二十二話:復活の魔王
結局、昼時ということで腹が減って降りたら宴会が続いていて参加させられた。ミホもソフィアもレヴィアタンも既に打ち解けているようで、ロザリーさんの料理に舌鼓を打ちつつ会話に華を咲かせている。ジークフリートもエールを飲みつつ、摘まみを食べていた。
「ルナさん、ちょっと出掛けます」
「いってらっしゃい」
宿の扉から出て向かった先は、しがない魔法薬店だ。
扉を開けて中に入れば以前来た時よりももっとキツイ変な臭いが充満しており、奥から熱気を感じる。カウンターには誰もおらず、書置きが一つだけある。
『奥の工房で製作中。御用の方は卓上ベルを鳴らしてください。店主のエイリーンより』
そういうことなので卓上ベルを鳴らしてみる。
「はーい、ちょっと待ってねー」
気の抜けた声がカウンター裏の奥から聞こえ、少し待つとボサボサの髪に飛び散った薬品で汚れた白衣を着る店主のエイリーンが姿を見せた。
「お待たせーって、隠者のユウさんじゃないですかー。いらっしゃーい」
「どうも。話をしに来た。魔王討伐の際、勇者について行って封印を施した賢者のエイリーンであっているか?」
呑気な顔が一変、こちらが素と思われる鋭い視線で俺を見た。
「・・・誰から聞いたの?」
「灰のドラゴン、ジークフリート」
「あいつか・・・ここから西の山にいたみたいだけど、封印の維持を後輩に託して隠居でもしに来たの?」
「違う。何者かに封印の場所を襲われ逃げて来たらしい」
「それって、いつから?」
エイリーンがカウンターに身を乗り出した。その表情は焦りに満ちている。
「覚えてないが・・・十日以上は経ってる筈」
聞いた途端に彼女の顔色は青くなり、椅子に座って頭を抱えた。
「ああ・・・駄目、手遅れだわ。もう復活してる。いつ動き出すかは分からないけど、すぐに戦力を整えないと」
「戦力は既に整え始めている」
「えっ」
「ジークフリートがこの国の王に手紙を書いて注意を促した。近いうちに各国にも注意が行くはずだ。俺も独自で強い人間を探して動いている」
「・・・なんだ、ちゃんと動いてるんだ」
希望を見出したエイリーンは立ち上がった。
「賢者のエイリーンとして、魔王討伐と聞いては動かないわけにはいかない。手伝うよ」
「なら、湖のさざなみ亭に来て下さい。そこにジークフリートもいますから」
「へえ、遂に人間の町に住み始めたんだ。じゃあ、準備してくる」
ウキウキとした足取りでカウンターの奥へ引っ込んでいった。俺が待っていると数分で、魔法使い特有の帽子にマントを着て戻って来た。帽子もマントも相当な年季が入っているのかくたびれてしまっているが、それらからは凄まじい魔力を感じた。
彼女を連れて湖のさざなみ亭に戻ると、エイリーンはジークフリートを見つけるとすぐに彼に詰め寄った。
「ジーク。話がある」
「・・・いいだろう」
テーブル席で向かい合い、誰も近寄らせない威圧感を放たれた。エリーとメリーはミホとレヴィアタンと一緒に隅の方に避難し、他の冒険者も固唾を飲んで見守っている。俺とソフィアは、何かあった時の為に傍のテーブルに座り、店主のルナさんが直接、水と酒と摘みをテーブルに置いて離れた。
水で口を濡らしてから口を開いたのは、エイリーンだ。
「・・・封印の維持、出来ていないって聞いてるんだけど」
「ああ。強い人間が攻めて来てな。あの場にいた、我以外のドラゴンの殆どは、人間に下った。あれは普通の人間が持つ力ではない。神が干渉した可能性が高いだろう」
その話に俺とソフィアは目を合わせる。お互い解っていて頷く。転生者だ。
「ドラゴンの事情はどうでもいいわ。封印はあとどれくらい持つの?」
「もう解けてる。奴らの尖兵が来るのも時間の問題だ」
「・・・今から私が行って、魔王を討伐してくる」
「お前独りで何が出来る。ドラゴンの攻撃を掻い潜り、いるであろう強い人間を対処しながら魔王を倒すなど不可能だ」
「あのー」
俺は手を上げて声を出し、自分がいることを示すとこちらを向いてくれた。
「俺も魔王討伐を手伝う。もし行くんなら付いて行くけど」
「私もだよ。平和な日常を壊されたくはないからね」
「ウチもや、ジーク」
「我もだ」
ソフィアとミホ、レヴィアタンも名乗りを上げた。正直、直感的な思いだがミホは置いておきたい。
それを、俺の口から言えることは無いが。
「・・・・・・戦えそうなのは、これだけ?」
「もう一人いる。ヘクトル帝国に居て、準備が出来たら呼べる状態だ」
「そう。なら、まずは偵察と行こうか。私とユウで行くから、他は待機ね」
肩に手を置かれたと思ったら、既に転移していた。
ドロドロした嫌な気配を肌で感じる。この場所は小高い丘のようで、見える先には嫌な気配の出どころの古城が見える。その周辺の環境も近づくにつれて歪になっており、植物は刺々しく捻じ曲がり、岩は尖り、土は乾いて硬くなっている。
だが、その嫌な気配よりも近くに別の気配がして振り返る。
ドラゴンが敵意を露わにしてこちらを睨んでいた。
・・・慎重な奴なら、周辺警戒くらいはするよな。
「エイリーン、どうする?」
「・・・こうなったら強行する」
手を掴まれ、また転移した。
転移した場所は丘の上から見た遺跡の傍で、ドラゴンが咆哮し、周辺で警戒していたドラゴンが一斉に飛び立ってこちらを捉えた。
「ユウ、こっち!」
呼ばれるままに付いて行って古城の中に入る。数百年経っているにも関わらず施設としては綺麗で、内部もドラゴンが人間の姿で生活でもしていたのか、調度品や装飾品なども綺麗だ。
走って城内を巡るが、エイリーンは場所を記憶しているのか迷いなく進んでいき、レイクンド城でいう所の謁見の間に到着した。
何人かの人間が待ち構えているのが見え、即座にアクティブソナーで周辺に隠れていないか確認し、ステータスを見る。
奥の玉座には黒髪のイケメンが鎧を身に付け剣を持った状態で待ち構えていた。凄まじい嫌な気配を感じ、さっさと逃げたくなる。
名前:リュウヤ?(勇者?)
性別:男性
性格:??
能力:???
スキル:???
推定勇者の両隣に人が立っており、片方の華奢な男は短剣を身に付けて弓矢を担いでいるが、構えもせず控えているだけだ。だが、嫌な気配がしている。
名前:ジュン(転生者)
性別:男性
性格:真面目
能力:そこそこ
スキル:テイマー
もう片方は恵まれたガタイで、黄金の鎧を全身に付けていて剣と盾を担いでいる。こっちからは嫌な気配は感じない。
名前:ヘクター(転生者)
性別:男性
性格:身勝手
能力:黄金装備一式
スキル:なし
勇者も転生者だとすると、今目の前にいるのは転生者三人となる。うち一人がドラゴンを操っているとして、勇者と黄金の鎧の人間に戦って勝てるかというと、かなり厳しいかもしれない。どっちか一人なら慎重に対策を立てたうえであれば戦えるだろうが。
目的は達成したので帰るように言おうとしたら、エイリーンは仇敵を見つけたかのような顔で奥まで進んで杖をトンガリ帽子から取り出して構えて叫んだ。
「魔王、覚悟!」
えっ。
黄金の鎧を着た男が盾を持ち出し剣を構えて立ち塞がるように前に立った。
「やるか女!」
慌ててエイリーンの隣に立った俺も片刃剣を引き抜いて構える。だが、推定勇者が黄金の鎧の男の肩に手を置いた。
「下がってくれヘクター。邪魔だ」
「・・・ふん」
黄金の鎧の男は不服だと言いたげに剣と盾を仕舞って渋々と下がった。
俺は剣を構えたままエイリーンに言う。
「エイリーン、目的は達した。帰るぞ」
名前を聞いた瞬間、目の前の推定勇者が開いている手で頭を押さえた。
「エイリーン・・・?」
「リュウヤ・・・リュウヤなの?!」
「エイリーン・・・俺は・・・」
エイリーンは彼を受け入れようと前に歩き出す。
推定勇者は頭を押さえ顔を痛みに歪ませたまま近づいて来る。手には剣、傍にいる二人に動揺の色は見られない。
・・・演技だ!
気付くのが一歩遅れた。彼女を守る為にテレポートで前に移動して斬りつけたが、片刃剣は空を切っていた。気配が背後に移動していて、振り返ればエイリーンの心臓に剣が突き刺されており、推定勇者の顔は獲物を捕らえた獣のように笑っていた。
「リュウ・・・ヤ?」
彼女の目から涙が流れ、剣が手に触れる前に、剣が捻じられ引き抜かれて倒れた。大量の血が流れ出す。
「俺は魔王だ。賢者エイリーン」
名乗って剣に付いた血を振り払う。まだ救える可能性があると、俺は自身に加速の魔法を付与して斬り掛かるが、魔王はまるでそう行動することを読んでいたかのように踏み込んでエイリーンの前に立って剣を止めた。
片刃剣に魔力を込め、本気で連続で斬り掛かるがその全てを一歩も動かずに受け流され、合間にインベントリから取り出して投げつけた投げナイフも払い落とされる。
「どうした、その程度か?」
剣で攻撃を続けつつも合間に本気で風の衝撃波を撃ち出すが、魔王は剣に一瞬だけ魔力を込めて衝撃波を斬って凌いだ。水の散弾を撃ち出すが、魔法のバリアで軽く防がれる。大量の投げナイフをインベントリから手に取り出し、魔法を付与して浮遊させ、四方八方から刺そうとするが、同じくバリアで軽く防がれる。火の鞭を作り、バリアに絡めて焼き壊そうとするが、魔王が魔力を纏った手で受け止めて引っ張って来たので、あえなく鞭を消した。
小手先の策も尽き掛けた時、剣を強く弾かれて魔王は呟いた。
「・・・もういい」
楽しんでいる節すらあった魔王の目が、冷めていた。剣に魔力を込めて片刃剣にぶつけて来て、何回か斬り合って片刃剣が耐え切れずに折れた。危機を感じて後ろに下がれば、胸元を浅く切られた。
「くっ」
万事休すとなった俺は、最後の手段として閃光玉を取り出して投げつけるように見せかけて発光させて目潰しし、テレポートでエイリーンの傍に移動して手を掴もうとしたが、目を一瞬潰して尚も反応して振るわれた魔王の剣に近づけず、彼女の回収を諦めて湖のさざなみ亭へ転移した。
ギリギリの状態で転移したせいか、転移場所が極僅かにずれて俺はテーブルの上に落ちた。着地のバランスを崩して床に倒れる。
自分の不甲斐無さに倒れたままでいると、ジークフリートが顔を覗き込んで来た。
「エイリーンはどうした?」
「・・・死んだよ」
「そうか・・・そうか」
ジークフリートはそれだけ言うと椅子に深々と座って目を閉じて大きく息を吐いた。次に顔を覗き込んで来たのはエリーだった。床に膝をついている為か、顔の距離が近い。
「ユウさん、何があったんですか?」
心配そうに見つめて来るエリーの顔を見て、エイリーンの最期の顔を思い出し、俺は疲れた体をゆっくりと起こした。
「・・・説明しないとな」
中程で折れた片刃剣を鞘に仕舞い、胸の傷に回復魔法をかけて治療してから事の経緯を語った。勇者が魔王になっていたこと。黄金の鎧の男と、大量のドラゴンが支配下に置かれ、ドラゴンを操っていると思われる男の存在。エイリーンが死んだことにより、恐らくアンデットとして敵として復活すること。
話し終えた時には悲壮感漂う状況が嫌で、俺は「疲れたから寝る」と言ってさっさと部屋に移動した。
そして、ゲートを開いた。行き先は生と死の狭間だ。




