十七話:領主の護衛依頼
次の日の朝、ミハイルたちが依頼を受けて出て行くのを見届けて俺も何か依頼が無いかと掲示板を眺めていると、朝食の時間をとうに過ぎた今になって宿の扉が開いて呼び鈴が鳴った。
「いらっしゃいま・・・せ?」
「いらっしゃーせ?」
エリーとメリーが戸惑っている。無理もない。来店したのはメイドさんだからだ。目が合うと、彼女がこちらに近づいて来た。
「隠者のユウ、で間違いないですね?」
「ええ、まぁ」
「領主様よりお呼びが掛かっていますので、御同行願えますか?」
「はぁ・・・」
よく分からないが、来いと言われたので行くことにし、メイドさん先導で領館に到着。門番にはギルドカードを見せるだけで通されて中に入る。今回は客間ではなく執務室に案内された。ずらりと並んだ書棚に綺麗な絨毯、奥には豪華なテーブルがありその上には書類の山。それを淡々と処理している人間は領主のクライン・アルバレスト・サーシェスだ。
彼はキリのいい所で手を止めて言った。
「少し待たせたな。要件を手短に言おう。護衛の依頼を受けて欲しい」
「・・・そういうのは、出来れば宿を経由してくれます?」
「すまない。時間が無いので返事がすぐ欲しいんだ。宿への仲介料なら後日支払う。それで依頼内容だが、俺の護衛としてレイクンド城まで同行し、帰りも護衛をしてほしい」
断る理由を少し考えてみるが、特に思い浮かばなかった。
「・・・いいですよ」
「よし、では昼までに準備を頼む。門の前で落ち合おう」
「その必要はない。準備なら既に出来ている」
「む、そうか。それなら今すぐ行くとしよう。馬は扱えるな?」
「馬もいらん。すぐ行ける」
クラインの横に移動し、肩に触れて転移する。街道から離れた森の近くだが、レイクンド城が見えている。
「これが報告書にあった転移魔法か。便利だな」
多少驚いているようだが、知っていたらこの程度の反応だろう。
この為だけに呼ばれたりするのは嫌なので、釘を刺しておく。
「魔法に頼るようなら、俺は次から呼ばれても来ませんよ」
「安心しろ。こんな便利なものに慣れたら、無くなった時に大変な思いをするからな。あんたの魔法に頼るのは急ぎの時だけにするよ」
「そういう心構えでいてくれるなら、まぁ・・・」
クラインが門に到着し身分証を見せた瞬間、衛兵が恭しい態度に変わって通された。それから通りを歩いてクラインを知る人々は頭を下げていく。
人通りが少なくなりしっかりと石畳で舗装された高級住宅街のような雰囲気漂う、幾つかの建物に門番が立つような所になると、クラインに堂々と挨拶する人も出て来た。
挨拶したり軽い世間話をして歩くこと数分、領館よりは幾分小さいが門番付きの立派な邸宅の前で足を止めた。
門番が恭しく頭を下げた。
「クライン様、お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま。彼は隠者のユウ。今回護衛で連れて来た冒険者だ」
「どうも」
「お疲れ様です。どうぞ」
確認もされずに通されて中に入り、クラインの案内で客間に案内された。
「俺は着替えて来るから、少し待っててくれ」
「ごゆっくり」
待つこと十分ほど、調度品の観察でもしているとクラインが戻って来た。いつもの服装ではなく、しっかりとした正装のようだ。傍にはメイドが控えている。
「待たせた。では付いて来てくれ」
言われて付いて行くと、家紋付きの馬車にメイドも一緒に乗り込み何処かへ向かう。質問する気もなく揺られること数分、到着したのはやはり城だった。馬車から降りて城内はクライン先導で歩く。以前来た時よりも人が多い。
途中で来たことのある通路に変わって到着したのは、クラインの妻のミシェルの部屋の前だった。
クラインがノックをする。
「ミシェル、俺だ、クラインだ」
すぐに扉が開いたかと思うと、中から出て来た彼女はクラインに飛びつくように抱き着いた。クラインもしっかりと受け止め、息のかかる距離で彼女を見つめる。
「あなた、久しぶり!」
「ミシェル、会いたかったよ。変わらず綺麗で・・・髪は伸びたかな」
クラインはミシェルの髪を優しく撫でる。ミシェルはクラインの髭を触った。
「クライン、あなたも変わらずいい顔をしているわ」
目の前で惚気られてる俺は穏やかな光景に眠気を覚え、欠伸が出た。
それで気付いたミシェルは抱き着くのを止めた。
「あら、ユウじゃない。護衛でいらしたの?」
「ええ、まぁ」
「手紙に書いておいて良かったわ。すぐに陛下へ謁見しますよ」
「はい?」
よく分からないまま、流れで案内されて俺はボディチェックを済ませ武器を一時的に取り上げられたうえで謁見の間の隅にミシェルとメイドと共に立つ。視界にはクラインが跪き、玉座に座るは王様然とした気を張っている公王だ。
「クライン・アルバレスト・サーシェス。陛下の招集に応じ馳せ参じました」
「招集に応じてくれたこと感謝する。会議は明日の午前の部からだ。招集の礼として晩餐もある。それまでは休まれよ。以上だ」
「ハッ」
挨拶が終わったのか、クラインが立ち上がって謁見の間の隅に移動した。そして、隅で立っている俺に公王の視線が移る。
「さて、隠者のユウよ。こちらへ」
手招きされたのでは拒否するわけにもいかず、公王の前に立つ。
「先日の町の危機での活躍は聞いている。ワイバーン数十の迎撃に加え、森からの大軍を一掃し、原因を突き止めた。その功績に対して然るべき褒賞を用意した。あとで受け取るがいい」
首を動かさずチラリと左右を見れば、控えている偉そうな人たちや従者たちや近衛騎士たちから、おかしな言動をするんじゃないという痛い視線が来ていて、あとで怒られても嫌なので空気を読む。
「・・・・・・有り難く、頂戴します」
ビシッとお辞儀を決める。ほっとする人々。さっさとこんな場所から離れたいので動こうとすると止められた。
「まだ話は終わっていない」
帰りかけた体を公王に戻す。
「ユウよ、あの日お前が帰った後にミシェルと話し合い、騎士の位を授け、騎士団の名誉顧問にしようという話となった。騎士として我が国に属し、来たるべき災厄の時は騎士団や兵たちを導いてくれぬか?」
「嫌です。騎士の位もいらん」
あからさまな拒絶をしてみたが、どうやら織り込み済みだったようで公王は顔色一つ変えずに言った。
「そう言うだろうと思った。では、何かある時は一人の冒険者として依頼を出す。よいか?
」
「それならいい」
「まだ話はあるぞ。いや、これが本題といった方がいいだろう。ユウよ、お前が帰っていなければもっと早く伝えられたのだが・・・とにかく、ドラゴン、ジークフリートの手紙に書いてあったのだ。ドラゴンの巣は魔王封印の地の上にあり、ドラゴンは代々封印の維持管理をしていた。それが何も知らない人間に巣を襲われて封印の維持管理が出来ておらず、近いうちに魔王が復活するという。さらにその人間たちは話し合いには応じず、天下統一などという荒唐無稽な願望を抱いており、西の国々を力で制圧すれば、いずれ東側へ来るだろうとも。詳しくは我よりもジークフリートに直接聞いてくれ。我々に出来ることは、情報を共有し、警戒し、備えるくらいしかできない。時がくればお前に頼ることになるだろう」
・・・魔王封印ねぇ。あの不審者女神、絶対に他にも何か隠してるな。
「まぁ、そういう事情なら一人の冒険者として依頼を受けましょう。ところで、魔王って本当にいたので?」
「残念ながら、本当にいた。五百年ほど前になるが、かつて勇者とその仲間が、悪逆の限りを尽くしていた魔王と対峙し封印したと伝えられている」
「そうですか」
「話は以上だ。もう下がっても良いぞ」
一礼し、俺はクラインたちと謁見の間を後にした。
「分かっていたとはいえ、俺明日はあの話題で会議するのか。嫌だなぁ」
と、クラインが城内を歩きながら愚痴り始めた。
「大陸全体の問題ですから、仕方ないでしょう。我が国が先んじて対策を講じれば、他国より優位な交渉が行えますから。頑張ってねアナタ」
「頑張るさ。位置的に俺の場所が騎士団や兵団の集合地点になるだろうしな」
馬車の所まで来たところで、クラインとミシェルが抱き合う。
「じゃあ、俺は先に家にいてるよ」
「ええ、私も明日は忙しいから、今日は早めに切り上げるわ」
馬車に乗り込み邸宅に戻った。俺にも部屋が割り当てられたが、昼食まで暇なのでメイドに一声掛けて外出。城下町の出店で料理を、市場で野菜や肉などの食材を大量に買い、酒屋で様々なワインを買い、冒険者用の服屋を発見して予備の旅装束を幾つか買った。
そろそろ昼食に帰ろうとした時、大通りの角に献花台があるのに気付いた。近づいてみれば先のワイバーン襲撃の犠牲者のようだ。花の他に食べ物が置かれているので、果物を一つ置いて行く。
邸宅に戻って昼食時、メイドに連れられて来た食堂は飾られた貴族らしい華やかな部屋だが、テーブルの上には大金貨の小さな山が置かれていた。
遅れてやって来たクラインは言う。
「それは、ユウの先の襲撃に対する褒賞だそうだ」
「多いですね」
「Bランク級のワイバーンを大量に討伐、森から出て来た複数の魔物を討伐、原因の特定・・・これでも少ないくらいだ」
「そうなの?」
「町の復興に被害者の救済、今回働いた兵士や騎士たちへの恩賞で金を使うからな。あまり出せないんだろう。とりあえず邪魔だからさっさと片付けてくれ」
だそうなので、俺はテーブルに置かれている金貨をさっさと仕舞う。
仕舞っている間に料理が運ばれて来て、クラインと共に食べることになった。貴族といっても普段の食事はそこまで拘っていないようで、宿で食べている定食にちょっとした手間と彩がある程度だ。
途中、クラインが口を開いた。
「なあ、俺の息子と娘に会う気は無いか?」
「会えるのなら、別に拒否はしませんよ」
「そうか。俺の息子も娘も騎士を目指していてな。良ければ剣と魔法の指導をしてくれないか? 謝礼は出す」
「暇なので構いませんよ」
「ありがとう。日が傾くころには帰って来るから、夕餉まで相手してやってくれればいい」
昼食も終えてクラインの息子と娘が帰って来るまで暇になった。俺は予定通り、不審者女神に問い詰める為に部屋でゲート作成に勤しむ。生と死の狭間というなんとも難しい空間へ繋ぐのに四苦八苦し何度も失敗したが、不審者女神こと夢の女神ミスティアというイメージしやすい対象を起点にすることですんなり繋ぐことが出来てしまった。
納得いかねぇ・・・。
この思いは彼女にぶつけることにしてゲートを潜ると、以前来た時と同じ花畑を照明で照らしたような空間に出た。当の夢の女神ミスティアは、花畑から少し浮いて、物理法則を無視した宙に浮くカーペットに炬燵でミカンの皮をもぎつつ寛いでいた。
「ドーモ、コンニチワ」
「ひゃあ!」
可愛らしい声を上げて皮をむき終わったミカンが炬燵の布団にぽろりと落ち、慌てて拾う。俺の方に顔を向けると、さらに驚いた様子で炬燵から出て立ち上がった。
「え、ちょっと、なんであなたがここにいるの!?」
「会いに来た」
「えっ・・・それは、そういうこと?」
顔を赤らめもじもじし出す。何を勘違いしているのやら。
「好意を抱いて来たわけじゃない。聞きたいことがあって来た」
「ああ、そう・・・。それで、何を聞きたいの?」
「魔王封印どうこうという話が出た。幻想世界ミステルミスとはどういう世界なんだ?」
「ミステルミスという世界については魂の療養や余生を過ごす場所としか聞かされていないわ。魔王封印なんて初耳よ」
「神様がそれでいいのか?」
「神様も訳あって人手不足なの。私のような末端が臨時でやるぐらいにはね」
自分の神様と名乗る奴を殴りたくなって来た。
「・・・それで、魔王についてのデータはあるのか?」
「ええっと、無限図書館に遠隔アクセスして・・・幻想世界ミステルミス、魔王・・・あったわ」
宙に浮く電子的なコンソールを出して操作し、一冊の本を取り出した。それをペラペラとめくり、該当するページを見つけたのか咳払いをして読み出す。
「魔王の名前はデスダイナ。分類は神様でありドラゴンね。かつてミステルミスの大陸の八割ほどを支配下にし、気に入らない奴は片っ端から殺してアンデットにしてたみたい。神様が勇者を手配して、それに合わせるように強力な力を持つ人間を生み出して仲間になるように運命づけたみたい。最後は勇者が刺し違えて仲間の賢者が魔王を封印。現在はドラゴンたちが封印の維持をしていたみたいだけど・・・あー・・・これは、もうすぐ封印が解けるって書かれてるわ」
最後は何か濁したが、相手は分かった。
「それで、魔王の能力やステータスは?」
「ごめんなさい。それは神様の規則で教えることを禁止されてる」
俺はミスティアを怪訝な目で見つめる。何か隠していることを確信するが、何かが分からなくてもどかしい。
「・・・なら、勇者はミステルミスにいるのか?」
「残念ながら、いないわ」
「勇者をミステルミスに派遣はしないのか?」
「無理ね。勇者は世界中で引っ張りだこ。ミステルミスは魂の療養や余生を過ごす保養所としての世界として認定されていて、勇者を派遣する優先度がかなり低いの。でも安心して。ミステルミスには私が案内した転生者たちがいる。彼らにはチートスキルやチート装備を渡しているから、探して上手く説得して魔王退治すれば楽勝よ!」
ドヤ顔でサムズアップするが、不安でしかない。
・・・致命的な情報を隠している気がする。
夢の女神ミスティアが頼りにならないと判断した俺は、ゲートを開いた。
「・・・帰る」
「う、うん。頑張ってね」
頑張ってね、という言葉が優しく見送る母に似ていて、彼女の本心だと理解はしたが俺は振り返らずにミステルミスに戻った。どうせ、頑張ることになると思っていたから。




