第20話 「異世界に馴染む」
久しぶりの投稿。
約半年ぶり。誰かが見てくれるその日まで書き続けるぞ~。
朝、数日目の起床を経験する。
僕はまだ微かに眠ろうとする怠慢な脳を能力で強制的に効率化して起こしていった。
一時は断裂していた右足を見て何度目かの安心を得る。
恒例となった3人用の大きいベッドの真ん中から飛び降りて、朝のコーヒーを飲む。これはタッシーから貰ってきたものだ。
コーヒーを飲みながら右足をくるくると回しあれからの五日間を何気なく思い出す。
サブの活躍によりクラウンモンスターとやらの強大な敵に勝利した後、体調が極端に悪くなった僕はスティフュさんに担がれる形で王都アレイグンへと戻ってきた。
そして、すぐにラー経由でタッシーに連絡を取り、右足を治してもらった。最初こそ「おい、大丈夫か」なんて気遣ったような口ぶりだったけれど、僕がけがを負った理由が女性を助けた時にしくじったからだと知った際には、鼻で笑われた。
眼鏡をぶち抜いてやろうかと思ったが、すぐにけがを治してくれたのでノーカンとした。
それでそのあたりでスティフュさんとは別れ、タッシー達も任務を遂行するために帝国領へと帰っていった。
そしてタッシー達を見送ったタイミングで僕たち3人も宿屋に帰ったのだ。
それからはまぁ大変だった。
なんでかというと……―――
―――コンコンッ
……また来たか。
「失礼します、ヴィルトス様、体調のほうは万全そうですね。ではギルド本部に参りましょう」
(なにが“では”だよ、やめてくれよ……)
ヴィルは下品にもコーヒーをブクブクと泡立てるようにため息を吐いて気を落とした。
連日、ヴィルを悩ませるのはこの女性である。
言うまでもなくギルド職員スティフュだ。
「……あいたたたっ、足が、足がイタイなー」
「そうなんですか? 大丈夫ですか? ではギルドに行きましょう」
(お前は回避不能のフラグイベントか!?)とヴィルは心の中で叫ぶ。
「ギルドには専門の治療師がいますから、ヴィルトス様の足を治したお仲間程ではありませんが良い腕をしていますよ?」
「え、遠慮します……」
あの一件以来、こうして毎日毎日ご丁寧に宿屋まで来てはギルドに行こうと勧誘してくる。
最初こそ、昼間や夕方などの常識的な時間に訪問してきたが、あまりに鬱陶しがったヴィルが「ぼ、僕の部族では昼間に人の家を訪れない習慣があるので、申し訳ないがお引き取りください」だの「夜にも訪れてはいけない掟が……」「十時から~正午も……」などと言っている内に、早朝五時の時間に訪問してくるようになった。
もう人の住む場所には上がってはいけない、ということまで言い出した次には 宿屋の外から魔力型拡声器で呼びかけてきたので、慌てて止めたことまであった。
ヴィルはこの数日間で悟ったのだ「あ、この人バカだ」と。
そしてその実、スティフュという女性はその容姿から落ち着いた物腰の柔和な人物とだけで捉えられがちだが、元より冒険者気質の彼女は豪快で大胆さを持ち合わせた性格でもあった。
ただ、真面目さも十分にあるからギルド職員の仕事が何とかなっているだけである。
「どうしてですか!? あなたほどの実力があれば世界だって目指せるのに……!」
スティフュはその端麗な顔に似つかわしくない程迫力の籠った声でヴィルを説得した。
しかしヴィルは胃の痛さからコーヒーをだらだらと吐く。
―――世界なんて目指さなくていいんだよ……ラーからはそんなに自分から目立ちに行くようなことはしないでねって言われてたのにな……ううぅ。
すでに目立ってしまった事実を前に、スティフュから隠れるために引きこもり続けた五日間で、どんどん胃が痛くなりつつあるのを自覚した。
(だってさ! 知らないじゃん! 何が称号戴冠者モンスターだよ!? そんなにすごいとは思わないじゃないか! そりゃ確かに少し手強かったけどさ!? 次の日ギルドに行ったら職員一同でおめでとうございます、だって。 思わず誰か誕生日なんじゃないかと思ったよ? そしたら前日に提出してた怪物の爪がなんだかすごいらしいじゃん? 『宣伝だー宣伝だー新たな称号戴冠者討伐者の誕生だー』って、そこまで盛り上がるとは思わないじゃん!?
思わず逃げちゃったよ!
そりゃあ戦闘前にさ、こいつはやべぇ奴だぞみたいな解説はあったけどさ! それだったら、もしこいつを倒した場合はこのくらいの収入があって、これくらい世間から注目されるようになって、大々的に宣伝されるようになりますよ、くらいの前情報が欲しかったヨネ!?
スティフュさんもスティフュさんで何だかノリノリだしさ。こうやってご苦労にも毎日来てさ)
ヴィルはあまりに胃が痛むので半目になった。
「前にもお話した通り、私は元冒険者でプラチナ級まではいったことがあります。ですが、あなた様ならばプラチナ級など軽く飛んで、もっとその先まで辿りつけると思うのです」
―――そんなとこまで行きたくないよ……情報収集と生活費できるくらいの収入があれば十分なんだよ……
「素性を隠して、探りのためにヴィルトス様に近づいたのは謝罪します、ですが、今の私は本来の目的など関係なく、あなた様個人に大変興味があるのです!」
怪物を倒した次の日に、スティフュからは「不思議な称号を持つ人物がどんなものなのか探るために、新人研修と偽って近づいた」とか言う感じの話を打ち明けられ謝罪された。
そしてそれが彼女なりの誠意であることなど、年下のヴィルでさえ分かった。だけれども、それとこれとでは全く話が違う。
別に怪しい人物について調べることなんて当たり前だし、逆に放置するのは組織としてどうなんだと疑いたくなる。まぁ人選はやや疑問であるが。
それらについては別に怒ってもないし、気にしていない。でもやはりだからといってギルドには行きたくない。
スティフュさんとアシミーは元々として、討伐に貢献したサブが討伐者欄に載っていないのだ。だってサブは厳密には討伐に参加していないのだから、参加したのは英雄だ、サブではない。
そして英雄を書くにしても英雄自体は冒険者ではない。
だから討伐者欄は悩みに悩んで僕だけのソロ討伐だとした。だってあの時はまだそこまですごいと思っていなかったのだから!
感覚的には駄菓子の当たりを引いた時くらいの感覚だった……それが宝くじだとは夢にも思わない。
よって称号戴冠者モンスター討伐の栄誉は僕だけに与えられるのだ。
うん嫌だ。
「どうしても……ダメなんですか?」
強面の人間などには慣れているスティフュは、胃痛で神妙な顔をするヴィルを真正面に見詰めて問うた。
童貞純情ボーイは、その中途半端な優しさからどうしてもきっぱりと断り切れない。
しかし「うん」とも言えないこの状況。
スティフュの整った顔面で正面に向けられて、直視できないヴィルはチラチラと見ながら余計に胃が痛くなったように感じた。
「……ギルドに行けば、正式な手続きを踏んで称号戴冠者討伐者としてちゃんとした報酬が得られます。ランクだって上がりますから、王都に集うクエストのほとんどを受けられるようにだってなります。流石に称号持ちを馬鹿にする冒険者なんていませんから、厄介ごとを吹っ掛けられる機会も減るでしょう……」
ぽつりぽつりと、何度も聞いたギルドに行く意味をスティフュは語った。
「それに、世間があなた様をすごい人だって認めます。私だって応援します。何より、あなた様のような素晴らしい力を持った人間が認められずに草拾いをしているのは勿体ないのです。世間は感じるよりも魔物の脅威にさらされています。あなた様がギルドに行って正式な高ランク冒険者となって依頼を受けると、助かる命があるのです」
「私はその事実がある以上、ここで諦めるわけにはどうにもいかないのです」
その言葉達には、スティフュの“信念”のような物が見え隠れしていた。お金を稼ぐため、有名になるため、偉くなるため、いろいろな動機があって人々は冒険者になるのだと、ここ数日暮らしてみて学んだ。
本なり伝記なり、少なくとも過去の人物たちはそうであった。
そして、その中でもより鮮明に映ったのが、人を助けるために立ち上がった者たちの話だった。
きっとスティフュもその類なのだろう。
勘はそれほど良くないヴィルであったが、彼女の不均衡な体の動かし方と不定感覚の歩幅を見て、彼女が一体どういった過去を背負っているかなどはおおかた予想がついた。
涙もろいスペラがいたならばここで泣いているだろう。
ヴィルだって、彼女の熱意と情熱に押されて、彼女の言葉を取るかラーとの約束を守るかの二択を天秤にかける程度には悩んだ。
しかし、悩んだからと言ってそう簡単には返事はしたくなかった。
ラーにも連絡は取ってあるが、意地悪なことに『現場に任せる』とだけ言われてしまった。ラーの事だから何か考えがあるのだろうけれど、この班の実質的リーダーがヴィルである以上、ヴィルはそのよろしくない頭を最大限に使って考える義務があった。
だからヴィルは悩んでいるのだ。
他の二人からは「べつにいんじゃないー?」とか「へぇーヴィルトス君偉くなるんだね~」とか楽観的な意見しかもらえなかった。
それもそれでありだが、やはりもう一押し欲しかった。
ヴィル自身、この世界に興味はあるし、嫌いでもない。
自分の力が圧倒的でこの世界には強力な部類に入ることだってそろそろ勘づいてきている。警戒するに越したことはないが臆病になる気もない。
でもやはり「うん」と言えなかった。
厄介ごとを嫌う質のヴィルは最後の最後で意を決し、断ろうと言葉を紡ぐが―――
「やっぱり……」
「……まぁ、あとは冒険者を続けてくれたなら私が直々に魔法を教えてあげれますが……でも何かを背負っていらっしゃるヴィルトス様の交換条件には私程度では不釣り合いですね……」
「―――行きましょう、ギルドへ」
一瞬のうちにパジャマからタキシードへと着替えたヴィルは、普段はつけない香水(アシミーのやつを勝手に使用した)まで振りかけて、身を整えて部屋の扉を開いた。
「……へ?」
間抜けな声をだして驚くスティフュ。
ヴィルトス・ジェントジェミニス。誤解されがちだが顔が強面なだけであって、頭はそれほど良くなくて少しスケベでゲーム好きな普通の男子高校生なのである。
押してダメなら引いてみろ、とはよく言うがまさか色仕掛けに反応するとは……。
まさにこの男、単純である。




