第12話 終章「異世界を行く」―――④
明確な敵意と殺意をミックスさせて、こちらに対して刃を向ける男たち。
職員さんは慌てた様子で「ギルド長を呼んできます!」と奥に去ってしまい僕達だけが残される形となってしまった。
まぁ賢明な判断だろう。僕が見るに職員さんは戦闘をしたことのあるようには見えないし、周りにいる他の先輩冒険者たちもこちらが見えていないようだし。
よってこの場を抑えられるの者は、この場にはいない。
と、普通は思うじゃん。
「……どういったご用件で?」
「あぁ? だからお前らをぶっ飛ばしに来たっているだろ」
汚いつばを目一杯まき散らしながら吠える男。
その言葉遣いとさらけ出す雰囲気には、むしろ敬服するほどの下等さがある。
こうやって訳も分からず敵意を向けられるのは昨日の今日と言わずさっきの今だ。こっちだって飽き飽きしているし良い思いはもちろんしない。
別にギルドのルールを破ったわけでも、先輩たちに迷惑をかけたわけでもないのに、ここまで一方的に敵意を持って迫られると、流石に言葉が荒れるくらいには腹が立つ。
まるで小学校の時に味わった、給食のおかわりはじゃんけんで勝った人が食す権利を得られるというもので、買ったはいいが後々になって、卑しい者を見るような目でこちらを見てきて、まるで僕がズルをしたかのように陰口を叩かれたあの時のようだ。
こちらは別に規則や約束を守ったうえでの行動なのに、自分が出来なかった得られなかったという僻みを棚に上げてさもこちらがルールを破ったように、みんなの、集団の意識を敵意に変えさせる、そんな子供心が生んだ幼稚な物の捉え方。
この世界の生まれではない僕からすれば、そうとしか捉えられない。
確かに、見栄、伝統、親切心、色々なものがあってこそ、この暗黙の了解ができたのだろう。
だがしかし、それ全部を感じてこそ、僕達は「yes」と言っているのだ。ならばそれ以上の介入は野暮というもの。
ましてや、ただの妬みやそれに準ずる感情でこちらを攻撃されては鬱陶しいことこの上ない。
―――と、隔絶された勇気で回りに回っている僕の思考の中で考えてみた。
要してしまえば、ただの主観と客観の問題なのだが、どちらが正しいどちらが幼稚だ。なんて答えの出ない問答はよそう。
今はただ一心に、サブとアシミ―に刃を向けた、この事実に対して僕の心からの報復をしよう。
それだけでいい。
思考すること、約0.1秒以下。僕はお決まりの超速移動を繰り出すために床を蹴りだす。
―――前に。
<パチン
<ガンッ!!!!!
軽い破裂音ないし手を叩く音の後に、酷く鈍い音を立てて、僕が知覚するより圧倒的に早い速度で一斉に地面に倒れ伏す男たち。
いや正確には倒れるではなく押し付けられる、だ。ギルド内の床は一面が木材であるが、その木材が亀裂を発させてひび割れるより、男たちの顔面の目鼻などの凹凸が木材にめり込む方が速かった。
不可思議すぎる光景。一瞬のことであるはずなのに、否、一瞬のことであるがゆえに木は自身がへし折れるタイミングを失ってしまったかのように依然変わらず床としての役割を担っていて、その表面に圧倒的質量で押されたであろう汚い顔面があるのみ。
仕事を奪われた僕は能力を解除してから振り返る。
「すっごーい! 流石ヴィル! やっぱりサイキョ―だね!」
僕の後ろでは、楽しそうに、愉快そうに拍手をしながら、やたら「すごーい!」だの「かっこいいー!」だのを連呼して、しきりに僕を称えるアシミ―がいた。
ただ僕は知っている。僕は何もしていないことを。今のはアシミ―がやったことだと。
さっきまでの積もりに積もった苛立ちの、ようやくの捌け口を見つけて、大変気持ちがよさそうなこと。
今の一幕は、アシミ―からすればただのコバエを叩き潰すことと同義である。いやむしろ相手がこちらを警戒していないからこそ、幾分かコバエより楽なのかもしれない。
「―――ギルド長を呼んできました!!」
と、心底慌てた口調で駆けつけてきてくれた美人職員さん。
だが残念、もう荒くれ先輩は僕が倒したらしい。
長をわざわざ呼んできてもらって悪いが、無駄骨だったよう。
「これは…君たちがやったのかな?」
筋骨隆々と言えば正しい形容だと言えるであろうギルド長さんは、ひどく驚いたようにしながら埋め込まれた冒険者たちを掘り起こす。
地毛の色にメッシュがかかったように白髪を生やすギルド長は、その髪色からそれなりの年齢であることを窺わせるにもかかわらず、衰えは一切見せず、地面にめり込んで動かない男たちを次々と引っこ抜いていく。
そんな人物を目の前にどう言葉を返そうかと悩んだ末、決断した。
―――責任は僕がとろう。
「いえ、僕一人がやりました」
「なるほど…これを、か」
すると、若干の無精ひげを生やしたあごに手を当てて、有り体に言って考えた素振りを見せたギルド長は「今後の活躍に期待する」とだけ言い残し早々に奥の部屋へと帰って行ってしまった。
そして、全身を強く打っているであろう、僕達に喧嘩を売ってきた先輩はすぐに医務室に運ばれていった
僕達の処分は特になかった。
暴力事件を起こしてお咎めなしとは文明社会を生きてきた僕には考えられず、一瞬呆気にとられたが、冒険者間でのいざこざはよくあることなので、命を取るなどのよっぽどのことがない限り罰則はない、と後から職員さんに言われて“そういう文化”なんだと納得した。
―――冒険者の治安が悪い理由はここにありって感じだな。
そして一息ついたころ、職員さんから呼び出しがかかる。
「はい、これをどうぞ、今完成したばかりのステータスカードです」
と、いかにも丈夫そうな紙―――というより鉄とかのような固くて薄いものではないのか、と思わせる、カードを渡してくれた。
数回指でこついてみたが「こんこん」と金属質な音が聞こえた。
カードの一面には、色々な項目と数字が書いてあって、多分こちらが表。
反面はギルドのいたるところで見受けられる紋章が刻まれていたので多分これが裏。
「ステータスの内容は触れるたびに更新されますので、新しいスキルを得た場合や現状のステータスを見たい場合は、カードに触れていただければすぐに最新の情報がでます」
試しにカードを「ぽんぽん」タッチしてみるが特に反応はなし、これが最新というわけだ。
欄をよく見てみるがこれがすごいのか普通だったり低いのかよくわからない。
それに、もっと嫌なものを見つけた……。
僕はまだ何一つスキルを習得していないのだが、名前の上の【二つ名】の欄に【隔絶された勇気】との表示を見つけてしまったのだ。
他の二人にも同じ欄に、オムの付けた名前がある。
―――まじかよ、能力はスキル扱いじゃないのか………
なんだよめちゃくちゃ恥ずかしいじゃん、なんだよ二つ名って、誰だよこんな欄を作ったやつ…
僕があまりの恥ずかしさに勝手に耳を赤くしていると、職員さんが意を決したように言ってきた。
「………もし…もし、差し支えなければ、ステータスの数字を見せていただくことは出来ないでしょうか?」と本当に大変申し訳なさそうに言ってくる職員さん。
これを渡してくれた時も裏面であったから、きっと職員は故意に見ちゃいけないとかの決まりでもあるのだろう。
まぁでも50m走何秒だった? なんていう会話を生徒会とあとは友達のミクスとくらいしかしたことがない僕には、なんだかうれしい質問だったので、堂々とひけらかすかのように職員さんへと突き出した。
「えぇと、どれも…平均より少し、高い程度? うそ…あんなにすごい攻撃だったのに…」
最後の方に職員さんからこぼれ出した言葉に少し胸を撃たれる。
恋的な意味じゃなくて、本当に言葉通りで。
平均より高いっていうのに、なんだかあんまりすごそうな感じがしない。
確かに僕の高速移動は能力依存のところがあるから、身体的なものはそんなにすごくないのかもしれない。
早めに知れてラッキーだったけど、なんだか憂鬱。
ええとアシミ―は………
「こんな…まさかあり得ない!? 歴代でも類を見ないとてつもないステータスですよ!!」
職員さんに詰め寄られるようにして楽し気なアシミ―。
さっきの荒くれとのごたごたから僕達はギルド内でかなり目立っているのだが、それに加えてこれだ。
人気者になりたいアシミ―にとってこれ以上うれしいことはないだろう。
まぁでも、やったな。
これはやってるわ。普段の腕力なら絶対に僕がアシミ―に負けるはずがない。しかし数値というステータスの上ではアシミ―の方が僕の数千倍はある。
バカじゃないの? ねぇ、ねぇ、おかしいじゃん、ねぇ…
しかし、「ぶい」と誇らしげに笑うアシミ―は今日一でご機嫌なので特に僕からは何も言わないでおくことにする。
とすると…サブは―――
「なんてこと!おかしいですこんなの!」
ほらね。
「ほぼすべてのステータスが最低値です!」
うん知ってた。
悲し気な表情でプルプルと腕を震わせながら、返してもらったステータスカードを懐にしまうサブ。
最近、それこそゼノンテルアにいた時からずっと毎日筋トレしてたの、僕知っているよ。
毎日、数㎞遅れでもラーとオムのランニングついて行ってたの、僕知ってるよ。
僕の真似をして逆立ち片手腕立て伏せをやろうとして、手を「ごきっ」とやってしまってタッシ―に泣きながら治してもらってたの、僕知ってるよ。
……どんまい。うん……サブ、強く生きるんだ。
うきうきしたアシミ―と、落ち込んだサブと、特に何もない僕。明日から冒険者を始めることにして今日一日は街の散策をすることに。
職員さんへの床への謝罪もほどほどに、ギルドを後にした。
。。。
「どうだった?」
「何かおかしな点はあったか?」
「いえ不正などは何も見つかりませんでした」
「本当に、ただの成人して数年の年下の子供、という感じです」
筋骨隆々の男は「そうか」とだけ言い、考え込む。
その長をみて職員は「ただ」と、
「新人にもかかわらず、すでに【二つ名】を持っていました」
「フフッ、英雄の証、【二つ名】をか」
「…無理のない程度でいい、スキルを使って監視をしろ、それまでは職員の仕事は交代でいい」
「分かりました」
ただ一人残った部屋で、ギルド長は二つの面を持ったコインを投げ、
「どうなることやら…」
これからの波乱の予感に吉と凶を賭けた。
。。。
「ようこそいらっしゃいましたー、三名様ですね」
家は、王都でも指折りの宿屋。
そんじょそこらの宿屋とは全てにおいて格が違う自負がある。
今日の客はそう多くはないが、今は稼ぎ時の季節ではないので、そう気にはしていない。
今やって来たのは三人、ここらあたりじゃ見ないような少し珍しい格好をした三人組だ。
男一人に女二人のハーレム。
女はどちらも超がつくほど別嬪で、男は男で結構な面構えをしている。まぁこの程度の面構えの客にビビっていたら凄腕ぞろいの冒険者の多い王都で店なんかやってられない。
気にするこたぁない。
「本日は何部屋お借りになりますでしょうか?」
どうせ三人部屋でお楽しみコースだろうが一応聞く、後片付けが大変だからあんまり家では扱いたくはないが客は客。
割り切っている。
「え、あ、あの、二部屋で」
こりゃ驚きだ。この年齢にしては盛っていない。
「一人用男部屋、二人用女部屋ですね」
「え、いや、ちがくて、僕とこの子は一緒で」
この子と言われたのは一番小柄な方の女。
「えぇ!?あ、相部屋で…そちらの方が、お、おひとり?」
「あ、はい、それで」
こりゃぁちょっと盛ってないとは思ったが逆にひん曲がってしまってないか!?
仕方ない、こっちが一肌脱いでやるか。
「お、お客様それならば、皆さまでご一緒にお泊りになってはいかがでしょうか?」
「お安くしておきますよ」
「えぇでもなぁ一緒はよくないしな…」
おいぃぃぃ! お前そんなにガチガチの顔面してるのに心は童貞か! ピュアか! 察してやれよぉぉ!女の子一人放置するとかどんな神経してるんだよ! 一人とは一緒の部屋でもう一人は放置ってそれはないだろ……。
「お、お客様! 当店のベッドは三人でも十分なほど、広々としたものでございます」
「ですからやはりご一緒に…」
「いやでも…」
バカやろぉぉぉぉぉx。
そんな上玉二人連れてて片方にしか手を出さないやつがどこにいるっていうんだ!
ばかやろ!
「そこを何とか!!」
「いや、何とかって言われても…」
「え、逆になんでそんなに…」
「いいですいいです!! 私はどうでもいいんです! そちらの女性のことを考えてください!」
「え? あ、うん?、あ、あぁ」
「いいよヴィル、ここまで薦めてくれてるんだしさ、みんなで一緒の部屋でいいじゃん」
「え、アシミ―それでいいの?」
「お金は多分大丈夫だよ?」
「別に気にしないって、いこ?」
よっしゃー!!!!!!!!!!!!!
女性の方よく最後頑張りましたね!!!
いやぁよかったよかった。
この鈍感男め! 良い夜過ごせよなー。このこの~。
「はい、それでは、三人部屋で承ります」
「汗をおかきになったなら、あちらに王都でも珍しい当店自慢の浴場がありますのでどうぞご利用ください」
「いやー町中歩いて疲れたし、先に入ろっか」
「うん、そうしようか」
「いやぁー、ぼくもうくたくただよー」
「お?なら久しぶりに洗い合いしようぜ、サブと一緒にお風呂入るなんていつぶりだろうなー」
「あ、アシミ―1時間後くらいでいいかー?」
「おっけー」
「ぼくもヴィルトス君の背中一生懸命洗うねっ!!」
「よっしゃー、いくぞー!」
いやぁよかったよかった、本当に良かった。
なんだか良いことをした気分だな。
一人の人間の恋を応援する。
かぁー! 今夜の酒は美味そうだぜ!!!
………
………
………男湯ッ?!?!?!?!?!?!?!?!?
。。。
その夜。ある有名な宿屋の店主は、とある三人客の来訪により眠れぬ夜を過ごしたそうだ。そして店主の体験したことが三代に渡って語り継がれる怪奇話となったのは、また別の物語。




