第16話 「異世界の片理」
「―――言い訳があるなら聞こうじゃないか」
呆れ1、驚き1、怒り98。
もうほぼマジ切れに近い。
理由から話せば皆様もご存じの通り、アシミ―の暴挙ないしアシミ―の身勝手な行動によるものだ。
「言い訳ー? ヴィルが助けてって言ったからあたし頑張ったんだけどな~」
さも「あたし知~らない」といった感じでなんの悪びれもせず、よくもまぁそんな白々しい嘘をスラっと言える。
アシミ―が楽観主義者で尚且つ自分自身に絶対的な自信を持っていることは、生徒会では一般教養周知の事実。
いやしかしだからと言って、危うく3人ともが死ぬ可能性もあったあの場面を笑って許してやれるほど、流石の僕も大人になれない。
あのスイッチはもしもの時に、自分以外の全てを消し飛ばす云わば禁断の最終兵器。
各班のリーダーが使うべきと判断した場合にのみ使用することが大前提で、僕の班なら、スイッチを使用と同時に二人を連れて地中へと潜るとか。他の班でもそうだ、何かしらの逃げ道を作った状況で初めて使うことができるのだ。
それをまぁアシミ―さんといったら……。
ラーに報告しようものなら、ラーの5秒以上の長い長いため息が聞こえることだろうよ。
ため息一つ、「もういい…」と話題を切り捨て、もうこれ以上考えないようにする。
アシミ―の「ニヤニヤ」した表情が、ゴリゴリと僕の神経をすり減らしていくが、ここでキレてはいけない。きっとアシミ―の思うつぼだ。
そうだ、思い出せ。アシミ―は出会った時からこんなやつだった。そう、今に始まったことじゃないんだ。アシミ―は見て呉れだけで中身はあれなやつ、だからこそ恋愛感情もくそも湧かないんだ。
耐えられる。僕なら耐えられ―――
「もぉ~ほんとにヴィルは心配性でダメダメなんだから~」
<ぶちっ
「こ…の…やぁぁぁろぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
抑えていたヴィルの怒りの感情は、アシミ―の子供でもできる挑発によっていとも容易く誘発させられた。
しかし―――
「―――ヴィル?」
すんっ、と爆発させられた感情の全ては、予備動作なしに沈められた。
これはアシミ―の能力によるものか、それともただ単純にアシミ―の語勢によるものか。
終生分かる事は無いだろうが、どうであったとしても、結果的にヴィルはまんまとこの一見か弱き美少女――――アシミ―に押さえつけられてしまったわけだ。
―――はぁ…やっぱりアシミ―には勝てる気がしないな。
「…帰るぞ」
「あれ? 拗ねちゃった? ヴィル拗ねちゃったの?」
「うるさい」
「さぶちー、ヴィル拗ねちゃったよ~なんでなのかなー」
「あ、あははー」
急なアシミ―からの質問に、乾いた笑みでしか答えることのできないサブ。
「もういいから…ほら、帰ろ」
ヴィルからの差し出された手を握り、アシミ―は楽しそうに、はにかんだ笑顔で握り返したのだった。
。。。
今回、僕達が挑んだ元々の依頼は、遺跡の掃除。この遺跡は王都アレイグンから最も近くにあり冒険の難度の自由度も広いことから中堅~上級冒険者も足繁く通う遺跡、らしい。知らんけど。
難易度っていうのは遺跡の階毎に違うものと聞いたんだけど、暗黒物質がすべてを飲み込んでしまったので違いは感じなかった。 怪物の強さが違ったりするのかな?
そうだとしたら、確かにあいつは強かったし怖かった。戦うことも無かったけれど。
それにしても…あの時の効率はまず間違いなく、僕の人生の中で最高に洗練された、あるいは効率さえも越えた何かだったと言えるだろう。
あれが無ければ一瞬のうちに外に出ることは叶わなかったはずだ。そう考えれば能力の進化ともとれるか…
まぁ今はそれよりも―――
「―――と、言うわけで依頼は完遂しましたが、最上階をきれいさっぱり、言葉通りに綺麗に消してしまいました」
パチクリ。 そんな音が聞こえてくる程まばたきをした職員の人。
そりゃびっくりするだろう。 当事者の僕だってまだびっくりしてるんだし。
「え…っと、消してしまいました、とは…?」
「ちょっと方法は守秘義務で言えないんですが、消してしまいました」
「塵さえ残ってないです」
?????????
辺りに?が飛び交いまくる。
「あ、被害は建物だけで、す…少し鳥も」
「人がいないことは確認済みだったので」
「それで、これって…依頼達成になりますかね? 遺跡の修理代とか必要なら何とかして払うので、それとは別で依頼はちゃんと達成したので、成功扱いにしてもらえませんかね?」
「冒険者の皆さんが通う大事な遺跡ということなので、こちらとしては弁償というのも辞さない覚悟です…」
ヴィルたちにとってこれは初仕事。初仕事から失敗したとあっては面目も何もない。
大金を使ってでも成功の2文字を受け取りたかった。それに元より、この掃除依頼での報酬などはたかが知れている。それこそ今朝の宿屋に泊まろうとするのならあと30回は受けなければならないだろう。つまり、この依頼を受けるということは金銭のことなど最初から度外視していて、クエストに成功ということだけが目的だったのだ。今さら修理費が増えようが変わらない。
…やっぱり変わらないことはない。
修理費を出す、と言ったヴィルの顔は人生を賭けた人間の面構えその者で。実際には『修理費がめちゃくちゃ高かったらどうしよう…』『持ち金で足りるかな…』『ラーに怒られる…』等といった風にネガティブゾーンまっしぐらなのだ。
「…申し訳ありませんが、わたくしの独断では決めかねることのようですので、少々お時間いただいてもよろしいでしょうか? 上の者に確認を取ってまいりますので…」
あ、はい。といった感じで決断を先送りにされたヴィルは、不安の時間がさらに続いてしまうことに絶望的な吐き気を覚える。
気持ちを紛らわすために仲間の方を見ようものなら、サブは今日の逃走劇での心労により体調を崩したため酒場の椅子に腰かけている。
アシミ―はヴィルの隣で小さき少女のように足をパタパタとさせながら職員を待っていた。
ヴィルはアシミ―の豪胆さに、いっそのこと敬服さえした。本人は今回の騒動の渦中に自分がいると全く、記憶、想像、関心もしていないようでただ「まだかなー」と暇さゆえに足をパタパタとさせているのである。それは決して、緊張感やヴィルと同じようにラーからの叱責、仲間からの非難を恐れたものではない。
楽観者というのんきな奴では間違いなくないが、それにしてもアシミーに慣れていない人間がこの場にいたなら、そしてこの事件の全貌を知っていたなら、きっとヴィルのように冷静ではいられないだろう。
その意に関せずといった堂々たる根性、恐るべし。
。。。
あれから10分ほどが経っただろうか。慌てたように帰って来た職員の人は、開口一番。
「―――ジェントジェミニス様!! 大変長らくお待たせして申し訳ありません!!」
決壊した川のように怒涛の勢いでこちらに詫びた。詫びるべきはこちらなのに、それに待たされたと言ってもたかが数分。ヴィルはちょっとびっくりした。
「上司に確認を取りましたところ、遺跡の最上階については内々に処理させていただきますので、ジェントジェミニス様は修理費などを払っていただく必要はございません」
「なにより、遺跡というものはまるで人工物のようですが、長年その作成者は分からず、ギルドの持ち物でもないのです」
「よってもう一度言わせていただきますが、最上階のことについては、ジェントジェミニス様になんら非を求めることはありません」
―――よかったぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!!
あぁー怖かった。 心臓止まったかと思った。
「―――そしてこちらを…」
そう言って職員の人が渡してきたのはこの世界では割と貴重な部類に入る“紙”だった。
大事そうに丸まった紙を広げながら、文面をこちら側に向けて、
「それでは―――冒険者【ヴィルトス・ジェントジェミニス】殿並びに【アショナミー・スぺクラム】殿【イヴァン・サブライデンズ】殿」
「今回の、遺跡内の全域にわたる清掃活動、未踏区画の到達、以上2つをギルドへの貢献とし、等級を青銅から二段昇格の銅とします」
「これからもギルド、人民への貢献を期待します―――ギルド員一同より」
―――わぁーお、まさかの初仕事で出世かよ。
え。もしかしてこの世界イージーモードだったりする?
このままいけば、僕達三回も仕事受ければギルド最高峰の冒険者に成れちゃうよ。
大目玉を喰らうと思ったらまさかのご褒美とは、僕この世界が大好きになっちゃいそう。
「……本日は以上となります、報酬については別途の報酬カウンターからお受け取りください」
「それでは、お疲れさまでした」
職員の人から深々とお辞儀をされ、さっきとは打って変わって何だかとってもいい気分だ。
まるで自分がすごいことをしたみたい。
こう言っては何だが、結果的にアシミ―の狂行も功を奏したのかもしれない。あの破壊力が知られれば確かに、僕達は一見してすごそうなやつに見えるだろう。まぁ実際は発明王の恩恵なのだが。
いやしかし、そうだなんだと言ってもアシミ―にはやっぱり感謝してやらない。
僕はまだまだ怒っているんだ。弁償が無くなったとはいえ、ラーにはどのみち報告をして、アシミ―の行動を止めなかったお叱りがくる。それを思えば許してやることは何もない。
でもまぁ、ただ…晩御飯は美味しいの作ってやらないとな。
さ、最初に約束してたからだし! そ、その約束まで破るのは…男としてぇ…みたいなぁ!?
「―――ヴィルっ!」
職員の人から手渡された書状を手に、煌びやかな笑みを作って、大変嬉しそうににするアシミ―は―――
「良かったねっ!一気にエリート街道直進だよっ! いえ~い!」
―――ちくしょうっ! ほんとに顔は可愛いんだよなぁぁぁぁ!!!!
「か、帰るぞ!!」
「いえっさー」
「…え? あ、ちょ、ちょっと待って~! お、置いてかないで~!」
ヴィルたちのその日の夕食は、アシミ―が食べたいと思ったもの全てを作ることになり、ヴィルは本当に全てを作りきった。
しかし、女子であり少しづつしか食べないアシミ―は当然全てを食すことなど不可能で、残りは男二人で無理やり完食することとなったのであった。
。。。
「…それは本当か?」
「信じられませんが全て…事実です」
ギルド本部、そのギルド長室にて筋骨隆々の男とギルド服をまとった羞花閉月の耳長の女。
「ジェントジェミニス他二名は、王都アレイグン出立後、目もくらむ速度で遺跡へと移動」
「速さには自信のある私でしたが全く追いつくことかなわず、私が到着するころにはすでに最上階へと進出していました」
「なのでどういった経路で最上階へと踏み込んだかは不明です、まぁもう跡形もなくなったので意味もありませんが…」
「お前を置いていく速度、か…それに最上階のこと、本当にもうないのか?」
「はい、先ほど受付を担当していた職員がジェントジェミニス殿から聞いた通り、塵さえ残っていませんでした」
「長らく、その階層があると認知は去れていたものの、誰一人としてたどり着く方法を知ることができず誰もが諦めた階層に、一日で上り詰め、た…」
「さらには堅牢なはずの遺跡を、外壁もろとも階層ごと破壊」
「はぁ~、末恐ろしいな、まったく…」
「引き続き職員としての任を外れ、情報収集に回れ」
「いや、そうだな……こういった案はどうだ?」
「―――で、ですがギルド長、それは…」
表面のコインを見てにやりと笑った筋骨隆々初老の男性―――ギルド長は不敵な笑みのまま提案をした。
それを聞いた美しきギルド職員はたまらず驚くのであった。
。。。
高級宿屋、三人部屋、キングサイズベッドの上にて。
アシミ―は嗤った。わざと男子に圧を掛けて寝苦しくさせて「うんうん……」と唸る光景を見てではなくだ。
―――今日の遺跡ッてやつあんまりおもしろくなかったな~。
そもそも最上階の隠し方がなってないんだよ~。
あれじゃあ、「見つけて欲しいけど、見つけてほしくないなぁー、でも見つからなかったら作った意味がないし…これくらいの隠し方なら見つけてもらえるかなー」、みたいな欲丸出しで全然ダメ。
まぁでも、さぶちーとヴィルがいたから結構楽しめたし、いっか。
……あ、けど。 どうしてヴィルはあんなに及び腰というか、腰抜けというか…ヘタレなんだろ。
あんな敵、ヴィルだったら転がってくる岩とそんなに変わらないのにな~
ほんとに―――
「―――腹立つ」
アシミ―がぽつりとつぶやいた一言は、一瞬にして部屋の温度を氷点下近くまで冷えさせ、独特の空気感を生んだ。もとより静寂な深夜の部屋は、これ以上の“静”を生むことなど根本的に不可能なはずだが、彼女が意識せずに漏らした独り言はその不可能を嘲笑ったのだ。侮辱したのだ。
世界の法則、当たり前の価値観、絶対的条理、それはアシミーにとってただのくだらないものでしかない事の何よりの証明であった。
しかし「まぁもういいや、気にしないでおこ~」と眠気満々になったアシミ―がすぐに緊張感を解いて寝てしまったので、すぐに部屋の空気は戻っていく。
さらに幸福なことに、男子二人は、今日一日の疲れからすぐに寝てしまっていて、聞くことも感じることもなかった。
こうして、ヴィルたちの忙しい忙しい初仕事は終わったのであった。
…余談だが、次の日の朝ヴィルは謎の腹痛がしたのだという。なぜかは分からないが、ね。




