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隠者のユウは隠居ができない  作者: 宮之内誠治
第一章:伝説の始まり
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三話:飯の為にマネジメントをする





 町の塀の傍に到着。塀には等間隔に物見台があり、衛兵だと思われる弓と簡素な防具で武装した人が見張っている。怪しまれないうちに移動し、出入りの門に着いた。朝早くから商人と思われる馬車やら荷物を持った人間、旅人と思われる人間が並んでいる。

 深呼吸し、自分に大丈夫と言い聞かせて最後尾に並ぶ旅人風の人に声を掛けた。

「すいません、ちょっといいですか?」

「はい? なんでしょう」

「この列は、門を潜る為に並んでるので?」

「ええ。そういうあなたは、町に来るのは初めてで?」

「はい、そうなんですよ」

「そうですか。ここに並んでいれば町には入れますよ。ただ、身分証かある程度のお金が必要です。持っていますか?」

「お金なら、それなりにはあります」

「なら、大丈夫でしょう。ある程度と言っても、取られるのはせいぜい銀貨五枚ほどですから」

「銀貨五枚・・・なら大丈夫そうです。ありがとう」

「いえ」

 旅人が前を向いたところで、インベントリを開いてお金を確認する。相変わらず桁が多い。数えるのも嫌になる。ただゴールド表示なので貨幣価値が分からない。念じて詳細を表示させてみると、金貨大小、銀貨大小、銅貨で別れた。金貨が圧倒的な量で、銀貨は少し、銅貨に至っては数百枚しかない。

 ポケットを探る仕草をしながら銀貨を七枚ほど出し、確認する。

 どちらが表か分からないが、花畑の細かい模様と謎の刻印がされていて、多少の傷がある。

 それを握りしめたまま待つこと少し。順番が近づくにつれて緊張は高まり、何度か深呼吸をして脳内シミュレーションを行い、問題なく通過出来ると確信しつつも不安を拭い切れず、順番が回って来てしまった。

 衛兵の一人がクリップボードとペンを手にこちらを向いて声を掛けて来る。

「次の者、こちらへ」

「・・・はい」

「お名前は?」

「あー・・・ユウ、といいます」

「ユウ、ね。身分証になる物はお持ちで?」

「いえ。旅の者で持っていないのですよ」

「へえ。何処から来たんです?」

「お恥ずかしながら・・・あっちこっち放浪していたもので・・・今じゃ故郷が何処か分からないんですよ」

 それを聞いた衛兵は俺の頭から爪先まで一通り見つめた。

「放浪していたにしては・・・随分、綺麗好きでいらっしゃる」

「ええ。綺麗好きなので。時々、洗濯しているのですよ。ところで、この門を潜るのに幾ら必要です?」

「小銀貨五枚です」

 俺は両手でポケットを弄って、持っていた銀貨七枚を仕舞い、明確に小銀貨七枚ほど追加でインベントリから出した。さっきとは大きさも重さも違うそれを、確認する振りをしたあとに差し出しながら言う。

「・・・ああ、いいや。どうぞお納めください」

 暫し見つめ合った後、彼はクリップボードを差し出したので音を出さないように置いてやる。すると数を数える振りをして、素早く小銀貨二枚をクリップボードを掴む手に移し、残る五枚を纏めてペンを持つ手に集めてベルトに括っている布袋に入れて笑顔で言った。

「確かに銀貨五枚、受け取りました。ようこそ、港町ポートローカルへ」

「どうも」

 他の衛兵たちは興味が無いのか、俺は胸を撫で下ろしつつ門を潜ってポートローカルと呼ばれる港町に入ることが出来た。門に入る人がいれば出て行く人もあり、馬車や人は多い。

 俺はおのぼりさん気分で町のあちこちを見ながら散策する。整えられた石畳の道に、立ち並ぶ密集した住居。時々ある宿屋や飯屋、その他生活サービスを請け負う店の数々。

 門から入ってこれで、町の中心らしい大通りの十字路では市場が開かれていて、多数の出店もある。匂いにお腹が空いているのを自覚して、どの店がいいかと大通りの隅で少し観察してみると、どうやら素早く出来て素早く食べられる、所謂ファーストフードが人気なようだ。時間と状況を判断するに、買っているのは忙しい商人だと分かった。時点で、朝食を作れなかった者が腹に溜まる量が多い料理を買っているのが分かった。

 急ぐこともない俺は、自分の今食べたい料理が売っている出店に足を運んだ。

 年端もいかない少女と、さらに幼い女の子が売り出しているサンドイッチの出店だ。だが、一般的過ぎて人気が無いのか、それとも味がよろしくないのか客はいない。

「いらっしゃいませ!」

「ませ!」

 少女と女の子が来店した俺に言ってくる。俺はこんな少女相手でも緊張している自分に自嘲しつつも、平静を保って言う。

「オススメを、一つ」

「はい、オススメの全種類サンド、小銀貨一枚です」

 ポケットから弄る動作で小銀貨を一枚取り出して渡し、薄い紙に包まれたサンドイッチを受け取る。それから別の店に行き、瓶に入ったただの水を買う。こっちも銀貨一枚した。どうやら携帯できる綺麗な水は結構貴重なようだ。

 また大通りの隅に移動して、買ったサンドイッチを包みから出す。色合いはイイ。だが肉の獣の臭みが取れていない。マズそうと直感的に思った肉を焼いて挟んだだけのサンドイッチを手に取り、食べる。肉自体の味はあっさりしつつ旨味が少しあって程よい弾力がある。だがそれ以上に臭みが台無しにしている。酒や胡椒、油や香草などで臭みを取ったり誤魔化したりが出来ていない。ただ焼いただけ。しかもこの肉、食べたことは無いが牛や豚や鳥じゃない。サンドイッチを分解して肉を見れば、血抜きが上手く出来ておらず、質が低い。

 他のサンドイッチも手に取って分解してみると、葉物野菜の美味しくない部分が入っていたり、料理とも呼べない果物をただ切って挟んだだけのサンドイッチもあった。

 流石の俺もこれには動かざるを得なかった。勿体無いのでサンドイッチは全て食べ、味を覚え、改善点を全て導き出したうえでもう一度少女たちの屋台の前に立った。

「やあ」

「あっ、先ほどはお買い上げ、ありがとうございます!」

「ます!」

「ちょっといいかい?」

 屋台の後ろに回り込むと、少女たちは怖がって後ずさりした。彼女より小さい女の子は彼女に抱きつき、怒られるかも、と恐れている少女は声を震わせながら言った。

「あ、あの・・・何か御用でしょう、か?」

 それに対し、俺は屈んで目線を合わせた。

「ああ、用がある。さっきのサンドイッチを作ったのは誰だ?」

「私と、この子です」

「そうか。ならいい。一旦店を畳め。そして俺に付き合って欲しい。いいか?」

「えっ、あ・・・はい」

 いい子だ。

 内心で彼女たちを褒めながら、理由はともあれ、見知らぬ相手に従ってしまうことを危惧した。

 だからこそ、俺は店を畳み始めた少女に、多少不格好でも声を掛けた。

「自己紹介が遅れた。俺はユウという者で、旅人だ。君たちは?」

「エリーです。この子はメリー」

「じゃあエリー、メリー、店を畳み終えたら、買い物に行こうか」

「はい・・・」

 まだ恐れは残っているようだ。仕方ないことだ。年が近くて同性であれば幾分かマシだろうが、俺は立派なおじさんだ。ここが日本なら犯罪ですぐ通報される事案だろう。

 店を畳み終えたエリーは、俺の次の言動を待っているようだったので、俺は聞きたいことを訊ねる。

「エリー、一つ訊ねたい。調味料は何処で売っている?」

「チョーミリョウ、ですか?」

 首を傾げる。もしかして調味料という概念を持っていないのだろうか。

 言い方を変える。

「塩、或いはソルト、あとハーブとか香草、胡椒とかそういうものを売っている店はないか?」

「あ、塩なら売ってるお店があります」

「案内してくれ」

「こっちです」

「こっち!」

 エリーが歩き出し、メリーが俺の指を掴んでエリーの行く方向へ引っ張ってくれる。

 人ごみを掛け分けながら進み、人の通りが少なくなって辿り着いたのは草の絵柄が特徴的な一軒の店だった。

 エリーが扉を開けると、扉の仕掛けの呼び鈴が鳴る。

「・・・いらっしゃい」

 整った髭が特徴の男店主が、椅子に座って本を手に紙煙草を吸って店内を煙たくしながら目を合わせずに声を掛けた。

 ピクリ、と俺の片眉が動く。子供の健康に悪い環境にストレスを抱く自分がいることを自覚しつつ、店内を見渡す。店内は様々な香草や調味料になる材料が麻袋に入った状態で棚に置かれていて、棚にはそれぞれ名前が記されている。幾つか知らない調味料もあるが、パッと見で塩とバジルは見つかった。

 ただ売買の形式が分からず、店主に声を掛ける。

「すいません、ちょっといいですか?」

「はい? なんでしょうか?」

 めんどくさそうに、煙草も口から離さず目も合わせない状態に、良からぬ考えが浮かんだが、踏み止まる。

 ・・・盗みは良くない。

「・・・塩とバジル、胡椒、辛子は売っていますか? あと買い方はどのような形式で?」

「塩、バジル、胡椒、辛子、全部揃ってるよ。ただ、胡椒と辛子は遠方から輸入しているので高いよ。売買の形式は分量制。単価は値札に書いてるんで、グラムか、或いは何人分使うか言ってくれればこちらで計算して値段を言いますので、どうぞじっくりしていってください。ああ、匂いを嗅ぐのなら無料ですよ。質問があれば声を掛けてくださいね」

 俺の悪意は何処へやら。態度は悪くとも有能という言葉がピタリと当て嵌まってしまう男主人を前に、俺は気に入ってしまった。ただ、それはそれで言いたいことは言う。

「説明どうも。ただこれだけは言わせてくれ。あなたの態度と、その口にしている奴、この店じゃ機会損失になるよ」

 言い終わるや否や、男主人は煙草を口から離して立ち上がり、しっかりと俺を見て言った。

「そいつはどうも。今まで殿様商売だったからそう言ってくれる人間は久々だ。俺はピーター・ドラッカー。薬学と栄養学を研究している学者で、今は調味料、香草、薬味、薬物を取り扱う店主だ。あんたは?」

「ユウ、と名乗ってる。ちょっと遠くから来た旅人だ。今はこの子たちの店のクソ不味いサンドイッチの改善をしようとしてる」

「ほお・・・サンドイッチか・・・俺も好きだ。メニューを教えてくれ。ここにある物で見繕ってやる」

 俺が言うわけにもいかず、傍にいるエリーの背中を押して前に立たせる。

「えっと・・・ウルフの肉のサンドイッチ、葉物野菜のサンドイッチ、根野菜を炒めたサンドイッチ、卵を使ったサンドイッチ、魚を使ったサンドイッチ、全部を一つずつ纏めた全種類サンドイッチです」

「ふむ・・・塩に胡椒、各種香草、辛子、俺独自の複合調味料、梅肉、白ワイン、植物油、小麦、マスタード、バター、お酢・・・必要なのはこれぐらいだと思うが、あんたはどう思う」

「完璧だよ。全部欲しい。金なら出す」

「いい返事だが、残念ながら白ワインと植物油と小麦、バターは取り扱っていない。お酢なら俺が作った物がある」

 店の奥へ引っ込んだかと思うと、すぐに蓋がされた壺を抱えて戻って来た。

「こいつだ。身震いするほどの酸味がある。ほら、飲んでみろ」

 お玉で小皿に救われた薄い黄色味を帯びた液体の小皿を手に持ち、手で仰いで嗅いでみる。確かなお酢の香りだが、かなり強い。

 飲んでみれば、口が、喉が、鼻が、お酢という単一の液体の匂いと酸味によって支配され、飲み込んで胃に落とし込んでも後味が残った。

 味わうように深呼吸を行い、酸っぱくて可愛らしくジタバタしているエリーとメリーを余所にニヤついた笑顔を見せながら感想を述べる。

「美味い。必要なものはここで全部買う」

「毎度あり」

 通じ合ったのか同じようなニヤついた笑みを浮かべた店主は、わざわざ煙草の火を消してカウンターから身を乗り出して出来るだけ視線を合わせるようにして言った。

「お嬢さん、名前は?」

「あっ、エリーです。こっちはメリー」

「そうか。じゃあエリー、メリー。君たちは一日に何人分のサンドイッチを売るつもりだい?」

「えっと・・・」

 とエリーは指を使って数え始める。一桁だったら足りないし、最低でも十桁単位だろう。

 答えが出たエリーは口にする。

「十人です!」

 思わずお笑い芸人みたいにズッコケそうになった。

 店主もそれには苦笑した。

「十人は少な過ぎる。百人の売り上げを想定しよう。君たちは百人に売れるほどの最高のサンドイッチを作るように。暇が出来たらピーターおじさんが買いに行くから、取っておいてくれるかい?」

「はい!」

「よし! じゃあ品を揃えて会計するから、ちょっと待っててくれ」

 こうして俺は、白ワインと植物油と小麦とバター以外の調味料や薬味を全て手に入れた。金額にして言えば小金貨が十数枚飛んだが、最高に美味いサンドイッチを彼女たちから買う為には必要経費だろう。出された大量の荷物は、全てインベントリに入れた。ここまで来て隠し通すことはできないので、エリー、メリー、店主のピーターに見られたが気にしない。

 その後、酒屋で料理に使える白ワインを入手し、油屋で植物油を、小麦粉とバターをそれぞれ露店で買った。次に明日の具材を買いに、彼女たちが買い物をしたという肉屋や露店の野菜を避けて別の店でちゃんとした肉と野菜を買い、最後に幾つかフルーツを大量購入して彼女たちが暮らしている住宅に向かった。



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