第32話 「恋愛へのプロセス」―――③
「ご、ごめん!」
母なる大地に頭を何度も叩きつけ、零れ出る鮮血が宙に飛散するまで思いっきりに頭を振る。
「ブッシャー」という凄まじい効果音がつくほどの行動にも、真っ赤になった顔を隠すように手で覆い、こちらの方を一切見ようとしないリポレムさん。
僕はそんな彼女に止まらず土下座をする。何人か通行人が奇妙な見てくるがそんなものは気にもしない。
「本当にごめん!」
「そ、その、僕もリポレムさんとこうして出歩くのに、なんか緊張しちゃって……」
「だ、だから、その……気が動転していたというか……なんというか……」
優しくて性格の良いリポレムさんのことだから、僕のように異性に警戒心なんて持つことはないだろう。
しかし、彼氏がいたことのない、あまり異性に免疫がない、この二つからから推察するに男の肌は彼女にとって未確認領域ものだと思われる。
つまり、いきなり肌を露出させてきた僕はリポレムさんにとってまさに未確認生命体。
会話を純真に楽しんでいた彼女からすれば不意打ちの攻撃と言わざるを得ないだろう。
彼女の精神的ダメージは計り知れない!
「……う、うぅ……」
未開拓領域を勝手に侵害されたリポレムさんは未だ恥ずかしそうに視線を逸らす。
でもここは僕も男だ。簡単に諦めるわけにもいかない。精一杯の誠意を表すために堅い地面に頭をまるでやすりのようにこすり続ける。
だから、そんな僕を見かねたのか、リポレムさんはようやく口を開いてくれた。
「も、もう、気にしてないので……大丈夫です……」
恥ずかしさを堪えたような顔で彼女はそう言った。『帰る!』などとそこまでは怒ってはいないようだ。
なんとか、セーフ。首の皮一枚つながった。
しかし、僕と彼女の距離が着実に開いていっているのは確かだ。口調も疎外感が半端ない。
このままではデートもくそもあるもんか。気持ちの離れた男女二人で女子の服の買い物ってどんな拷問だよ。
さすれば、この買い物がデートであるためにも、そしてあわよくば良い雰囲気になるためにも。
もう失敗は許されないのだ。
―――ヴィルは心に固く誓うのだった。
「うん、本当にごめん」
「そしてありがとう、こんな僕にも怒らずに嫌わずに接してくれて……」
僕達はさっきよりもっとぎこちなく歩き出す。
「いや、その、ほんとにもう気にしてないでs……気にしてないから」
「仲良い男女だったら普通にあることだもんね……?その、私が慣れてなかっただけで……」
「だから、むしろ謝るのはこっちのほうだよ」
「ごめんね、私のために自分をさらけ出してくれたのに、叩いたりなんかして……」
リポレムさんは少し複雑そうながらもいつものように柔和な笑みでそう言った。
―――ごめんなさい、違うんです。
(それが当然の反応なんです。
仲のいい男女でもこんな人の往来のあるところで腹は出しません……。本当にごめんなさい……謝るのはあなたじゃないんです……うぅっ)
全く悪くないリポレムさんに謝られ、罪悪感のプレスを食らう僕。
(はぁ、ほんとにごめんな、さ、い……?
―――いや待てよ。
なんで僕がへこたれているんだ?
リポレムさんは僕をぶったけど、突然そこまで仲のいい相手じゃないやつに腹を見せられたら、世の女性は誰だって何かしらの迎撃はするだろう。
痴漢だぁ!って。つまり彼女は悪くない。
対して僕は、急に女性に服をまくって見せたいわゆる変態だ。怒られて当然だ。
だがしかし待てよ。……そこまで僕、悪く無くね?
だってこれ言ってきたのオムだもん。
いや別に、『今のはねぇバカが僕をはめたんだよぉ、僕の意志じゃないからねぇ』なんてことをリポレムさんに言う気はない。
言ったところで僕の痴態は覆せないのだ。そこまでみっともなくはなりたくない。
だからどうこうする気はない。
だがしかし。
この屈辱を忘れて良いものか。否
この悔しさを水に流すべきか。否
ならばやるべきことは一つ。
目的の地が目視で見えるところまで来たところで決心する。
「ごめんリポレムさん」
「着いたはいいんだけど、僕少しやらなくちゃいけないことを思い出したんだ」
「すぐに帰ってくるから先に行っててもらえない?」
「え?うん分かった」
「すぐに戻ってきてね?実は私、こういうところに一人でいるの苦手なんだ……」
「了解!」
「すぐ戻るから!」
僕はそう言い残して、一人その場を去った。
僕は隔絶された勇気を発動させて、霧のように掻き消える速度を出しながら今までいた場所の200mくらい後方に走る。
その地点にある物陰。一見して何もない、ただの物陰。
―――これは勘だ。長年培われてきたただの勘。
掌を広げ、小指から順繰りに握りしめて力を溜め、僕はその物陰に破壊の拳を振る。
「ストップ!待て!止まれっ!!??」
制止の声がくることが分かっていたかのように拳を急停止させる。僕は「ふんっ」と鼻息一つ、声の主を凝視――ーいや敵視する。
匂いも気配も何もかもが消されていたが僕の勘はどうやら当たっていたようだ。何もなかった場所から、割れたガラスが飛散するように空間の狭間からタッシ―が現れる。
おおかた、アシミ―の能力で隠れていたんだろう。
「当たったらどうする気だ……俺の頭が消し飛ぶぞ」
「ふんっまあいい」
冷や汗をかいたと肩の力を抜いたタッシ―は一瞬ビビっていたようだが、一瞬でまたいつもの高慢な態度に戻る。
しかし、そんなことはどうでもいい。
「みんなは?」
「分かってるだろ、僕の中だ」
やっぱりそうか……先ほどから常々怪しいなとは思っていたのだ。生徒会全員で来ていると言っていたはずなのに多人数の気配が全く感じ取れなかったからだ。どれだけ能力を使おうと、流石に8人もの人間が尾行してきている気配は分かる。
しかし、それが全く感じとれなかった。
ならば、と。
みんなはタッシ―の中にいてタッシ―1人だけで僕を尾行しているのではないだろうか。という思考に行き着いたのだ。
そう考えた僕は、タッシ―が居そうなところを勘で探り当て殴ろうとした。
すると作戦どおりタッシ―が釣れたわけだ。
そして僕にとって奴がタッシ―の中にいるのは好都合だ。逃げられずに済む。
「入れて」
「ふっ……わかった」
この先の展開を読んだタッシ―は嬉々として僕を自分の中に保存する。
。。。
「……ぎゃーはっはっは!」
「見た?ヴィルが吹っ飛ばされたとこ!」
「全く……いいざまやなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ぎゃーはっはっは!!!ぎゃーはっはっは!!!!」
少し遠くの方で、やつの遺言が聞こえる。この中にいれば僕にバレないとでも思ったのか?
僕は声が聞こえる方に歩く。道中には心配性のタッシ―が保存したであろう食料や衣類、仮設テントなんかがごった返してある。これは全てタッシ―の中に保存されている物。
実態があるようでない、この中にいたら使えるが外で使うには一度タッシ―の中から出さなければならない物たち。
時には道をふさいでいる物をかき分けながら、ある程度整頓された場所に出る。
そこにあるのはタッシ―の中の“仮説生徒会”。
僕は笑ってその部屋の扉を引く。
「いやぁ……ほんまおもろいなぁ」
「なぁタッシ―、今の光景もっかい見さしてー」
「もうやめときーや兄ちゃん」
「あとでヴィルに見つかっても知らんで?」
「うるせー!俺はストレスが溜まってんの!それにここなんか見つかる訳ないやろー?」
「ほ っ と い て!」
「はぁーだめだこりゃ」
「それと……二人ともいつまでイチャついてんの、そろそろ見てるこっちにも被害があるんだけど~?」
「……ぷはっー、うん、もう、いい。愛は、じゅうでん、された」
「うぅ、やっと解放された……」
「うれしいし、かわいいから怒るに怒れない……というか怒れない……」
「だけど、もう……っ!次はあんなに唐突にしないでね……?」
「らじゃ」
「あ、あぁ……ほ、本当にじゅ、十分間も……なんてハレンチなの……う、でも……」
仮説生徒会に入ればいつも通りみんながみんな好き勝手やってる光景が、僕の視界いっぱいに広がる。
しかし、今はそんないつも通りの日常を眺めている場合じゃない。
僕は迅速に目的を完遂するために「コツコツ」とわざと足音を立てながら奴に近づく。
「―――ん?あっ、やっほーヴィル。リポレムちゃんとはどうしたん?」
「まさか怒ちゃって帰ったとか?」
「んん~?よーヴィルー」
「今な、お前が思いっきり殴られてるとこ、見てるん、やけ…ど……」
「あ、ヴィル、タッシ―のこと見つけられたんだね」
好き勝手やっていたはずのみんなの視線が一斉に僕とオムに集まる。
ダラダラと滝のような汗を流しながら身振り手振りをつけながら言い訳してくるオム。
「あのですね、ヴィル君、これはねぇ、えーっとそのー」
「誤解というか、心の入れ違いというか……つまりええと、話せばわかると思うんですよね、はい」
「人間、会話することが大事、だ…から……ひっ」
ここなら絶対にバレないと思ったんだろう。
ここを出てから、明日明後日、僕に見つかることを考えていなかったんだろう。
僕が最初に挑発したのも悪かったんだろう。
でも。
けど。
だけど……
否。
だからこそ!
「しねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!!!!!!!!」
その後、オムの頭には比喩表現ではなく。
本物のげんこつ程の大きさのこぶが9つほどできたとさ。




