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Mundus non re agnoscis ≫—僕達の異世界青春—≪  作者: ヒカワリュー
冒険の始まり《オーネス》
67/75

第17話 「異世界英雄ギャップ」


「―――それでは、どうぞよろしくお願いします」


「…あは、あははー………はぁ」


 うーん、多くは語らない。

 とりあえず30分前へ戻ろうか。



。。。


 昨日、大変な1日を過ごした僕達は死んでいくかのようにベッドに早めにもぐり、朝を迎えた。

 寝起きの僕はなんだか息苦しさを感じて起き上がろうとするが―――起き上がることができない。

 目の上に掛かって邪魔な髪をかき上げて、しっかりと開かないまぶたを持ち上げて横を見る。

 右横にはサブが小さな寝息を立てて、とても可愛らしく寝ている。

 よし左隣だ。もうオチは薄々分っている。たとえ寝起きの頭であってもだ。さぁなーんだ。

 うーん、コブラツイスト。

 綺麗に決まってる。 


 僕のごつごつしたした肌質とは違う良い感じにフワフワな感触が伝わってくるけど、特に何も感じない。

 アシミ―とのラッキースケベ展開はまぁまぁ経験したことがあるのは何故なんだろう。どうせならチェビとかリポレムさんとかがいい。まぁこのガチガチにコブラツイストを決められている状況をラッキースケベと呼ぶのかは(はなは)だ疑問ではあるが。


 推定Cの感触を片手で振り払ってベッドから抜け出す。

 朝起きたら少しづつ体を動かす、これは僕の日課でありルーティンであり一種の儀式だ。これをしないと起きた心地があまりしない。

 さて―――


「…散歩にでも行くか」

 

 部屋に取り付けらられている時計が指すのは、午前5時前。いつもより少し早い。

 日課の運動もほどほどに、町の視察もかねてランニングでもしよう。

 

 もし二人が起きた時用に書置きを残してから、動きやすい服に着替える。

 「すー」と微細な音さえ立たせずに、部屋のドアを開け廊下に出た。木造の床が「ギシギシ」と音を出し始めたので、【隔絶された勇気(ラナム)】まで発動して、音を絶つ。

 

 外に出たヴィルは、早朝特有の涼し気な風に身震い一つ、連日の快晴に気分を良くしながら、適切な速さで街の中を巡る。

 毎朝ご苦労な商人が荷馬車に何やら商品を載せて王都を去っていき、朝食を提供するという王都では物珍しい喫茶店は朝の早い主人によって開店準備が進められている。

 以前、サブも云っていたことだがこの王都アレイグンの光景は、本当にゼノンテルアの昔の街並みのようで、本当は過去にでも戻ったのではないかとヴィルには感じられた。

 珍しいようでどこか馴染み深い。 新鮮なようでどこか懐かしい。

 とても不思議な気分だった。


 町中を大雑把に一周するころ。

 ヴィルの前方にヴィルと同じ趣味の方が見えた。

 動きやすそうな服装といい、町中をこんな早朝に走っていることといい、まず間違いない。

 少し、闇に紛れるのにはちょうどいいような、黒に統一した怪しげな格好に目が行ったが、それは多分文化の違いか何かだろう。

 この異世界でも運動を日課にする人がいるのはなんだか不思議な気分だ。こう…イメージにないというかなんというか。

 まぁ冒険者なんていう体が資本の職業があるのだから、それくらいいても不思議でも何でもないのだろうけれど…

 

 ランニングを趣味にする者の義務感的なもので、抜き去りざまに軽い会釈をする。


「―――はぁはぁ…なんて、速さなの………って! あぁ!!!」


 突然、カモを見つけた狩猟者のような声で叫ばれ、びっくり驚きおったまげ。

 ちょっと怖かったのでそのまま抜き去ろうと―――


「―――ちょ、ちょっと待ってください!!!」


 呼び止められる。

 これはまずいぞ。

 この状況で僕が取れる行動は三択だ。

 一つ、そのまま走る。

 二つ、振り返る

 三つ、逃げる。

 

 一つ目は、今の静止の言葉が僕に対して言われたものじゃないと考えての行動だ。

 しかし、もしも「待って」といった人物が僕に対して言っていた場合、相手に対して失礼だし、無視は可哀そうだ。

 二つ目は、僕に言われたのだと思って行動する。だがしかし、もしも僕に対して言われた言葉じゃなかった場合、めっちゃくちゃはずい。まだ早朝ということもあって周りに人は少なかったはず、ここっで振り返って間違っていたら、まず間違いなく「あ、あなたに言ってんじゃなくて…」って思われてしまう。

 三つめは、全てを考えずに逃げる。残像さえ残さずに掻き消えることで、最初か僕という存在がいなかったと相手に思わせることができるかもしれない。

 僕に言っていたとしても「あれ? 見間違い?」になるし、言っていなくても「…」といった感じで気にも留められない。


 うーんどうしたものか。

 さっきの声の感じから、僕に声を掛けたかもしれない相手は女性だ。

 まてよ、女性ということは………僕に女性の知り合いはいない。

 つまりは僕に言ってはいないっ! よし、そのまま宿に帰ろう。


「いやっ! あ、あのっ…」



<がしッ


―――肩を掴まれた瞬間に体を(ひるがえ)し、手を払い、逸らした腕が逃げる前に掴み取り、相手の後方に回る。

 そのまま、相手が手を引っ込めようとした力を応用して、少し押してやる。

 すると、あっという間に拘束ができます。


「え…」


 そして、相手に戦う意思が見られない場合はすぐに手を離しましょう。

 離したらすぐに――ー


「―――申し訳ありませんでしたァァァァ!!!!!」


 膝をしっかり地につけて、誠心誠意土下座しましょう。


―――しまったぁぁぁぁ!!! 突然肩なんか掴まれるからびっくりして迎撃しちゃったよっ!?

 そういえば…こんなこと前にもあったような…? その時はオムの首を撥ね飛ばしそうになったんだっけ…まったく成長してねぇ…。


「あ、え、いえ!! こちらこそ突然お呼びかけして申し訳ありません…」

「ですのでどうか、お顔をお上げくださいっ!」


 地面のやすりで僕のでこがゴリゴリと削れるほど頭をこすっていると、目の前の女性から止が入る。

 

「大丈夫ですか? ヴィルトス様…」


―――へ?


 滴る血を払って、顔を上げる


「………()()()()?」


「はい、挨拶が遅れて申し訳ありません、ギルド職員の【スティフュ・タビュー】と申します」

「どうぞお好きなようにお呼びください、冒険者ヴィルトス様」


 唐突に、ヴィルへと声を掛けスティフュと名乗ったギルドの美人職員。

 ヴィルが「この人生バラ色って感じが眩しすぎて目向けできない」と対面した瞬間に感想を抱いた人物だ。初めてギルドに行ったときに対応してくれた職員と言い換えてもいい。

 黒で統一された服装は、より彼女の白という純潔な色の肌を強調させ、そのチェビに勝るとも劣らない端正な顔立ちは一目見れば「わぁ…美人」といった脳みそ半分な感想が出ること間違いない。

 

―――確か…冒険者登録をしたときに受付をしていた人であってるよな?

 こんな感じの美人の人だったような気がする。

 それにしても覚えられていただなんて、うれしいような、恐縮しちゃうような…


「…た、タビュー、さん…あ、そ、それで何か、僕にご用が…?」


「はい、それでは単刀直入に申し上げます」

「私を貴方様のパーティーに参加させていただけないでしょうか」


 これまたびっくり。

 ただ普通に町中を走っていただけなのに、面識も少ない美人の職員が仲間になりたそうにしてきたのだから。

 目をいつもの半分以上見開いて、口は半開き。最大限の驚きの顔でヴィルは硬直してしまう。

 それに慌てたのは職員―――スティフュだ。


「あ…! 申し訳ありません、説明が全く足りていませんでした」

「ヴィルトス様のパーティーは、王都アレイグン冒険者ギルドでも初の新人冒険者です」

「なので、冒険者間での常識や、依頼に対しての経験、それに聞きましたところご出身も遠方とのことでしたので王都の色々など、ギルドでもサポートさせていただければと思いまして」

「ご不便はおかけしないようにしますので、お邪魔でなければ、どうか…」


 …この時、ヴィルの頭は真っ白だった。

 なんせ、元来の目的は紛れもなく普遍的な散歩、ジョギング、トレーニング、だったのだ。

 そしたら、()()()たまたま会ったギルドの人が、()()()かのようにヴィルを呼び止め、パーティーに入れてくれてというのだから。

 わぁー怖い。


 そして、頭が真っ白になった人間が、元々から精神的な面で苦手とする相手に何か返答を求められた場合―――


「―――は、はい……?」


 当然、いい加減な返事を、よく考えもせずしてしまうものである。


「それでは、どうぞよろしくお願いします」


 ラーへの報告がまた一つ増えた。



。。。



『――うん、大丈夫だよ、それくらい』


 その言葉を聞いた瞬間、ヴィルは最大限俯瞰的戦争(プリフェクトアリオス)に声を拾われないように気を付けながらも、「はぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー」と人生で最も長い安堵のため息を吐いた。

 朝一の報告で、ヴィルは冒険者としての格が上がったことや、昨日のアシミ―の暴挙、ついさっきの新たな仲間について、隠すことなく堂々と報告した。

 結果については、ラーのさっきの言葉通り特に叱られはしなかった。


 そもそも叱られる、怒られる、というのはヴィルの勝手な思い込みであり、別にラーはタッシ―のようにキレ症でもなければアシミ―のように身勝手で横暴でもないのだ。

 ヴィルが最大限やれることをしたという、失態と同時に必ず存在するはずの彼の功績をしっかりと踏まえた上で評価する。

 よって、ラーからは特に褒められるわけでもなく逆に叱られるでもない。ただ単純に許され、許可され、看過される。

 

『――順調なようでとっても安心したよ、タッシ―達も着々と物事を進めて行っているようだし、僕達も少しづつ村には慣れてきた頃だ。

 これからも慢心せずに安全第一によろしく頼む、分かったかい? ヴィル』


『――もちろんだ、僕なりに頑張ってみる』


『――うん、ありがとう。 ……ところで、そのスティフュっていう人、大丈夫そうかい?』


 今朝、いきなり街中で僕に会うや否や、良く言えば()()のように、悪く言えば()()のように、僕達のパーティへの参加を求めてきた人物、ギルド職員のスティフュ・タビューさん。

 あの時は、美人特有の謎のオーラによって気圧されてしまっていたから全く気にも留めていなかったけれど。あの人は嘘をついていた。

 記憶が何だかあいまいだし、緊張していたから信ぴょう性はやや欠けるけれど、それでもやはり嘘をつていたと疑ってしまうほどには怪しかった。

 まぁ美人のオーラっていうのはなかなか克服できるってもんじゃないし。それにアシミ―なんかにはあんなオーラ絶対出せっこないから、僕が身近で克服の機会があるとしたならチェビとか―――


<バチコンッ!!!


「いってっぇぇぇ!!!」


 会話の途中、すぐ横にいたアシミーにハリセンでぶっ叩かれた。


「何すんだよっ!?アシミ―!!! 」


「いやー、なんか叩いた方が良いような気持ちがしたの」


―――恐るべし、アシミ―の勘。 もう心理まで見破られたらお手上げだよ。


『――大丈夫かい? ヴィル』


『――アシミ―に叩かれた……まぁ、それで職員の人のことだけど、今はそんなにまだ警戒していない。

 誰しもが何かしらの秘密を持っているものだし、嘘をつくことだってあるだろうから……。

 それに、あともう少ししたらギルドに仕事を受けに行くから、その時にでもまた怪しくないかそれとなく詮索してみるよ』


『――わかった、現場の君の意見を尊重しよう。 でも絶対に―――』


『――油断だけはしない、分かっているよ』


『――なら、いい。 頑張ってね』


『――りょかーい』


 通信が切れる。


「…イタイ」


 先ほどのアシミ―に叩かれた位置を軽く撫でながら、ジト目でアシミ―を見る。

 もし、これが一般の人間だったなら、恐怖に苛まれ一種の条件反射のように僕に頭を下げてくるのだろうけれど。生徒会の仲間であり、幼馴染であり、時と場合によっては僕より怖いかもしれないアシミ―にそんなもの通用するわけもなく―――


「―――あらあーら~ヴィルちゃん頭がイタイイタイの~? お姉ちゃんがよしよししてあげまちゅね~」

「ほらほらーよーしよち」

「イタイのイタイの飛んでいけ~」


 アシミ―ママに撫でられ煽られ鼻で笑われる。

 

「…ほら、ご飯早く食べて、ギルド行くぞ」


「まーた拗ねちゃったよ、最近は拗ねるのが多いねー」

「もしかして思春期? 思春期なの!?」


 うざく絡んでくるアシミ―を横目に、カチカチのパンを喉に詰まらせたサブの介抱をして、その場を去る。

 

「えぇーちょっと待ってよ~ヴィル~」

「置いてかないで~あたしが悪かったよ~」


 二人だけで早々に食事を終わらせて、ギルドへと行こうとしてしまうのを見て、流石のアシミ―でも少し焦ったのか、急に煽りの謝罪をし始めた。

 

「………はぁ」


 何度も謝ってくるアシミ―に折れたのかヴィルは一度立ち止まり、それから足を出す向きを180度回転させてアシミ―の方に向き直る、が。


「―――うっそー! もう食べ終わってます~」


 回転させていた移動の向きをまたまた180度反転させて、ヴィルはサブを背負い全速力でギルドへと走った。町中に巨大な旋風を巻き起こすことも厭わず、ただ積もる悔しさを何かに当てつけのようにぶつけたいがために走った。

 ……5秒もかからなかったが、先にアシミ―が到着していた。

 

―――ちくしょう……


 ヴィルは心の中で泣いたのであった。



。。。



「これが、今回の目標《薬草》です」


 ここは、王都から数(キーター)ほど離れた草木が生い茂る草原地帯で、ところどころが丘のようにせり上がっていて、まぁ平地とはどう考えても言えない景色だ。

 この近隣にはいくつかの森、というには大げさだが林程度の地帯もあるそうで。その林には、今、スティフュさんが見せてくれている《薬草》がなりの数生えているそうな。


 薬草と聞いて、この類のゲームをよくやる僕はつい「怪我が治ったり、状態異常を治せる薬の元になるやつでそのままでも使えるとかだったりしますか!?」と、やや興奮したように聞いたのだが、普通に、


「え、あ…いえそうではなくて、風邪を引いたときや膝などを擦りむいてしまった時に使う鎮痛剤ですね……」


 だそうだ。ちょっとへこんだ。

 僕の想像している範囲は治療治癒というよりも、奇跡に近く分類されるそうだ。それこそこの前に習った『スキル』とかの範囲だそう。異世界ファンタジーというのもそこまで気楽じゃないらしい。Aランク異能力の方が効力は高そうだ。


 そして、ちょっと前にギルドへと着いた僕達に待ってましたとばかりにスティフュさんが持ってきた依頼がこの《薬草》の収集。

 正直言って、銅級であっても受けられる依頼は少なくて、昨日のように探すのも手間だったからこうやって職員の方自ら持ってきてくださるのはとってもありがたい。

 それに、昨日の清掃依頼の場所と違って、ここは特に危険な場所ではない。つまりは昨日みたいなことは絶対に()()()()()()()()()()()()()、ということだ。


 そして、収集依頼となると―――


「あ、カウントが減ったよヴィルトス君」


―――サブの【御都合展開(ザ・ヒーロー)】がめちゃくちゃ光る。


「あったぞー」


「あ、あったー」


「やったー見つけられたー!」


 一家に一台英雄をってね。

 まさに入れ食い状態。探せば探すだけ見つかるわ見つかる。


「―――…な、なんてこと、《薬草》は《薬草》でも《上薬草》がこんなにも簡単に……」


 スティフュは驚愕した。

 昨日、ギルドマスターから「あいつらの中に入ったら何かわかんじゃね?」と言われたときは、そんな考えなしな…といっそ嘲んでいたが、今になって気づくのだ。あの時の提案は至極真っ当で建設的な意見だったのだと。

 こんな、安価な劇の三文芝居のようにそこそこ高価な薬草が採取できてしまうのはいったい何の冗談か。どんなに新人の演出家だってこの子供が作ってしまった英雄物語の最初の部分のようなバカな展開を作りはしない。

 探せば探すほど、手につかむもの全てが金の元。

 どこを、なにを、いっそ今のこの状況なら全てを、持ち上げて目を凝らしてみればそれはきっと上薬草なのだと思えてきてしまうほどだ。


 

「―――いやぁ、サブの能力はたまに役に立つよなぁ」


 ヴィルは、昨日までの災難たちを思い返し苦笑いを浮かべながら言った。


「ほんとに…ぼくも自分の能力にはいつも文句を言ってやりたいくらいだけど、今回はみんなの役に立ててよかったよ」


 石につまづいて、転んでしまった先でたまたまつかんだ草を薬草と判断し、収集カバンに突っ込みながらヴィルへと返事をする。

 奇遇にもつかんだ草が薬草の上級種、先ほどの話題にもなった奇跡の部類に片足浸かっている程の特上薬草だったことは、残念ながらそれを見ていたスティフュしか知りえない。

 それと、もう一つ付け加えるなら、サブのカバンには上薬草は一つも入っていない。

 サブがカバンに入れこんだ草たちは『特上薬草』4束『木樹の心核』3芽『緑精の宿葉』1枚。

 どれもこれも、敬称をつけるに()()という言葉がつくような高い代物のみである。

 本来このような、人の往来も無いことはなくたまになら来る、程度の場所にはこれらの緑葉たちは生えてなどいない。それこそ、これらの価値が分かるよな知性生物が全く立ち入らない場所にひっそりと、それもたった数本程度が生えているのみ。

 このような場所での入手など―――拾った宝くじが偶然にも当たっているようなものだ。

 まさに()()()()()

 

 ……悲しいことに本人は自分が上薬草を拾っていると勘違いしているのだが。

 力を持った馬鹿、『天然の英雄ほど怖いものはない』というのは、ヴィルたちの故郷ゼノンテルアでの慣用句だが、あながち間違いでもないのかもしれない。


「―――ジェントジェミニス様、お三方はいつもこのような―――」


 薬草収集を手伝いながら自分も手に取る草全てが上薬草だという現実味のない現実を体感し、ついにスティフュはこの非常識極まりない世界に、耐えられなくなり聞いた。

 彼女がヴィルにステータスカードを見せてもらった時には、彼には何のスキルもなかったはず。それは他の二人も同じこと。

 しかし、この異常なレベルの幸運言い得て非常識なこの光景を、スキルではない何かと自分に言い聞かせるにはいささか無理があった。

 それこそ、スキルという別次元的な()()()()()の恩恵を等しく受けて育ってきたスティフュが、『あり得ない』『おかしい』というエラーを起こすのも道理というもの。

 でも、このスキルを昨日から今の間のいずれかに習得したというのも考えられない。このような奇跡を起こすスキルを習得するにはそれ相応の期間を要するはず、人によっては生涯をかけても手には入れられないだろう。

 

 ならばこその、質問。

 それはギルド職員としての冒険者への渡せる情報を少しでも増やすための知識欲のためか。

 それは人としての自分の見たことのない者に対しての経験という免疫をつけたいという願望か。

 それは単なる偶発的な心の一瞬の揺らめきから滑り出た言葉か。


 今はもう―――()()()()


 さて皆さま。ここでいったん質問をしよう。

 英雄とはどういったものかご存じだろうか。

 いやいやすまない。さんざん、美人職員の不可思議な経験を言葉にしておいて急に出てきてしまって。

 しかしせっかくだ。少し語ろうではないか。

 英雄とは、勇気があって、力があって、雄々しくて、そんな輝ける雄の象徴ともいえる存在だ。

 簡単な英雄譚から言うなれば、()は人生の様々な幸福を経験しそして共に人生の様々な不幸をも経験する。そんなジグザクな折れ線グラフを魅せられて子供たちは沸き立つのだろう。

 最後に折れ線グラフがどちらに傾くのかを見届けて、物語というのは終わる―――


 さぁ、もう見えてきただろう。

 世界の秩序的存在が送り込んだ言わば物語の番人だ。

 上りっぱなしのストーリーなんぞ面白くはないだろう。

―――予定調和だ。



 スティフュの質問は意味をなさない。

 それは疑問に意味がないのではない。単純に、疑問はもう質問にすらなっていないだけなのだから。

 

「…経験を――」


「危ないっ!!!」


 突然の来訪者だ。歓迎の用意は出来ていない。

 既視感はある。既知の客人だ。

 しかし、誰かは存じない。


「―――うっそだろ…」


 ソニックブームを発する速度で振り下ろされた()は、(ことごと)くスティフュの後ろにあった木々を削ぎ、壊し、切り倒した。

 【隔絶された勇気(ラナム)】の直感による支援でいち早く状況に気付いたヴィルが動いていなければ今頃スティフュと木々に違いはないはずだ。

 醜いぶつ切りの物体が少し増えただけにすぎない。

 

 そして現れるは、14頭身の狂った体躯、裂き壊すには定評のある小刀いや爪、太陽に照らされより際立ったその奇々怪々な化粧を施した奇々怪々な顔面。

 どれもこれも旧知のもの。実際には昨日の出来事なので旧いというのは間違っているのだが、ヴィルが直感でそう思うほどに脳裏に刻み込まれているものまた事実。

 しかし、また違った事実もある。目の前の異形の住人にはところどころ部品が足りていない。

 ここまでくると、いっそへんな笑いが込み上げてきてしまう。

 

 追ってきたのだ。ここまで。あんな災害に巻き込まれてもなお。

 ()()が。

 

 

「退―――」


 ヴィルは相手を見るやすぐに行動を開始した。

 凶暴な暴力から間一髪助けた新たな()()を反応する間もなく強引に背中に担ぎ。

 続いて少し離れたアシミ―とサブも、瞬きの間に両腕で担ぎ上げた。


「―――散っ!!!!!!!」


 新しく掴んだ能力のコツを使い遠い空高くへと精いっぱいに蹴り逃げる…同じくほぼ同速で後ろを取ってくる相手を見て、涙を流しながら……

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