第40話 「お姉様が望む自由とは」―――③
(―――さっきの二人なんでこんなところまできたんだろう?うーん……あ、しかもお客さんが来るなんて初めてだから急いでお風呂に入ったけど、書置きも何もしてないや。起きたりしたら戸惑うよなぁ……)
彼女、【テラメア・インベーション】にとって開発の時間以外は不毛のものでしかなく、唯一欠かさない食事であっても、それはただ単に栄養が偏っては集中力や肉体、その他諸々に影響があると考えているためである。つまり人間によるところの生きるという行為自体が彼女にとっては邪魔でしかないのだ。
その行動の向かう先は、だた一つ。この世の可能性を広げることのみ。
彼女はその情熱のために全てを投げ出して、この第六技能室にずっと籠っているのだった。
しかし、そんな彼女でもやはり人間。成人した女性であるにも関らず汗臭い汚い格好で初めてのお客を出迎えるには少しの人間性で抵抗があった。
だから、玄関で倒れていた二人をソファーまで運んだあと、こうして二か月ぶりに身を清めているのだ。
<ガラガラガラ
突然として開いた背後の扉。一瞬にして目があう二人。
一方は電光石火の勢いで「バタンッ」と扉を閉め、その扉で隠した顔は羞恥で真っ赤になっている。もちろん、タッシーのことである。いくら女に慣れているとはいえ、まだ成人もしていない子供。少々彼には刺激が強すぎたのか、混乱し、なぜ軽率な行動をしたんだと自分を責め立てるように頭を両手で殴っている。
しかしもう一方は、自分の不潔な臭いを二か月も全く気にしないくらいには女としての本能を捨てている人間。「にたぁ」と顔をまさに邪悪のように染めている。
「きゃー(棒」
「変態ぃぃぃ」
「す、すまない!」
「その……起きたら俺たち以外に誰もいなかったから、あたりをうろついていただけだ!」
「ふーん、でも見られちゃったからなーあたし初めてなのになー」
「これは責任を取ってもらわないとなー」
しかし、ここで形勢が変わる。
初めて裸を見られたのがテラメアなら、初めて女の裸を見たのはタッシー。
初めてのことで心臓をばっくんばっくんと鳴らしていたタッシ―が彼女の言葉によって正気に戻る。
「おい貴様、いい加減にしろ」
「こちらが下手にでているからっていい気になるなよ」
まさかの逆切れ。これにはさすがのテラメアもびっくり。
(―――えぇー……あたし一応被害者なんだけどな)
しかし、そんなことは短気のタッシ―には知ったこっちゃない。
こちらは謝ったのだ、つまりそれ以上こちらが何かを言われる道理はない。という短期なりの筋が通っているようで通ってもいないような曖昧で極端な考え方の基。自分には、相手の記憶と自分の記憶、そのどちらをも消す力がある、どう転ぼうが自分は痛くも痒くもない。といっそ余裕を持って強気に出る。
「出てきたら、俺を馬鹿にしたことを後悔させてやる」
都合上としては、タッシ―はこの状況でも完全犯罪に持ち込める。
つまりこういうことだ。さっさと出てこい、お前の記憶を消去してやる。と。
素晴らしいほどにガチ屑である。
しかし、会ったばかり、いや面と向かってあったのはたった一瞬の事であったため、タッシーはまだ彼女のことを知らない。彼女、テラメアはタッシーの理不尽的思考をも凌駕する大胆さと勢いの良さを持った天才なのである。
「やぁやぁ……そんなに見たいなら、その目に焼き付けろぉぉぉぉーー!!!」
<バァンッ!
再び勢いよく開け放たれた扉。それは男女の唯一の壁であった扉。
半ギレ状態のタッシ―の視線の先。僅か1m先。ちょうど自分の目線の高さにあったものは人類の宝。いわば宝。
推定、E~F。
溢れ出て止まらない“俺は悪くない魂”言い換えて開き直り力が必死になって回復させていたタッシーの強気を、彼女の威勢の良さが打ち砕いた。
反射的に、
「ご……ごめんなさ、い」と普段ならあり得ないきちんとした謝罪をした。
「わかればよろしい」
彼は負けたのだ。何にと言われたらよくわからない。だが、屈服させられたのは確かだ。
そして敗者のタッシ―に、もう記憶を消そうと考えはない。やっぱりよく分からないだろうけれど、負けたのだからそんな考えはない。
謝罪をして、逃げるようにその場を去ったタッシ―はテラメアが着替えて出てくるのを待つ。
ごたごたによって有耶無耶になっていたが、何もまだ聞き出せていないのだ。人がいたのだからその人物にテラメアについて聞くのがいいに決まっている。それにあの人物がテラメアである可能性が一番高いのだ。待つのが最適だろう。と考えての行動だった。
程なくして、出てきたテラメア。服は着ていなかったがタシウムはそこを言及すればめんどくさいと理解して、何も言わなかった。
「……さっきはすまない、それであんたがインベーションでいいのか?」
「やぁやぁ変態君」
「そうだよあたしがテラメア・インベーションだよ」
ぎりっと歯をかみしめるタッシ―であったが何も言わない。
確かにここで能力を発動させれば楽勝に、それこそ変に改ざんしてこちらが被害者の状況も作れる。しかしそうはしない。黙ってこの中傷を受け入れる。
「俺はタシウム・フォト」
「あんたに話があってここまで来た」
「だから仲間がいるところまで来てくれ、そいつが話す」
「はいはーい、行きますよっと」
テラメアのやや遅めの歩きに合わせて進む二人。
会話が起こることはない。方や引きこもり、方やキレ症。会話が起こる方が不自然である。
何も言わず、何も語らず、何も発さず。たださっきまでいたところまで歩くのみ。
しかしごった返した部品たちによって歩く場所は限られており本来ならまっすぐ行ける場所も回り道をしなければいけない状況。少々歩かねばならなかった。
タッシ―からすれば、よく分からず、そして自分を攻撃してきた腹の立つ物体が所狭しと詰め込まれた風景は特に前向きな興味を持つものではなかったが、一つ気になることが。
「なぁこれは、あんたがつくったのか?」
落ちていた何かの金属で作られた物体を「ひょいっ」と摘み上げてタッシ―が問う。
「やぁやぁ、興味があるのかい?」
「いや、別に」
「ただ、こんな訳の分からないものを作り続けている奴が目の前にいると思うと笑けてきてな」
「ぶぅー訳の分からないものではないですー」
「この子達は総称として“機械”」
「あなたたちがいっぱい苦戦したやつの仲間」
「苦戦など……」
「見てましたー残念」
「くそっ」
吐き捨てるように悪態をつくと「なら」とまた話題を持ち上げた。
「どうしてそのなんちゃらっていうのを作っているんだ」
「破壊者にでもなる気か?」
「なんちゃらじゃありません―機械ですー」
「まぁでも、理由かー考えたことなかったなー、別に破壊者になるつもりはないよ?君たちを襲ったのだってここを守るために置いていただけだし」
「他にも家事を手伝ってくれるものを作ったり、いろいろしたけどまぁ……完成は見えないなぁ」
「そう捉えてみれば完成が見えないから、理由もない、ということになるのかな」
「あたしは普通に能力以外の可能性を探していたらここまで来ていただけ」
「ずっとずっと探してるんだ、でも最近は分かんなくなることばっかり……」
「おんなじ事でぐるぐる回ってるあ、でもこれが理由なのかな? ははっやっぱ分かんないや」
「能力以外の可能性を見つける?」
「あ、うんそれ。結局は嫌いなんだよ、能力が」
「与えられた能力、選ぶことはできなくて、みんな違ってて、優遇や冷遇があって、同じ神様から貰った力なのにね、それならさ、同じ神様からの贈り物なら神学研究の方が楽しいかなって」
「そうか」
感傷的に話すテラメアを前に、タッシーは変わらず素っ気ない返事だけ返した。
テラメアは思い詰めていた。ここ最近何か進歩したことはと聞かれたら「何もない」と正直に答えるだろう。それほどまでに研究は壁に行き詰まり、先が見えないでいた。
最近では自分が研究を続ける理由、根本、意味、さえ失っていたのだ。
だってそうだ、神学をいくら続けても能力には遠く及ばない。神学でできることは能力でできる。いくら神学の教えを解読しようと、それを実現しようと、自分が有名になろうと、変わりはしない。
何百という微細なパーツで構成される機械による恒久機関より、能力者が幾人か集まってたった数時間で作られる恒久機関の方が、時間、コスト、大きさ。全てにおいて能力に軍配があがる。
やればやるほど、自分が挑戦する神学の可能性は遠ざかる。そろそろもう、うんざりだ。
しかし、そんなことはつゆ知らず。タッシ―は思い悩んでいた。
話が長い、と。
一質問をしたら五、六くらいで帰ってくる。もうさっきのおっぱいでかなりの脳の処理能力が持っていかれているのだ。そんなに言われても処理できないし、する気もない。
しかし。
だが。
それでも。
―――決して、タッシ―は薄情なやつではなかった。
「あんたにどんな過去があるのかとか」
「どんなものを背負ってこうして引きこもっているのかは知らないし」
「でも、あんたの口ぶりからして適当な感情でやってはいないことは分かった」
「俺は神学だとか能力だとか、関係ない」
「結局は自分に便利なものを選ぶ、どんな時でも。でも選ぶものが一つしかないのも悲しいことだと思う」
「悪役がいるからヒーローが目立つように、何かの対義が無ければそれ自身の効力としてはそんなに良いものにはならない」
「ま。あんたがどっちになるかは、それはあんたの頑張り次第」
「それに、能力が好きじゃないみたいだが、それは暴論だな」
「もしこの世界と違う場所があって、そいつらがみんな能力を持ってなくて平等なら、俺たちを羨むだろうな」
「あんたが平等を望むのと同じように」
「つまりは持たざる者と持つ者の僻みなわけだ」
テラメアは驚いた。
まさか、合って間もない自分より年下の少年にここまで心を動かされるとは思わなかったから。特に解決策を言ったわけではない。励ましでも、鼓舞ですらない。どちらかと言うと、今までの自分を否定する暴言ですらあった。
それでも、その言葉にはテラメアの思いを少ない会話の中から掬い取り、そして押し出す力があったのだ。
「それに、俺は良いと思うがな」
「人間の声とは違う機械の声、気に入った」
「それと、好きだよ、あんたみたいなおっぱい大きいやつ」
タッシ―はスカした顔でそう言った。しかし、本心ではかなり焦っていた。
もう少しで本音が前に出るところだった。本文とルビが逆でよかった、と。
きっと脳の処理がまださっきの光景に引っ張られるのが原因だと思ったタッシ―はすぐさま自分の記憶にモザイク処理を施す。
これで良し。
そして、落ちていた一つの機会に命を編集する。
それは、ゴーレムを作る工程と何ら変わりない。体を用意して仮の命を吹き込む。
せいぜい違うとすれば、体の性能と構造がけた外れに違うことで……
生まれた生命は静かにメインカメラを動かす。
それは、この世界に誕生したことを確認するかの如く人間らしい動きであった。




