道を通ってこの世界の実家となっている湖のさざなみ亭に到着。久々過ぎて扉を開けるのに躊躇し、深呼吸をしてからドアノブに手を掛けて中へ入った。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
少し大人に近づいて髪も伸びたエリーと、舌足らずが治り成長したメリーが出迎えてくれた。彼女たちが俺に気付くと、言い方を変えた。
「ああ、ユウさん! おかえりなさい」
「おかえりなさい!」
「・・・ただいま」
頭を撫でてやり、店内を見渡す。今は時間的に客が来ないとはいえ、誰もおらず閑散としている。ミハイル一行も見当たらない。
奥のカウンターへ行って座ると、店主のルナさんが目の前に来た。彼女は変わらずだが、初めて会った時と比べると、随分と充実した顔つきになっているのに気付いた。
「おかえりユウ、一年ぶりくらいか?」
「ですね。西の新しい国、ドラゴンズトゥームを任せられるようになったから帰って来た」
「そっか。お疲れ様・・・と言いたいけど、たまには顔を出しにきても、罰は当たらないんじゃないか?」
「すまん。向こうでは多忙でな、その余裕が無かった」
実際、町中の些細な喧嘩の仲裁から地域全体に関わる戦争の回避の為に各国を走り回ったこともあった。その甲斐あって、小規模な戦いや反乱程度で済み、各国との友好条約締結まで漕ぎつけた。政治的な不穏分子もほぼ排除したことで、何も無ければ恐らく向こう二十年くらいは平穏でいられるだろう。
「・・・まぁいいさ。噂を聞く限り本当だろうしね。それで、飯はどうする?」
「朝は向こうで食べて来た。昼はもらおう」
「ん。ところでユウ、あんたがいない間にこっちでは色々とあったよ。まぁ詳しいことはそれぞれ会って聞きな。ただ、みんな元気にしていたよ」
「そうか。元気にしてたか」
酒でも貰おうかと何か言おうとして、宿の扉が勢いよく開かれて誰かが慌ただしく入って来たみたいだった。
「ルナさん、いますか!」
エリーとメリーの挨拶も待たずに出た言葉に、ルナさんは溜息一つ吐いて答えた。
「・・・慌てずともいるよ」
彼女がほっとしたのも一瞬、目が合った瞬間に指をさして来た。
「あ、あ・・・ユウさん! 帰って来ていたんですね」
彼女、冒険者ギルドの受付をしているナナが近づいてきて隣に座った。
「やあナナさん、久しぶり。店主に何か用で?」
「そうですね。ルナさん、湖のさざなみ亭に指名依頼が来ましたので、こちらに伺いました」
「へぇ、聞こうじゃない」
ナナさんが提げているバッグから一枚の紙を取り出してテーブルに置いて見せながら説明を始めた。
「レイクンド公国の王立騎士魔術学園から、湖のさざなみ亭所属の冒険者へ、学生の実習訓練の監督兼護衛をお願いしたいと依頼がありました」
ルナさんが首を傾げた。
「おかしいね。うちの冒険者がご立派な学園に関わった話は聞いてないよ。指名間違いじゃないのかい?」
「そう思われても仕方ありません。同封されていた手紙があります。見てください」
取り出したもう一枚の紙には簡潔にこう書かれていた。
『隠者のユウ、又はその仲間は優れた力を持っていると認識しており、私、宮廷魔術師のミシェル・アルバレスト・サーシェス侯爵夫人が今回の依頼に推薦しました』
「・・・領主様のご婦人か。いい迷惑だわ、全く」
そして二人揃って俺を見つめた。どうやら俺の責任だと思われているらしい。
「行けと?」
「ああ、そうさ。ナナ、依頼のランクと条件、場所、参加人数、日数と報酬は?」
「依頼のランクはC、参加条件はCランク以上、もしくは隠者のユウが推薦する人物。場所は王立学園、参加人数は一人から最大六人まで。依頼受付期日は今日から数えて三日後まで。拘束期間は三日から五日ほどですね。報酬は大金貨六枚とし、参加者が複数人の場合は山分けだそうです」
「うん、まぁ少し安いけど依頼難易度を考えると悪くないね」
「ユウさん、受けて頂けますか?」
「まぁ、受けるには受けるけど・・・独りは面倒だから誰か誘ってもいいか?」
「はい、構いませんよ」
「よし、なら呼んでくる」
立ち上がってテレポートでヘクトル帝国へ移動する。
相も変わらず他の建物とは異彩を放つ『喫茶:兎の休憩所』のデフォルメされたウサギを眺め、なんとなく看板の本日のオススメを見てから中に入った。
ウサギの耳と尻尾を付けたメイド風のウェイトレスが一斉に「いらっしゃいませー」と声を掛けて来る。そして一番近くにいた女性が近づいて来た。
「おひとり様ですか?」
「ああ、でも別の用事で来た。イナハはいるか?」
「イナハさんですか? 今ここにおられますよ」
「なら、案内してくれ」
「こちらです」
彼女は少し緊張しつつも案内してくれた。一番奥のテーブルの上には少量ずつで多種類の食事が載っていて、それをゆっくりと楽しみながら食べているイナハが座っていた。相変わらずのバニースーツの格好をしており、貧相な体型は一年経っても変わっていない。髪は少し伸びたようだ。
「イナハさん、お客さんです」
「ん? ああ、ユウじゃん。久しぶり」
「どうも」
対面に座る。ウェイトレスは一礼すると離れていった。
久々の再開で嬉しそうにしていたイナハは、すぐに嫌な顔をした。
「・・・また面倒なことでも頼みに来たの?」
「面倒かどうかは知らんが、頼みたいことがある」
「お断りします」
即答され、俺は肩を竦めた。
「・・・まだ説明していない」
「いらない。頼みは聞かないから」
「そうかい・・・レイクンド公国の王立騎士魔術学園から学生の実習訓練の監督兼護衛の依頼が来た。独りは寂しいから頼みに来たんだ」
「いや、私は受けないよ?」
「どうせ暇だろ?」
この一言が刺さったのか、彼女は食べようとしていたアップルパイを落とした。
「・・・私、こう見えて忙しいんだけど」
「そうか。引き受けてくれるか」
彼女が食事の手を完全に止めて俺を睨んだ。何かやりたげだが、ここは店内で今は食事中。相手は同等以上の強さで迂闊なことは出来ない。状況的不利を悟っている彼女は、数秒の睨んだ末に根負けして溜息を吐いた。
「分かった。参りました私の負け。手伝えばいいんでしょ?」
「では、少ししたら呼びに来る」
「呼ばなくていいよ。こっちから行く」
「分かった。明日の朝に出発する。来なかったら適当に誰かを人質にするからそのつもりで」
「来るから、私の日常を壊さないで」
仲間を一人確保した俺は、悠々とした気持ちで転移して湖のさざなみ亭に戻る。あと一人か二人欲しいと思っていると、テーブル席に座っている変身魔法で人間状態のミホとジークフリートに目が留まった。さっきまでいなかったことを考えると、行き違いになったのだと結論付け、俺は二人の座る席に近寄った。
「どうも」
「ユウか。久しぶりやな。一年ぶりくらいか?」
「ああ、大体それくらいだ。ミホは・・・随分強くなったな」
見ただけで分かる。彼女はジークフリートに及ぶほどの力を身に付けている。分かる人間相手には隠せていないが、向けるべき相手に向ければ威圧だけでどうにか出来てしまうレベルだ。
「せやろ? さっき、ようやく修行が終わったからこうして戻って来たんや」
「修行ねぇ・・・」
どんなことをしてきたのか気になったが、それよりも気になる相手に視線を向ける。
「ところで、ジークフリートがここにいるのは意外だな」
「うちが誘ったんや。独りで暮らすのも暇やろうしな」
「我としては、あと五十年は山奥で暮らしたかったのだがな」
そういうジークフリートの前に、ジョッキに入ったエールと摘みが運ばれて来て、すぐに食べて飲み始めた。隠居する気があるのだろうかと思いつつも、丁度いいので俺は声を掛けることにした。
「なぁお二人さん、ちょっとした仕事をしないか?」
「仕事? それって、冒険者じゃないうちらでも受けられるんか?」
「ああ、今回の指名依頼は俺の推薦があればいいらしい。王立騎士魔術学園の学生の、実習訓練の監督と護衛の仕事だ。拘束期間は数日あるけど、まぁほどほどに難しい依頼だ。詳しくはルナさんに聞いてくれ」
「ほーん、じゃあ受けるわ。ジーク、あんたも手伝ってや」
「・・・ミホがそういうのなら、いいだろう」
興味を示したミホはともかく、生粋のドラゴンであるジークフリートが人間の仕事をするとは、どんな心境の変化なのだろうか。
・・・まさか、美味い酒と飯にありつく為に仕事を始める気か?
有り得る、と思った。長寿でとんでもない能力を持つドラゴンにとって、人間の生活や仕事などは道楽の一環でしかないだろう。そこに親戚の孫のようなミホが頼ってくれば、期待に応えようと思うものだ。
とにかく、仕事仲間が増えた俺は、どうせなら最大人数で行こうと考え、確実にいるであろう当てを訪ねに宿を出た。
大通りを通って鉄の叩く音が聞こえる武器屋兼鍛冶屋のミョルナベの向かい、故エイリーンのお店『しがない魔法薬店』の前に到着した。彼女が経営していた時と同様、中の様子は伺えず、扉を開けて中に入れば、最初にもわっとした熱と湿気と一緒に、青臭さが鼻を突いた。様々な草を煮詰めたような変な香りで、服に臭いが染み付きそうだと思った。
扉を閉め、奥へ行くとすぐにカウンターの後ろでちょこんと座っているレヴィアタンと目が合った。
「・・・ユウか。久しぶりだな。それといらっしゃい」
ゆらりと尻尾が揺れた。表情に出していないが、少し嬉しそうだ。
「どうも。元気か?」
「うむ、見ての通り元気だぞ」
そういっているが、表情が硬くて元気そうには見えない。
「・・・もしかして、暇か?」
「うむ。凄く暇だ」
尻尾がぶんぶん振られている。どうやら本当に暇なようだ。奥から異臭が来ている所から察するに、最近はソフィアに相手をして貰ってないのだろう。
「それは・・・まぁ・・・とにかく、ソフィアはいるか?」
「いるぞ。呼ぼうか?」
「ああ、呼んでくれ」
「分かった。ソフィア~、ユウが来たぞ~」
間の抜けた伸びのある声で呼ぶと、少ししてソフィアがカウンターの奥の部屋から顔を出した。
「ユウ? ああ、久しぶり。今ポーション作りで手が離せないから、要件は手短にお願い」
「それならそっちに行こう」
「いいの? 臭いが染み付くよ?」
「構わんよ」
カウンターの奥の部屋へ移動する。ファンタジーでありがちな大きな鍋がぐつぐつと煮込まれており、周辺の棚には空の小瓶や素材が大量に置かれていた。鍋を覗くと、青色の液体が泡立っていた。所々、灰汁のようなものが浮かんでいる。
「・・・これは?」
「マナポーションの作成途中。あとは灰汁を取って濾して、冷まして小瓶に入れるの」
答えつつ、ソフィアはお玉で灰汁を掬っては捨ててを繰り返す。
邪魔をしちゃ悪いので、俺はいきなり本題から入った。
「仕事の依頼を手伝って欲しい。王立騎士魔術学園から学生の実習訓練の監督兼護衛だ。依頼の参加者に、俺とイナハとミホとジークフリートがいる。どうだ?」
「んーそうね・・・レヴィはどう? 参加したい?」
「うむ、我は暇だから何かしたいぞ」
「じゃあ決まりだね。私たちも参加する。出立の時間は?」
「明日の朝でどうだ?」
「それなら大丈夫」
「分かった。では・・・」
帰ろうとしたところで、俺は事前準備としてこの店のポーションを買っていくことに決めた。
「あーレヴィ、この店のポーション、全部買いたい」
「毎度あり!」
「補充したばっかりだから全部は勘弁して。せめて半分!」
「というわけで、店にあるポーションを半分くれ」
「毎度あり!」
てきぱきとポーションを出していき、計算も一瞬で済ませて言われた金額を支払った。
しがない魔法薬店を出て、俺はすぐにミョルナベに入った。一年ぶりにゼーレの手入れをお願いしたいからだ。
扉を開ければ、カウンターでナベッタさんが紙束を手にして睨めっこしていた。
「こんにちは」
「ん、ああ、ユウじゃないか。いらっしゃい。一年ぶりくらいかね」
「ええ、ゼーレの手入れをしてもらいに来ました。ところで、何を見ていたんです?」
「これかい? これは鉱石の注文表さ。どうも最近、北の採石場で問題が起こって原材料が高騰してるんだよ。うちもその煽りを食って、どう工夫したもんかと考えてたんだよ」
「なるほど。それを解決する依頼は、こっちには来ないんですか?」
「同じ国とは言え、別の領内の問題だからね。北の領主様が手に負えないと判断して打診しない限り、他の領は手出し出来ないのさ」
どうもメンツの問題らしい。だが依頼が来ない以上、冒険者として出来ることは無い。特にこちらから言うべきでもないので、俺はこの話題は一旦おいてゼーレを差し出した。
「とにかく、ゼーレの手入れ、お願い出来ますか?」
「ああ、任せな」
ナベッタさんがその場で引き抜いて刃を確認し、嬉し気に言った。
「なんだい、ちゃんと手入れしてるじゃないか。これならすぐに終わるから待ってな」
奥へ引っ込んだので、俺は棚に飾られている武器を見ていく。ゼーレほどではないにしろ、どれもこれも程々に良い武器だ。いやむしろ、人の手で作っているには品質が均一過ぎる気がする。
まさかミョールさんは思った以上の傑人なのではと思っていると、そのミョールさんがナベッタさんと一緒にゼーレを手に戻って来た。
「おう、ユウ。ゼーレの手入れが終わったぞ」
差し出されたので受け取り、引き抜いてみる。自分で手入れした時よりも綺麗に見える。不思議だ。
ミョールさんは息子を自慢するように言う。
「細かい汚れを取って磨き直した。腕がいいから切れ味も全く落ちとらん。他に問題も無い。流石だ!」
「ありがとうございます。これで心置きなく戦える」
「おう、整備で金は取らん。また来いよ」
「はい、ではまた」
ミョールさんとナベッタさんに見送られて店を出た。準備が整った俺は宿に戻った。
夕方ごろになってミハイル一行が帰って来て、俺はその夜、ミハイルたちにここ一年の生活を根掘り葉掘り聞かれることとなった。同時に、俺も彼らから色々と聞いた。様々な依頼をこなし、冒険し、少し前にBランク冒険者になったとか。ソフィアとレヴィアタンに特訓の相手をしてもらい、相応の強さを身に付けたとか。
夜、染み付いた薬草の臭いを取る為に燃えない魔法で強引に衣服を選択した。




