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文芸短編

ワールドエンド・ラブソング

作者: シクラメン

 朝の七時に目を覚ました。

 別に目覚ましをセットしていた訳じゃない。身体にこびりついた習慣のたまものだ。習慣は呪いのようにして、僕の身体に染み付いている。ちょっとやそっとのことでは溶けてはくれないのだ。


 僕以外誰もいない家を、我が物顔で階段を降りるとリビングにあるテレビをつけた。テレビが映るかどうかは賭けみたいなところがあるが、どうやら今回は無事についてくれた。


 ありがたい。


 もう、放送をしている局もNHKだけになっちゃったな……。

 そんなことを思いながら、玄関まで新聞を取りに向かったが、案の定というか今日も新聞は届いておらず手ぶらで戻った。ニュースでは、ここ一か月同じような中身しか流れていない。テレビには、『とうとう今日になりました』というテロップが踊っていた。


 ああ、そうか。ついに今日か。


 そんなことを思いながら僕は缶詰の蓋を開けると、中の物を機械的に口の中に詰め込んだ。


 半年前、NASAは地球と軌道が交差する予定の隕石を見つけた。当初は何も騒がれておらず、取るに足らないニュースの一つではあったが、三ヵ月前にその状況が一変する出来事が起きる。隕石と、地球の衝突は免れず確実に激突するであろう。そして、激突した際の人類滅亡確率は99.9999999%以上。つまり、全人類に三ヵ月という余命が同時に宣告されたのだ。


 もし、今日が世界最後の日なら貴方はどうしますか?


 その問いが今まさに現実と化したわけである。全世界でパニックが起きた。残り三ヵ月しかないからと犯罪に手を染める者。残りの人生はしたいことをすると職務を放棄する者。そして、それらを受け入れられない者。警察はとうに機能を止め、治安のレベルは一時期最悪の一途を辿った。


 もちろん、NASAをはじめとするアメリカがただ隕石の衝突を待っていたはずもなくルートを変更する方法や、地下シェルターの開発が急がれたが三ヵ月で巨大隕石の衝突から人類を守れるようなシェルターが作れるはずもなく、またルートを変更するためのロケット打ち上げはことごとく失敗に終わった。

 そうして、人類に希望がないことを通告されると街からは目に見えて人間が減っていった。皆がどこに消えたのか、どこに行ったのかは定かではない。分かるのは、僕の両親もそのうちの二人だったということだ。ある朝、僕が目を覚ますと「ごめんなさい」の置手紙とともに、少しばかりのお金と食料を残してどこかに行ってしまった。それに悲しさを覚えなかったかというと嘘になるが、残り一か月で死ぬというのに残った人生を自分に縛り付けるのも悪いと思うものだ。


 時間が七時三十分を過ぎたあたりで僕は制服に着替えを始めた。一応、断っておくが学校なんてものはとうに機能していない。教師も、生徒も来ないのだから。しかし、僕の身体に染み付いた呪いが僕を学校に向かわせるのだ。


 着替えが終わると戸締りのチェックをして、外に出る。鍵なんてかける意味は無いが、それも呪いだ。鞄なんて持たずに、自転車に乗る。持って行くものなんてない。


 「行ってきます」


 これも、習慣のろいだ。




 世界の終りまであと13時間。




 自転車をこぎながら直角に曲がった道を曲がると、朝日に煌めく海岸が目の前に広がっていた。海岸沿いの道には乗り捨てられた自動車があちこちに放置されており、草に負けて一つのオブジェのようになっていた。まあ、そんなもの街のいたるところにあるのだが。


 車の走らなくなった道路が、草木に覆われるのがここまで速いと僕は思っていなかった。東京は違うのだろうけど、あいにくとこの街には二人しか残ってないからなぁ……。


 しばらく自転車を漕いで、学校近くのスーパーに立ち寄った。破かれたシャッターをくぐって薄暗く埃っぽい店内に入る。生鮮食品は既に盗まれつくしている。今日拝借するのは別のものだ。慣れた足取りで缶詰コーナーに向かうと、適当な物を見繕って三つほど貰った。現金は通用せず、管理する店員もいないこの店にあるものなど貰ったところで誰からも苦情などあがりはしない。ありがたく頂戴した缶詰を自転車のかごに入れると再び自転車を漕ぎ始める。


 世界が終わるというのに僕はこれで良いんだろうか? 幾度となく繰り返された問いが僕の脳裏をぐるぐると駆け巡っていく。まあ、こんな終わり方もありだろう。別に万人が満ち足りた死に方をするわけでもあるまい。

 潮風に当たりながらいつもの結論に帰着すると、ガタガタになった舗装路をいそいだ。


 「おはようございます」

 「おはよう。今日も来ているんだね」

 「そういう貴方も」


 教室にたった一人だけ残っている女子生徒と目を合わせて互いに微笑んだ。学校に来ているのは、僕と彼女だけ。もっと言ってしまえば、この街に残っているのも僕と彼女だけだ。


 最後に残ったのは、この二人だけだった。


 僕はいつものように自分の席に座ると、机の中に入れておいた文庫本を読む。村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』だ。だいぶ前に、友達に勧められていた物で無人の本屋から昨日拝借していた物である。あいにくと僕に文学的素養は無いのでストーリーをただ追うだけが、それがどうにも面白い。下巻の半分ほどまで読んだあたりで、ふと斜め前に座っている彼女を見た。

 彼女はいつものように、ピンと背筋を伸ばして几帳面に参考書を開き数学の勉強をしていた。今、何をしても結局は無駄になるというのに……。まあ、かくいう僕もそれは同じなのだけど。


 つまり、僕たち二人は世界に取り残されたのだ。

 人類が死の恐怖に震え、怯え、今までの人生を嘆き、最後の瞬間こそは幸せに終わらせようと、自分のやりたかったことで終わらせようとしている中で、僕たちはその人たちに加わることが出来ずに、天から与えられた残り少ない日数を下らない日常で埋めようとしているのだ。

 しばらくの間、文庫本のページをめくる音と、ノートに文字を取る音だけが静かな、そして無意味な空間を占める。ふと、文字を書く音が止まった。彼女の方に目をやると、人前では完璧を装っていた彼女が珍しく伸びをしていた。


 「珍しいね、伸びをするなんて」


 僕が声をかけると、


 「少し疲れたんで、休憩にします」

 「それが良いよ」


 僕は文庫本の残りに目を通した。読みやすい文体で書かれているのですらすらと頭に入ってくる。うーん、村上春樹は食わず嫌いだったけど時間があるなら他の物に目を通してもいいかもしれない。まあ、その時間が無いのだけど。そう思いながら、僕は最後まで読み切った。


 ……え、これで終わり?



 

 世界の終わりまであと8時間。


 

 ひび割れた時計が十二時を指したので、缶詰を取り出してそれを開ける。最近の缶詰は缶切りがなくても開くから便利だ。


 「すいません」

 「どうかしたの?」

 

 珍しく彼女の方から声をかけてきたことに困惑しながらも問い返すと、彼女は恥ずかしそうにお腹をさすった。


 「少し分けてもらってもいいですか? 実は私、今日お昼ご飯を忘れちゃっって」


 珍しいことはさらに続く。彼女はいつも自分で作った弁当を学校に持ってきて机で静かに食べているのだ。それを忘れるとは、彼女も流石に世界最後の日になって慌てたのだろうか。


 「いいよ。缶詰しかないけどね」

 「助かります。お腹が減って死にそうだったんですよ」

 「あれだけ、集中していたらお腹も減るよ」


 そう言って僕は三つある缶詰のうちの一つを手渡した。それに「ありがとうございます」と彼女は返して、少し微笑んだ。


 「これから、どうされるんですか?」

 「昼にはもう帰ろうかな。今日は、この街を見て回ろうかと思ってね。君は?」

 「私ですか? 私は……ここにいます。死ぬ最後に星を見ていたいんですよ。だから、今日はここに夜までいます。屋上で天体観測をやるのが、高校入る前までの夢だったんですよ」

 

 そう言うと、彼女は秘密を共有したいたずらっ子のように微笑んだ。

そういう死に方もありだね。


 駐輪場に一台しか停まっていない自転車を取り出すと、地面を蹴って進み始めた。行く当てがあったわけじゃない。死ぬ間際に、この生まれ育った街を見て死にたいとかいう愁傷な感情があったわけでもない。ただ、あと数時間で自分が死ぬと思って、こうして街を見ると何かやるべきことを見つけ出せるのではないか、何かを思いつくのではないかと思って街に出たのだ。


 僕は坂を下りながら、そんなことをぼんやりと考えた。


 この街はたいして大きな街じゃないから、見て回ろうと思ったところはすぐに見終わった。


 小さいころによく遊んだ公園。夏になると毎日のように通っていた市民プール。自分の母校である小学校。中学校。少し離れたところにある遊園地にも行ってみた。

 どこも閑散としており、猫の子一匹、人の子一人いなかった。みんな、どこに行ってしまったんだろう?

 そうやって自転車を漕いでいると、ふと思い返すのは教室に残った彼女のことだった。今頃、いつもように勉強をしているのだろうか。


 彼女と最初に話したのはいつだっただろうか? 確か、一年生の時だったように思える。僕と彼女の苗字はとても似ていた。それで、彼女の方から話しかけてきたのだ。

 初対面なのに、そうだと感じさせないコミュニケーション能力には随分と気圧された記憶がある。そういえば、彼女はそのコミュ力で様々な人間と仲良くなっていたけども、僕には最後まで敬語のままだったな……。どうしてなんだろう?


 二年生になってもクラスが一緒で、またその時に話をした。隕石が来ているというニュースが流れた時も、それについて軽く喋った記憶がある。そういえば、あの頃からだんだんと学校に来る人間の数が減っていた。両親が逃げ出したのも、二年の春頃で彼女に相談すると、親身になって僕の話を聞いてくれて、不安が少しだけ和らいだものだ。


 それからどんどんと人間は減り始め、しばらくすると既に二人しか登校する人間がいなくなっていた。


 潮風が吹きつける海岸沿いを自転車で走っていると、持っていたスマホからビービーと警報が鳴り響き始めた。ズボンからスマホを取り出すと、隕石落下まで残り一時間を切ったとの通知だった。真っ赤なフォントで色付けされた文字で、残り一時間と書かれている。


 わざわざこれを作った人間が省庁にいるのだ。ずいぶんと暇なことである。いや、きっと僕たちと同じように取り残された人間なのだろう。


 世界が終わるその最後の瞬間まで、日常という存在に縛り付けられた生きた屍。


 自嘲気味に少し笑って、海岸からそれる様に進路を変えた。特に意味があったわけじゃない。ただ、死ぬ最後の瞬間はこの街を一望できるところで迎えたかったのだ。


 自転車を二十分ほど漕ぐと、近くの展望台が見えてきた。前に一度きただけなので、展望台に登るのはこれで二回目だった。うろ覚えの記憶を頼りに、途中で自転車を降りると展望台までの階段を駆け上がった。


 「……おぉ」


 思わず声が漏れた。海と街が一望できる。まさに自分の思い描いていた通りのスポットだった。

心地よく吹く潮風に揺られながら、ふと色々なことを考えた。

 家のこと、街のこと、疎開していった同級生たちのこと、置いて行った両親のこと、そして、彼女のこと。最後は星を見て死にたいと行っていたが、隕石落下は予測では四時ごろだから、見れないんだろうな。


 そんな様々なことが浮いては沈み、浮いては消える。


 しばらくベンチに腰かけて街と海を見ていると、ポケットに入れておいたスマホが激しく鳴り出した。気怠く画面を見ると、遂に隕石が落下したのだという。その文字を見ると否応なしに、今までNHKのニュースキャスターが幾度となく繰り返してきた地球の終わりを思い出す。

まず、隕石が地球に落下すると半径三千キロの物体が蒸発し、消え去る。そして、衝撃波が地球の反対まで届くと、その後地震や津波、そして最後には摩擦熱と衝撃によるエネルギーが熱となり、地球の外殻を融解。マグマの津波となって押し寄せてくるのだという。

 その高さは計算上六千メートル。それが二十四時間をかけて地球の反対側まで届くのだとかなんとか。


 御託が多いが、とにかく人類は死ぬ。それだけ分かれば十分なのだ。


 未だにビービーとうるさいスマホをポケットに入れると、大きく息を吐いて海を眺めた。どこに隕石が落ちたのかは知らないが、ここまで衝撃波が来るまでしばらく時間がかかるだろう。なら、その最後の瞬間を見届けよう。そう思って海を眺めていると不意に海の奥が歪んだ。


 それを注視した瞬間だった。


 とてつもない暴力が体を襲った。前後左右、ありとあらゆる方向から殴られ、蹴られ、吹き飛ばされる。生まれ育った街並みが全て砕けて瓦礫とかしていくその光景を眺めることは無くただ、吹き飛ばされ、意識を失った。



 世界の終わりまであと5時間。




 狂ったように鳴り喚くスマホの警報で目が覚めた。


 「……痛ッ」


 軋む身体を起こす。幸いにして、重たい怪我はしていなかった。脚を引きずるようにして、展望台から街を眺め――嗚呼と、声を漏らした。

 今まで見てきた街は、まるで木組みの玩具だったのではないかと思わせるほどに、見事なまでに無残に砕け散っていた。街のいたるところからは煙とともに炎が上がっていた。空は夕焼けなのか、それともこの熱のせいなのか、不気味なまでに紅く染まっている。

 

 それだけ寝ていたのだろう。そう思ってスマホを見ると、既に時間が午後六時を指していた。つまり、三時間ほど気絶していたらしい。まったくもって自分の悪運に辟易する。そのまま寝ていれば楽だったろうに。

 そう思って笑うと、学校の方を見た。彼女はまだ生きているのだろうか。もし、彼女が生きているとするのなら――――。


 気が付けば僕は走り出していた。


 強く打った脇腹を抑え、歯を食いしばりながら展望台を駆け下りる。持ってきた自転車を探すと数百メートル先にガラクタとなって鎮座していた。舌打ちを一回して、学校の方に走り出す。この街に人と車がないことだけが幸いだった。もし、人が溢れているのなら、この街は地獄と化しただろう。だが、現実はそうではなかった。通りなれた路地裏を走っていると、行く先が瓦礫によって塞がれていた。


 「……くそっ」


 悪態をついて、今来た道を全速力で戻った。この調子だと、他の路地裏も瓦礫で埋まっているだろう。大きな道を走るしかない。地面を蹴って方向転換すると、国道を全速力で駆け抜ける。見知った道を最短距離で地面を蹴り、瓦礫を飛び越え、迂回して学校へ向かって走った。ふと脇腹に刺すような痛み。見ると、制服に血が滲んでいた。ブレザーを脱ぎ捨てて、ネクタイを取り、ワイシャツの上から傷口を縛った。こんなことに何の意味も無いが、気休めにはなるだろう。


 学校にたどり着くと、校舎にある全ての窓ガラスが砕けている光景に唖然として駆け抜ける。中に入ると、上履きに履き替えることもせずに、一目散に階段を駆け上る。

走っている途中で粉塵が喉に入り、激しく咳き込む。すると体から何かが込み上げてくるような感覚。思わず吐き出すと、床に紅色の液体。先ほどの衝撃波で体がやられたのだ。

 頭の中の誰かがもう動くなと叫ぶ。どうせこれから数時間以内に全人類が死ぬのだ。無理して死に急ぐ事なんてないじゃないか、と。その意見を無視して、再び走り始める。目指すは通い慣れた教室。熱っぽい体を引きずって、何とかたどり着くと、閉まっていたドアをこじ開ける。


 当然というべきか、ここにも衝撃波は届いており窓ガラスは全てが砕け、椅子と机は教室中に散乱し、黒板までもが半分ほどはがれていた。

 砕けたガラスで怪我をしないように細心の注意を測りながら、彼女の捜索をする。だが、どれだけ探しても彼女はいない。死体がないことに安心しつつ、今度は屋上に向かう。


 ……昼に、天体観測をしたいと言っていた。


 もしかしたら、もう屋上にいるのではないかと思ったのだ。身体を引きずり、上を目指す。先ほど簡易的に止血をしたところから再び血が流れ出していた。それでも階段を二段飛ばしで駆け上ると屋上の扉に手をかけた。幸にして、アルミ製の扉は曲がっておらず、鍵もかかってはいなかった。


 ……頼む。開いてくれ。


 一縷の望みにかけてドアを開けた。


 「あれ? どうしたんですか。今日は最後まで街を見るって言っていたじゃないですか」


 そこにいたのは、いつものように落ち着いて首をかしげる彼女だった。


 「……なんでだろうね。体が勝手に動いたとしか言いようがないんだけど」


 ふっと、全身から力が抜けた。


 「そのお腹の傷は大丈夫ですか?」


 彼女は血が滲んだシャツを見て、こっちに駆け寄ってきた。


 「あー、これね。大丈夫だよ。あと少ししたらみんな死ぬんだから」

 「だからと言って放置してはいけません」


 母親のようにきっぱりと言い切ると、彼女はポケットから包帯を取り出し、僕の身体の処置を始めた。


 「……何でそんなもの持っているの?」

 「女子力です」


 さいですか。

 真剣そうに治療してくれる彼女を見ると、断るに断れなくて、結局僕はされるがままになっていた。


 世界の終わりまであと1時間。


 

 太陽はとうに隠れ、空は暗く染まっているのだが、街のあちらこちらで火の手が上がっているため、明かりも無いのに街が明るんで見えた。手当てが終わると、二人は端のフェンスの近くでどちらからともなく、話を始めた。


 「本当に、不思議な人ですね。貴方は」

 「どんなところが?」


 不思議、と言われたのは人生で初の経験だ。僕には普通という言葉が一番似合う。


 「そうですね……。例えば、世界が終わるっていうのに日常を続けるところでしょうか?」


 彼女の答えに苦笑する。


 「それは、君も同じだろう?」

 

 僕がそういうと、彼女は首を横に振った。


 「私は、家にいると、辛かった時のことを思い出すんです……。だから、学校に来ていただけで、日常を続けたいと思っていたわけじゃありません」


 そんな事情があったとは。

 そう、納得するとともに、僕は彼女のことを驚くほどに何も知らないということに気が付かされた。彼女のことで知っていることくらいなんて、名前と出席番号くらいである。二年近く同じクラスでやってきて、それはあまりに少ないように思えた。


 「でも、僕も家にいても一人だから学校に来ていたんだよ。もし、この学校に一人だけだったら、僕はきっと来ていなかったと思う」

 「本当ですか?」

 「本当」


 そういうと、彼女は答えに窮した様子で黙り込んでしまった。しかし、話していないと落ち着かないのか、再び口を開いて話し始めた。


 「そういえば、何で私たち死んでいないんですか? 隕石が落ちたらみんな死ぬってTVで」

 「ん? ああ、隕石が落ちた後の衝撃波で死ぬ人間の方が少数派だよ。本命は隕石が落下した後にできる岩が蒸気化したものだよ。それがぐるーっと地球を一周する。その温度が数千度と言われているんだ。そんな物人間が触れただけで死んじゃう。だから」

 「なるほど。この会話はそれが来るまでの短い間だけなんですね」


 彼女はそう言って、悲しそうにうつむいた。僕はそれを晴らそうと何とか話題を変えてみる。


 「最後だから後悔しないようにしとかないと、死ぬ前の愚痴があったらなんか聞くよ」


 そういうと、彼女は少し考えてから口を開いた。


 「そうですね、なら聞いてもらえますか?」

 「どんな話でもいいよ」

 「私、中学校の頃から好きな人がいたんです」

 「……はあ」


 どんなものでも良いとは言ったが、僕の心にこれは結構響いた。どうしてだろう?

 別に彼女のことが好きなわけじゃないのに。好きなはずが無いのに。


 「私、その人と同じ高校に行きたくて必死に勉強したんです。そして、見事その人と同じ学校に行けたんです。しかも一年生で同じクラスにもなれたんですよ!」

「よかったじゃない」


 と、僕が適当に相槌を打つと、話はこれからです。と、彼女が続けた。


「その初日に私が話しかけるとなんて言われたか分かります?」

「……いや、思いつかない」

 

 普通は、「おお、同じクラスかー」とか、それとも仲が良かったらもっと込み入った話をするだろうか?


 「なんと、『誰ですか』? って聞き返してきたんですよ! 信じられますか!?」

 「ひどい奴だね。そいつは」

 「ええ、全くです。まあ、中学校が違ったので当然の話なんですが」


 ……どういうことなの…………。


 「その人と話したことはあったの?」

 「小学校の頃に少しだけ」

 「……それは流石に覚えてないでしょ」


 というか、小学校で少し話しただけの人間の事を普通好きになるものかな。僕にはよく解らん。


 「それでですよ。その人に何とか好きになってもらいたいと、相談に乗ってあげたりその人の好みの恰好をしてみたりしたんですよ」


 彼女にそれだけ動かせるとはどれだけイケメンな男なのだろう。いや、別にイケメンと決まったわけではないか。さらに言えば男と決まったわけでもない。


 「それでどうなったの?」

 「眼中に入っていませんでした」

 「……それは、なんというか」


 ご愁傷様、としか言いようがない。

 ……そういえば、愚痴に付き合うとは言ったけど、僕はこういった時どうしたら良いか知らないぞ?

 

 「これが、私の愚痴です。さぁ、次は貴方の愚痴を聞かせてください」


 そう言って彼女は微笑む。


 「えっ、僕もいうの?」

 「私の愚痴に付き合ってくれたんですから、私も付き合うのは当然ですよ」


 そういうものなのだろうか?

 僕にそう言ったことは分からないけど、そう言ってくれるのなら甘えさせてもらおう。だけど、あいにくと今の僕に恋愛の相談事なんて無いから他のことを愚痴ろう。


 「そうだね、何から話そうか」

 「何でもいいですよ」


 そう言って彼女は微笑んだ。


 「そう? なら……」


 そうして、僕たちはさんざん語り合った。最初は僕の身の内話から、そしてそれが終わると彼女の身の上話を聞くことが出来た。どうして、彼女は家に居場所が無いのか。その理由も聞くことが出来た。彼女の両親は、僕の両親と同じように彼女を置いてどこかに行ってしまったのだという。そして、家に一人残された彼女は誰かに会いたくて学校に来ていたのだと。


 そして、身の上話が終わると、今度は学校のことや、どこかに行ってしまった友人たちのこと。お金のこと、ご飯のこと、成績のこと、進路のこと、夢のこと、ごく普通の高校生がするような会話を続けた。

 それは、どんどん上がり続ける気温によって無意識に察した世界の終わりから意識をそらすためだったのかも知れないし、あるいは今まで埋めてこなかった僕と彼女の溝を勢いよく埋めていく作業のようにも思えた。


 彼女はことあるごとに、自分が好きだった人の話をしたがった。僕はその話を聞きながら、どこかもやもやとしたものを抱えていたが、彼女が楽しそうに喋るのを見ていたかったので、相槌を打ちながらその話を聞いていた。


 二人は残された時間を噛みしめるかのように、ただただ語りあった。




 世界の終わりまであと3分。




二人は屋上に寝そべって空を見上げていた。街のあちこちから煙が上がっているため、完全な晴天とはいかないが、それでも雲と煙の奥に煌めく星々を見ることが出来た。それは、僕が想像していた世界の終わりとは比べ物にならないくらい穏やかで、少し不気味な感じもする光景だった。


 「私、こうやって誰かと夜空に星を見るのが夢だったんです」

 「なら、最後にその夢が叶ったんだ。良かったね」

 「はい。これでもう、思い残すことは何もありません」


そう笑顔で言い切る彼女に僕は少し意地悪をしたくなった。


 「でも、せっかく見るなら好きな人と見たかったんじゃないの?」


 僕がそういうと、彼女は言おうか言うまいか悩んだ挙句、意を決した顔をした。どうでも良いけど、顔に出やすい人だなぁ……。


 「大丈夫ですよ。だって、その好きな人は……」


 彼女がそこまで言った瞬間に、海の方から轟音と昼間になったかと錯覚させるほどの光。そして、呼吸するのも苦しいほどの熱が押し寄せてきた。


 「……っ、これが」

 「……たぶん、岩石蒸気だよ。これで、終わりだよ」


 僕はそう言ってほほ笑む。あーあ、結局好きな人を聞きそびれた。


 「そう、ですか。なら、これでお別れですね。少しの間でしたけど、お話できて楽しかったです。やっぱり、一人で死ぬのは寂しくて」

 「僕もだよ。やっぱり一人じゃないっていいもんだね」

 「それでは、また来世で会いましょう」

 「そうだね。それじゃ、また」


 僕がそう言うと、まるで見計らったかのように高熱の熱風が押し寄せてきた。






 世界が終わるまであと1分。


 全身が焦げるかのような錯覚を覚えるとともに、身体が反射的に目を瞑った。

 少し明るい暗闇の中でふと、思う。どうして、僕は彼女の言う好きな人に嫉妬していたのだろう。その、どうして、の疑問には既に自分の中で答えが出ていた。


 決まっている。そんな単純なことは。僕は、彼女のことが好きなのだ。だから、意味のない登校をずっと続けたんだ。この下らない日常を続けようと思ったんだ。彼女の安否を確かめたくて、その横でこうやって終わりたくて。だから、怪我をしても学校まで走ったのだ。


 

 世界の終わりまであと30秒。





 言え。どうせ、みんな死んでしまうんだ。なら、最後に世界最後の告白と行こうじゃないか!


 「……ッ!」

 

 目を開けると同時に言葉を口に出すが、周りの熱風のせいで声が伝わらない。だが、何かを言いたかったというのは彼女に伝わったらしく、彼女も目を開けた。今ので喉をやられたのか、声が出しにくくなる。


 もう終わるんだ。速く、速く伝えろ!!


 世界の終わりまであと5秒。


 「……っと前から…………」

 

 そうだ。僕はずっと前から彼女のことが好きだったんだ。


 4、

 

 彼女が手を伸ばしてきた。


 3、


 僕もその手を握った。


 2、


 「好きでした」



 言えた。やっと言えた。



 1、


 二人の手が結ばれた。


 「私もです」


 そう言って彼女は、幸せそうに微笑んだ。




 強烈な爆風が世界を覆う。そこにいた生き物など、無意味な物だと言うかの様に全てを砕いて灰燼に帰す。命は無残に散らされる。







 だが、世界は終わっても思いが伝わるならば、それは――――。


あとがきは活動報告にて

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[一言] Twitterから来ました 切ない、けど胸を打たれた 作品でした(´Д⊂ヽ
[良い点] キャラの名前や内的なエピソード等を極力省くことで、想像の幅を持たせつつ、テーマとなる終末との向き合い方のみに描写を絞って書き切れている点。 [気になる点] 誤字が多い点。たまに視点が錯乱し…
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