第13話 「異世界での日常」
ここ何年か続いている習慣通りに、僕は午前六時ちょうどに起床する。
それは世界が変わろうとも消えることのない感覚が僕の目を覚ますからだ。
世間一般では比較的に早い起床ではあると思うが、宿の外に耳を澄ましてみれば勤勉な商人や朝の早い冒険者たちは、もうすでに続々と表に出て活動を開始しているらしい。「がっちゃがっちゃ」と荷物の揺れる音などが聞こえる。
まずは数回、目に力を入れて「ぎゅー」と押さえつけ、その反動のようにして数回目をパチパチさせ目を起こす、そしてふかふかともカチカチとも言えない微妙な心地のベッドに手をついて体を持ち上げ、上体を起こす。ついでに固まってしまった腕回りの筋肉を、肩を回しながらほぐしていく。
僕の隣ではいまだ、サブもアシミ―もぐっすり。
宿屋の店主のよく理由の分からない推しのせいで、こんなベッドが一つしかない部屋を取ってしまって、おかげで体中が痛い。
いくら大きいベッドと言えど、三人で寝るには限度がある。恋人みたいにくっついて寝たりなんかしたら問題はないんだろうけれど、こっちだって流石にアシミ―に気を使う。
全然寝返りをうてなかったし肩を縮めていたから、寝たはずだというのに何だかすっきりしない。
ギルドの職員さんに王都でも指折りの宿屋だと聞いて来てみたのだが、どうやら僕には異世界の“おもてなし”というのはまだまだ早かったようだ。
僕は二人を起こさないように効率的にベッドから飛び退き、これまた日課の筋トレを始める。
特に凝ったようなものはしないが、全身の筋肉に始礼の挨拶をするように、順当に起こしてゆくようにするのがこだわりだ。
蚊ほどの音さえ立たせず、ゆっくりとそして確実に体に負荷をかけていく。
二時間ほどたっただろうか、二人が起きるまで続けていようと思ったのだが、いかんせん二人とも起きる気配がないので、ここいらで打ち止めとする。
額から「たらっ」とだけ流れる汗を腕で拭いながら、全く警戒心が感じられない二人の寝顔を眺める。朝はとっくの昔にやってきて、遠慮がちだった宿の外の生活音も今ではもう騒音と化しているというのに、未だに呑気でいる二人の寝顔を見て、起こすか起こすまいか、ふと考える。
タッシ―ではないのだから、無理やり起こして不貞腐れるなんてことはないとは思うが、逆に僕がアシミ―を起こせるとは思えない。
寝坊魔アシミ―の睡眠は誰であっても邪魔できないのだ。
これは、偶像というある種神秘的で、絶対の完璧美少女を目指すアシミ―が唯一克服できていない欠点でもあると言える。
―――さて、やはりどうしたものか
特に急ぐ予定もないが、かと言って不摂生はよくない。
ここはひとつ効率的に起こしてみるか。
サブの場合、とっても簡単。
「起きろー、起きるんだー」
これでいい。
「むにゃむにゃ」と一番有名ではあるが、絶対聞いたことがない声をだしてゆっくりと起床するサブ。
こんなにじっくり寝たというのに、サブはまだまだ寝足りないようだ。大きなあくびと共に目元をこする。
「…うぅ、あれ? あさ?」
「起きろ、サブ、ほらほら朝ごはん食べに行くぞ」
「わかった………」
いつもより半分以上開いていない目を頑張って開けつつ、とぼとぼと顔を洗いに洗面台の方に向かっていく。
さて、お次は問題児アシミ―だ。
「起きろー、起きろー」
まずは普通に肩をゆすってみる。が、これも妥当かな。全く反応を示さない。小さな小さな寝息を立ててそのつぶらな瞳を瞼で隠しているまま。
サブが洗面台の方に消えた今、僕はアシミ―の寝顔に見入っていた。
普段の腹黒さからは想像と理解も追いつかない程の、可愛らしく美しくそれでいてある種幼気ともいえる雰囲気を放っているアシミー。
寝ていれば100点、起きていても120点。
僕が非モテ男子ということもあるのだが、アシミ―や他の生徒会メンバーの破壊力は間違いなく絶大で、それはたとえアシミ―1人であっても変わらなく、僕のドギマギ恋心をぶっ壊すにはちょうどい。
もう3日間も離れることなく行動を共にしている、この事実はえげつないほど僕の理性に負担を掛けてくる。
今、理知的でいられるのもアシミ―の性格を知っているからこそのブレーキ。
とどのつまり―――
―――寝顔はずるいって………
どちゃくそ可愛い………
みんなも自分の周りに一人はいるんじゃないか? 黙っていれば、おとなしくしていれば、可愛いって人物。
やつらはどんな時でも僕達の意識を向けさせることはないけれど、こと寝顔というものだけは大変卑怯なのである。
前提に戻ろう、黙っていれば、おとなしくしていれば、可愛いのだ。
睡眠という生理現象はその2つが、例外を除いて大体の場合当てはまるし、且つ意識がないという僕達に対しての試練を課せてくる。
そして何より、普段から恋愛や性的な目で見ていないからこそ、こういうときだけものすごく特別に感じるのだ。
アイドルを肩書とすることになんら恥じることがない程のルックス。これまたスタイル。
何者の手も付けられていない純白なオーラ。無防備な姿。
「ごくり」といつの間にか溜まっていたつばを飲み込む。
―――いったい今日の僕はどうしてしまったんだろうか?
相手はあのアシミ―だぞ!? いくら美がつく少女と言えどアシミーなんだぞ!?
この旅が始まってからなんだか徐々に自分がおかしくなってきた感じはする。ちょっと厨二的になってきたり、やけに通行人の女の人に目を奪われたり。
まるで自分が自分じゃないよう。
確かに閉鎖的な学園で何年も生活してきた僕だけど、これは流石に……。
異世界と言うものは時として人を変えてしまうのか。
それとも邪念か? 邪念なのか? 今さら僕は「学園じゃなければ僕を知る人物がいなくてモテる」なんて絵空事の考えがあるのか?
悪霊退散悪霊退散悪霊………………
「…ヴィル? 何してるの?」
―――ッ!?
いつの間にか起きていたアシミ―がサブと同じように目元をこすりながら、僕に問う。
これまたいつの間にかアシミ―に馬乗りになっていた僕は意識が飛びかける。
―――じゃねんッ!!????!!!????!!?!?!?!?!?!?!??!?!?
アシミ―の寝顔を間近で見たいがために、馬乗りになってアシミ―を眺めていた!?
まずいまずいまずい!!!普通に状況的にもまずいし、アシミ―に惹かれていたことも男としてまずい!
本当にどうしてしまったんだ!? おかしい!!おかしい!!
な、なななんて言い訳すれば!?
「降りてよ、起き上がれないよ」
と、当の本人は冷や汗が止まらない僕とは打って変わって、特に何も気にしていないようだ。ただ単純に眠いといった具合で起き上がろうとする。
そして動揺からか全く身動きが取れない僕をそのままに、アシミ―は上体を起こす。
至近距離で目と目が合う僕とアシミ―。普段から化粧の類はほとんどしないアシミ―。
まぁ生徒会女子は元が国宝級だから、それのさらにその上にコンクリートと原料があまり変わらない物体を塗りたくったりはしないのだ。
それで、すっぴんであるにもかかわらずいつもと変りないアシミ―の顔。
僕の獣じみた行動と、もう起きているがまだアイドルでいられているアシミ―の不思議そうな表情。
交差して、交わって、すれ違う。
「………ご、ごめん、退く」
「ふふっ、へ~んなの」
そう言ってアシミ―は可愛げを全開にして笑う。
ただ―――
「あ、ヴィルもあたしに惚れたのかぁ?」
「まぁあたしの可愛さは世界一だからなぁ」
―――ニヤリと、誰もいないのを見てか、アイドル然とした明るくキレイで清々しい笑みではなく、悪役が主人公の命を刈り取ろうとするかのような邪悪さと意地汚さが出たような悪辣の笑みを出す。
その表情が、僕を、僕の昂った感情を、沈静させていく。
「いや、あの、結構です」
「起きなかったから起こそうと乗っただけなんで…」
僕がそう言うとアシミ―はニヤリと上がった口元を逆にへの字に曲げて「あっそ」とくだらなさそうに返事した。
その後、顔を洗って戻ってきたサブをいれて、全員で準備を済ましギルドへと向かった。
その頃にはもうさっきまでの僕の気の迷いは、黒歴史へと昇格していた。
。。。
「スペラ、何をしている?」
「ん? タッシ―、さっき露店で仲良し薬っていうの見つけてな、それをヴィルたちの所に送ってみてんけどちょっと座標がずれた感じがすんねん」
「ちゃんと送れてたらいいねんけどな~」
「仲良し薬? ふん、まぁいい」
「そんなことは気にするな、俺たちの仕事を続けるぞ」
「そやな! ほほーい! いえっさー!」
「...スペラよ、我もしっかりとは見ておらんが、さっきの露店で買っておった仲良し薬とやらは成人向けのいかがわしい品物であったような………………まぁいいか、我しーらね」




