異形の賜物39
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どれほど気を失っていたのだろうか? 私は目を覚ましてしまい、未練が無かった筈のこの世界に留まる事を選んでしまった。
車の中の落としてしまった携帯を拾うと、電池が切れてしまっていた様なので、後部座に置いた練炭のセットを外に捨てて、エンジンを掛けて、携帯の充電を繋ぎ起動させた。
通話記録を見ると、私が気を失ったであろう時間から一時間も通話記録は伸びていた。彼は無言の受話器から、私の声をずっと待っていてくれたのだろう。
まだ外は暗いけど、彼との電話がきれて三時間は経っていた。
私は彼に無事だったとメールを送った。これ以上彼に心配を掛けたくなかった。そして、素直にそう思える事が少しだけ嬉しく感じた。
彼と夜会う約束をして、私はまた漫画喫茶で寝ようと思ったのだけれど、車だけは早く返したくて、一度家に戻る事にした。
母が確実に寝ている時間だったので、前回の様に物音を立てずに鍵を置いていけばすぐにその場から抜け出せる筈だった。
玄関を開けると、細い通路の先の扉が開いていて、小さなテーブルに突っ伏した母の後ろ姿が見えた。
私は何で声を出してしまったのだろう?
「ママ」
小学校に上がってからは、お母さんと呼んでいたのに、何故かそんな呼び方をしてしまった。
でも、私の上げた声は微かで、とてもじゃないけれど届いていないと思い、車の鍵を置いて家を出ようとした。
「ゆか?」
私は、心臓を素手で掴まれた感覚だった。
恐れながら母の方を向くと、先ほどまで寝ていた筈の母は立ち上がり、私に近付いてきた。
私はうつむいた。まるで子供の頃に戻った様だった。
私が悪い事をすると、母はいつも私の頭をこづいた。だからうつむいたのだけれど、本当に悪い事をした時はぶたれた。だから、歯を食いしばって目を伏せていた。
その時、抱きしめられても、何がおきているのか分からなかった。
「ゆか、ごめんね、ごめんね、ゆかごめんね」
母は悪い事をした私をこづく事も無く、ぶつ事も無く、とても強い力で抱きしめてくれた。
でも私は、予期出来るはずもない出来事に呆けてしまって、そのまま母の言葉を聞いているだけだった。
「ゆかごめんね、私が悪かったから、私が何も出来ないから。ごめんね、ごめんね、でも死なないで。お願いだから死なないで。どこにも行かないで。お願いだから!」
母の喉は潰れていた。どれほど眠れず、どれほど泣き続ければここまで喉は潰れてしまうのだろう。
でも母は喉の調子など構わず、叫ぶ様に私に謝り続けた。
お母さん、ごめんなさい。
私はそう言ったつもりだった。でもそれは言葉になんてなって無かった。
私は子供の頃に戻った様に大声で泣いていた。悲鳴の様に、叫びの様に、言葉にならなくても何度も母に謝り続けた。
「ゆかが大事なの、大切なの、だから死なないで。私を一人にしないで!」
母は私を離さない様に強く抱き締め続けていた。私も、強く母を抱き締めた。




