第三話 荷物持ち、冒険者ギルドで失恋する
「オラァッ、くされ勇者どもはまだおるんか!」
お母さんは冒険者ギルドの扉を文字通り蹴って開けると、ドスの利いた声を発しながらズカズカと室内に入っていく。
うん、どこからどう見ても主婦の行動じゃないね。
山賊か何かのアジトへ踏み込んだときのような態度だね。
「おう、隠すとタメにならんぞ! くされ勇者どもはどこにおるんじゃい!」
お母さんが周囲を見渡していると、一人の冒険者がお母さんに近づいていく。
俺はその冒険者に見覚えがあった。
まさか、冒険者Aランクのライアスさん?
〈神速の剣士〉の二つ名を持ち、Sランクになるのも時間の問題だと噂されている有名人さん?
「あんた、見たところカタギだな。ここはならず者が集まる冒険者ギルドだぜ。あんたみたいなカタギの女が来るところじゃない。さっさと帰んな」
などとライアスさんはお母さんの肩に触れようとする。
そのままお母さんを強引に外へ追い出そうとしたのだろう。
「おい、汚い手で触ろうとすんなや」
次の瞬間、お母さんは先にライアスさんの肩を片手で掴んだ。
そして、そのままライアスさんを壁際まで一気に投げ飛ばす。
180センチぐらいのライアスさんを、160センチのお母さんが片手で投げ飛ばす光景はホラー以外の何物でもなかった。
ドゴンッ!
ライアスさんの身体は壁に直撃し、どさりと床に落ちる。
死んでないよね?
ぴくりとも動かないけど、ライアスさんは死んでないよね?
俺が全身を震わせながらライアスさんの安否を心配していると、奥からアレスさんたち勇者パーティーが現れた。
そんなアレスさんたちはすぐに俺に気づいたようだ。
「てめえ、グレン! どうしてここにいやがる! 二度とここへは来るなと言った――」
だろうが、とアレスさんが皮肉たっぷり言葉を続けようとしたときだった。
「【広範囲痙攣】」
お母さんは右手の親指と中指の腹をこすってパチンと音を鳴らした。
直後、冒険者ギルドの中にいた俺以外の全員が床に崩れ落ちる。
な、何ごと!
俺は慌てふためきながら周囲を確認した。
どうやら俺以外の人間たちの身体が痺れているらしく、まるで陸に揚げられた魚のようにビクビクと全身を痙攣させている。
その数、実に30人ほど。
俺が片思いしていた受付係のお姉さんも例外なく倒れてしまった。
怖ええええええ――――ッ!
この光景は下手に死体を見るより怖え。
つうか、お母さんは一体どれだけの魔法が使えるんだよ。
この様子だと全属性どころか、失われた古代魔法とかも使えるんじゃないのか?
「うふふふふ……さすが私の息子だけのことはあるわね。そうよ、お母さんは全属性の魔法だって古代魔法だって未来魔法だって使えるんだから」
やっぱり、そうなのね。
うん、何となく分かってたよ。
あとさりげなく言っていたけど、未来魔法って何ですか?
俺、とてもとても気になります。
そんでお母さん、間違いなく俺の心を読める魔法も使えるよね?
と言うか使ったよね?
あと口調はそのままでいてください。
そっちの口調のほうが俺としては安心しますので。
「そればかりはグレンちゃんの頼みでも聞けへん。まだあいつらの性根を叩き直してへんからな」
そう言うとお母さんはアレスさんの元へ向かった。
床に倒れて痙攣しているアレスさんの襟元を掴み、そのまま片手で軽々と天高く持ち上げる。
いやはや、マジで凄え。
さっきのライアスさんを投げ飛ばした力といい、魔法ってのは身体能力もアップできるんだな。
「ちゃうよ、グレンちゃん。これは魔法の力やなくて純粋なお母さんの素の力や」
はい、まさかの筋肉の力でした。
努力すれば誰でも手に入れられる筋肉の力でした。
本当にありがとうございました。
俺ががっくりとうな垂れたとき、アレスさんはお母さんに向かって口を開いた。
「あ、あんた……一体……な、何者……だ?」
口までは痺れていなかったのだろう。
アレスさんは苦痛の表情を浮かべてお母さんに尋ねる。
うん、そうだね。
いきなり一般人の女の人に襲われたらそう聞くよね?
むしろ、それ以外の質問があるのなら是非とも聞いてみたいよ。
「うちのことなんてどうでもええねん!」
お母さんはアレスさんの質問を一蹴すると、アレスさんの襟元を掴んでいる右手をぐいっと自分の顔に引き寄せた。
そんなお母さんの双眸に宿る眼光は肉食獣のそれだ。
あまりの威圧感に俺はごくりと生唾を飲み込む。
「おう、われコラ。よくもうちの可愛い息子をクビにしてくれたのう。しかもクビの理由がまともに仕事もせえへん無能やからやと? そんな一方的なイチビった理由で納得するとでも思ったんか? ああん?」
はい、シュール。
一般人の主婦が勇者に凄んでいるこの光景はシュール。
小さい良い子なら一発でトラウマになるほどシュール。
そんでイチビったって言葉の意味は分からないけど、とにかく何かシュール。
「た、頼む……い、命だけは……助けて……くれ……俺には妻も……子供も……いるんだ」
おいおいおい、何をいきなりどさくさに紛れて爆弾発言してんだよ。
誰だよ相手は?
隣にいる僧侶のコレットさん?
それとも重剣士のバトーさん?
ああああああ、俺も何だかわけが分からなくなってきた。
つうか、これっていよいよ話がややこしくなるぞ。
「待って、アレスさま。あなたに妻と子供がいるなんて聞いてません」
はい、飛んで来たああああ――ッ!
コレットさんからのややこしい矢が飛んで来たああああ――ッ!
「俺も初耳だぞ、アレスよ。俺でさえ、まだお前の子を孕んだことはないのに」
いやいやいや、お前は男だから妊娠なんてするわけねえだろ!
そんでお前が受けなのかよ!
「お前……妻と子供がおるんか?」
あれあれあれ?
お母さん、もしかしてアレスさんに同情しちゃってる?
嘘か本当か分からないことなのに同情しちゃってる?
ああ、でも心が読めるから嘘か本当か分かるのか。
だとすると、アレスさん。
あんた、マジでどこかに妻と子供がいるのかよ。
しかも、その相手は間違いなくコレットさんじゃないんだよな。
う~ん、そこはせめてコレットさんだったら俺もまだ納得できたかな。
「おう、勇者。ちなみに、われの嫁さんは誰なんや?」
「あ……あそこに……います」
そう言うとアレスさんは受付係のお姉さんに顔を向けた。
ええええええええええええええええええええ――――――――ッ!
よりによって、俺が片思いしていた受付係のお姉さんなのかよッ!
マジかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!
俺はあまりのショックにその場に倒れた。
と同時に誰かが大慌てで冒険者ギルドに駆け込んでくる。
どうやら王国の騎士らしい。
「大変だ! 郊外の森から大量の魔物が押し寄せて来たぞ! その数は10000だ! 俺たち王国騎士団は街の防衛を固めるから、お前ら冒険者はすぐに討伐に向かうんだ! これは王からの勅命である!」
もう勘弁してくれ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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