咆哮
気がつけば前回の投稿から20日も過ぎていました。
その間もブックマークと評価頂き、ありがとうございました!
はい、やって参りました。胃痛のお時間で御座います。
先程から朝ぶりの胃痛が止まらない。この先の展開がある程度予想出来るから余計に。
意味がないと知りつつも、手を胃のあたりにあてて摩ってみる。
こんな重度のストレスぽんぽこのし掛かってたら、胃潰瘍まっしぐらじゃない?この国の医術ってどれくらい進んでるんだろ?やっぱり漢方?やっぱり苦いの?
……何て現実逃避をしたけれど。無情にも、間もなく近衛軍の鍛錬場に到着致します。
これから赴くのはムキムキマッチョな男達の巣窟。それは自体はまぁ、だいぶ、いやかなり、嬉しいのだけれど。
一見細腕の、しかも女の私が突然上司として紹介されて、好意的なワケがない。
つまり、せっかく終わった朝議近衛軍バージョン再来、という訳だ。しかもこっちは対策ナシ。泣きたい。
午前中の演武は近衛軍の武官さんに手伝ってもらったから、ある程度の情報は伝わっているだろう。だが、実力主義の人たちが又聞きで納得してくれるのかといえば、そんな訳がない。
実際、オリジナル版ではひと騒動あったのだ。それを思うと気が重い。足取りまで重い。もう鉛みたい。
先導する清浩の後ろをのろのろと続く。
向かっているのは外朝の外れにあるという近衛軍専用の鍛錬場だ。
皇帝の執務室からはだいぶ離れている上にあっちこっち曲がらなければならない為、かれこれ10分以上歩いている。
くそう、屋根の上を伝っていけば5分も掛からないのに……!
何度目か分からない曲がり道を進み、ため息をついた。
永遠にも思えた道のりだったが、ようやくゴールに近づいたようだ。
それはそれで気が重いので、再度深く深くため息をついた。
「何だ紅花、急に特大のため息なんかついて」
「……鍛錬場が、近づいてきたようなので」
「? まだ少し先だが、何故わかる?」
ピッとひとつの方角を指差す。
「あちらから木刀を打ち合う音や、怒号が聞こえます」
「へぇ、耳が良いんだな。俺はここからじゃ何にも聞こえん」
自分も聴覚だけを『開いて』ギリギリ聞こえる程度だから、常人には無理だろう。
「……それより魯師。言葉遣いをお戻し下さい」
他の人がいないなら、という条件でタメ口をOKしたが、ここは外なのだから誰が行き交うか分からない。約束が違うじゃないかと清浩を睨む。
「何だよ、声が聞こえる範囲には誰もいないから大丈夫だろ」
清浩は振り向いてニヤリと笑った。
顔が、顔が良い……。
悪戯が成功した子どものような無邪気な笑顔に、思いっきり被弾した。
確かに、近くには隠密の気配すらない。先ほど鍛錬場の声が聞こえないと言った割には、しっかり気配は読めるらしい。
イイトコのお坊ちゃんなのに、と思ったが、そういえばと思い直す。
そうだった。彼は──。
「さすが魯家の……」
思わず独り言のように言ってしまってから、その言葉の危うさに気が付き、咄嗟手で口を覆う。
けれど悲しいかな、発した言葉は口を塞いだところで戻らない。
せめて未だ鍛錬場の音を探る彼には届かないでくれと祈る。
だが、数歩しか離れていない彼には、しっかり届いたらしい。
ピタリと立ち止まってゆっくり振り向く彼の、纏う空気が一変した。
「……へぇ。さすが稀代の暗殺者様ってか。情報収集はお手の物なワケだ」
ビリビリと遠慮ない殺気を、真正面から当てられる。
嗚呼、地雷を踏んだ──。
肌を突き刺す殺気と悪鬼の笑みを前に逃げ出さない事を、誰か褒めて欲しい。
清浩が生まれた魯家は、古くから続く伝統的な一族だ。だが、彼らには同じく伝統的な別の顔があった。
それが「国」の裏側のトップを担う一族という面だ。
罪人の拷問などの表面から始まり、政治に邪魔な要人の暗殺、賭博場や花街の統率など。所謂「汚れ仕事」を生業としてきた、裏社会の隠れボスなのだ。
ちなみに寿明たち『暗部』はあくまで「龍備」の組織だからまた別物ね。
皇都のゴロツキ共も、まさか自分たちのボスのボスのそのまたボスが誇り高き魯一族であろうとは思ってもみないだろう。
これは国でもほんのひと握りの人間しか知り得ないトップシークレット。
反社会勢力と皇帝が実は繋がっていました、なんて。前世の政治家でも偶にあった話だけれど、本当に洒落にならない。
最悪クーデターの理由になってもおかしくない程度の案件だ。
「……申し訳ございません」
謝ったくらいで何とかなるとは思わないけれど、慌てて頭を下げる。
…………不味い。非常に不味い。これって皇帝の秘密を知ってしまったからとかで処刑ルートになったりするやつでは?激ヤバなのでは?
背中を嫌な汗が流れるけれど、頭を下げる以外思い付かないので、とにかくひたすらにピッタリ90°を保ち続ける。
そのまま、数拍の沈黙が流れた。
「で? どうするんだ?」
「……へ?」
上手く聞き取れなくて、つい下げていた頭を上げる。
が、変わらず殺気を放つ絶対零度の表情に、見なきゃよかったと後悔した。
まだ2日目だし好感度も何もあったもんじゃないけれどさ。さっきまで打ち解けて話していた人から敵意の籠もった目で見られるのはちょっと辛いよ。
いや、100%こっちが悪いけど。
「えーと、どうする、とは?」
とりあえず会話を続けなければと聞き返してみたが、話が通じてない事にイラついたのか、軽く舌打ちをされた。
イケメンの舌打ちって無駄に迫力あるのね。
あまりの迫力に現実逃避してみる。
「だから、その情報を元に何を交渉したいんだって話だ」
「こうしょう……」
「皇帝の愛妾の座でも狙っているのか? それとも金か?」
「あいしょう……かね……」
オウムみたいに復唱しかし出来ない。
が、残念ながらゆっくりしっかり復唱してみても、さっぱり分からなかった。
交渉というからには、清浩に何かお願いをするのか?愛妾ってことは、龍備と結婚するってこと?
いやいやいや。それわざわざ避けてるルートだから。しかも正妃じゃなくて愛妾だなんて、暗殺率増し増しじゃないか。
「えーと……。特に何もないんですけど……」
「…………」
途端、珍獣でも見るような目で見られた。
あれ、私また失言した?
「いや、厳密には近衛軍との顔合わせはもうちょっと心の準備をしてからにして欲しいなーとか、寿明のあの全く忍ぶ気のない隠密行動を何とかして欲しいとか、あるにはあるんですよ?だから、えーと……」
焦って思いついたお願いをいくつか口にしてみるが、いよいよ哀れむような視線を向けられ、どんどん言葉じりが消えていく。
「…………あー、うん。分かった。俺が悪かった」
たっぷりの間をおいて、清浩が頷いた。
いつの間にか殺気は消えていた。
だが、変わりに生温い眼差しを向けられて落ち着かない。
「何か、色々納得いかないんですが……」
「いや、こちらも誤解していたみたいで申し訳なかった。考えてみれば天才異端児と名高い暗殺者殿だからな。この程度の情報は当たり前なのかもな」
突っ込み所が多かった気がするが、藪から蛇が出てきてはたまらないので突くのはやめておこう。
「誤解がとけたのなら良いです。それに、こちらこそ無神経でした。この件に関しては決して口外致しませんので、どうかご安心下さい」
改めて頭を下げる。
無事処刑ルートを回避できたようなので、こっそりため息をついた。
「ああ、そうしてくれ。流石にこんな一族の次期当主が師の位に着いてることが公になっちゃ、国が揺れるからなぁ」
一件落着と改めて鍛錬場に向かおうとしていた足を、思わず止めた。
彼は、今何と言ったか。
「……こんな一族?」
「おい、紅花。どうしたんだ?」
再び立ち止まってしまった私を、清浩が不思議そうに振り返る。
が、きっと私はそれ以上に不思議そうな顔で見つめ返しているだろう。
だって、さっき、彼は自分の事を──。
「こんな、一族って……」
そう言った。まるで貶めるような、その言い方は。私の知る彼なら、絶対にしないものだったから。
じっと見つめる私にバツが悪かったのか、清浩は目を逸らした。
「だってなぁ。必要悪とはいえ、かなりギリギリな事もやっているからな。国に害がなければ情報を捻り潰す事だって……」
うっかり喋りすぎたのか、それ以上は口を噤んだ。
言っていることは、まぁ理解出来る。
作中でも内容こそ詳しくは語られていなかったけれど、裏社会を統治するのが真っ当な仕事であるはずもない。
それでも、私が知る『魯 清浩』は、それを全て受け入れ、また受け止めていた。周りに理解されにくい、褒められない仕事であっても、この国に必要な存在であると。汚れ役は、自分たちの一族だけで十分だと。
けれども目の前の『魯 清浩』は、それを否定した。その事実に驚いたが、同時に思いつく。
もしかして。
──これが、リメイク版の『宴』の変更シナリオ……?
自分の仕事に誇りを持ち、常に自信満々だった彼が見せた、ほんの少しの怯えと弱さ。
……そんな。こんなのって……。
知らず固く握り締めた手を、もう片方の手でぎゅっと握りしめる。
こんなのって…………!
「グッとくるに決まってるじゃないですかああああああ!!!!!」
堪らず、私は咆哮した。
おかしいな、鍛錬場まで辿り着かなかった……。
近衛軍と対面前に少し散歩させるだけのつもりだったのに……。
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