第44話 「誰が悪い」
この事件の被害者である女子生徒。その許嫁である男子生徒、アルマがこの事件の何かしらを知っているのではないかと読んだ僕は、事情を聞きに行った。
しかし、僕の予想とは裏腹に、彼は特に何も知らないらしく。それどころか悲しみの感情を爆発させてしまい、彼の心を抉ることとなってしまった。
なぜ、これほどまでに愛し合っていた二人の間は引き裂かれなければならなかったのか、そしてこの事件には何が隠れているのか。
僕は、その答えを求めてもう一人の重要人物を探し始めた。
。。。
呼び鈴を鳴らし、部屋の主を呼び出す。
今いる場所とは少し離れた所にある、貴族専用の貴族寮の壁とは違い、そこまで厚さのない眼前のこの壁は、部屋の主が慌てたように「どたどた」とこちらに駆けてくるのがとても伝わりやすい。
「どちら様でしょ―――」ガチャリとドアを開けて出てきた部屋の住人は、こちらを見るや否や、言いかけていた言葉さえも中断させて、おっかなびっくりといった感じに、急いでドアを閉めにかかる。
しかし、ここはさすが僕。そこら辺の一般人ではないのだ。
能力の恩恵により、普段から澄み切っていて濁りの少ない僕の神経たちは、受け取った信号を一気に体全体に伝達させる。
今、ドアを勢いよく閉めようとしている彼が力を入れてドアノブを握りしめて、全身の体重を後ろに倒し、続く反動に抗うように足の筋肉を縮めるのが、仮に0.5秒後のこととしよう。
僕の腕はその半分の秒数以下で、ドアを掴んでいる。僕の目が発見した彼の筋肉の移動、体重の推移から予測される次の行動、つまりはドアを閉めようとする行為。この展開を脳の中で「これはドアを閉めようとしているな」と認識し、これを彼の怠惰な神経、さらには筋肉質なんかでは追いつけない速度で、僕の腕全体に命令を与え阻止するのだ。“ドアを掴め”と。
これを、普通の感覚をもった一般人が見れば、僕がドアを掴む行為は、目の前の彼がドアを閉めようとする行為より早いように思えるだろう。未来予知かと。
しかし、実際のところは、相手の動きを見て、それを読んだ僕が、先に行動に移っただけである。
言うなれば、見てから対処、余裕でした。というやつだ。
僕はかなりの力でドアを腕に力を入れて固定しているので、彼がどれだけ「ふんっ!」と力を籠めようとも、びくともしない。
観念したようにドアの向こうの玄関に転ぶように腰をついた彼は、声をわなわな震わせて―――
「―――あ、あの……お、お金は、持ってません……」
「いや!強盗じゃねぇからぁぁぁぁぁぁーー!!!???」
ヴィルトスの全力の否定はかなりの距離響いたという。
。。。
僕は出された紅茶を「ずずぅー」とすすりながら、本日二杯目のお茶にほっと息をつく。
冷房の効いた部屋で飲むあったかいお茶も悪くない。
ここは、学園内にある居住区画、その一角の使用人寮。
使用人とは、その名の通り、貴族家のご子息ご令嬢の世話係の人たちのこと。
なぜ学園という学び舎に、使用人がいるのかというと、これも貴族社会の当たり前なのか、貴族家の人間は大多数が家事、洗濯、掃除、炊事の一通りの生活力が無かったりする。
さっきのアルマさんなんかは人間ができているから、自分のことは自分でやっている。けれどそうでない貴族もこの学園にはいっぱいいて、チェビなんかもそうだ。
本人曰く、一応やればできるらしいのだが、自分でやるより使用人にやらせた方が質、早さ、どちらをとっても使用人の方が高いので合理的に考えて私がやる必要はない、と言い張っているのだ。
まぁそんなこんなで、生活力の乏しい、それか学業に専念したい生徒なんかも使用人を専属一名、この学園に連れてきている。
その、使用人たちの住居がこの使用人寮なわけだ。
僕に慣れた手つきで紅茶を注ぎ、僕の斜め前の方でキリっとした姿勢で立っている人物が今回の事件の要の人物。
さっきはどうやら、僕を混乱に乗じたチンピラだとでも思ったらしい。
あの後、何回も謝られた。
淹れてもらった紅茶を勢いよく飲み干し、僕の目指す究極の味に舌なめずりをして、本題に入るとする。
「それで、あなたに聞きたいんですが、昨日の夜から、今日の朝ごろまでどこにいましたか?」
同性ならば、このくらいの会話は余裕でこなせる僕。正しい質問で彼から情報を聞き出そうとする。
使用人としての矜持なのか、それとも個人のプライドなのかいっこうに座ろうとはしない彼は、その綺麗な背筋を一瞬強張らせて、汗を流しながら「……お答えできません」とだけ答える。
するとまた背筋を元に戻して、押し黙ってしまった。
「でもおかしいですよね、いろいろ、とね」
「だってあなたは、被害者の使用人ですよね」
「でも、『解雇処分』を受けている」
「何があったんですか?」
そう、目の前の彼は、使用人は使用人でも、被害者の女子生徒の使用人。
そしてなぜ僕が、彼を重要人物だと思ってここにきているのか。それは彼が使用人であるからだけではない。
その理由は―――
「―――あなたが“ストーカー”ですよね」
聞き込みを続けているとき被害者の女子生徒の身辺をいくら聞きまわっても、ストーカーの話はたくさん出てきても、その人物像がまったく出てこなかった。
誰も、知らない、見てない、わからない。
しかし、学園内は広いようで狭い。
流石に誰も、ストーカーが誰なのかを知らないのはおかしいのではないかと。少し顔を見て、だれも学園内の人間で見たことがないのはおかしい。
そう思った僕は、誰も知らなくて当たり前の人物に焦点を当てた。
そう、使用人の存在だ。彼らは何かしらの急ぎの要件がない限り、学園側までは来ない。ほとんどの者が居住地区で生活し、主人の寮と自分の寮を行ったり来たりする生活。
それならば、ストーカーの顔を見ていても、その顔を学園で見たことがないと言っていた生徒の話も納得がいく。
すぐに関係者の使用人全員の顔写真を集め、再度聞き込んだところ。
ここに至る、というわけだ。
専属の使用人がストーカー。なんともおかしい感じがするが、これが事実のようだ。それにもっとおかしいのが、さっき僕が言ったように、この使用人はつい最近になって主人の女子生徒から解雇処分を受けている。いろいろと怪しいわけだ。
僕は、じっと彼を見続けている。脅迫、拷問、ゆすり。何かしらの方法をとった方が僕単独での解決には、より簡単でよりスマートな方法だ。
しかし、僕自身のポリシーとして、そんな恐ろしくて、残酷な方法は取りたくはない。
ならば、何かしらの能力を使って、彼から情報を引き出す術を持たない僕は、信じて聞くしかない。信頼して待つしかない。彼の言葉を子犬のように「待つ」ことしかできない。
ここまで来て、彼が何も事件に関与していないわけはないのだ。
実際彼は、きりっとした姿勢で立ちながらも、呼吸はほんの少し荒いし、心臓の動きも少し不安定だ。
まぁそのどれもが僕だけが感じとれるような微細なものではあるが。でも、僕は確信している。
使用人として、最高の教育を受けて、この学園に通う貴族家の娘の使用人の代表として、専属人として、採用されるような人物が、とてつもなく小さなものではあるが、動揺しているのだ。
多くの秘密を抱える貴族家の使用人。その使用人たちが秘密保持の訓練を何もしていないわけがない。
しかも、彼はその中でも選ばれた存在、いわばエリート使用人。
その、生粋の黙秘マシーンが、態度で、雰囲気で、仕草で、敵に情報を渡してしまっているのだ。
これは何かがあるに違いない。
何も話さず。何も発さず。しかし、動揺はしている使用人に対して、僕は少しだけ僕独自の存在感を強める。
普段の僕でさえ、常に周りの人間を圧迫するような存在感。いわゆるプレッシャーを放って、相手を圧倒させてしまっている。
その存在感を強めたのだ。相手は身の毛がよだつような感覚を覚えて緊張の糸がより張るだろう。
そして次には、生物の本能として落ち着こうと、呼吸が荒くなる。
暴力や脅しなんかはアウトだが、これはぎりぎりセーフ。僕は存在感を強めただけ。黒に近いグレーでセーフ……セーフでお願いします。さすがにずっと黙っているわけにはいかないからさ……。
ちなみに、この今僕がやった業は―――
―――その瞬間。僕が思考を自分に向け切っていないと読んだ元使用人は、机をひっくり返して僕に当て、その陰に隠れるようにして窓から逃走していった。
内心で「しまった……」と舌打ちをする。ここまで大胆な行動をとる人間に見えなかったから、油断してしまっていた。隔絶された勇気も発動していなかったし、今もまだ発動していない。
ひっくり返った机と茶器を元に戻して、玄関を出た。まだ追える距離にいるのは分かっている。ようやく能力を発動させて、澄み渡った感覚の中で鼻に残った紅茶の香りを吸う。
静まり返った場所で、ただ一人、悲しくため息を吐いた。
消えるようにその場を去る。視界に映る景色はいつも通り高速に過ぎ去っていき、全てが後ろに流れていく。しかし消えていく景色が今日はどうも暗い感じがした。
一本の真剣のように研ぎ澄まされた感覚が、彼との距離が近づいて行っていることを知らせてくれる。僕の顔から表情は消えうせて、厳粛な態度で彼を追った。
僕の暗い景色に、水を差すように、場違いな太陽が僕の背中を温める。
今のいら立ちは―――何に対してだ?
答えのない自問自答は存在感なく消えていくだけだった。




