十二話:隠者、領主に会う
翌日、調査も終わり早々に帰ることになった。
「じゃ、また来てや」
「・・・ああ」
ミホがドラゴンの手で握手を求めて来たので、躊躇しつつも慎重に握った。彼女は軽く握ったつもりだろうが、かなり握力が加わっている。
ナナさんの方もジークフリートと握手をした。
「では、そちらの長たちに渡してくれ」
「はい。必ず」
どうやら話はある程度纏まったらしい。
山を下り森を抜け、帰りの道中は何事もなく帰ることが出来た。
町に到着してギルドに入ると、すぐにナナさんと一緒にギルドマスターの部屋に通され、ギルドマスターがわざわざ椅子から立ち上がって労いの言葉を掛けた。
「ナナ、そしてユウ。今回の昇格依頼、御苦労だった」
「はい。必要な調査資料はこちらに記載してあります。それと、当のドラゴン、ジークフリートより領主様と陛下宛に手紙を預かりました」
ナナさんが本と、粗末ながらも紐で封をされた二通の手紙を渡した。
「手紙の内容は、私が拝見してもいいものか?」
「いいえ。彼はこの手紙が封をされたまま届けられるまで見守っていると答えました」
「そうか。なら・・・ナナ、そしてユウ、すまんがこの手紙を直接渡してくれ。その方が確実だろう」
「え、領主様はともかく、私が陛下に謁見するのですか?」
「ドラゴンからの手紙だ。重要度を考えればお目通りは叶う。俺から領主様に陛下への謁見願いを出す。あとは領主様に頼ってくれ」
「は、はい」
「ユウもそれでいいか?」
「まぁ、拒否する理由もないですし」
「よし、話はこれで終わりだ。領主様に会うのは少し時間がいるから、後日改めて声を掛ける。受付で依頼の清算とギルドカードの更新をしてくるといい」
受付に戻り、ナナさんが依頼の清算をしてくれて報酬が支払われ、そのまま昇格によるギルドカードの更新が行われた。今いる冒険者が固唾を飲んで見守っている。
例の石板の装置によってギルドカードの更新が終わり、確認すればランクの部分がEからAに変わっている。
「・・・飛び級過ぎません?」
「相応の依頼でしたし、それだけの実力があるということです。とにかく、今回はお疲れ様でした」
ナナさんの労いが言い終わった途端に、ギルド内がまた騒がしくなった。音楽が奏でられ酒や飯の注文が殺到し、宴会へと変わった。エールを渡されAランク冒険者の誕生を祝われる。俺はチビチビと酒を飲み少しだけ料理を食べ、ある程度の時間が経ってから小金貨一枚を受付で支払ってさっさと宴会から抜け出した。
帰りに酒屋に寄ってありったけの酒を買い、冒険者の宿に帰宅する。今は夕食前の準備時間なようで、調理の匂いが充満しているが客はいないようだ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「ユウだ、おかえり!」
掃除をしていた可愛いウェイトレスのエリーとメリーに出迎えられ、カウンターに座る。
ルナさんは帳簿の手を止めて出迎えてくれる。
「おかえりユウ。昇格依頼は・・・その顔なら聞くまでもないね」
「ああ、見事に達成したよ。ほら」
ギルドカードを見せると、店主は不敵に笑った。
「いいね。これで宿復活計画が進められる」
「計画?」
「Aランク冒険者が宿に所属することになったんだ。高難度依頼の請負、低級冒険者への指導、高級素材の収集・・・上手く行けば宿の経営を軌道に乗せることが出来るってものよ」
「夢があるな。ただ、俺は暫くここを離れるぞ」
「なんだと!」
ルナさんの声に、調理中のロザリーさんがひょいと顔を覗かせた。
「どうしたのルナ? あっ、ユウさん、おかえりなさい」
「ただいま」
「食事はどうする?」
「いただきます。酒と、オススメで」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
ロザリーさんが厨房へ戻る。
ルナさんがエールと摘みを用意しながら不満そうに問う。
「何故だ。理由を答えてもらおうか」
「大事な手紙を二通ドラゴンから預かってね。ギルド職員のナナさんと一緒に領主に会って渡して、それから公王様に渡すことになった」
「それじゃあ仕方ないな」
カウンターにエールと今日のお通しの肉野菜炒めの小皿が出され、お金を取り出そうとすると止められた。
「おっと、支払いはいいよ。今日は昇格祝いで奢りだ。それと、Aランク冒険者の活躍を期待して、これからは宿泊費と食費は取らないことにするから」
「・・・そういうことなら」
金を出すのを止めてジョッキを掴み、エールを飲んで摘まみを食べる。美味い。
ルナさんは帳簿に戻り、俺はのんびりと料理を待つ。
数分してロザリーさんが直接料理を運んできた。
「お待たせ。今日は肉と芋の煮込み定食です」
メインの肉と芋の煮込みは、洋風の肉じゃがといった風だ。副菜に野菜サラダ、主食のパンはサックリしていそうなクロワッサン。野菜のスープに、デザートは酸味のある果物とサッパリした果物。
料理を堪能して部屋に戻る。
次は手紙の配達か。面倒だな・・・。
ベッドに横たわって楽が出来る方法を考える。
走る・・・は疲れるし距離次第では面倒だ。
馬を強化・・・結局疲れる。
飛ぶ・・・いい案だが魔力的に疲れる。だが、飛ぶという発想はありだ。
「飛ぶ、飛ぶ・・・あ、そうか。跳べばいいんだ。空間を」
ファンタジーでお馴染みのテレポートとディメンクリスゲートを思いつく。
起き上がって早速実験してみる。
空間跳躍には座標の指定と、指定したポイントまでの通路を圧縮して繋ぐイメージと、体を透過させて再構成させるイメージが必要だ。
まずは小手調べに照明玉を作成した地点を指定して魔法を発動、転移して暗くなり始めた湖畔に到着。
行きは成功。帰りはどうか・・・。
今度は狭い個室の自分の部屋に転移。何事もなく帰ることに成功した。
「これなら実用化できる。次は・・・飛んでみるか」
もう一度湖畔に転移し、そこで魔力を体の表面に纏って数センチ浮いてみた。
「浮遊はよし。次は高度を上げる」
自分が空高く飛ぶイメージして一気に飛び立ち高度を上げていく。ある程度上がった所で高度を維持し、一旦地上へ降りる。
上下移動は問題無し。次は横への移動が上手くいくか。
暗くなっている中で横移動は危険なので、目印に石ころを拾って光る玉を作り出してから高度を上げる。そこから風の中を突き進む現代の戦闘機をイメージして魔法を爆発させてぶっ飛ぶ。
やばい、思ったより速い。
空気の壁にはぶつかっていないが、暗い中でも地上の景色が次々変わっていくのが分かってしまって、慌てて止まる。方向を見失わないうちに戻って地上に降りる。
「ふう・・・。夜間飛行はやるもんじゃないな。さて、ゲートか・・・」
真っ先に思い浮かんだのはあの虹色不審者神様、ミスティアがやったゲートだ。面倒なのでそっくりそのまま見た目を真似て、ゲート先を数メートル先にして発動。空間を繋げることには成功した。とりあえず光る玉を拾ってゲートに放り投げる。するとゲートの先で光る玉が出て来て落ちた。手応えありと見て今度は片手を突っ込んでみる。違和感はない。思い切って飛び込み、何も問題ないことが分かった俺は、その後距離を離しつつ何度かゲートを作成し、その全てに成功してものにしたことを確信した。
転移して部屋に戻り、休憩する。
翌朝、朝食を食べてからギルドへ出向いてナナさんに会いに行く。
「おはようございます」
「ああ、ユウさんおはようございます」
「今日は、領主様に会えますか?」
「今朝ギルドマスターが話をしに行ったので、少ししたら行くことになると思いますよ」
「そうか。ところで、公王様のいる場所はどこです?」
「場所ですか? こちらの地図を見れば分かりますが、ここがサーシェス領で、その下がレイクンド公国領です。湖が弓の形をしていますので、船なら湖を直線で移動して馬より早く着きますし、馬でも湖に沿って一日走らせれば到着する距離にあります」
測量技術の無い抽象的な地図を見せられながら説明されて、大体理解できた。巨大な湖が弓の形をしていて、西の山がやたら大きい。日本の滋賀県にどことなく似ている地形だ。
「なるほど。じゃあちょっと準備をしてきます」
「遅くてもお昼までには戻って来て下さいね」
「了解」
ギルドを出て、南の門から町も出て人気のない森に入る。ここからなら人が飛ぶ所なんて見られないだろう。
・・・念には念を入れて。
認識阻害の魔法をぶっつけで使ってみる。身に付けているものを含めて魔力の被膜を纏うことで一応は成功したが、問題点は効果が出ているのか確認がし辛い点だ。
まぁ、見られたところで何もないし、いいか。
一人で納得して飛び立ち、高速で公王がいるであろう場所へ向かう。昨日は暗くてはっきりと速度を認識していなかったが、イメージしたもののせいか軽く数百キロ出ている気がする。ものの数分で立派な城とそれを囲む城下町が見えたので少し離れた場所に降り立ち、誰もいないことを確認してから透明化の魔法を解除し、歩いて町の門に到着した。
最初にこの世界に来た時と同様に列に並んで声を掛けようとしたら、先に背後から綺麗な女性の声で尋ねられた。
「少しよろしいか?」
「はい」
あっ・・・これ駄目な奴だ。
振り向いて即、背後にいた少女に警戒する。
真っすぐで艶のある黄金色の長髪に、穏やかな南国の海のような青い瞳をしている。黒白黒の喪服のようで洒落たデザインの衣装を身に纏い、短剣をぶら下げる少女は貴族を思わせるようだ。だが、そのニヤついた笑顔には無邪気に楽しもうとする以外に心情が見えず、人の形をした何かにしか感じなかった。
「先ほど、中々の速さでこちらに来たようだが、こちらには何をお求めに?」
透明化して飛んでいたことが見抜かれていて、相当な実力があると確信した俺は明確に危険性を抱いた。
「・・・下見に来ただけだ。どうせだから聞きたい。あの城にはこの国のトップがいるのか?」
「会って話をしたことはある。嫌われてしまったけど」
「だろうな」
恍惚、その言葉がしっくりくるような不気味で素敵な笑みに変え、快感を味わうように自らの体を抱きしめながら言った。
「ウフフ、私はアジテーター。また会いましょう、隠者のユウさん」
彼女が下がっていくと、視界から気配と一緒に忽然と消えた。
しまった、ステータスを調べてなかった。
だが、彼女は恐らく転生者・・・なんであんな奴をこの世界に放り込んだよ、神様。
文句の一つも言ってやりたいと思ったが、目的の場所の確認はできたので、俺は並んでいる列から離れて森へ移動し、転移してポートローカルの近くに戻り、そのままギルドに帰った。
ギルドに戻ればすぐにナナさんが立ち上がって声を掛けて来た。
「ユウさん、領主様の謁見許可が下りました。今すぐ行けますか?」
「ああ、いけますよ」
「では、参りましょう」
ナナさんに連れられて町を移動し、大きな館に到着。大きな鉄柵に手入れされた広い庭、弓を象った紋章の彫られた門には武装した門番が立っている。
ナナさんが門番に挨拶と要件を伝えると門の傍の守衛所で確認を取られる。守衛所から一人、館の中の人間へ引き継ぎに行って待たされ、館から引き継ぎに行った人と一緒にメイドが一人出て来てようやく通された。
館に入って客間に通されてからもさらに待たされ、緊張して座って固まっているナナさんを無視して自分の緊張を解す為に調度品を観察していると、今回の仕事の相手がようやく入って来た。
第一印象は、出来る大人だ。髪をオールバックに固め、人柄の良い人相をし、重責を難なく受け止めて来た雰囲気を持つ男だ。着ている服からも貴族という感じを抱くが、その肉体はある程度鍛えられているのかがっしりとしている。
ナナさんが素早く立ち上がった。
「お久しぶりでございます。冒険者ギルド職員のナナです。本日はドラゴンの調査の件で伺いました」
「話はゼロスから聞いている。まぁ座ってくれ」
「は、はい」
ナナさんは座る。俺も調度品の観察を止めて座った。対面に男が座ると、メイドが素早くティーセットとお菓子を置いて出ていった。
「ナナは俺のことを知っているな。そっちのあんたは隠者のユウなんだって? 俺はクライン。クライン・アルバレスト・サーシェス。サーシェス領の領主をやっている」
「どうも、隠者のユウです」
「さて、挨拶も終わったし、早速話といこう。ドラゴンが手紙を寄越したそうだな。見せてくれ」
「はい、こちらになります」
手紙の一つを差し出す。受け取って開封して彼は中身を読み出すと、すぐに表情が険しくなった。手を口に当てたり紅茶を飲んだりしながら読み続け、読み終わるとソファーにもたれ込んだ。
「こいつは参ったな・・・俺の手に負えることじゃない」
「あの、何が書かれていたんですか?」
「ああ、詳しくは話せんが世界情勢のことだ。色々とマズイことが起こっているらしい。あとは、この手紙の差出人・・・いや差出ドラゴンか。ジークフリートが山に住んで、何か大きなことが起こったら助けると。代わりに無暗に近づいて来ないようにお願いされた」
クラインは菓子を食べ、紅茶を飲む。ナナさんも菓子と紅茶を飲みつつ、次の仕事の話をする。
「領主様、こちらにジークフリートより公王陛下への手紙を預かっているのですが、謁見の取次ぎをお願いしてもよろしいですか?」
「ああ、それもゼロスから聞いている。すぐ用意しよう。ここで待っていてくれ」
クラインが出て行って待っている間、ナナさんは菓子をサクサク食べた。俺も菓子に手を付ける。砂糖の甘みと紅茶の風味が素晴らしい。特に紅茶の方はいいダージリンだ。
楽しんで待っているとクラインが戻って来た。手にはわざわざ装飾が描かれた封筒と、簡素な封筒の二つがある。
「待たせたな。これが謁見願いを記した封筒だ。こいつは城の中の人間に見せて、然るべき人間に開けてもらえ。もう一つの簡素なのは、入場許可の書状。こっちは門番に見せれば入れてくれる。もし駄目なら戻って来てくれ」
「ありがとうございます」
「これくらいお安い御用だ。では頼んだぞ」
「はい。ありがとうございました」
メイドに送られ、俺とナナさんは館を出た。




