第44話 残酷なリアル
魔王同士の争いは激しさを増していた。
幾度もぶつかり合う剣の衝撃に木々はざわめく。
もちろん剣だけではない
「音撃演奏!」
放たれるのは音の衝撃破。
空中に書いた弦を黒弦刀で引くことにより放たれる見えない弾丸。
回避不能とも思われる攻撃である。しかし――
「ヒッヒッヒ……地面に撃って土煙で目くらまし、か」
クロスは強欲の魔剣の能力、"真相心理"でタマコの思考を先読みする。
そこから音撃演奏の軌道を予測すると、攻撃を躱しつつタマコとの距離を詰めて相手を逃がさないように鍔迫り合いに持ち込んだ。
舌打ちするタマコは刀で受けるが、魔剣の禍々しい波動が精神力を削っていく。
(まずいのぉ……このままでは――)
「ヒッヒッヒ……ジリ貧、か?」
「――勝手に人の頭を覗くな!」
斬音を近距離で放ち距離を取る。
余裕の笑みを浮かべるクロスに対し、タマコは焦っていた。
自分の音魔法に相性の悪い強欲の魔剣の能力だが、タマコの戦闘スタイル自体にも問題があるのだ。
タマコは相手の動きを予測し勝利への布石を打っていく頭脳派の魔王。
緻密に練られた戦略で何人もの強敵を退けてきた。
だからこそ、その戦略を知ることのできる強欲の魔剣の能力は自身の天敵とも言っていい相手だ。
魔王クロスだけなら何とかなっても、戦力をひっくり返すことのできるのが魔剣だと改めて心に刻んだ。
「ヒッヒッヒ……マリアよ、いい加減に分かっただろ。お前では吾輩に勝てぬ」
癇に障る言い方にイラっとするが、事実追い込まれているため否定できない。
クロスは続けた。
「今は何とか対応できているが、吾輩はまだ魔剣の能力しか使っていない。
魔法を使えば負けるのは必至だぞ?」
クロスの言っていることは最もだ。
魔法を使い善戦はしているが、それは魔剣のみを使っているからに過ぎない。
ここにクロスの魔法も加わると、戦況が大きく変わる可能性が十分にある。
クロスの種族は『リッチ』だ。魔法を駆使するアンデット系モンスターの上位種である。
だからこそ、使わない今がチャンスだったのだ。
早期決着で終わらせるのがタマコにとってベストな形なのだが……
「ヒッヒッヒ……まだ終わらせることはできんぞ?」
その考えはすで読まれている。
もどかしさが心に積もっていった。
「相変わらず嫌な能力じゃのぉ」
「ヒッヒッヒ……いい能力だろう?」
「……その能力なら私の気持ちも察しろ」
「ヒッヒッヒ……それはできない相談だ」
クロスにはどうしてもこの戦いに勝たなければならない理由があった。
その出来事は、タマコが魔王になってから数年たった時のことだ。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
魔王ハンター=クロス=トパーズ。
海賊として名をはせていた彼は、ある日不運な海難事故により命を失った。
しかし、もっと宝が欲しいという気持ちが通じたのか、リッチとして復活を遂げることとなった。
そして数十年後に当時の魔王を打破すると、新たな魔王として君臨することとなる。
時は経ち、クロスの耳にある情報が届いた。
曰く、怠惰の魔剣の所有者が変わった、と。
つまり、新たな魔王が誕生したということである。
そのときクロスは退屈を極めていた。
数十年、数百年ぶりの面白いことに首を突っ込まないわけはなかった。
すぐに大海を船で進み、新たな魔王のいる地へと足を踏み入れる。
城には妙な仕掛けがあったが、海賊時代の経験が役立ち、難なく魔王城・王の間までたどり着く。
『新たな魔王よ、姿を現すのだ!』
幾年ぶりかに心が、魂が震える。好奇心が止まなかった。
そのとき、奥から足音を響かせ、女が現れる。
『誰じゃ貴様は?』
そこにいたのは、美しい金髪をなびかせた吸血鬼。
クロスは、一瞬にして心を奪われた。
女に飢えていたわけではない。抱いたことだってある。
結婚というものに興味の無かった生涯だった。
未知の体験だったが、これが何というのか理解できた。
『俺の……妻にならないか?』
クロスは、その女性――タイラント=マリア=コバルトに恋をした。
そしてこれが、生まれて初めての告白だった。
胸を高鳴らせて返事を待つ。
そんなクロスへの答えは――
『気持ち悪い。去れ』
人生で初めての告白の返事は、残酷な拒否であった。
だが、クロスはまだ諦めていなかった。
本当は照れ隠しなのではないか?
そう思ったクロスは強欲の魔剣でマリアの心を覗いた。
(気持ち悪い。去れ)
結果、表も裏も同じだった。
初めての告白は大失敗。
その事実は、クロスの心を破壊した。
『……フッフッフ………ヒッヒッヒ……』
奇妙な声を上げ始めるクロスに、マリアは怪訝な顔をする。
『お、おい……』
若干心配の声をかけるマリアに、クロスは背を向けた。
そして去り際に、
『ヒッヒッヒ……吾輩は必ずお前を……手に入れるぞ!』
そう言い放ち、クロスは逃げるように走り去っていった。
『……気持ちわるっ』
その言葉にマリアは背筋を凍らせた。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
その出来事をきっかけに笑い方が変になり、一人称も『吾輩』になるという弊害がでた。
それでもマリアへの愛は止まることを知らず、かれこれ数百年こじらせることとなった。
「……マリア、吾輩の妃になれ!」
「いい加減にしろ変態ストーカーが!」
魔王ハンター=クロス=トパーズ。
強欲の魔剣を扱う強欲な魔王。
そんな魔王が手に入れられない、最も手に入れたいモノは、タイラント=マリア=コバルトの心だった。
「ヒッヒッヒ……吾輩は諦めないぞマリア!」
再び距離を詰めると魔剣を連続で振るう。
マリアは音速移動を使って速度を上げて連撃に対抗する。
刃がぶつかり合い激しい火花を散らす。
「ヒッヒッヒ……お前の心が――欲しい!」
その瞬間、クロスの一撃が重くなった。
「なっ!?」
速さはこちらが上だ。
しかし力で押し切られてしまう。
(魔剣は感情喰らうことでその強さを増す……ということは――)
タマコはすぐに真相にたどり着いた。
クロスのあの一言
『ヒッヒッヒ……お前の心が――欲しい!』
欲しいという"強欲"。
タマコへの異常なまでの愛、執着が強欲の魔剣の力を奇跡的に上昇させていたのだ。
「ヒッヒッヒ……愛しているぞマリアぁああああ!!」
「あ゛あ゛ぁぁコイツ気持ち悪いぃいい!!」
もはや悲鳴に近い声が周囲に響いた。
ここまでの拒否反応を示しているのにクロスは全く意に介せず攻撃の手を止めない。
どうやらタマコにフラれたことが、クロスのメンタルを相当鍛えたようだ。
すると、突然クロスは動きを止めた。
「ヒッヒッヒ……そうだマリア、お前に渡したいモノがあるのだ」
「わ、渡したいモノ?」
クロスは懐からソレを取り出す。
ソレを見たタマコは目を見開いた。
「そ、それは……!」
「ヒッヒッヒ……お前が欲しがっていたものだ」
それは、タマコがずっと探していたナニカシラキキ草の束だった。
「……なぜお前がソレを持っているんだ? それも大量に」
タマコの質問にクロスは頬を赤くして答えた。
「お前が欲しがっていることは強欲の魔剣で知っていたからな。吾輩が先に来て集めておいたのだ」
きっと、クロスは善意で集めたのだろう。
しかし、あえて言おう。
この善意を俗に、余計なお世話というのである。
「――ぇの……」
タマコは肩を震わせ始める。
クロスは泣くほど嬉しがっていると思ったのか
「うん? 何だって?」と笑顔で聞き返した。
「――お前のせいで、無駄な時間過ごしたじゃろぉがぁぁああああッッ!!!」
そのとき、怒りが理性を凌駕した。
幾重にも音の付与を施すと、クロスに躊躇無く斬りかかった。
「っ! お、重いっ!」
魔剣で受け止めるが、先ほどとは比べられないほどの威力の刃がクロスの体勢を崩す。
すかさず次の一撃を入れ、クロスに傷をつける。
「ど、どうしたのだマリア!? もっと喜んでもいいのだぞ!?」
何とか態勢を整えて訴えかけるが、怒髪天を衝くタマコは聞く耳を持たなかった。
「私はここで1時間も中腰で草の根かき分けたんじゃぞぉ!
な~に関係ねぇテメェが狩りつくしてんだコラァああっ!!」
「ま、マリア! 口調が変わっているぞ!?」
「そりゃ変りもすんだろぉがよぉお!」
時に怒りや悲しみはキャラをぶっ壊す。
クロスが悲しみで一人称と笑い方が変わったように……。
(まだだ! 強欲の魔剣で考えを先読みする!)
真相心理を発動し、頭の中を覗く。
だが、ここで奇跡が起こっていた。
完全に我を忘れていたタマコの思考は、怒りでいっぱいになっていた。よって、
(殺す死ね殺す殺す殺す死ね死ね死ね殺す殺す殺す殺すぶっ殺す! ブチ殺す!……――)
「なにぃぃいい!?」
タマコは殺意で満ち溢れさせることで、思考を全く読ませないという神業をやってのけた。
「ま、マズい! 魔法で――」
思考が読めるというアドバンテージを失ったクロス。
魔剣の能力に意味を無くした以上、決着は個人の実力に左右する。
そして、魔王としての実力で勝っているのは――
(ダメだ間に合わな――)
「死んねぇぇえええ!!! クソド変態ストーカーぁあああ!!!!」
音魔法を付与した極大の一撃がクロスに直撃する。
その瞬間、魔王クロスの断末魔が森に響き渡った。
今回は出ることの無かった魔王クロスの魔法ですが、いつかは出す予定です。
それまでお楽しみに!




