二十五話:魔王討伐
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・・・いよいよや。
外せもしない呪いのドラゴン装備一式で魔物娘みたいな恰好で町に入れず、さ迷い歩いて空腹で倒れ、ドラゴンのジークフリートに拾われて、転生者のユウと出会って、変身魔法で元の自分の姿を再現して街で過ごし始めて、絶望していた自分の第二の人生がトントン拍子で良くなってきている。今回の魔王討伐でこの国の王に顔を覚えて貰えば、立場はさらに良くなることは間違いない。
私の相手はジークフリートの仲間のドラゴンたちが戦った黄金の鎧の男だ。話によれば、あらゆる攻撃が効かない頑丈さを持ち、接近戦を挑んだドラゴンの膂力と同等以上の力を持っているそうだ。私の与えられた役割はそんな彼を相手取って時間稼ぎをすることだ。
・・・別に、倒してしまってもかまへんのやろう?
誰に言うでもなく、心の中で呟く。
フロアで準備が整った私たちが待っていると、遅れて食事を摂っていたユウが支度を終えて口を開いた。
「それでは魔王討伐に向かう。まずは俺が転移して周辺確認する。あとでゲートを開いて来てもらう。いいか?」
私たちは頷くと、ユウは予備動作も無しに転移して消えた。正直、彼と戦って勝てる気が全くしない。初めて会った時とは比べ物にならないくらいに目が研ぎ澄まされていて、誰もが強いと確信するほどだ。
水でも飲みながら待とうかと考え出す微妙な時間が経った時、客がいた時のことを考えていないフロアの真ん中に女神様と同じゲートが出現した。ひょこっと顔を出したユウが、生首の状態から言った。
「来ていいぞ。ただし、気を引き締めてな」
私たちがゲートを通った先は陽が出ているのに薄暗い森の中。だがそれよりも気になったのは傍にある、首のないドラゴンの死体だ。目立った傷もなく斬り後は鋭い。
「徘徊していたドラゴンだ。ジーフリートには悪いが、邪魔をする奴は始末する」
「遠慮せずやってくれて構わん」
「ジーク、同胞やろ? 随分と冷たいな」
「ミホ、ドラゴンの敗北は死を意味する。気にするな」
そうは言うても・・・。
言いたいことはあるが、今この場にいる誰かに言ったところで似たような返答しかないことも理解しており、黙ることしかできなかった。
ユウが先導して森を抜けた先には、暗雲渦巻きファンタジーなゲームの最終ダンクリス的な雰囲気を醸し出す城と町が見えた。空中では複数のドラゴンやワイバーン、大型の猛禽類が飛んでおり、地上では魔物やアンデットが徘徊している。
「さて、始める前に・・・」
ユウがソフトボールほどの大きさの石ころを取り出したかと思うと、人間離れした遠投を行った。私のドラゴンの目で追うと、その石ころは城のてっぺんよりも高く飛び、丁度真ん中あたりで制止して光り出し、薄い膜が巨大な半円形のドームを形成して自分たちのいる場所までを内に入れた。
「転移を探知する結界を作った。ジークフリート、城にブレスか何かを撃ってくれるか?」
「任せろ」
ジークフリートがドラゴンの姿に戻って高く飛び立つ。
「これで全てが終わればそれで良し。防がれたら結界の傍までゲートを開いて突入する」
ユウはそう言って剣を構えた。他の者もそれに倣って武器を構えて身構える。私も変身魔法を解いて突入に備えた。
頭上にいるジークフリートが今まで見たこともない火力のブレスを吐いた。畏怖すら覚える真っ直ぐなブレスは光線として瞬時に城に飛んでいき、町の結界をぶち抜いて破壊し、城の結界に阻まれて拡散し、町中や周辺に降り注いで小爆発を起こした。
「行くぞ!」
気合の入った声を上げたユウがゲートを開いて突入した。ユウに続いてイナハ、私、ソフィア、レヴィアタンが突入する。
突入した先では、既にユウが数体のアンデットと魔物を切り伏せて先を走り、イナハも走る先にいる相手の首を大きな鎌で刈り取っていた。ソフィアはシューティングゲームのように走りながら展開した二つの魔法の玉と小さな杖から弾丸を撃ち出して倒している。私も負けじと走りながら蹴ったり殴ったりして倒しながら進む。レヴィアタンも同じだ。
城に施されている結界の手前に来た時、ユウが剣に魔法を纏わせて切り込みを入れ、殴って結界の一部に穴を開けた。そこにすかさずソフィアが魔法を展開して結界の修復を阻止し、イナハ、私、レヴィアタンと内部に侵入して最後にソフィアが入って来た。
無事に全員が城に侵入した時、ユウが何かを察知して立ち止まった。
「ソフィア、イナハ。相手のうち、エイリーンとジュン、多数の魔物とアンデットが転移した。行き先はポートローカル、レイクンド城。結界を張ってあるから恐らく外にいる。対処を頼む」
素早く二人の前にゲートが作られ、二人は躊躇せず飛び込んでいった。ゲートを閉じたユウは内部に走って行くので、私たちも続く。
だが、まるでもぬけの殻のようにアンデットも魔物もいない。罠か、それとも魔王という奴は余程の自信家か、判断を仰ぐ。
「なぁ、ユウ。なんもおらんけどこれって罠か?」
「違う。俺らが来ることを前提として、侵略と報復攻撃に注力しているだけだ」
断言する彼にどうしてそう言い切れるのか聞いてみたかったが、止めた。
城の内部を突き進んで、大きな扉の前の通路で私たちは立ち止まった。黄金の鎧の男、転生者のヘクターが足を広げ腕を組んで扉の前に立っていた。
「やはり来たか」
腕を組むのを止めてヘクターは盾を構え剣を引き抜いた。盾も剣も金色に輝いていて眩しい。
「さぁ来い。俺を倒せなければ、魔王への道は開けないぞ」
やる気満々の相手を前にして、ユウは私に振り返った。
「ミホ、ここは頼んでいいか?」
「ええで」
「我は?」
「レヴィアタンは・・・好きにすればいい」
「むむ・・・ならば、我もここで戦おう」
「行かせんぞ、隠者の――うおっ!」
立ちはだかるヘクターに対してユウは真横に転移し、まるで大きな障害物を退けるように蹴って横に倒してさっさと扉の奥へ行った。
起き上がったヘクターは一息吐いて兜の奥の視線を私に向けて言った。
「・・・なぁ、彼なら魔王に勝てると思うか?」
「知らんがな」
反射的に返し、少し考えてみて言い直す。
「・・・まぁ、勝てるんちゃう?」
「そうか。なら、俺の言い訳の為、或いは暇潰しに付き合ってもらうぞ」
ヘクターが再び構えた。どうやらどちらが勝っても名分が立つように戦うつもりらしく、自棄か覚悟か、明確な殺意を感じた。私は奥の手を使うことを考え、レヴィアタンの肩を掴んで視線を合わせて言った。
「なぁレヴィ。ジークの助けに行ってくれへんか?」
「む? 我がいなくてもいいのか?」
「ああ、うちは大丈夫や。それにジークは今、外で沢山の相手を一人でしとる。一番負担が大きいのはジークや。だから頼む」
「うむ、確かにそうだな。分かった。我はジークを助けに行く」
「頼むで」
レヴィアタンが走って行くのを見送り、ヘクターに向き直って構え、先手必勝で勢いよく踏み込んで硬い床の一部を凹ましながら瞬時に距離を詰めた。反応されて盾を前に突き出され、視界を隠されたうえで彼が一歩踏み込むのが見えた私は盾を素早く外から掴んで内向きに引っ張って振るわれる剣を止めさせた。そのまま盾を両手で掴んで腕をねじ切ってやろうとしたがびくともせず、逆に引き込まれて上から振るわれる剣が見えて一旦離れた。
「オッサン、強いなぁ」
「俺はまだ二十歳だ」
剣が強く光って振るわれたと思ったら、光の斬撃が飛んできて避ける。お返しにブレスを吐いて燃やしてやるが、まるで意に介さないように炎の中を歩いて近づいて来た。
「この黄金の鎧はあらゆるものを防ぎ、この黄金の盾はさらに堅牢。黄金の剣は決して折れはせず、気合で溜め込んだ力を放つことが出来る。この俺に、半端な攻撃は通用せず、半端な防御は意味を成さない」
喋るだけ喋って剣の届く距離で止まって、わざと盾と剣を外に向けてきた。
「やってみるがいい」
「・・・」
転生者のチート装備だけあって相当な自身のようだ。私はその自信を砕いてやるべく、腕に力を込めて殴り、脚に勢いを乗せて蹴ったりしたがビクともしない。踏ん張っているようには見えるが、衝撃すら防ぎきっているのか一歩も後ろに下がらない。改めて、不意打ちとはいえヘクターを蹴り倒したユウの異常さを認識し、彼なら魔王を倒してしまうだろうと思った。同時に、同じ転生者でこうも実力に差が出来てしまっていることに羨望と悔しさを覚えた。
「かったいなぁ」
呟きつつも最後に首に重い蹴りを入れてみるが、やはりビクともしない。どうやら自分の人間としての実力ではこれが限界のようだ。
「・・・攻守交代だ」
彼も私の手が止まったことで次はこっちの番だと動き出した。鎧を着込んでいるにもかかわらず速い動きに反応が遅れて盾で殴られる。力もあって硬くて痛い。続けて剣が振るわれ、思わず腕で防ぐと鱗ごと切れた。
「ぐう・・・」
斬られた箇所を触って確かめて傷が浅いことを認識した私は、盾と剣を交互に使った攻撃を防いだり腕で受け流したりした。彼も戦い慣れているだけあって、何度か姿勢を崩されて顔に盾で殴られて口の中を切ったり鼻血を出したり、盾の淵をぶつけられて切れたりした。剣でも胸の鱗ごと切られたり鱗の覆われていない腹や大腿部を切られた。気付けば全身傷だらけで痛みと熱が酷い。血も流れ、私の中の衝動は膨れ上がりつつあった。
攻撃されっぱなしなのも嫌なので、私は彼の動きに慣れた目で剣を片手で受け止め、盾も正面から受け止める。掌が切れるのも構わず強く掴んで持ち上げ壁にぶつけ、反対の壁にぶつけ、またぶつけて最大火力のブレスを至近距離で一点集中してぶつける。
「無駄だ!」
カレは頭突きをしてきたが、キにせずブレスを吐き続ける。背後の壁が熱に溶けだし、穴が開き出しタ。
・・・ウチは、カッテしまっても、構へんヤろウ?
ブレスをハき終え、カレのズツキに合わせて頭突きを返しタ。額からチがナガレて、ウチのアタマのナニカがプツリとキレタ。
・・・エエヨナ、ウチノナカノドラゴンノチカラ。ミセタル!
「クハハ・・・ハハハ、アハハハハハ!」
チカラが込み上げて、ワライが止まラナイ。キズがイエル。チカラがアフレ出す。トマラナイ。
剣をハジキ、盾をウケトメ、カレをオシ出してフきトばす。驚クコエが聞こえル。踏みコンデチカヅき、タオレていルカレを殴ル。
ユカがコワレテ落ちテいク。アトをヲッテサラニ蹴リ落トス。
マダダ、マダ・・・!
ナグッテなぐってナグッテ殴ッテ・・・ナグリツヅケテ、ブレスをハイタ。
ジメンがトケタ。ヒノウミマグマ。アタタカイ。温カイ・・・アタタかい。
カレが動かない。動いてイナイ。沈んでル。オこす。チカラない。
タベル・・・違ウ。支エないト・・・食べチャダメ。支えるんだ。ヒトは・・・食べちゃいけナイ。いけないんだ!
私は・・・人間だ!
「フフ・・・戻って来れた」
ドラゴンの力に引っ張られていたが、なんとか、人間として残っていた理性で復帰した。力を使ったせいで息は荒く鼓動は早い。極端な疲労もあるがそれよりも彼の安否が心配で口元に耳を近づけて息がしているのを確認した私は、安堵の息を吐いて支え起こして地下深くまで落ちたその場から飛んで上がり、適当な客間に入ってベッドに寝かせ、自分もそのまま倒れるように横になった。
「・・・ユウ、やったで」
強引でも勝てたことに喜びを抱きつつ、私は眠りに落ちた。
***
・・・ここは、レイクンド城下の町の外か。
地上には多数の元人間だと思われる魔物たちが門の衛兵たちと戦っており、空では多数のドラゴンやワイバーン、猛禽類が侵入しようとして結界に阻まれていた。そして最も強そうなドラゴンの背に、人間が一人乗っているのが見えた。さながら竜騎士だ。
「ドラゴン退治・・・私も、行くところまで来たってことかな」
大鎌を構えて足に力を込め、人間の範疇を越えた大跳躍をした。調整もぴったりで人間が騎乗しているドラゴンの少し上に到達した私は振り下ろす態勢に入る。そこでドラゴンの鋭い目がギロリと私を捉え、回避行動を取りながらブレスを吐いて来た。
私は空中で魔法の陣を形成して再度跳んで避け、標的を別のドラゴンに変えて首を刎ねた。
狩れる。でも、数が多い。なら・・・。
一旦地上に降りて、私はバニー装備の専用召喚獣を呼び出す。二匹、名前はシロウサとクロウサだ。
シロウサは真っ白な毛に真っ赤な瞳で垂れ耳。戦闘形態の為にそのまま人間へと変身すると、真っ白な整った長髪で赤い瞳の垂れ耳が特徴な白いバニーガールになる。持っている得物は巨大な杵だ。恥ずかしがり屋だからか、もじもじしている。
クロウサは真っ黒な毛に青い瞳で立ち耳。シロウサと同様に人間へと変身すると、髪が黒く青い瞳で立ち耳の黒いバニーガールとになる。顔や体型は瓜二つだ。持っている得物は大鎌だ。こっちは自信家だからか、仁王立ちだ。
「シロウサ、クロウサ、雑魚はお願い!」
「は、はい!」
「おう!」
二匹は動く。彼女たちの強さは私と連動している。つまり、強さは私と同じだ。
シロウサは恥ずかしがり屋なだけで、戦いは苛烈だ。私でも空中での連続跳躍は疲れるのに、平然と猛禽類を次々と叩き落していく。
クロウサは私と似た戦いで次々と首を刎ねていく。
私も動き、転生者が騎乗しているドラゴンに向かってウサギの形をした雷撃弾を複数隙無く撃つが、ドラゴンはそれらを読み切ったか、はたまた騎乗しているジュンという転生者のテイマーが切れ者か、回避に専念して全て避けられた。
だが、それでいい。指揮をしているジュンが他のドラゴンやワイバーンなどに指示を送れていないせいで、シロウサとクロウサが次々とワイバーンや猛禽類を地上へ落としていく。
距離を離して体勢を立て直したテイマーがドラゴンのブレスに合わせて弓で狙撃してきたが、想定していた私は難なく回避して思念でシロウサとクロウサに雑魚の攻撃を止めさせて左右から攻撃させるが、テイマーとドラゴンが一心同体とでもいうような動きで左右それぞれ完璧なタイミングで対処して攻撃できず、跳んで急接近した私の動きも見切って飛び退かれながらブレスを吐かれ、避けたと思ったら尻尾を叩きつけられた。
吹き飛ばされた私が立ち上がって態勢を整えている間に、ジュンはインベントリから大量の宝石を両手一杯に取り出したかと思うと放り投げた。一瞬光り輝いたと思えば、次から次へと様々な種類の魔物が出て来た。追加のドラゴン数体、ドラゴン並みの巨大な怪鳥数体、大型のワーム数体、大トカゲ数体、大型の熊や狼やネコ科の動物数体、色とりどりのスライム複数、魔法を扱える妖精たち、巨大な甲殻類。その全てが敵意を全開にして私を睨みつけている。
そんな中で彼が弓を構え矢を引きながら声を掛けて来た。
「この子たちはさっきの即席のテイムとは違うよ。魔王様に忠誠を誓うなら、命までは取らない」
私は鼻で笑ってやる。
「ハッ、この程度の数、私は冒険者として何度も戦ったことがある。首狩り兎のイナハと呼ばれた実力、見せてあげる!」
私は蝶ネクタイを裏返して白いバニーガールへと変身する。黒いバニースーツが物理的な戦闘特化なら、白いバニースーツは魔法特化の形態だ。得物の杵は杖と同じ役割で魔法の威力を増幅させ、さらに相手の魔法防御や耐性をものともしない特殊攻撃用だ。
まずは数を減らさないと・・・。
私は杵に魔力を可能な限り込めて振り上げる。私のやることを察知したシロウサとクロウサが傍に来て守るように魔法の障壁を展開したのを確認してから大きく地面に振り被った。
轟音と共に私の周辺の地面が一瞬にして大きなクレーターとなり、ジュンが出した魔物たちの足元から刺々しい岩が大量に突き出て空を飛べない魔物以外は死ぬか負傷して動けなくなった。
成果は上々だが代償として莫大な魔力の消費で一気に疲労感が襲ってくる。
付き合いの長いシロウサとクロウサが心配そうに見つめてくる。
「ご主人様、無理しないでください」
「そうだぜ、あたしらならあの程度、軽く倒せた」
「ありがとう。でもあなた達が傷つくのは見たくないから」
気に掛けてくれる二匹に感謝しつつ、滲み出る汗を拭う。長期戦は出来ないと踏んだ私は、杵に再び魔力を込める。
先ほどの攻撃で大半の魔物を失ったジュンは、何としても止めようと残っているドラゴン数体とワイバーンに指示を出し、全力のブレスを同時に撃ってきた。正面に立ったシロウサとクロウサが魔法の障壁でブレスを防ぐ。かなりの威力があるのか障壁が持ちそうにない。
・・・使いたくなかったけど。
杵に込めた魔力はそのままに、私はもう一匹召喚する。こちらは魔力を使うタイプの召喚だ。兎ではない。因幡の白兎という神話繋がりの鮫で、最も強力な奴だ。
召喚した鮫は即座に正面に回ってドラゴンたちのブレスをその身に受け止めた。ビクともしないその壁のような巨体は、攻撃が止むと即座に反撃へ転じて空中を泳ぎ突撃した。優に二十メートルを超える大きさでありながら、現実ではありえない速度で素早く動いたそれに相手は動揺し、指示が遅れて避け損ねたドラゴンが一撃で体の一部を食いちぎられ、そのまま骨ごと貪られた。
召喚したそいつは、メガロドンと言われる種類の、元の世界では最大サイズの鮫。召喚獣だから空想的な存在で空中を素早く泳ぎ、ドラゴンのブレスでさえ楽々と受け止めてしまう。一度模擬戦をしてみたこともあるが、私でも歯が立たない。
メガロドンの召喚で魔力をごっそりと持っていかれてしまった私は、汗を流し力が抜けて視界が暗くなり平衡感覚を失って倒れそうになった。気合で踏み止まり、メガロドンの攻撃で完全に隙を見せた彼に一撃を食らわせてやる。
「ディメンクリス・ショック」
呟き、杵の魔力を発現させて大きく振り被る。目の前の空間にガツンとぶつかり大きなヒビが入る。ぶつかった衝撃が空間を越えて私が敵として認識している対象全てに同様の衝撃を与えた。生き残っている猛禽類はぐちゃりと潰れ肉片となって飛び散り、多少頑丈なワイバーンはズタボロに砕けてバラバラの肉塊となり、かなり頑丈であるはずのドラゴンも全身の骨が砕けて体中から骨や肉や内臓が飛び出し、血を噴き出しながら絶命した。
私は杵を杖代わりにして力が抜けていく体を支えつつ、指示を出す。
「・・・シロウサ、クロウサ、彼を捕らえて」
「「了解」」
敬礼した二匹は、尚も魔物を出して抵抗しようとしているジュンを素早く拘束した。
まだ気絶するわけにはいかない私は戦いを終えて口元を血塗れにした状態で戻って来たメガロドンにもたれ掛かり、ジュンが連れて来られるのを待った。
「くっ、殺せ!」
シロウサとクロウサによって連れて来られた彼の第一声は、ファンタジー小説でありがちな姫騎士のそれだった。口調も目つきも反抗する気満々である。鮫の餌にでもしようかと考えたが、魔王に付いた理由は知りたい。疲労で思考が殆ど働かない私は、もういいやと適当に口にする。
「シロウサ、クロウサ、魔王との関係を聞き出して。やり方は好きにしていいから」
「えっ、いいんですか!」
「やったぜ!」
「えっ、ちょっ、なんで脱がせ・・・いや、なんで脱いでる!?」
私は気だるい体を動かしてメガロドンの背によじ登る。鮫は召喚するのに魔力を使うだけで出しっ放しは問題ない。転落防止機能もあり、工夫次第で安全な寝場所になる。
私はインベントリから休憩用の一体型のフード付きウサギパジャマを取り出してバニースーツから着替えた。これは戦闘に全く役立たないが、全環境適応、温度調節、汚れ防止、超が付く自動回復効果がある便利衣装だ。しかもフワフワで触り心地も最高。
着替え終えて彼を見れば、既に素っ裸にされていて、同じく全裸のシロウサとクロウサにまぐわされていた。彼から助けを請う言葉と共に、嬌声や喘ぎ声が漏れ出ている。
早く寝たい私は横になってメガロドンをぺちぺちと軽く叩いて移動するように思念を飛ばし、ゆっくりと空を遊覧してもらい、昼寝をした。ゆらりゆらりと揺れる鮫の背は、すぐに眠りへと誘ってくれた。
起きた頃には、恐らく情報は聞き出せているだろう。
太陽が傾いた頃に起きて、元気になった自分やツヤツヤの肌になったシロウサとクロウサとは対照的に、生気を失った彼の顔を見て、自分が出した指示が間違いだったと気付いた。
***
「・・・これはまた、凄い数」
ゲートを通ってポートローカルの近くに来たと思えば、ポートローカルの陸地側を取り囲むように数千のアンデットが隊列を作って行進を始めていた。人型だけでなく、大型の魔物のアンデットもちらほら見える。その軍団の頭上では、エイリーンが魔法を発動して雷をポートローカルに落としたが、結界に阻まれて被害は出ていない。
「これなら、問題なさそうね」
私も飛んでエイリーンよりもさらに高度を上げ、魔法を行使する地点を定めて集中する。
「・・・メテオストライク、ってね」
言わなくても発動できる魔法を発現させ、空から巨大な隕石を何発か落とす。不意を突く形だった為、エイリーンも防御が間に合わずにテレポートで逃げたのが見え、私はすかさずテレポートの痕跡を探知し、ポートローカルから少し離れた森の傍に転移して彼女を目の前に捕捉した。
「捕らえた!」
「くっ」
杖が向けられるよりも早く、私はインベントリから水晶を取り出して発動させる。範囲型の転送装置だ。
移動先は、魔法対策の下準備を徹底的に施した我が家だ。
エイリーンが杖を振るうが対魔法結界の中では魔法は発動せず、察した彼女は振り被って杖で殴り掛かって来るので手で掴んで押さえ、そのままぐいぐい押して彼女をソファーに座らせた。敵わないと悟ったエイリーンは杖を離して足と腕を組み、敵意を剥き出しに言った。
「何のつもり?」
「ちょっとあなたとお話でもしようかなって、家に招待したの。飲み物は何がいい?」
「・・・なら、紅茶がいい」
「分かった。ちょっと待ってて」
エイリーンの杖はインベントリに仕舞って片付け、私はキッチンへ向かって紅茶と茶菓子を用意する。準備している間、彼女が何かしでかさないかと意識を向けていたが、どうやらそのつもりもないらしい。流石は私と同じ魔法使いだ。下準備を施した環境下での魔法使いの恐ろしさをよく理解している。
茶菓子と紅茶を用意して席に着いたところで私は足を組み、手を組んで話し掛けた。
「さて、どうしてあなたのような凄い魔法使いが死んだのか、理由を教えてくださいな」
「不意を突かれた、それだけ」
「嘘ね。魔法使いなら不意打ちに備えて、身代わりなり幻なりで攻撃を逸らすことなんて造作もない」
お互い心情を探るように見つめ合い、根負けしたエイリーンは紅茶に口を付けてから答えた。
「・・・恋をしていたの、勇者に。積もり積もった思いに、魔が差して、このまま死んでアンデットとして彼の傍にいるのもいいかなって、そう・・・囁く声があったの」
「囁く声?」
ユウが帰還した後の説明では、そんなことは一言も無かった。ユウですら気付かないことだったのかと、眉を顰める。
エイリーンも自分で言うことが腑に落ちないようで、思い返すように続ける。
「ええ、確かに囁く声があった。今にして思えば、あれは誰かが傍にいたんだと思う」
「どういうこと?」
ますます分からず、私は茶菓子を食べた。
美味しい。この時の為に準備をした甲斐がある。
「恐らく、見えない第三者がいた。賢者の称号を持つ私も、勇者の肉体を手に入れた魔王も、ユウですらも気付かない実力者がいた。そう、そうよ。私が魔王側に付くなんて本来、有り得なかったのだから!」
第三者への怒りか、それとも自分に対しての怒りか分からないが、エイリーンは勢いよく立ち上がった。だが握り拳をぶつける相手はここにおらず、エイリーンは座り直した。
アンデットとなってもこれだけの意思があることに、私は質問する。
「・・・エイリーン、あなたって今はアンデットで魔王の眷属的な立ち位置よね? どうしてそこまで意思を保ててるの?」
「簡単なこと。死ぬ間際にそういう魔法を使って対策を取っておいたの。流石の魔王もユウとの戦いに集中して気付かなかったし、私は莫大な犠牲を払ってでも、魔王を殺すつもりだった」
ドスの効いた声で不敵な笑みを見せた彼女は、茶菓子を味わう。
「・・・まぁ、ユウならやり遂げる。そうでしょう?」
「ええ。彼はここ数日で変わった。本来なら有り得ないくらいの時間を戦いに費やしたかのような研ぎ澄まされようだった。どういう裏技を使ったのか、終わったら聞くつもり」
「いいねー。私も、この世からおさらばする前に聞きたいわー」
彼女の口調が変わった。最早、真剣になる気も無くなったようで表情もほわわんとしている。私としても分断という役割は果たしている状態なので、暫くはこうしてお茶をしているつもりだ。
・・・時間もあることだし、聞いてみよう。
私は意を決して気になる話題を質問してみた。
「ねぇエイリーン。良かったら、あなたの恋の話でも聞かせてくれない?」
「いいよー。でも、凄く長いから覚悟してねー」
そうして私は、彼女と勇者一行の物語を聞くことになった。
約五百年前、魔王が現在の竜の巣で誕生し世界征服に乗り出した。ドラゴンの大半は服従し、アンデットが蔓延り、魔物が魔王の加護によって強くなり、大陸の人間の生存圏は徐々に東へ追いやられた。
現在のレイクンド公国とその下のヘクトル帝国が、その大陸における最終防衛圏となり、行き過ぎた魔王の支配を見兼ねた神様が勇者を派遣し、その仲間として強力な力を持つ魔王討伐の宿命を背負った者を生み出した。思惑は上手く行き、エイリーン自身を含めた宿命を背負った者は勇者の元へと集い、少数精鋭の勇者一行で魔王討伐の旅が始まった。途中途中で分断されていた人間の村や町を救い、魔王誕生を予見して出来たダンクリスを攻略し、時には魔王軍の幹部と直接対峙して犠牲を出しながらも旅を続け、魔王との決戦の時には救ってきた人間の一斉蜂起によって戦力を分断させ、魔王の封印へと至った。
話は昼食の為に中断となる。
昼食を摂りながら話は細かい部分へ入っていく。勇者一行の旅ではエイリーンの他にも女性がおり、魔法戦士で女傭兵のマグノリア、女神ミスティアの神官拳闘士アイリスがいた。男性は斥候兼狙撃手のレナード、ドワーフの戦士ヴィッター、荷物持ち兼世話人のマツがいたという。エイリーンを含めて女たちでよく勇者の取り合いをしていたこと、特にアイリスとは恋敵であり、言い合いをしながらも息の合った戦いが出来ていたことを話してくれた。
時折、彼女は思い出して涙を見せた。
旅は続き、ダンクリスで仲間の一人、勇者一行の世話人のマツを失いながらも神具を取得したり、隠居していたジークフリートと勇者が決闘をして仲間にしたりした。
魔王の本拠地に近づくにつれて襲撃は苛烈になり、ある時、魔王軍の罠に嵌まって仲間の一人のドワーフの戦士ヴィッターが殿を務めて死んだり、魔王城の突入の際には囮作戦を敢行し、斥候兼狙撃手レナードが囮となって魔王城周辺の敵をおびき出し、灰のドラゴンジークフリートがエイリーン、リュウヤ、アイリス、マグノリアを乗せて決死の覚悟で突入。内部の侵入が成功すると、負傷していたジークフリートはその場で外部からの追撃の阻止を続けた。
マグノリアが勇者の体力を温存する為に先行し、待ち構えていた幹部と対峙。エイリーン、アイリス、リュウヤの三人で魔王のいる王座まで到達し、あとは力の限りを尽くして戦ったが、魔王の力は想像以上に強く、リュウヤの回復をしようとしたアイリスが魔王に不意を突かれて殺され、激昂したリュウヤが魔王と刺し違え、倒しきれないと判断したリュウヤの指示で封印したという。
生き残ったのはエイリーン、マグノリア、ジークフリートの二人と一体だけだった。死体は無いらしい。いずれ甦る魔王にアンデットとして利用されるのを恐れ、死体を燃やして骨を粉々に砕いて遠い海に捨てたとか。
あとはジークフリートが形だけの墓を封印した地に建て、最初の五十年くらいはマグノリアと一緒に毎年墓参りと封印の確認、ジークフリートと世間話の為に集まり、マグノリアが病死して他と同様に弔ってから五十年くらいは墓参りを続けた。
そのあとはジークフリートに封印を任せて各地を転々としながらしがない魔法薬店を務めて数百年、現在に至るというらしい。結局、勇者への恋心を捨てることが出来ずに惰性に生きたせいで、踏ん切りが付けられず勇者の姿で復活した魔王に不意を突かれて殺された。
「・・・これで、勇者一行の英雄譚はおしまい。惨めな最期でしょう?」
「うん。そうだね。でもまだ、惨めな最期と決まったわけじゃないでしょう?」
「・・・そうだねー」
その言葉にエイリーンは、思い出して流した涙とは違う涙を流した。三百年以上生きて来た私も理解できる。彼女は、自分のやって来たことを誰かの記憶として残って欲しいと思ったのだ。
私は思いを受け取った。そして、一つやりたいことを思いついた。これはユウや他の転生者の協力が不可欠だ。ただ、やりたいことは今回の件が終わってからだ。
魔王討伐開始から随分と時間が経ったので、魔法使いらしく棚に飾ってある水晶をテーブルに持ってきて、手をかざして魔法を掛けて千里眼を用いる。エイリーンも興味があるので覗き込んでくる。
どうやら既に決着がついているようだった。
ふと、エイリーンが顔を上げて言った。
「ねぇソフィア、お願いがあるんだけど・・・」
そのあとに続く言葉に、私は快く承諾した。
***
・・・ああ、同胞たちと戦うのは実に五百年ぶりだ。この戦いへの高揚感、魂から湧き上がる力を振るえる歓喜。どちらもドラゴンとしての本能が求めているものだ。我自身、戦いが嫌いという訳ではない。むしろ好きだ。大好きだ。同胞を完膚なきまで叩きのめし、皆殺しにし、ドラゴンという自分が属する誇り高き上位種を滅ぼしてしまうくらいに。
抑えに抑え、悠久の時を掛けて純粋な力を高め続けた。それを今、ようやく振るえる。誰かの為でなく、自らの存在意義の為に。今の我なら魔王を殺すことも容易い。だが惜しいかな、ユウという我と似た隠居を希望する人間がその役目を果たすようだ。本来なら、人間どもの窮地に助太刀してやる算段だった。まぁ、ユウという超越した人間を久々に見ることが出来たので構わない。
初撃の少し抑えたブレスでお膳立ては済んだ。この戦場は、我の庭だ。
魔王の住む城と周囲を警戒していた同胞や飛ぶしか能のないトカゲや鳥を睨んでやる。幾ら洗脳紛いの力で操られているとて、本能に直接訴えかける恐怖心までは打ち消せない。一部の鳥たちは慌てて逃げ出し、我が咆哮を上げれば鳥たちは全て震え上がって逃げ出した。トカゲも目の前にいるのが捕食する側の上位種だと気付いて、一部は逃げ出し一部は負け犬のように吠え返した。同胞たちの中でも我と対峙したことのあるやんちゃなものは動揺し、無謀なものが吠えながら向かってくる。
我はそれを迎撃すべく、今度は容赦のないブレスを見舞ってやった。ユウと魔王の決戦は見ものであるので敢えて当てずに残し、射線上の同胞や逃げ遅れているものどもを、炎と表現するには足りないほどの熱量の光線で灰燼と変えていく。
我は改めて咆哮する。そしてドラゴン語で言う。
「我は同胞殺しの灰色のジークフリート! 全てを灰燼へと還すもの。積年の闘争を晴らせるものがいるのならば、向かってくるがいい!」
その宣言でトカゲは完全に逃げ出し、ドラゴンの半数は我に返ったのか、それとも我の怒りに触れて恐れ戦き戦意を喪失したか、いずれにせよこの場から背を向けて逃げ出した。ドラゴンの中で残ったのは、我が目に掛けていた連中や、恐れ知らずの馬鹿者だけになった。
余裕を持った我は、透視で城の中を覗き見る。レヴィアタンが何故か来た道を戻っており、黄金の鎧の男、ヘクターという奴がミホと戦っている。ミホ自身は劣勢だったが、今しがた持っている力を開放し、本能のままに戦い始めた。勝利を確信した我は、不戦の勝利の咆哮を上げて挑発してみせ、攻撃を誘う。一部が釣られて向かってくるので、正面からぶつかってやる。
同胞の爪も牙も、我の鱗を傷つけるには至らず、我の爪と牙は容易に同胞を引き裂いて致命に至らしめた。他の同胞が集団で襲い掛かって来るが、我の翼膜でさえ傷つけられず、彼らは我の反撃によって悉く地に落ちていく。ブレスを吐けば、射線上の生物は塵となって瞬時に消え、町や山が消し飛ぶ。
ふと、まだ若い時、勇者の指示で決死の吶喊をし、手負いながらも城の入り口まで送り届け、追撃を防ぎ切った自身を思い出した。あの頃は若かった、弱かったと自分自身の情けなさに笑いが込み上げてくる。そういう自分を殺してやるかのように、地に落ちても生きている同胞をブレスで焼き殺してやった。地上にいた他の魔物やアンデットも多数、巻き添え灰となった。
その後も戦い続けていると、城からレヴィアタンが元の姿で飛んで来た。人間換算で十歳程度の、百にも満たない年齢の子供だ。彼女は竜の中でも水のドラゴンに属し、蛇に近い細長い体が特徴だ。
「ジーク、助けに来てやったぞ!」
まだまだ幼い体で偉ぶってみせる姿は随分と愛らしい。その自信や性格はドラゴンらしいと言える。少々、頭が良くないことを除けば立派なドラゴンだ。
「レヴィよ。周りを見るがいい」
「ん? ・・・なんだ、大丈夫じゃないか」
ようやく気付いたらしい。健在な同胞は最早数えるほどしかおらず、気兼ねなくブレスを何発も撃ったせいで、幾つかの町は無くなり、幾つかの山が消し飛び、真下は火の海だ。ここら一帯で、生きている生物はほぼいないだろう。
レヴィアタンが力を込めたかと思うと、真上に向かって力強いブレスを吐いた。すると元々悪かった空の模様が急激に変化し、分厚い雲が空を覆ってゴロゴロと雷が鳴り、すぐに猛烈な風を伴った土砂降りの雨が降り、雷が落ちだした。この程度、我は平気であるが他の同胞たちは堪ったものではないと安全な地上へ降りていき、火の海が徐々に小さくなっていく。
「うむ。これでいいな」
彼女は満足気に眺め、自らが引き起こした嵐の風と雨を受けて気持ち良さそうにしながら舞い踊り出した。嵐の中を踊る子供の姿は、恐ろしくもあり美しい。
我は思い出す。ドラゴンの中でも異質な、嵐を引き起こす力を持つ幼子は、空のドラゴンからも大地のドラゴンからも迷惑で煙たがられ、嫌われた。我自身はなんてこともなく、むしろ強くて面白い力に傍に居させたが、誰から聞いたか、彼女は祖父が魔王であったと知ると、自らを魔王と名乗って何処かへ行ってしまった。
それから数十年、かなりのやり手と見えるソフィアに執心するとは・・・。
あとで話を聞こうと心に決める。
我がもたらした火の海は既に沈下し、周辺の火事も消え、レヴィアタンは再び空に向かってブレスを吐くと、すぐに嵐は止んで綺麗な青空と太陽が出て来た。再び空を舞い、陽光に当たって煌びやかに映る濡れた彼女は、美しくもあり恐ろしい。
成長している子供の姿を見て、自然と穏やかな笑みを浮かぶ。我の燃え滾っていた闘争心は既に冷めていた。目下の魔王を見る。どうやら勝負は着いたようだ。
これで、勇者たちへの義理も果たした。
「レヴィ、ユウたちの所へ行くぞ」
「うむ」
我とレヴィは地上へ降り、人間の姿でユウの所へ向かった。
***
魔王は馬鹿か、それとも余程の自信家か、俺の予定通りに戦力を分散してくれた。待ち構える形で戦力を固められていたら流石に俺でも手を出すのを躊躇したのだが。
黄金の鎧の男、転生者ヘクターは同じ転生者のドラゴン娘ミホに任せて俺は扉を開けて中に入る。謁見の間の奥の王座に魔王勇者のリュウヤは腰掛けている。扉を閉めて罠を警戒するが、無さそうだ。それどころか潜んでいる存在もいないようだ。
インベントリから石ころを取り出して、部屋の四隅に向かって投げていき、結界を起動する。魔力を込めている石は自立して動いて位置を調整し、石ころ自体も結界で覆われて完全な結界が完成する。
結界の完成を見届けた魔王が傍に立て掛けていた剣を手に取り、立ち上がって抜いた。
「準備は出来たようだな。来るがいい」
インベントリから弓矢を取り出し、歩きながら魔力を込めて高初速の矢を射る。魔王勇者は剣で叩き落したが、その顔からは余裕の笑みが消え、焦りが見て取れる。
俺は次々と矢を撃ち出す。それらを勇者が持つ天性の素質で全て落として見せた。矢が無くなったので、最後に弓に魔力を込めて、さらに魔力で作った矢をつがえて引き絞る。魔王勇者はいつになく真剣に構えた。存分に魔力を使った矢が放たれ、同時に弓が割れて壊れた。さっきよりも高速で飛んだ矢を魔王勇者は弾いて逸らした。矢は結界に当たって消え、俺は弓を横に放り捨てて新しい白い片刃剣のゼーレを抜いた。
殺すことが決まっている相手に、俺は戦いに割いている思考のリソースを一瞬割いて言ってやる。
「お前を殺す」
「・・・ハハハ、ふざけるな!」
魔王が怒鳴り先に動いた。直線的な動きであるが、あの程度で冷静さを欠くようなら既に勇者に仕留められている。俺は動きを見切って受け止め素早く反撃を入れる。魔王も見切ってその場で弾き弾かれての斬り合いへと発展し、動きは加速していく。途中で加速の魔法を使って速度を上げると、速度についてくれなくなった魔王が根負けして剣の間合いから下がった。それを逃さず、魔王が次に動く前に踏み込む動きで背後に転移してゼーレを突き刺した。
・・・急所を外された。
ゼーレを体から抜くと同時、振り向きざまに切って来るのを弾いたが、魔力を込めた腕が見えて転移して離れた。一瞬遅れて、俺が立っていた場所が大爆発を起こした。
「ぬう・・・」
魔王は痛みに耐えつつも剣を構え直した。刺し傷からは血を流し、額からは汗を流している。
対する俺は、戦いの心地良さに魂を奮わせていた。個の極地に到達した隠者にとって、戦いというのは程よい刺激でしかない。
だが、長引かせるつもりもない俺はゼーレに魔力を込める。黄金の剣と違い、ゼーレは淡く優しい光を纏った。
同時に魔法を使う。極地へ至りし人間が神として成り上がり振舞うに相応しい力、時空間を超える力。想像を現実へと変える力、夢人との戦いで出自を思い出した自身の夢の力。
自身への超加速に加え、結界内の時の流れが極端に遅延し、加速と遅延が合わさり内側の空間の時が完全に止まった。動くのは自分だけ。
魔王の胸を刺して捻じって体を引き裂くように抜き、さらに首を素早く切断、最後に剣を切り折る。
十全な殺しとなったので、止まった時間を動かし超加速を解く。
「が・・・なにっ・・・」
言い切る前に魔王は事切れてその場に崩れる。ごろりと首が転がり、目が合う。俺はそれを偶然とは捉えず警戒を怠らない。アンデットを操るのであれば、死して尚も動くことは造作もないことだ。それも魔王ならば尚更、その肉の一片までも消滅させなければならないだろう。
予想通り、首を落とした筈の勇者の体が動き出して勇者の頭を掴むと首を繋げた。さっきまでの焦った顔は何処へやら、余裕そうに言う。
「いやはや、勇者の肉体ではこれが限界か。しかし驚いたぞ。まさか時間を止めて来るとは・・・だが、条件があるのだろう?」
今までにない魔力を折れた剣に込めた魔王が結界に覆われている石ころの一つに向かって投げつけると、結界を貫通して石ころが砕かれ、結界が壊された。
何か勘違いしているが、正してやる道理もないので魔力を込めたゼーレを構える。
「俺はまだ本気を出してはいない。見せてやろう、魔王の本気を!」
勇者の肉体が黒く染まったかと思うと質量以上に巨大化して変身し始めた。お約束の所悪いが、待ってやるほど律儀でもない俺はゼーレに込めた魔力を斬撃として放った。斬撃は変身中の魔王を真っ二つに引き裂き、壁を通り抜けて飛んでいく。
「が・・・あ・・・」
真っ二つになった魔王の変身が終わると同時、ジークフリートと違ってガタイのあるドラゴンが血と臓物を裂けた箇所からぶちまけた。だが、それでも生きているようで、裂けた体がくっついた。
「俺は・・・死なん。死なんぞ!」
全身を魔力で強化した魔王が、ドラゴンの巨体にあるまじき速さで動いたので、超加速して対処する。爪を剣で弾き、尻尾と嚙みつきは避け、ブレスは魔法の障壁で防いだ。今度こそ仕留める勢いで魔力をゼーレに込めて細切れに切り刻む。
大量の血と肉片が飛び散り、汚いし何かあるかもしれないと離れて見守ると、それらがすぐに巻き戻るように形作って復活した。
「・・・やはり、か」
俺は呟く。勇者が魔王討伐を諦めた理由が解ったからだ。強いうえに不死。これでは幾ら勇者でも倒しきれないだろう。勇者自身もそれを分かった上で対魔王用の戦いは心得ていた筈だ。それをしなかったということは、単純に出来ない状態だったからだろう。
俺は再び時を止める。魔王は勘違いしているが、神の領域に至れば時空間を弄るのはそこまで難しいことではない。俺は片足入れただけだが、それでもこれだ。
止まった世界でやるべきことは、魔王の肉体から魂を見つけ出すこと。その為に意識を集中して次元さえも斬る夢人の想像の力をゼーレに込める。
魔王の器としての肉体を斬った。胸がぱっくりと割れるが血は出ず、暗い空間が見える。だが何もない。場所が違ったのかと頭、腹、背中、尻尾と見たが現れず、もしやと首を引き裂くとようやく出て来た。ドラゴンの話でよくある逆鱗だ。魔王の場合は、その場所に魂を隠していたようだ。光の玉が二つある。
・・・捕らわれている小さな魂と、捕らえる大きな魂。勇者と魔王か。
「ミスティア! 見ているんだろう?」
呼びかけると、窓のように小さなゲートが開いてミスティアが顔を見せた。
「呼んだ?」
「これから魔王と勇者を引き剥がす。俺としてもこういうのは初見で未知の領域だ。何が起こるか分からんから、サポートを頼む」
「分かった。見守っているから始めて」
一旦ゼーレを仕舞い、念の為に手に魔力を纏わせて手袋のように保護しつつ、魂に触れる。触れているものは時間が動き出すので二つの魂が動き出し、一方はこちらに逃げ込むように動き、もう一方は強く激しく動いて逃げる魂を逃がさないようにしつつ、俺を攻撃してくる。どうも肉体的な壁を越えて攻撃して来ているようで、自分の精神はおろか魂が傷つくのが理解できる。
傍で見守っていたミスティアが傷つく俺に癒しの波動を出してきて、俺は傷つきながらも勇者を引き剥がすのに成功してミスティアに預けた。手を引くと魔王の魂は再び動きを止める。
「勇者の魂、確かに預かったよ」
ペットをあやすように撫でながらミスティアはゲートを閉じた。これで遠慮はいらなくなった俺はゼーレを再び抜いて魔力を纏わせ、魔王の魂を真っ二つに斬った。
魂は真っ二つに分かれて光が徐々に小さくなっていく。見守っていると、時間の止まった世界で動き続けている魂に気付いた俺が警戒した途端、割れた魂が激しく光り出し、再び一つになった。同時に、停止した時間が強引に戻された。
「なにっ! それに、この気は・・・」
魔王の肉体が急激に腐り始め、激臭を漂わせ鱗や皮膚や血肉を撒き散らしながら叫んだ。
「よくも・・・よくもやってくれたなああ! だが、まだだあああ!」
嫌な予感がして、ステータスでまだ死なない魔王を確認する。
名前:ドラゴンゾンビの魔王、デスダイナ
種族:魔王(半神、アンデット、ドラゴン)
状態:死神との契約により魂を破壊された場合、一度限り復活し、神の加護を得て魂は最期の輝きを放ち強大な力を得る。代償として、自身に見合う魂をすぐに取り込まねばそのまま消滅する。
追伸:このデータは私の権限で見せている。以上、あなたの神様、いや、もう隠さなくていいか。夢人シュレディンガーより
・・・そうかい。
抑えていた力を開放する。夢の力が展開され、この空間を一瞬にして覆う。
長い長い道のりを歩き、来た道を振り返ってみれば、結局自分自身が道標の光だった。だが、定められた道でも歩めばそれは自分のもの。夢人シュレディンガーの一人として認めつつも、自分の意思で力を振るうことを心に決めた。
肉体が朽ち始めている魔王デスダイナが悠長に待ってくれるわけもなく、展開された夢の力の中で魂から溢れ出す途方もない力を魔力へと変換して放って来る。ジークフリートが使ったようなブレスが口から吐かれて、俺はイメージする。片手で受け止め、展開した力を駆使して押し留めると。
気合も充分でイメージ通り・・・シュレディンガーは刺激を求めるわけだ。
見事に夢の力を使いこなし、魔王デスダイナが出し切ったブレスを片手で留め、縮小させ、手の中で消す。最初に出て来た感情は、つまらない、だ。
自分の未来を予感しつつも、決着をつける為に俺はゼーレに夢の力を込めて斬る構えを取った。
形振り構わない魔王が全身を魔力で覆って食い殺さんとしてくる所を、俺は歯を食いしばって持てる気合を乗せてゼーレを全力で振るった。
夢人奥義、断空一閃!




