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千代兄妹の謎解きな日常  作者: お前らの敵対者
1章 アイスモナカ盗難事件
2/55

 私のモナカアイスがなくなってる。

 妹がそう叫ぶ声を聞いたのは、僕がリビングで文房具の雑誌を読んでいた午後六時半のときだった。

 台所でハンバーグを焼いていた母が、京香きょうかの方を見て訊いた。

「モナカアイス? もしかして、チョコ入りの小さめなモナカ?」

「そう、私の好きなやつ。今日帰ったら食べようと思ってたのに!」

 言って京香は、憤然と階段の方へ向かった。ドタドタと荒々しい足音が僕の方まで届き、思わず渋い顔をしそうになる。

 妹はバドミントン部に所属しており、帰宅してすぐに少しだけ甘いものを食べ、部活の疲れを癒すのが日課だ。たまに間食が過ぎて夕食が食べられなくなり、母に叱られることもある。

 一方僕は新聞部に所属しているが、運動部ほど忙しくないため大抵は家族の中で一番早く帰宅する。

 そろそろ夕食の準備が終了するころだと思い、僕は雑誌をかたわらに置いて台所へ向かった。

「夕食、持ってくよ」

「ありがとう」

 手を拭きながら母が笑み、僕は慣れたようにハンバーグの載った皿を両手に持ち、テーブルへ運んだ。

 僕が皿や箸、グラスをテーブルに並べ終えたあたりで京香が二階から下りてきて、母を含めた三人でテーブルを囲った。父はいつも帰りが遅いため、夕食はほとんど三人で食べる。

 ゆったりしたジーンズとベージュのセーターに着替えた京香は依然としてお冠で、納得いかなそうにぼやいた。

「誰が私のアイス勝手に食べたのかしら。もう……」

 言いながらじろりと僕の方を見てきたので、僕は首を横に振った。

「僕は食べてないよ」

「じゃあ誰なの?」

 そう訊かれると、犯人が誰なのか特定することもできない。何せ、犯人を絞り込む情報が少なすぎるのだ。家庭内で起きたことだから、容疑者は僕を含めて妹以外の家族三人の中の誰かということになる。しかし、少なくとも僕はモナカアイスが好きではなく、誰かに勧められない限り食べることはない。

 咀嚼したハンバーグを飲み込んでから、僕は京香へ訊いた。

「それは知らないけど……買ったのがいつ頃なのかとか、詳しく教えてくれないと何とも言えないよ」

「おととい学校帰りにスーパーに行って、たまにはアイスもいいかもと思って買ったの。なけなしのお金で買った、大事なアイスだったのに……」

 悔しそうに顔を歪め、京香は呻くように言った。彼女は頻繁に化粧品や漫画、菓子などを買っているため、基本的にいつも金欠に陥っている。最近は両親にお小遣いの賃上げ交渉をしているが、普段の浪費癖ゆえかそれが通る見込みはない。

 ひどく落ち込む娘に、母が優しく微笑みかけた。

「明日、スーパーに行ったときに私が買ってきてあげるから」

「うん……」

 幾分か不満の残る顔で、京香は頷いた。部活後の至福のひとときを奪われた恨みは、かなり根深く残っているようだ。僕も学校から帰ってからのアーモンドチョコが欠かせないので、その気持ちは分からなくもないが。

 一番先に夕食を食べ終えた僕は、「ごちそうさま」と食器を手に席を立った。台所のシンクに空いた食器を置いて、それらを簡単に洗った。流しの隣にある水切りかごに食器を入れ、身を翻して自室へ戻ろうとしたそのとき、ゴミ箱の端に細かい切れ端が数切れ落ちていることに気付いた。幅が五ミリほどのそれはビニールのような素材で、シュレッダーで切った書類のように細かく切られている。よく見ると切れ端は微妙に不ぞろいで、次のような小さい文字が印刷されていた。


 に入れ 


 べられませ


 所々途切れていてよく分からなかったが、誰かが食品か日用品の包装を開封した際、その切れ端が落ちてしまったのだろうか。

 僕は切れ端をゴミ箱に放り、階段の方へ歩いていった。部屋に戻って読みかけのミステリー小説の続きを少し読み進めてから、歯を磨いて寝間着へ着替えた。まだ十時半だったが、明日は七時に学校の新聞部へ行き、新しい記事の作成に取り組まなければならない。今日の放課後、帰る前に長谷部長から「夕刊が間に合わなそうだから、明日の朝に手伝ってくれ」と頼まれたのだ。

 消灯して布団をかぶってからも、妹のモナカアイスを勝手に食べたのは父と母のどちらなのか気になり、なかなか寝付けなかった。

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