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千代兄妹の謎解きな日常  作者: お前らの敵対者
1章 アイスモナカ盗難事件
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 このような一件があり、僕は相庭先輩へ疑いの目を向けるに至ったのだ。

 ちょうど二日前、相庭先輩は僕の家に立ち寄り、僕の部屋で漫画を読みながらアーモンドチョコを食べていた。そのとき僕は便意を催して、数分ほど自室を離れる時間があった。そのため、僕のいない隙に先輩が一階へ下りてモナカアイスを食べたのではないか、と考えたのだ。その日は京香がモナカアイスを買った翌日で、冷凍庫からモナカアイスを出して食べるほどの時間的余裕もあった。この見立てなら辻褄つじつまが合う。

 無論、モナカアイスが京香のものと知っていれば、先輩も手を出さなかったのだろう。おそらく、僕のものだと思って遠慮なく頂戴したといったところか。

 僕の推理を聞いていた相庭先輩は、むっとしたように僕へ返した。

「確かに千代くんがそう考えるは分かるけど、私はモナカアイスを食べてなんかない」

 はっきりと言い切った彼女の目は、まっすぐ僕を捉えていた。その目つきは僕の猜疑心を弾き返す気概をたたえており、身の潔白を訴えかける誠意すら窺わせた。

「だって、冷凍庫の中には唐揚げとグラタン、ミニスパゲティの冷凍食品と保冷剤以外、何も入ってなかったもの」

 続けられた彼女の言葉を聞き、僕は自分の耳を疑った。

 相庭先輩が僕の家に立ち寄ったときにアイスがなかったということは、京香がアイスを買ってからその翌日――少なくとも僕と先輩が家に入る前までの間に盗まれたということだ。しかし、その時間帯に僕を含めた家族以外で家に入った者はいない。

 つまり、母や父がアイスを食べておらず、なおかつ相庭先輩が嘘をついていないとすれば、他の第三者が――例えば、窃盗犯が家に侵入してアイスを盗んだことになる。

 いや、それはあり得ない。

 警察に捕まるリスクを冒してまで、なぜ高級でもないアイス一個を盗むためにわざわざ施錠された民家へ忍び込むというのか。少なくとも、僕が泥棒ならそんな馬鹿げたことはしない。そもそもアイスがなくなったと妹が言った日も、窓ガラスが破損していたり床に足跡があったりといった侵入者の痕跡は一切見られなかった。

 そう考えると、ますます訳が分からなくなってくる。

 いったん思考を止め、ふと僕はあることに気付いて彼女の顔を見た。

「……というか先輩、冷凍庫の中は見たんですね」

 僕が指摘すると、先輩は「しくじった」という顔をして、すぐに繕うように笑みを作った。

「ん、まあ……ちょっと興味が湧いちゃってね。でも、見てただけで、何か盗ったりはしてないよ」

「もし盗ってたら、即出入り禁止にしますけどね」

 それから僕は、相庭先輩と他愛のない会話をしながら歩道を歩いた。最近は観葉植物の育成にはまっているのだと彼女が話す間も、僕はアイス盗難の犯人について考え続けた。しかし、結局誰がどのような手口で盗み出したのか推論できないまま、僕は先輩と家に辿り着いた。



 モナカアイス盗難事件の真相が思わぬ形で明らかになったのは、相庭先輩が帰ってから母や妹と夕食を食べ終えた頃のことだった。

 僕はカフェインレスのアールグレイを淹れ、リビングのソファで明日の英単語のミニテストに備えて勉強していた。自作の英単語カードをめくって単語を呟いていたそのとき、電話の着信音が僕の耳朶を叩いた。ポケットのスマートフォンからではなく、台所近くの台に置かれた固定電話だ。

 母は入浴中で京香は二階にいるため、仕方なく電話を取りに行く。

「はい、千代です」

大野おおのです。ああ、充くんかい?』

 受話器から聞こえてきたのは、馴染みのある声だった。父が勤める会社の同僚の大野正樹まさきさんだ。のんびりした声で話す小太りな男性だが、ときどき父に連れられて僕の家を訪れるたびに会社での出来事や旅行の面白い話をしてくれるので、僕は好感を抱いている。

 大野さんは明るい口調で訊いてきた。

『今、そこは充くん一人? お母さんはいる?』

「いえ、母はいるんですが、今手が離せない状態で……」

 さすがに母は入浴中ですとは言えず、僕は曖昧に返した。妹はいつもこの時間はめったに下りてこないので、考慮する必要はないだろう。

 受話器の向こうで、大野さんの声が続いた。

『じゃあ、後でお母さんと京香ちゃんにも伝えておいてほしいんだけど……昨日のモナカアイスの件で謝りたくてね』

「え?」

 思わず僕は、素っ頓狂な声で訊き返していた。

『おととい、僕が君の家へ伺ったよね? それで帰るときに、君のお父さんからぶどうのゼリーをいただいたんだよ』

「はあ、そうなんですか」

 二日前に父が大野さんを連れてきたとき、ちょうど僕は入浴を終えてリビングで麦茶を飲んでいたから、彼の訪問については知っていた。しかし、父がゼリーを渡していたというのは初耳だ。なぜなら、父と大野さんがリビングのテーブルで雑談している間に、僕は自室へ戻って就寝していたから。

 さらに大野さんが話を進めた。

『そのぶどうゼリーがけっこう高級なものでね。君のお父さんから聞いた話だと、一週間前ぐらいに君の家に届くようにネットで取り寄せていたらしいんだ』

「ああ、そういえば冷蔵庫の中に高そうなゼリーがあったような……」

『そう、それで僕に持たせるときに、紙の箱に大きめの保冷剤と一緒に入れてくれたんだけど……そのときの保冷剤が、京香ちゃんのモナカアイスだったみたいでね』

「……はい?」

 言われた内容を瞬時に理解できず、僕はまたも訊き返してしまう。しかし、大野さんは真剣な口調で言った。

『信じられないかもしれないけど、保冷剤のパッケージがモナカアイスの袋に貼り付けられていたんだよ。アイスの袋の印刷面が透けないように、間に白い紙を挟んでね』

 にわかには信じがたい話だったが、大野さんは場にそぐわない冗談を口にする人ではない。僕は相槌を打って、事の詳細を聞いた。

『僕も家に着いて冷凍庫に入れてすぐには気付かなくてね。昨日、学校から帰ってきた優太ゆうたが保冷剤風のアイスに気付いたみたいなんだけど、僕が帰ってきたときには食べちゃったあとで……』

 優太というのは今年小学三年生になった、大野さんの息子だ。最近は腕白ざかりで、母親も手を焼いているのだと大野さんが話していたのを覚えている。

『今日、会社で君のお父さんに事情を話したら、京香ちゃんがへこんでたと聞いてね……本当に申し訳ない』

「いえ、お気になさらないでください。元はといえば、父のミスが原因ですから」

 そのあと、僕と大野さんは何度か言葉を交わし、彼が「お母さんによろしく」というのを聞いて通話を終えた。

 京香がモナカアイスを食べられたと騒いでいた昨夜、僕がゴミ箱の近くで見た細い切れ端は、モナカアイスを隠すために切られた保冷剤の断片だったのだ。擬態したモナカアイスは相庭先輩や父の目を欺くことに成功したが、それが仇となって保冷剤として使われてしまったわけだ。

 僕はソファに戻り、すっかりぬるくなってしまった紅茶を飲み干した。マグカップを台所のシンクへ持って行った後、着替えの用意を忘れていたことに気付いて階段へ向かう。

 二階に上がって自室へ向かう途中、ちょうど彼女の部屋から出てきた京香と目が合った。最初に風呂に入った彼女は、すでに寝間着に着替えていた。

「京香、さっき大野さんから電話があったよ」

「大野さんから?」

 訝しげな顔をする京香に、僕は先ほど大野さんから聞いたモナカアイスの件の全容を伝えた。

 二日前、父が保冷剤のパッケージをまとったモナカアイスを保冷剤と間違え、大野さんにぶどうゼリーを渡す際に同封してしまったこと。その擬態したモナカアイスを見抜いた大野さんの息子が食べてしまい、仕事を終えて帰宅した大野さんがそれに気付いたのが昨日の夜だったこと。

 僕の話を聞き終えた京香は、脱力したように溜め息をついた。

「はあ……そういうことだったのね」

「うん。ところで、アイスの袋に保冷剤のパッケージを貼ったのは京香だったんだな?」

 確認のために僕が訊くと、京香はむっとした顔になった。

「そうよ。だって、たまに兄貴やお母さんが私のアイス食べちゃうときあるじゃない」

「いや、僕は京香のを勝手に食べないから」

「一回だけあったじゃん。まだ兄貴が小学五年のときにさ」

「……そんな昔のこと、よく覚えてるな」

 その無駄によい記憶力を勉強に活かしたらどうだという台詞を抑え、僕は呆れて返した。

 実は彼女の言う通り、僕は一回だけ彼女の買ったバニラアイスを食べてしまったことがある。とはいえ、もちろんそのときは妹が自腹で買ったアイスだとは知らず、母が僕のおやつとして買ってくれたと勘違いしたがゆえだったのだが。

 昔のことを思い出してか、あるいは今回のモナカアイスの件のせいか、依然として口をへの字にしている彼女に、僕は思い出したように言った。

「ああ、そういえば優太くん、モナカアイスを発見したとき『スゲー!』って驚いてたみたいだぞ」

「……そう」

 それでもなお不機嫌そうな顔をしている彼女に、もうひとこと付け加える。

「あと、大野さんから伝言だけど、『優太がありがとうって言ってたよ』だってさ」

 それを聞いた京香が照れくさそうに頬を染め、嬉しさを隠すように目を下方へさまよわせる。大野さんからの伝言はもちろん僕の考えた言葉なのだが、誰かを幸せにする嘘なら多少ついても罰は当たらないだろう。

 僕は自分の部屋へ入り、着替えを持って階段を下りていった。ちょうど入浴を終えたところらしく、母が浴室の戸を開ける音が聞こえた。

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