十八話:隠者の指導
ミステルミスに戻った所で、時間がそれほど経過していないことに気付く。日が傾くまでの間、意味が無いかもしれないが今まで以上に筋トレして過ごす。汗が流れ始め、休憩して体を拭いていると急に扉が開いた。
「ここにAランク冒険者が止まってるって本当!?」
開け放たったのは、お転婆という言葉が似合いそうな活発な人相の学生服の少女だった。何処となくミシェルに似た風貌をしている。下半身裸の俺は何ともないが、彼女は頬を赤らめ気まずそうに扉を掴んで体を隠し、顔だけ出しながら言った。
「あの・・・隠者のユウさん・・・ですよね?」
「ああ。君は?」
問いつつ、気を遣って服を着る。
「あ、えっと・・・シエラ。シエラ・アルバレス・サーシェスです。あの、お父様から剣術や魔法の指導をしてくれるって聞きましたけど、本当ですか?」
「ああ本当だ。それで、君はどっちを教わりたい?」
「どっちも!」
顔を上げて声高に答える。
「ではそうしよう。広い場所はあるかい?」
「なら、中庭に移動しましょう」
彼女に黙って連れられて中庭に到着。普段からここで訓練でもしているのか、屋根のある廊下には訓練用の剣と防具が備えられている。それを手に取って渡してきて、受け取ると彼女は少し距離を離して構えた。
「早速で悪いですが、軽く私の攻撃を受けて貰えますか?」
「どうぞ」
構えると、彼女が早速剣を振るってくるので軽く受け流しつつ足を使って一定の距離を保つ。
一振り、二振り三振り受け流して間合いを置き、四振り目も軽く受け流す。彼女は少しムッとしているが、ミハイルはおろかレオンにすら劣る動きだ。
剣捌き自体は悪くない。けど、遅いし基本的過ぎる。
どうしたものかと考えていると、シエラは構えを変えて突きの姿勢になった。何をしでかしてくれるかと受動的な態勢でいると、剣に炎が纏われて、突くと放射状に撃ち放たれた。
見てから反応して斜め前に避けつつ魔法のバリアを張って熱を防ぎつつ接近し、首元に剣を寸止めする。
「あ・・・参りました」
彼女は素直に負けを認めて剣を下ろす。俺も剣を下ろして言う。
「剣の筋はいい。魔法の火力も悪くない。だが全体的に単調過ぎる。課題としては、圧倒的な経験不足と、炎の魔法の単純さだ。俺なら炎の魔法を収束させて鞭状にする」
「む、鞭状ですか!?」
驚いているようだが、やって貰わなければ教える甲斐がない。
「そうだ。できなければ君は弱いままだろう」
「うう・・・で、でも、魔法の形状変化は難易度が高いと先生から教わりましたよ!」
言い訳しているが、冒険者のエミリアが普通に爆発魔法を使えるようになったのだ。この世界の魔法の指導方法がそもそも間違っている可能性がある。
「なら今から出来るようになればいい。この家に鞭はあるか?」
「えっ、ええっと・・・マノン。鞭ってあるの?」
今の今まで黙ってみていた、クラインと一緒に城に行った時も付いて来ていた無口なメイドが口を開いた。
「旦那様が練習用に買ったほぼ未使用の物が倉庫にありますので、取って参りますね」
休憩となって数分後、メイドのマノンが綺麗な鞭を手に戻って来た。シエラが受け取り、俺に渡る。手にした感覚としては、某考古学者にして冒険家の主人公が持っている鞭のようだと思った。
「よし、じゃあ手本というか・・・目標を見せるから離れて」
充分に離れたのを確認してから軽く振って感覚を掴み、土の円柱を作成、それに向かって火と粘着性を付与した鞭を振るって絡め、土の壁の接触部を熱で溶かして崩して見せる。
我ながら上手くいったと思いながらシエラに言う。
「どうだ? これが君に教える技だ」
「あっ、はい・・・」
答えたシエラは戸惑っているようだ。魔法の付与を消して鞭を渡すと素直に受け取るが、それでも何か困っているのかシエラは不安そうに言った。
「あ、あの・・・本当に今のを覚えるんですか?」
「ああ。当たりさえすれば確実にダメージを与えられる堅実且つ実用的な魔法攻撃だ」
「いや、えげつないですよ! こんなの人間に使えませんって!」
彼女が叫ぶように不安を吐き出した。理由としては真っ当だが、甘い。
「まぁ、殺す為の技術だからな。だが剣を持つ以上、手段は関係ないぞ。相手はわざわざ君の土俵に上がって戦ってくれると思ってるいるのか?」
「い、いえ」
「なら、まずは戦える手段を増やすことだ」
土の円柱を作り出し、強く言う。
「柱に向かって鞭打ち五十回。はい、はじめ!」
「は、はい!」
彼女が柱に向かって鞭を撃ち始める。十回ほど打った所で指摘する。
「同じ箇所を打っても実戦じゃ通用しない。駄目元でいいからあらゆる角度で打て」
「はい!」
二十回ほど打った所で、俺は柱の形を人型に変える。
「次は工夫して手足や首を狙ってみろ」
「はい!」
素直に従い、器用に手足や首に当てていく。素質自体はかなりあるようだ。
そのまま見守って五十回鞭打ちが終わった。連続でやっていたからか、少し息が上がっている。
「少し休憩しようか」
「はい」
貴族の娘だというのに、シエラはその場に胡坐をかいて座った。メイドのマノンはいつの間に用意したのか水の入ったグラスを持ってきて渡す。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう」
飲み終わって返すと、静かに素早く戻って行く。俺は訓練用の剣を手に取り、火の鞭の魔法を付与する。
「シエラ、慎重に持てよ。一歩間違えれば死にかねんからな」
「あっ、はい」
俺の言葉に緊張しつつ手に取り唾を飲む。
「剣に付与した鞭は剣先から曲がる。さっきの鞭とは少し勝手が違うから慎重にな」
言いつけて、しっかりと離れてからやるように促す。シエラは火の鞭を動かして軽く動作を確認し、人型の土の的に振るって首に絡めて見事に焼き落とした。続けて振るって手を落とし、胴体を落とし、片足を落として的が崩れた。
「イイ感じだ。追加で的を作るから、満足いくまでやってみ」
的を再度作成してやらせる。何度か繰り返すとシエラは火の鞭を振るうのを止めた。
だが、その顔は不満であった。
「こんなことして、本当に覚えられるんですか?」
「自論になるが、魔法というのは気合とイメージが大事だと思っている。見て聴いて触って感じたことを再現し、工夫することで自分の魔法になる」
「呪文の詠唱とか、魔法理論とかは?」
「詠唱無しで剣から炎を出した君が言うか」
「あっ・・・」
シエラの目が泳ぐ。大方、熱中して気が付いたら出来るようになってしまったのだろう。適当にそれらしいことを言って納得させることにした。
「呪文の詠唱や魔法の理論は、俺からしてみれば気合とイメージの補助に過ぎん。呪文を唱えればそれっぽくて気合は入るだろうし、理論が分かればイメージをしやすい。だが、実戦で一々呪文をブツブツ言ったり、理論を思い出して魔法を使うことなんてない。瞬時にイメージして行使できないと役に立たん」
「た、確かに」
その発想は無かったと言わんばかりの納得具合だ。もしや学校で魔法を教えている先生は実戦経験が無いのだろうか。
「ま、講義は終わりとして。火の鞭のイメージは定着しただろうから、今度は自分で試してみるといい」
シエラから火の鞭の剣を取り上げて、魔法を消して返す。人型の土の的を修復して準備は完了。離れて見守る。
彼女は目を閉じて瞑想するように呼吸を整える。それから目を開けて訓練用の剣に炎を纏わせ、それが形作られて鞭状のしなやかな炎となり、的に集中して構え、火の鞭が振るわれた。
・・・それが君の答えか。
火の鞭の挙動は俺が教えたものとは違い、的の胴体を撫でるような挙動で切り裂くように溶断した。さながら火の蛇腹剣だ。こうなった理由は分かっている。彼女は俺の教えた殺しの技術を‘えげつない’と嫌った。そして、騎士を目指していて剣に思い入れがあるからこその変化だ。
即座に拍手を送る。
「おめでとう。よくやったよ」
「・・・怒らないんですね」
「怒る理由が無いからな」
「違う魔法を使ったんですよ?」
「それでいい。魔法なんて人それぞれなんだ。自分のイメージしやすい方法で結果が出せれば充分」
「・・・そうですね。ご指導、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げるシエラに、彼女が瞑想した辺りから遠巻きに見ていた学生服の青年が近づいて来た。
「シエラ、新しい魔法を覚えたみたいだな。凄かったぞ」
「お兄ち・・・兄様」
「お前ばっかり特訓するのはずるいからな。交代だ」
「はい、兄様」
シエラが隅の方へ移動し、メイドのマノンからタオルと水を貰う。
青年は俺に向き直って爽やかな笑顔を見せつつ自己紹介を始めた。
「俺はシエラの兄、クリス・アルバレスト・サーシェス。親父からあんたが魔法や剣の指導してくれるって聞いている。よろしく」
「隠者のユウだ。よろしく」
握手をする。第一印象としてはクラインを若く爽やかにして、苦い経験をせずに才能から来る自信で突き進んでいる感じだ。
「俺は剣を教えて貰いたい。いいですか?」
「ああ。大体の武器は使えるから、要望があればどうぞ」
「なら、色々と試させてください」
クリスは剣を取り、俺には槍を持たせた。中庭の中央に位置取り、少し離れた距離でお互いお辞儀をして構える。
元気よく来るかと思ったが、中々来ない。
「・・・どうした?」
「いや、隙が無くて攻められないと思って」
クリスは深呼吸して構え直した。
弱気になっているようには見えない。観察眼はあるか。
「来ないならこちらから行こう。防いでみなよ」
わざと歩幅をずらすすり足で接近し、半歩遠い所から剣を横に弾きつつ突いて一歩踏み出す。クリスは弾かれた方向へ移動して避けるが、俺はそのまま槍を横に振って彼の首筋で寸止めする。
「・・・強い」
「いや、君が弱い」
ムッと来たのか槍を弾いて攻めて来るが、妹のシエラと似た動きで経験不足も相まって非常に読みやすい。ちょっと搦手を使ったりフェイントを掛けるだけで、簡単に急所に寸止めできてしまう。
その後も焼きになって挑んでくるが、簡単にいなして即座に急所に寸止めする。
とうとう諦めたクリスが悔しそうに剣を下ろした。
「・・・自信を無くしそうだ」
「単純に経験の差だから気にするな、と言っても気休めか」
何かいい方法は無いかと考えるが、特に思いつかない。
なので、根性論を持ち出すことにする。
「こういう言い方は好きじゃないが、強くなるには気合と根性で挑み続けるしかない。弱いままでいたいならここで止めてもいい」
「・・・そういう言い方はずるいな。やるしかないじゃないか!」
再びやる気を出したクリスはさっきとは違って積極的に攻めて来た。我武者羅という訳でもなく、懐に入り込もうと前へ前へ足を動かし、槍の得意距離を外すそうとする。
彼の絶え間ない剣を、変幻自在に槍を動かして防ぎつつ円を描くように足を動かし、まるでワルツを踊るかのように戦う。それでも食らいつくクリスは汗を流し、息を切らせる。俺はそんな彼の状態を観察し、一瞬バランスを崩したのを見逃さず槍で足を引っかけて倒す。
槍を突き付けて一本。悔しそうな顔を拝みつつ仕切り直しとして距離を離す。
立ち上がったクリスの表情に曇りはなく、汗を拭って剣を構える。
「・・・魔法、使わせてもらう!」
気合を込めて口にするクリスが片手を俺に向けると、ボウッと炎が放射状に出て来て離れる。次の瞬間、炎の中からクリスが出来て斬り掛かって来るので弾いて矛先を向けようとするが、またしても手から炎を出して直接当てつつ視界を遮って来る。
魔法のバリアで炎を防ぎつつ離れようとするも、バリアにクリスの剣が突き立てられた。
だが、攻撃もここまでのようで、俺のバリアを突き崩せずに炎が消えると種が解った。
クリスは火をドラゴンのブレスのように出せて、自身も火に耐性のある魔法を纏うことができるようだ。攻撃的な戦い方だが、燃費は良くないだろう。
明らかな疲労を見せているクリスは、やり切ったと言わんばかりのさっぱりした笑みを浮かべつつその場に座り込んだ。
「ああっ・・・シエラにも見せたことない技でも駄目かぁ」
「悔しがることは無い。イイ技だよ」
もし相手が普通の人間なら、確実に決まっていただろう。火の中を突っ込む人間なんて、そうはいないのだから。
メイドのマノンがタオルと水をクリスに渡しに来て、俺にも渡して来たが特に疲れるほどではないので丁重に断り、頼まれた特訓は終わった。




