第2話 「異世界を知る」―――①
何もない荒野に一直線の砂の粉塵が舞いあがる。
それはまるで一枚の大きな壁を成すように、真っすぐにそして高く舞っていた。
目を凝らすと、それは北上するようにどんどんと距離を伸ばしている。今もなお途轍もない勢いで砂の壁は形成されている。
しかし、もっとよく目を凝らすと、そうだ、あの砂の一番前だ。何やら人影が見えた。
大量の乾いた砂を巻き上げて、北上している人影。それはヴィルだ。ヴィルは、常人では追いつくことのできない速さで北を目指していた。
燦燦と照りつく太陽によって、これでもかと乾き焼かれ死んだ土を踏みしめて、視界を妨げて鬱陶しい事この上ない岩山を速度を殺さずして避け、荒野を走り続けている。
時間にして三十分ほど。距離にして約500㎞。
体力を蝕む太陽の熱に耐えながら走り続け、隔絶された勇気の体力消費がある程度抑えられている状態を保ちながら、その二つを両立させた最適な速度がこれだった。
もう少し言うと、その二つだけを候補に入れるならあと少しは速くできるのだが、不測の事態に備え、いつでも対処できるように体力を温存する目的でこの速さでの移動になった。
ちなみに、集団での行動はどの観点から見ても、メリットが少ないので、タッシ―の能力を使い、そこら辺に落ちていた石の中に簡易的世界を創り、生徒会のみんなをそこに保存して、その石をヴィルが持っている。早い話、モンスターボ〇ル見たいな感じだ。
タッシーの能力は体力消費が桁違いに高い代わりに応用力が他の能力と比べて段違いなのだった。
外のこんな環境に耐えられるのは、ラーやオムなどのアウトドア派で、タッシ―やチェビ、シスのようなインドア派にはかなりきついだろう。
それに移動速度的にもこうしてヴィルが全員を運んだ方が速い。
まぁヴィル一人が疲労を被る形になりはしたが、未知の可能性が多すぎるこの場所では【能力】だけが、自分たちの生命線。
温存しておくに越したことはないし、体力消費までもが効率的なヴィルの方が何かと便利なのも事実。話し合いをするまでもなく満場一致でこの移動方法に決まった。
しかし、話し合いの後。ヴィルはアシミ―に何やら頼み込んでいたようだが、軽く一蹴されたようだ。
全力ではないとはいえ、あり得ないスピードで荒野を駆けていればその余波はすさまじいものとなる。
結果―――
『―――待テ』
心を無にして、何もない荒野の景色から解放されることのみを頭に入れ、走っていたヴィルに突然として掛けられた声。
条件反射のようにして、ブレーキをかける。もちろん、あり得ない速度を急に止めたことによるあり得ない反動がくるのだが、ヴィルにとっては何のその。効率的に力は分散させた。
「あのー……どなたでしょうか?」
周りを見回しても、誰もいやしない。
いくら心を無にして走っていたからといっても、言葉を発する生命体の影を僕が見逃すはずがない。
警戒心はずっと高めてあったし、感覚もずっと研ぎ澄ましてあった。
ならばなぜ、掛けられることのない声が僕には聞こえたのか。
たっぷり悩んで一秒。
―――うん、幻聴か。
そうに違いない。
だって、やっぱり探しても人影は見当たらないし、それに生命の欠片さえも感じない。
きっと暑さで頭がやられたんだ。いくら排熱を効率化しようと、熱は溜まってしまうもの、ならば頭が逝ってしまうのも道理。
ここいらで一つ、休憩でもするか……石の中のメンバーはいいよなぁ。涼しい環境でゆったりしていられるんだから。別に恨むって程じゃないけれど、羨ましい。
しかし、あれもこれもアシミ―が手伝ってくれさえすれば……―――
『―――待テト言ッテオルダロウガ!!』
今度ははっきりと聞こえる誰かの声。それは、明らかに先ほどより怒気を孕んでおり、こちらに対しての敵意がある。少し混乱していて息があがってきているとはいえ、そんなことを気づかない程平和ボケしていない。腰を深く落として警戒を強めた。
しかし、いくら周辺を見渡せど、相手の姿は見えないのだ。
(……いったいどこなんだ?)
情報が欠如し過ぎている今の現状で、もしも戦闘にでもなったら安全の保障はこれっぽっちもない。ましてや、先手を相手に渡すなど言語道断。ジロジロと不安だけが加速度的に積もる。
その瞬間。
「―――ッ!?」
虫の知らせ、野生の勘、のような感覚が僕の脳に伝わる。だがその感覚が僕に生まれた時にはもう、すでに僕は全力で身を後転させていた。そして後退しつつ空を見上げる。
上空に現れるは巨大な影。それは瞬く間にさっきまで僕がいたところに落ちてきて、その巨大な影に見合う巨体で地面を押し潰す。舞い上がった砂埃がすごい勢いでこちらに降り注ぐ。
砂を掃いながら、刹那のうちに思考を重ねた。回避行動により、何とか一時の難は逃れられたがどうする?
砂の粉塵がまだ辺りを舞う中、くっきりと姿が見えたのは二秒後。
その巨大な物体は“翼”を翻し、空中の砂粒たちを吹き飛ばした。
僕はその姿を見て正体に行き着く―――こいつは伝説級の怪物。
―――竜種!!!
歴史書でしか見たことはないが、人間を凌駕する怪物の中でもさらに抜きん出た力を持つとされるのが、この竜種。
通常怪物は、何種の、何。などのある程度の分類別けがなされているのだが、こと竜種においては、それそのものがある種独立していて、竜種というものだけなのである。
ガウガウを例に出すならば、【獣種のタイプ狼】だ。
その現存する生物とはかけ離れた全身のフォルムは、他と併合することができず、鰐のような尖った歯、超巨大な図体、空を覆い隠す大きさの翼、鋼のような鱗。
それすなわちすべてが竜種だけを表しているのだ。
そしてどれもこれも、目の前に突如として現れた生物は、歴史書で見た竜種の性質を持っている。
戦ったことなんてあるわけがないから、戦闘能力の違いを測り知ることなんぞ出来ない。
逃走の二文字が真っ先に頭に浮かんだが、その決断は保留へと送る。そうだまずは―――
「―――申し訳ありません!」
「もしや、今まで私に声をかけてくださっていたのはあなた様でしょうか?」
そうだ。まずはこの確認。
先ほどの声の掛けられたタイミングから見ても、僕が今言った言葉はあながち的外れではない。そこを確認しなければならない。
『ン?キサマ、言葉ヲ理解デキルデハナイカ』
『ドコゾノ新種ノサルカト思ウタワ』
そう片言で言葉を放ったのは他でもない。目の前の竜種だった。
人間と会話ができるなんて聞いたこともないが、何事にも例外は必ず存在するものだ。
しかし、例外はあくまでも例外。会話ができるというのは、単純に僕達のあずかり知らない事実があるだけで、このことは竜種にとって普遍的なことなのかもしれない。
さらには、この竜種は常軌を逸した力を持った存在であるかもしれない可能性も十分にある。
警戒心の鼓動が止まらない。
「申し訳ありません!」
「先を急いでいたのと、お姿を拝見できず、幻聴の類だと判断しておりました」
何一つわからない状況で自分を誇示するのは悪手。よって自分を低く見せ、常に下手へと出る。
『先ヲ急イデイタ?……フンッ何ヲヌケヌケト……コザカシイ』
『言葉ヲ介スル人間ナラ知ッテオロウ、ココハ【盟約ノ地】』
『ソコニ踏ミ込ミ、アマツサエフミ荒シタキサマノ罪ハ万死ニアタイスル!』
そう言って、目の前の竜種は四足あるうちの前足を天高くに掲げると、勢いよくこちらを再度潰しにかかる。
崩れた地面が地割れのように伝播し、裂けた地表の石屑が弾丸となって、こちらに飛散する。
僕は全てを避けるか掴むかしてダメージを殺す。
「お聞きください!竜種様!」
「私達はこの地に―――」
僕がすべてを伝えるより早く、
『キサマ!ホコリタカキ龍種ノワレヲ下等種ダト!?』
『ミジメニ死ニタイヨウダナ!』
そう言って竜種は全身を震わせ雄叫びを上げ、大地を揺らした。
そして怒る体を足で支え、まるで体を固定するような態勢をとる。
―――ま、まずい!?
僕が更なる危険を感じ取った、その僅か瞬き一回分あと。
灼熱の太陽に灼かれ乾き切った地面を、さらに焦がすほどの炎が辺り一面を包み込んだ。




