十五話:隠者、冒険者の弟子を持つ その1
冒険者ギルドに戻ると、一番にナナさんが心配そうに声を掛けて来た。
「ユウさん、大丈夫でしたか!」
「ああ。まぁ」
「それは良かった。でもなんで私を先に帰したんですか?」
言葉に少し棘を感じ、正直に言おうか少し躊躇った。
「あー・・・守りながらじゃ素早く動けないし、あとで合流するのが面倒だと思って」
「・・・次からは一言言ってくださいね。急に景色が変わって驚いたんですから」
「善処します」
「それでは、今回の手紙の件はギルドからの護衛依頼として報酬を渡しますね」
受付で処理を済まし、少額だがお金を貰った。
それから冒険者の宿に戻ってのんびりし、その日は終わった。
翌日、冒険者の宿で良さげな依頼を確認したり、部屋で筋トレをしたり新たな魔法の試作をしてみたりして過ごしていると、店主のルナさんから呼び出しがあった。
フロアに降りると、カウンター席に魔法使いらしい恰好をした高校生くらいの少女が、杖を傍に立て掛けて水の入ったグラスを手に座っていた。俺に気付くと席を立ちあがってお辞儀をした。
「あっ、私冒険者で魔法使いのエミリアといいます。隠者のユウさんですよね?」
「ああ」
「あの、魔法を教えてくれませんか?」
「・・・そう言われてもな」
片手で頭を掻いて困惑する。
教えるのは苦手なんだが・・・。
「強くなりたいんです。お願いします!」
頭を下げられる。興味本位で頼み込んでいないというのは分かり、俺は折れるしかなかった。
「・・・分かった。教えるのは苦手だから、強くなれる保証はないぞ」
「はい、よろしくお願いします!」
嬉しさでもう一度頭を下げられた。
「じゃあ、とりあえず杖持って」
そう言いつつ、手の届く距離に近づく。
「はい、持ちました」
「よし、移動しようか」
ポンと肩に手を置いて、近くの森の傍まで転移する。
エミリアはポカーンと口を開き、目を大きく開いて次第に驚きへ変わっていった。
「・・・今のって、転移魔法!?」
「気にするな」
「気にするなって無理ですよ。最上級魔法の一種で、使えるだけで賢者を名乗れるレベルなんですから」
そうなんだ。出来そうな存在が二名ほどいるのだが。
「まぁそれは置いといて。魔法を教えるにしても、君は何が出来るのか教えて欲しい」
「あっ、はい。初級レベルの魔法なら、属性問わず」
言われても分からん。
俺は適当に岩の壁を魔法で創り出した。耐久度的には俺自身の魔法で簡単に壊れるくらいだ。
「とりあえずこれに魔法を使ってみ」
「はい、やってみます!」
少し離れて、果物をインベントリから出して齧りながら観察する。
エミリアは杖を構えて何やら呪文を詠唱し、杖の先に火球を作り出して飛ばした。壁に当たると、それは弾けて消えた。当たった場所は少し焦げているが、それだけだ。
「どうですか?」
「そうだな・・・魔法の速度が遅いし、威力も低い。魔法の行使までの時間も掛かっている。改善点としてはその三つだな。即席で威力を上げるなら、火球をただぶつけるんじゃなくてひと工夫すればいい。こんな感じに」
同じように火球を指先に作り出し、着弾と同時に爆発する榴弾をイメージして壁に飛ばす。飛んでいった火球は壁に当たると爆発して木っ端微塵に破壊した。
ゴクリ、とエミリアは唾を飲んだ。
「・・・凄い」
「イメージとしては、火球を二重に生成、表面を薄い膜として、内部の火球を衝撃と同時に爆発させる感じだ」
簡潔に言ってみたが、彼女の表情は曇っていた。
「・・・簡単なように言いますけど、かなり難しいです」
「ふむ。具体的にはどこが?」
「爆発がそもそも、上位魔法なんです」
「なら、爆発を教える」
さらっと反射的に言ってしまい、俺の頭は高速で動いて理解する手法を幾つか考え出した。
再び土の壁を創り出して今の位置よりもさらに引き離して、インベントリから石ころを取り出し、投げて強い衝撃が起きた時に爆発する魔法を付与した。
「ほい、これ思いっきり投げて爆発する感覚を身に付ければいい」
「はあ・・・」
納得のいかない顔をして石ころを壁に向かって投げる。万が一を想定して魔法のバリアのようなものを展開。見事命中、爆発して壁は吹き飛び、破片と煙がこちらまで届いてエミリアは尻餅を着いた。
「え、あ、え・・・」
指をさす手が震え、驚愕のあまりに言葉が出ないようだ。
「さて、軽く十回くらい繰り返すか」
「今のをですか」
「ああ。投げて当たって爆発、これをパターンとして覚えてから自分の魔法に落とし込めばいい」
というわけでさっきと同じことを十回繰り返し、爆発にも慣れて変な性癖に目覚め始めているエミリアに爆発の魔法を試しに撃たせてみることにした。
「じゃ、とりあえず確認ということで、失敗してもいいから爆発の魔法、やってみて」
「はい!」
杖を構え、意識を集中して魔力を杖に溜めて、振るうと同時に杖の魔力が拡散して飛んだ。その拡散した魔力が土の壁に向かって一点に集中、圧縮されて密着した状態で点火して瞬時に爆発した。
威力としては俺が付与した石ころ爆弾よりもあり、展開したバリアのお陰で破片や衝撃波や煙を浴びなくて済んだ。
・・・うーん、教えたのと違うけど、いいか。
そのエミリアだが、さっきの一撃で魔力を消費しつくしたのかばったりと倒れた。
「大丈夫?」
「はい・・・大丈夫です。魔力が切れてちょっと動けないだけですので」
「そうか。はっきり言っておくが、一発撃って動けなくなるんじゃ、役に立たんぞ」
「仰る通りです。魔法の最適化さえできれば、今の威力でもう一発撃つことはできると思うので精進します。あと、一つお願いしていいですか?」
「聞くだけ聞こう」
「気を失いそうなので、町まで運んでくれませんか?」
俺は黙ってミカエルと一緒に湖のさざなみ亭に転移して帰った。
「ぐえっ」
「きゃっ、なに?」
転移した直後、フロアを掃除していたエリーがエミリアを踏ん付けた。エリーに止めを刺されて気絶したエミリアを無視してルナさんに尋ねる。
「ただいまルナさん。突然ですけど魔力を回復させるアイテムってあります?」
「マナポーションだね。流石に有料だよ?」
「ではそれを一つ」
「大銀貨一枚」
カウンターにお金を置くと、ルナさんは小さな革袋から小瓶を取り出した。中には青白い液体が入っている。
エミリアの傍に戻ろうと振り返れば、メリーがエミリアをツンツン突いていて、エリーは動かないエミリアを心配して体を揺すっていた。
「はい、ちょっと退いて」
エリーとメリーに退いてもらい、エミリアの体を起こす。そしてマナポーションの小瓶の蓋を開けたところで一つ疑問が湧いてルナさんに質問した。
「ルナさん、これって体に掛けるの? それとも飲ませるの?」
「どっちでも効果はあるけど、飲ませるのが確実だよ」
とのことなので、口に突っ込ませて強引に飲ませた。動かないエミリアは邪魔なので自分の部屋に運んでベッドに寝かせて放置。腹時計から昼時と判断しルナさんにエールと昼食を頼んだ。
それから三十分ほどだろうか、部屋で筋トレをしているとエミリアが起き上がった。
「はっ、ここは!?」
「おはよう。もう大丈夫か?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「それは良かった。ところで腹は減ってるか?」
「あー、はい。減ってます」
「よし、じゃあ俺が奢る。ここで食べていくといい」
「ありがとうございます」
降りてフロアで注文し、エミリアにはおススメ料理とエールを、俺はエールと摘みを頼んだ。エミリアの支払いはちゃんと俺が支払った。
食事中、俺はエミリアの気になったことを尋ねた。
「一つ聞きたい。君はなんで強くなりたいんだ?」
「言ってませんでしたね。私以外の三人とパーティを組んでいまして、前衛の男二人、後衛の女二人という構成なんです。私以外の三人はそこそこ出来るんですけど、私だけ魔法は弱いし攻撃も補助も時間が掛かるしで、お荷物になっていると思ったんです。だから魔法を上手く使えるようになって仲間の役に立ちたいなって、ユウ先生の所に来たんです」
「先生は止してくれ。そんなガラじゃない」
「教えて貰ってる身からすれば、よく見てると思いますよ?」
手を横に振る。
「・・・とにかく先生は止めてくれ。話は変わるが、あの魔法はなんだったんだ?」
「アレは、ちょっと閃いて試してみたんです」
「それが出来るなら才能がある。ただ、魔法使いでも戦いの身のこなしは重要だ」
「分かっていますけど、私、どんくさいから」
「なら尚のことだ。君が狙われれば、パーティの動きが制限され、前衛の負荷はより大きくなるだろう」
「うーん・・・」
乗り気でないようだ。食事の手が止まっている。だが、これは早急になんとかしておかないと後悔することになる。
「明日も暇なら来い。仲間も連れてきていい。相手をしよう」
席を立ち、俺は買い物の為に宿を出た。買う物は既に決まっている。特訓に使う武器を幾つかと、ポーション類だ。
まずはドワーフ夫妻が経営している鍛冶屋兼武器屋ミョルナベに向かった。
扉を開けると鉄の匂いと鍛冶のリズミカルな音が聞こえ、店番をしているナベッタさんが気付いた。
「いらっしゃい。ああ、ユウじゃないか。何か用かい?」
「どうも。幾つか訓練用の武器を見繕って欲しい」
「特訓でも始めるの?」
「まぁ、そうですね。他の冒険者と特訓を」
「へえ、それならそこの棚の端にある木製の武器だね」
指さされた先を見ると、木製の剣や槍や斧や盾なんかが、刃や先端を布で保護された状態で壺に大量に入れられていた。
「じゃあ、それを全部と、弓と矢と投げナイフを下さい」
「ん、弓はそっちにあるよ。矢と投げナイフは種類と在庫に限りがあるから、はっきり言ってくれないと出しようが無い」
「矢はとりあえず木の矢をあるだけ。投げナイフは使い捨てでいい奴をあるだけ下さい」
「待ってな。出して来る」
その間に弓の棚を見に行き、良さ気な弓を幾つか手に取ってカウンターに持っていく。
「お待たせ。お、いい弓を選んだじゃないか」
弓はカウンターの傍に置かれて、大量の矢と投げナイフが置かれる。
「こっちの矢は先端が鉄製の普段使いするものだ。で、こっちが使い捨てを前提にした投げナイフ。軽量で刃が欠けやすく折れやすいけど、切れ味はかなりいいよ」
「じゃ、全部で」
「分かった。計算するからちょっと待ちな」
待つこと数分、計算が終わって支払いを済ませた後に俺は他の店のことについて尋ねた。
「ナベッタさん、魔法の薬が売っている店を知ってます?」
「ポーションとかの類かい? それならうちの向かいの魔法薬店に置いてあるよ」
「そうですか。ありがとうございます」
鍛冶屋兼武器屋のニョルナベを出て向かい側の店を見る。ポーションと釜の模様が描かれた店のようだが、窓はカーテンで完全に閉ざされていて見えない。
入っていいものか、挙動不審に見られない程度に悩んで意を決して店に入る。ぬるっとした薄い壁を通る感覚があり、無音が訪れた。次に乾燥した草と薬品の入り混じった変な臭いが鼻を刺した。様々な薬草や乾燥した生き物の手足や羽や臓物が吊り下げられ、鉱石や結晶が棚に置かれ、多くの壺が並べられている。
カウンターの裏には小分けされた木の棚が一面を占めており、そのカウンターには耳が尖って長いのが特徴のエルフの女性が気持ちよさそうに寝ていた。
店の扉を開けて出ようとするが、壁と一体化したようにビクともしない。カーテンを退けて窓を覗くが、外は真っ暗闇になっていて、隔絶された空間だと理解できた。
・・・なるほど、盗難防止か。
寝ているエルフの女性に近づいて揺すろうとするが、すり抜けて触れない。素晴らしい危機管理意識だと感心しながら、何か起こし方があるだろうと思って軽く見渡すと、カウンターの隅の方に紙と卓上ベルが置かれていて、こう書かれていた。
『御用の方はこれを鳴らしてください。店主、エイリーン』
チーン、と卓上ベルを鳴らすと彼女がモゾモゾムニャムニャしたあと、また動かなくなった。もう三度ほど鳴らすと、ゆっくりと体を起こして大きく長く伸びをした。
「・・・んー・・・・・・ふあ・・・・・・ああ、お客さん。いらっしゃーい」
眠気眼で凄く呑気そうにしている店主の淡い緑の髪はぐしゃぐしゃ、羽織っている白衣は皺がついている。
そんな状態の店主だからか、特に緊張とかは無く注文する。
「冒険に使うポーションって、あります?」
「あるよー。傷を癒すキュアポーション、魔力を回復するマナポーション、一時的に能力を上げる用途別のポーション、あと色々・・・それとー、オーダーメイドのポーションも受け付けてるよー」
「じゃあ、そのポーション類全部、あるだけ下さい」
「ん? んんー!?」
目をパチクリして、俺の言ったことを飲み込んで目を覚ましたようだ。
「それはーちょっと勘弁してほしいねー」
「何故?」
「他のお客さんが来たらねー困っちゃうでしょー」
確かに。
「じゃあ、あるだけから、それぞれ三個残しで」
「それならいいよー」
彼女が指を動かすと、品が勝手に動き出してポーション類が次々とカウンターに置かれていく。カウンターの下から紙とペンを取り出すと、ポーションの名称と値段と個数を書いていく。
「ところでー、君は随分強そうだけど、何者かなー?」
まさか初見でそう思われるとは思わなかったが、彼女の惚けた態度ではなく目をしっかりと見れば、まるで内面すらも見透かすような鋭い視線だと気付いた。
「・・・冒険者のユウです。一応、隠者やってます。あなたは?」
「ああーそう。私はこの『しがない魔法薬店』のー、店主のエイリーン。ところでー、どうしてそんなにポーションが必要なのー」
「単純に、何か起こった時の備えが欲しい」
「備え? 戦争でもするのー?」
「さぁね。でも備えたい」
「ふーん・・・あ、計算終わったよー。代金はこれねー」
紙に書かれたポーションの種類は十数種類に及び、ばらつきはあるがそれぞれ数十個、合計金額は軽く大金貨十数枚だった。どうやらポーションの類はそれなりの値段がするようだ。
支払いを済ませると、エイリーンが一枚の紙を渡して来た。
「これ、ポーションの説明書きだよー。ちゃんと読んでー」
「どうも。ではまた」
「はーい。またねー」
手を振り合って店を出ると、いつもの町の通りに出た。音のある生活感漂う空間に、俺は何処か安堵しながら宿に帰ってポーションの説明書きを一通り読んだ。




