十話:道中を警戒する
早朝、まだ日が出る前に起きた俺がフロアに降りると、奥の厨房でロザリーさんが料理の仕込みをしていた。スープのいい匂いがする。
「ロザリーさん、おはようございます」
「おはよう。早いですね」
「今日は仕事でね。行って来ます」
「行ってらっしゃい」
宿を出てまだ人通りも少ない町中を歩いて冒険者ギルドに到着。玄関前に冒険者ギルドの紋章が付いた屋根付きの馬車が停められており、ナナさんがいつもの事務服ではなく旅人風のギルドの服を着て馬車に荷物を積み込んでいる所だった。
「おはようございます」
「ああユウさん、おはようございます。今回の依頼、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。ところで、この馬車を動かす御者は?」
「急な都合で雇えず、私がやります。あっ、これでも乗馬や御者の講習受けていますから安心してください」
不安だ。何かに襲撃されないとも限らない。
「それなら俺が、と言いたいところだけどやったことがない。町を出たら、教えてくれないだろうか」
「そういうことでしたら、是非お教えします」
荷物を手伝い、日の出とともに出発。門で衛兵に身分証を提示して少し町から離れた場所で馬車は止まった。
「では、教えますので、どうぞ隣に」
「はい。ああ、ナナさんこれをどうぞ」
昨日買った高級敷物を取り出して渡す。
「わっ、わっ、これって帝国で流行中の馬車用の敷物じゃないですか」
「快適な旅には必要だと思ってね」
自分の分も取り出して、敷いて座る。柔らかく程よい反発のあるフカフカクッションだ。
うむ、これなら揺れても尻が痛くない。
ナナさんも敷物を敷いて座る。
「おお、これは・・・無くては旅が出来なくなりそう」
気に入って頂けたようだ。
ナナさんは気分良さげに説明を始めた。
「さて、御者としての馬の扱い方を教えますね」
それから軽く説明を受け、やりながらの手ほどきに移り、及第点を貰えた俺はそのまま暫く慣熟走行することとなった。
後ろに移ったナナさんが声を掛けて来る。
「街道は暫く道なりですが、途中で二股に分かれる地点があります。そこには軽い休憩所として機能している集落があるので、そこで一旦休憩しましょう」
「了解。それにしても、街道って意外と狭いんですね」
大きめの馬車がすれ違えるくらいの幅しかない。道も平たんではなく割と凸凹している。
「この国は巨大な湖による水運が物流の半分以上を占めていますので、どうしても街道の整備が後回しになってしまっているんですよ」
「なるほど。俺ならむしろ街道の整備を今のうちに着手するな」
「それはなぜです?」
「馬車の技術も日々進化している。頭の可笑しい人間が、馬を使わずもっと早い動力を開発して普及させれば、ずっともっと速い物流を作ることが出来る」
「馬を使わない、速い馬車ですか」
「そう。俺だったら魔法をエネルギーと動力を兼ねたものとして構築、馬の倍の速度と持続力のある車を考えるかな」
「壮大過ぎてちょっと想像つかないですけど・・・夢のありそうな話ですね」
「何年掛かるか分からないが、現実になる話さ」
「・・・今の話、依頼の記録に書いてもいいですか?」
「いいよ」
ナナさんは分厚い本に今の話を書き留めた。
他に話すこともないのか無言のまま馬車に揺られて進む。牧歌的な音楽が脳内に流れ始めて呑気にしたいことを抑えて周囲を警戒していれば、左右の茂みに六人ほど何者かが潜んでいるのを看破し、身構える。そして通り過ぎる時に男が身を乗り出して狙って来たので、両手で素早く大きな風の刃を飛ばして草木ごと射手を斬殺し、ナナさんに向かって叫んだ。
「敵襲だ。伏せろ!」
奇襲が失敗だったと悟った相手は剣や斧や槍を手に左右から出て来たので、馬車を守るべく先ほどと同じ風の刃で容赦なく切り殺し、たまたま生きていた怯える輩に声を掛けた。
「おいお前、何故攻撃してきた」
思わず皆殺しにしてしまったじゃないか。
この惨状にガタガタ怯えている輩には事情を説明してもらわねばいけないと判断した俺は、馬車で伏せているナナさんに言う。
「ナナさん、尋問をお願いしてもいいですか?」
「あー、はい。私で良けれ・・・ば・・・」
起き上がって周囲がちょっとした戦いの後の状況に言葉を失いつつも、怯える輩の傍に来て問うた。
「私は冒険者ギルド職員です。馬車にもギルドの紋章が入っていたのに、どうして襲って来られたのですか?」
「ああ、いや、そこで死んじまったボスが・・・護衛が一人ならやれるっていうんで、襲ったんです。はい」
輩が指さした所には腕と胴体が二つになっているガタイのいい死体がある。
ナナさんは腑に落ちないといった顔でさらに問う。
「冒険者とギルド関係者を襲っても実入りは少ないでしょう。何が原因でこんな場所で待ち伏せを?」
「あ、えっと、山にドラゴンが住み着いちまって、山賊の俺らとしては不安で拠点と襲う場所を変えようって動いたんだ。で、拠点の移動も落ち着いたからここでボスがとりあえず練習がてら襲おうって・・・」
早口だが分かりやすく教えてくれた。俺としては苦しまないように一撃で死なせてもいいが、この国の法制度は良く知らない。この場の対処はナナさんに任せるつもりだ。
そのナナさんは顎に手を当てて悩んだ素振りを見せた。
「うーん・・・今は依頼中で連行して戻ることはしたくない。かといってこんな男を馬車に乗せたくもない。この惨状だし・・・」
チラリと俺を見る。俺は首を切るジェスチャーをしてみる。
ナナさんは頷いた。
「そうね。山賊の奇襲に会い、対処して全滅させる・・・ってところかしら」
「あっ、ちょっ――」
命乞いをしてきて面倒になる前に、俺は素早く背後に回って彼の首を片刃剣で跳ね飛ばした。
いい切れ味だ。雑貨で買った布で血を拭きとる。
「凄い腕ですね。剣術も習っていたんですか?」
「いや、剣はあまり。それより、この惨状はどうすれば?」
「そうですね・・・このまま放っておくと臭いで獣も集まってきますし、最悪アンデットになりますので、集めて燃やしましょうか」
「じゃあ、集めてきます」
殺した人間の残骸を集め、街道のど真ん中で盛大に燃やした。炭化するまで轟々と燃やし終えると、俺たちは先を目指した。何事もなく分かれ道に作られた休憩所を兼ねた小さな集落に到着。ナナさんの指示で馬たちが休憩する場所に停め、俺たちは休憩に入った。
「ユウさん、携帯食料をどうぞ」
だらけきっている所で渡されたのは干し肉。旨味が凝縮されているが美味しいというほどではない。
「では、お返しにどうぞ」
インベントリから昨日買った串焼きとパンを差し出す。
「あ、ありがとうございます」
俺も串焼きを一本食う。干し肉なんかよりもずっと美味いそれを食べ終えるが足りるわけがない。懐からパンを取り出して食べる。いい朝ごはんだ。締めに果物を二人で食べ、一息入れて休憩は終わり。今度はナナさんが御者として出発した。
さらに北へ移動する。日が頭の上に来た頃にもう一つの休憩所的な小さな町に到着。インベントリから出した飯を二人で食べつつ休憩し、今度は俺が御者として出発。
ここからは山に向かって進み、森の前に到着した。この森を突き抜けないと山に行けないが、馬車ではこれ以上進むことはできない。
日も少し傾き始めていて、森を抜ける頃には夕方になっているだろう。
「ナナさん、どうします?」
「そうですね・・・今日はここまでとして野営の準備をしましょうか」
馬車から荷物を出して、テントを張るのを手伝う。それが終わると俺は馬車を少し移動させて通って来た平原からは見えない位置に停める。あとはロープを幾本か借りて使わない調理器具を括り、鳴子を完成させて森側に設置。
暗くなって来たので焚火を作る。さらに石ころを拾って照明玉にして周辺に設置。
ナナさんが興味深げに照明玉を一つ手に取り、言った。
「・・・この間の光る石事件って、あなただったんですね」
どうやらあの実験は誰かに発見され、噂になっていたようだ。
「ああ、実験をしていた」
「・・・そうですか」
深くは聞く気もないらしい。
それはそれとして、夕食。ナナさんは俺が取り出した料理に期待しているようなので、出して提供する。二人してパクパク食べていると、ふとある思いを抱いた。
・・・酒が欲しい。
ないものは仕方がないので、帰ったら買えるだけ買っておこうと決め、食事を終えるとどういう警戒態勢を敷こうかと考える。
寝ずの番・・・可能だが暇すぎる。
そもそもしない・・・俺は大丈夫だが、ナナさんが危ない。
結界・・・それだ!
立ち上がり、下準備を始める。まずは結界の支柱の設置だ。石ころに魔力を少し強めに込めて、境界に何もないことを入念に確認する。
「・・・何をしているんですか?」
「ん、結界づくり」
「さらっと凄いこと言いますね」
ナナさんの評価は気にせず、次の設置に動く。四か所設置して最後、中心点に結界の核を作る。魔力を込めて結界に必要な概念的な性質を付加して効果が出るようにした。
とりあえず試作で結界が完成し、拳で殴ってビクともしないことを確認した。次に結界の下がどうなっているか軽く穴を掘ると、想定通り地面の下にも結界が出来ていた。
必要な機能をしていることが確認できた俺は、座って果物を食べながら言う。
「結界が出来た。試作だけど機能してる。暫く見張ってるから、ナナさんが先に寝て下さい」
「そうですか。なら、お言葉に甘えて先に寝ますね」
ナナさんは馬車に入っていく。外よりは安全だろう。
木を継ぎ足しつつ、ぱちぱちと音を立てる焚火を見つめながら如何ほどの時間が過ぎただろうか。
・・・そろそろいいか。
立ち上がって結界の一部を解いて出る。これでナナさんが死んだらそれは仕方ないが、どうせなら攻勢的な対応を取ることに決めたのだ。
目自体に魔法を付与して暗視となり、アクティブソナーで生物の位置を特定する。近くに一体、遠くに小さな集団、さらに別の場所に集団がある。
さて、やりますか・・・。
暗闇の森を静かに素早く駆け、俺は森のアサシンとなった。




