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異形の賜物  作者: 藤沢凪
19/42

異形の賜物19

 病院を視界に捉えた時、僕の足取りは重くなった。


 この大きな建物の中には、抗えない死と向き合い、生きていきたいのに生きていけない、大勢の人達が、僕の知り得もしない病気と向き合い、闘っているのだと思うと、大した理由も無いのに、自ら命を断とうとしていた自分を愚かに感じ、矮小だと気付いた。


 それは、普通に生きているだけじゃ分からない、自分の大切な人の、大切な人が置かれている立場だからこそ、気付く事の出来る事だった。


 気後れをする僕を彼は、一歩ずつ止まり、また一歩ずつ、何も言わず歩幅を合わせてくれた。


 病室に入ると、彼の彼女は驚いた様子で、薄いシーツで顔を隠し、甲高い声で悲鳴を交えながら彼の事を非難した。


「もー、誰か連れて来るなら先に言っておいてよ。化粧もしてないし、心の準備も出来てないし、髪もボサボサだし、私がブスって思われたらゆうきのせいだからね」


 僕は人見知りのせいでは無く、彼女のあまりにも高いテンションに拍子が抜けてしまい、何も言えずにいた。


「何だよ、俺一人だったら、化粧も心の準備もいらないのかよ」


 彼も、そんな事を彼女が言うのは慣れているという様に言葉を返した。


「なに? ゆうきが誰か連れて来るなんて初めてじゃん?」


 彼女は顔を隠すのを諦めて、僕の目を見た。僕は咄嗟に、その視線を外した。


「初めまして、なおとです」


 彼女の目は見れないまま、自己紹介をした。


「初めまして、なおと君か」


「いつも話しに出てくるなおだよ」


「あのなお君か、よろしくね」


 僕は、いつもどんな話しで出て来るのかが気になってしまった。自殺をしようとしていた話しをされていたら、恥ずかしいと思った。


 僕の動機は、確固たる意思がある訳ではなく、ただ人生がつまらなくてという仕様もない理由だった。


 そして、彼女が死んでしまう理由が僕には分からなかった。みんなから愛される様な人格の持ち主で、これから多くの出会う人達を幸せに出来る明るさを持った人だった。


 なんで、僕じゃないのかと思った。僕だったら誰も困らないのに、何故この人が重い病気に選ばれてしまったのかと思った。選ばれたのが僕だったら、彼はこんなに悲しい笑顔をしなくて済むのに。


 彼に誘われて、よく彼女の病室を訪れた。何故か彼は、僕しかこの病室に連れて来ない様だった。


「なお君はさ、誰かを好きになった事ある?」


 彼がトイレでいない時に、彼女は笑顔で聞いてきた。


「ないよ、あなたはどうなの?」


「ちょこちょこあるよ、でもね、ちゃんと報われたのはゆうきが初めてだな」


「ゆうきの前にもいたの?」


「そりゃいるよ、ゆうきが異常なんだって、小学生の頃から好きって、全く知らなかったし、もっと早く言ってくれれば良かったのに」


「ゆうきは優しいから、普段飾らないし、飄々としてるから分からないかもだけど、多分みんなの事を見てる。そういう人って逆に悪い気持ちに敏感なんだと思う。傷付きやすい人なんだと思う。もちろん振られたからって、それを悪意とか感じる人じゃないよ、ただ自分が傷付きやすい事を知ってるから、振られても耐えきれるようになるまで言わなかったんじゃないかな?」


「いい奴だね、ゆうきって」


「そうだよ」


「なお君もとっても良い人だよ。ゆうきは多分、自分の事を一番良く分かってくれてるから、なお君しか連れて来ないんだよ」


「僕が?」


「君はとっても良い心を持ってるよ。私は好きだよ」


「好きなの?」


「好きだよ」


 そんな言葉を言われたのは初めてで、僕は彼女を見つめて停止していた。


「友達としてでだよ、私にはゆうきが居るしね、でも本当に好きだよ」


 僕は身体が熱くなるのを感じた。今まで、家族にもそんな言葉を言われた事がなかった。


「なんか、ありがとう」


「いえいえ、ゆうきもこの位はじめから言ってくれればな」


「仕方がないよ」


「もっと早く言ってくれれば、もっと色んな所に行けたな」


「そうだね」


「もっと早く付き合っていれば、エッチな事も出来たかな?」


 彼女の表情は、冗談を言っている様には見えなかった。


「どうかな、僕達はまだ中学生だから」


「私は多分、高校生の歳までは生きられないから」


 僕は黙ってしまって、彼女から目線を外した。彼女がそんな事を言う時、僕は決まって何も言えずに俯いているだけだった。


「なお君はさ、死にたいと思った事ある?」


「どういう事?」


「私はあるから、なお君はどうなのかなって思って」


「死にたいって、なんで?」


「なお君は、分かってくれると思ったんだけどな」


 僕は返す言葉が見つからなくて、潤んだ彼女の目をちゃんと見れなかった。僕はこたえを出す事が出来なかった。だから彼女に何も言うべきでは無いと思っていた。


 彼と彼女の三人で話す時、未来についての話、例えば共通の好きな漫画の話をしていたりする時、この後はどうなってこうなるんじゃないか、等と持論を述べ合っていると、私はその時にはいないだろうから残念だな、と彼女は簡単に言う。彼はそんな事を彼女が言うと、いつも寂しそうに諭していた。


 そういう事を言ったら良くないと、病気は心の持ち方によって、症状が変わるものなんだよと言っていた。そうすると彼女は不貞腐れて、多分いつも僕の方を見ていた。


 その子と関わった多くの人が、その命を慈しみ、かけがえのないものだと思っていたのに。夕焼けが鮮やかに差し込むあの大きな窓を開けて、その子はその命を放り捨ててしまった。


 僕は、いつまでもその理由を探してしまう。もしも僕がその立場だったら。僕は多分、死のうと思う。勿論、大きな病を患った事の無い僕が、本当にそうなった時、どんな感情を抱くのかなんて分からない。


 でも、多分、僕は死のうと思うだろう。一番に、家族の顔が浮かんだ。僕が重い病気なのだと知って、初めて僕に会う時の、厭わしさを隠そうともしない表情の、家族達が思い浮かんだ。


 小学五年生の時に、僕は不登校になった。イジメられていた訳でも無いのだけれど、居ても居なくても分からない様な僕は、苦痛でしかない学校行事をこなす事が辛くなって、部屋に引きこもる様になった。


 でも、家に居るだけの僕には、それ以上の苦痛が待っていた。


 僕がトイレや、お風呂や、食事を取りに部屋から出る時顔を合わせると、家族は決まって見たくない物を見るような視線を僕に向けた。兄の声は、僕の部屋にまで響いてきて、いや、もしかすると僕に聞こえるように喋っていたのかもしれない。


 あいつが居ると、家に友達も呼べない。俺にまで、先生があいつの事を聞いてくる。引きこもりの弟がいるって、友達にバレて恥ずかしい。一度だけ、父の声が聞こえた事があった。俺達だって、嫌なんだから我慢しろ。


 生きているのが嫌だった。でも死ぬ勇気が無かった。だからまた学校に行く事にした。その勇気が持てるまで、日常をこなす事を選んだ。


 彼と出会って、彼の為に生きる事を選んで、僕は人生に価値を見つける事が出来た。


 でも、もしも僕が重い病気に罹ったとしたら、あの家族達はまた、見たくない物を見る様な目を、僕に向けるのだろうと思った。どれだけ彼に励まされたとしても、僕はその視線に、耐えられないだろうと思った。


 だから僕は、その子に何も言えなかった。僕の思っている事は、その場に相応しくない言葉だったから。


 その子は僕とは違う。友達も多くて、お母さんとも会った事があったけど、とても優しい人で、その子の事をとても大事に思っている事が伺えた。


 でも、その子には、その子の死ぬ理由があったのかもしれない。僕は、話すべきだったのかもしれない、何も言えなかった。僕が本心を言えば、その子の心はもしかしたら、軽くなったのかもしれない。


 でも、もしも僕が、そんな話しをしてその子が死んでしまったら、僕は自分の事を責めるだろう。でも、それは、自分が悪人になりたくないだけで、その子の事よりも、自分自身を優先している事のようにも感じた。


 その子は、僕の態度から気付いていたんだと思う。「なお君なら分かってくれると思った」という言葉が、いつまでも、耳から離れる事は無かった。

 


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