十一話:ドラゴンと対峙する
翌朝、ナナさんが伸びをしながら起きて来た。
「・・・おはようございます」
「おはようさん」
俺は今、朝のご飯の為に料理を温めたり湯を作っている。冷たい物よりも温かい物の方がやる気も高まるというもの。
「結局交代しませんでしたけど、大丈夫なんですか?」
心配するのも分かる。護衛を兼ねている冒険者が死ねば、生きて帰るのすら命懸けだ。相手の健康にも気を遣うだろう。
だから俺はこう答える。
「大丈夫。寝ないのは慣れてる」
実際の所は、寝ても寝なくても変わらない。肉体の制限が無くなったせいで、最早人間としての範疇を超えてしまっている。その気になれば、常時人外の動きも出来るだろう。
話すことでもないので、温まった料理をナナさんに渡す。
「どうぞ」
「こんな場所で温かい料理を食べられるなんて、思わなかった」
「温めるだけなら、すぐに出来そうですけど?」
「確かに火の魔法か魔石が使えれば誰でも出来ますが、何かに襲われる危険性を考えるとそう易々と出来ることじゃないですよ。ん、美味しい・・・」
俺も食べ始め、準備をして出発の時間となった。ナナさんは馬を荷物持ちとして連れて行くようだ。
森の中を進む。夜のうちに不穏分子を片付けていたお陰で快適な森林浴となり、何事もなく森を抜けて山に入った。歩きやすい場所を探しながら登っていき、目的の場所にもうすぐ到着する。
ただ、森を抜けてからヤバイ気配二つがこちらに熱々の敵意を送って来るせいで、俺は気が休まらず手足の震えを抑えるのに苦労した。ナナさんがいる手前、涼しい顔で居続けたがかなり苦しい。
「・・・着いたか」
呟く俺の正面には大きな洞穴に身を休める灰色のドラゴンが一頭、こちらを品定めするように見つめていた。もう一つの視線は、ドラゴンが寝床としている洞穴の奥の暗闇から来ている。
・・・これはちょっと洒落にならない。俺だけならなんとか。でもナナさんを守りながらは無理だ。
存在としてはあまりにも強大だった。神の領域に片足突っ込んでいる俺でも油断ならず、一歩間違えれば火薬庫が爆発するような面倒この上ない相手だ。
そんな俺の心情を見透かすかのように、対面している灰色のドラゴンはフンスッと鼻で笑った。
「貴様、我の威圧に屈しないとはいい度胸だな。して、何用か?」
俺はにやりと笑ってみせる。今にも手足が震え出しそうだが、心揺さぶる相手に楽しみすら覚えてしまう。
「いやなに、ちょっと近くの町から調査を頼まれてね。俺はその護衛、こっちの――」
振り向けば、ナナさんは完全に怖気づいていた。立ち竦み、怯え、今にも逃げ出しそうな顔色をしていた。
・・・こういう時は背中を押してやるに限る。
背中をバシンと叩いてやる。
「――あっ。えっと・・・レイクンド公国、サーシェス領のポートローカルという町の冒険者ギルド職員のナナです。今日はドラゴン調査で来ました。邪魔かと思いますが、我々の質疑に答えてくれると助かります」
流石はギルド職員。ドラゴンを前にしても事務的な対応をしてくれた。
ドラゴンの方もそんな対応をされるのは珍しいのか、笑った。
ひとしきり笑った後、急にマジな目に変わった。
「人間は騙し討ちが得意だ。貴様らを傍に置けるほど信用するに足る対価はあるか?」
「ない」
俺が答えた。こんな問答は時間の無駄だ。
ドラゴンが俺を睨む。
「ほお、理由は?」
「そんなもんはない」
俺は片刃剣を引き抜く。傍にいるナナさんが引くが、気にしない。ドラゴンもいつでも動けるように身構える。
「我とやり合うというのか? 人の身で」
「戦いこそが人間の可能性だよ」
オカシクなりそうだ。だが・・・。
剣の切先を、ドラゴンではなく洞穴の中で覗くもう一つに向けた。
そこにいる君の返答次第で、この場は丸く収まるぞ?
出方を窺う。ドラゴンも動かない。動けばこの場で世界を揺るがす戦いが始まるから迂闊に動けない。
この状況下で唯一の選択肢を持つそいつが、声を出した。
「・・・ジーク、ちょっと待ってや」
女の声。近づいてきて姿を見せたのは、ドラゴンの特徴を持った人間の少女・・・ドラゴン娘という表現がしっくり来る存在だった。
流石に予想外の俺は、すかさずステータスを覗いた。
名前:ミホ(転生者)
性別:女性
性格:お茶目
能力:ドラゴン装備一式(チート性能)
スキル:ノリツッコミ
・・・道理で。ヤバイ訳だ。
俺は一旦、剣を下ろした。
ドラゴンは躊躇ってミホと俺を両方見つめ、構えを解いた。
「ミホ、こいつは危険だ」
「分かってる。けど、それでもうちは話がしたい。迷惑掛けるけど、それくらいはさせて」
「・・・不審な動きを見せれば、制止は聞かんぞ?」
「それでええ」
彼女が近づいて来る。森を出た時の威圧感もなく、膝上まであるドラゴンの脚でしっかりと歩いて来る。俺も話し合いに答える為、剣を納めた。
ミホはある程度近づいた所で立ち止まった。
「うちはミホ。こんな見た目でも人間や。あんたらは調査に来たんやったな。何を調査するんや?」
それを答えるのは俺の役目でないので、ナナさんに振り返ると前に出てくれた。
「何故ここに住み、どういう生活を望んでいるか、我が国の人間に対して脅威となるかどうかという調査です。必要であれば、我々は交渉のテーブルを用意します」
「ん。うちとしては、調査は好きにしてもらってええと思ってる。それで、交渉って何を交渉するんや?」
「我が国に帰属するか、しないか。お互い平穏に過ごす為の擦り合わせですね」
「あー、そういうのうちは苦手や。ジーク、任せてええか?」
「お前がそれを望むなら」
「というわけや。なんもないけど、ゆっくりしてって。ジークがいる限り、外敵は来んから安心してええで」
「ありがとうございます。それでは、私たちは一度荷物を取りに戻りますね」
この場を一旦離れて森に入ってすぐ、ナナさんが膝に手を突いて大きな息を吐いた。
「・・・怖かった。ユウさんはよく平気でいられますね」
「実のところ、ずっと威圧されてかなりヤバかった」
「えっ、威圧・・・」
ナナさんは身震いし、再び歩き始めた。
野営を片付けて再びドラゴンの住処の洞穴へ。大きな猪が横たわっており、ミホが焚火の薪を集めていた。その薪の傍で岩に腰掛けるローブを身に纏う灰色の髪の老人がいた。ステータスを見るまでもなく、あの灰色のドラゴンだ。
だがナナさんは気付かず尋ねる。
「あの、あなたは?」
「我はジークフリート。先ほどのドラゴンと言ったら分かるかな?」
「へっ? あっすいません」
「構わん。それより、色々と聞きたいことがあるのだろう? 食事をしながら話そうじゃないか」
集まった薪に優しく息を吹くように火を吐いて着火し、猪を解体して焚火に上手く立て掛けたり木に刺して焼き始める。
俺もナナさんも適当な岩に腰掛ける。
肉だけでは味気ないと思った俺は、懐から料理を出して皿に大量に盛りつけて差し出した。
一番に反応したのはミホだった。
「サンドイッチ! こっちは焼鳥! 食べてもええんか?」
「ああ、食べてくれ」
先に自分が皿の上から手に取ってすぐに食べて見せる。これで毒が無いという意思表示にはなるだろう。俺を見つめていたジークフリートも、手を伸ばして食べてくれた。
「・・・美味いな」
ジークフリートが呟いた。ミホは爪のあるドラゴンの手で器用に掴んでパクパクパクパク、美味しそうに沢山食べている。ナナさんも手に取りつつ、ペンと本を取り出した。
「ではジークフリートさん、調査の為に話をさせて貰いますね」
「うむ」
二人は真剣な会話をし始めたので、俺は席を移動してミホの隣に腰掛けた。
「出した料理、気に入ってくれたようで」
「おう、気に入ったで。でもどうしてこんな新鮮なんや? 普通、腐るやろ」
彼女には伝えるべきか、少し悩んだが信頼を得ておくべきと判断した。
「・・・ステータス」
と小さく呟いた。
転生者の彼女には、今しがた出した俺のステータスが見えているだろう。目つきが変わった。
「・・・あんた、転生者やったんか」
「君もだろう? 俺はこの世界で生きる以外にやることもないから、困ったことがあれば頼ってくれて構わない」
「はは、なんやそれ。まぁ、頼りにさせて貰うわ」
とりあえず転生者同士の会話も終わったので、飲み水を生成して渡し、この後はのんびりと過ごすこととなった。ナナさんとジークフリートの会話は日が沈んでも続いた。




