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異形の賜物  作者: 藤沢凪
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異形の賜物8

 彼の立ち居振る舞いは、以前と大きく変わる事は無かった。


 前と同じ様に、明るく振る舞って、それでいて、どこか無理をしている様にも見えた。


 それは、前の彼女の事を、少しずつ話す様になった事だった。


 はじめ、私と彼の友達は、どこか戸惑っている空気を出してしまっていたと思う。


 彼は、その空気を受け入れながら、それでも少しずつ、その子の話しをする様に、自分を追い込んでいた様に思った。


 私は、それが嬉しかった。

 普通は、前の彼女の話しなんて、して欲しくないのだろうけど、私は、それが彼にとっての、前に進んで行こうとする意志の表れの様に感じた。


 私は、この時には気付いていた。彼の心の中に、私は居ない事。


そして、私の心の中は、彼の事だけで満たされていた事。


 もう引き返せる筈が無かった。

 彼が、前の彼女の事を話そうと思ったのは、きっと、偽りたくないからだと思った。


 彼にとって、前の彼女の存在を、無かった事になんて出来る筈がない。


 それでも今までは、多分、私の立場を思って、そんな話しはしなかった。もちろん、そんな軽々しく、話せる様な事でも無かった。


 でも彼は、今、私の事を受け入れてくれようとしてくれている。でもその為には、その子の話しをしない訳にはいかなかったのだと思う。


 彼の中には、いつまでも、その子の事が色濃く残っていて、その子の事を話さないのは彼にとって、本当の自分では無い事になってしまうのかもしれない。


 だから、私にその話しをするのは、本当の自分を晒け出す為に必要な事で、そして私という存在を、ちゃんと見てくれようとしてくれていて、私だったら、そんな自分の気持ちを、分かってくれると、思ってくれているからだと思った。


 いつまでも、回り道ばかりの恋だけど、少しずつだけど、気持ちは、通い合うようになってきたのだと思った。


 もう一度、二人きりで会う事が出来たのは、十二月二十五日の、クリスマスのおかげだった。


 冗談の様に、クリスマスは二人で会いたいね、と彼に告げると、彼は、その要望に応えてくれた。


 クリスマスといっても、他の遊び方を知らない二人は、結局、いつもの喫茶店で待ち合わせをして、何処も混んでいて入れないだろうねと、ボーリングにもカラオケにも行かず、それでも離れたくない私は、クリスマスの夜を見て回ってみようよと、何のあても無いのに、彼を引き留めていた。


 彼は、きっと私の気持ちに気付いていた。


 そして、笑顔で受け入れてくれた。


 都会だなんて嘘でも言えない様な所だから、何処まで歩いても、もう暗くて、会話も無くて、いつも、三人で会う時には帰る時間を過ぎていたから、いつ彼が、別れを言い出すのか怖くなって、下を向いて歩いていた。


 彼の足が止まった。それは、この幸せな時間の終わりを告げる為だと思った。


「ゆか、見てみて」


 彼の言葉に促されて、伏せていた目を上げると、豪華とは言えないけれど、とても可愛いらしく、クリスマスの仕様に装飾された道があった。


 そこはいつも、同級生の中では、終わってる商店街などと言われていて、普段なら、絶対に訪れる事の無い様な場所だった。


 でも私には、その時の商店街ほど、美しい記憶を残してくれた装飾なんて無かった。


「すごい、綺麗だね」


 私は、自然に彼の左手を取ってしまった。


 彼は、その手を握ってくれた。


「この商店街の人たちの、底力が伺えるね」


 装飾の中には、子供の好きそうなキャラクターの風船なんかも浮かんでいた。色んな人が、色んなつてを使って集めた物だと思うと、自然と心が温かくなった。


 私は、立ち止まった。前に進むために立ち止まった。もう人通りも無いその商店街で、私は、彼にもう一度告白をしたいと思った。


「ゆうき君、あのね」


 初めての告白は、本当の意味では、私を受け入れてくれていなかったのだと、分かっていた。だからもう一度、彼に、私の事をもう少しでも見て欲しくて、想いを伝えようと思った。


「私、ゆうき君の事好きで、でも」


 その時に、自分は間違っているんじゃないかと思った。


 苦しんでいる筈の彼に、自分の想いを押し付けるなんて、どうかしていると思った。


「ごめんね、クリスマスなのに、せっかくの楽しいはずのイベントなのに、私なんかと一緒で、ごめんね」


 だとしても、何でこんなマイナスな事を言ってしまうんだろう。


 多分、本心が出たんだ。ずっと辛かったんだ。私は、少しでも良く思われたいと思い振る舞っている。私の、彼女という立ち位置は、私じゃなくても良かったんだと思っている。


 ずっと、それでいいと思っていた。なのに彼に、私の、本当の想いを知って欲しいと思う私がいた。


 その中に、愚かにも、私の事を好きになって欲しいと思う自分がいた。その事に、気付いてしまった。


 彼に生きていく意味を見つけて欲しいと思う傍らで、私は、彼から愛される事を、願ってしまってたんだ。


「ゆかと、今日一緒に居れて良かった。ありがとう」


 そう彼が言って、抱きしめられた時、何が起きているか分からなかった。


 いつまでも、彼の背中に手を伸ばす事など出来ず、私はただ、呆けて、涙を流していた。


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