第28話 「事件の後処理」
『全部、気に食わなかった』
『僕達を見下してんだろ』
彼が僕に言い残した言葉。
僕がこの手で殺した彼が、僕に撃った言霊。
彼が僕に物理的なダメージを与えることは終ぞ叶わなかったが、彼が僕に与えた長剣で刺し殺すかのような一点集中の真っすぐな痛み。
ほんの数分の会話だった。それにもともと彼との面識は浅かったはずだ。
しかしあの時の彼、ペリターの言葉からは、深く、重く、絶望的で、世界を恨むような、自身を呪うような、苦しさが、辛さが、ひしひしと伝わってきた。
彼の力の籠っていない声色とは裏腹に、その言葉の節々には最大限の気持ちが込められた力強さがあった。
今になって後悔している。冷静になった今だからこそ思う。
もう少しペリターの言葉を聞いてあげたかった、と。
皮肉ったような言葉の裏にある悲しみも、諦めたような怒りにまだ熱がこもっていることも、僕には十分感じ取れたはずだ。
あの時の僕はまだ理解が及んでいなくて、いわば動転した状態だった。間違いなく正常じゃない。隔絶された勇気で思考は整っていたはずなのに、それはまるで感情をタンスに見えないように無理やり押し込めて整頓していただけなのかもしれない。本当は散らかったままだったのかも。
この埒外ばかりいるこの生徒会で、僕がふとした時に感じる疎外感。
その時に僕が積もらせる感情と同じものを彼に感じたのだ。
もっと彼を知りたかった。もっと彼を知ってあげたかった。
何が、彼をそうまでさせたのかを聞きたかった。
彼の口から、偽りでない、本当のことを聞きたかった。
こんなことを言っても、もしかしたら僕は許しが欲しいのかもしれない。
僕の心のどこかで、彼をこんな残虐な行いに駆り立てたの一因は僕だと、思う心があるから。
もうこれ以上、彼に意識を向けて苦しい思いをしたくないから。
同じ学園の仲間に向けられた本当の敵意が、怖くて、悲しくて,しかたないから。
つらい現実から逃げるために。
だから―――許しが欲しいのかもしれない。
でも。今ではもう遅い。
何故なら、彼は死んだのだ。この僕の手によって。
残ったのは恨みつらみのみ。消化できない異物が、僕の心をかき乱す。
頭の中を暴虐に壊し尽くす怨恨が、底知れぬ恐怖と自責の念を生む。
―――殺すべきではなかった。
・・・
朝。目が覚めると、気分は最低。
昨日のことがまだ僕の中にいる。昨日の感触がまだ手に残っている気がする。昨日の反省が僕を叱責する。
おまけに体中も痛い。
僕はため息もほどほどに着替えをする。
今日は学園を直さなくちゃいけない。これは生徒会の仕事だ、遅れるわけにはいかない。
垂れ下がる自分の“哀”の顔面に無理やり笑顔のマスクをはめて、また一人残された僕は加速する嫌な心臓に同調するように足早に家を出た。
・・・
寮などが密集する島の居住区画から、学園まで歩いてきた僕は道中で今回の事件の爪痕を見た。
破壊された島外へとつながる橋の関所、荒らされた娯楽地区、壊れた前門。
そして、ところどころが以前の立派な雰囲気など欠け落ちた破壊あと残る校舎。
流石に、このありさまでは通常通りに授業をするわけにもいかず、今日一日かけて全教員と生徒会の手で直すのだ。
この学園に部外者は原則入ってはいけないから修理業者を呼ぶわけにはいかない。
だから、専門家がいない状況でめんどくさいことこの上ないのだが、自分たちで直さなくてはならない。
こういう時、タッシ―がいてくれたら一瞬で校舎含めて破壊跡は元に戻るのだが。昨日の能力の酷使で体力を消耗し切り、寝込んでおり、流石にその状態で働けとは言えない。
取り敢えず合流した僕たちは何手にも分かれ、この島全体の修復作業を開始する。
ラーがいくつもの現場を監督しその指示で僕達が動く。
僕は持ち前の運動能力でハンマーと釘を両手にあっちこっちにトンテンカン。
正直、いつも通りに機敏な動きは厳しいけれど、それでも普通の人間よりは上手くできるし、早くできる。腐っても効率的なわけだ。
オムは建材を運んできてくれるし、スぺラはその運んできてくれたものを必要な所に送り届ける。
シスは、もちろん肉体労働なんてできるような強力な体じゃないから、適当な所に行ってそこら辺にたまたま居合わせた人を使ってマジック的に修復作業に助力していた。
今だって、布をかぶせたところがいつの間にか直ってる。
これには周囲の人間もおっどろき~である。
そして、チェビも能力を使って直してはいるのだがそう上手くはいっていないようだ。
破損数を0にすればいいのだろうけど、このような能力の使い方は体力消費が激しいらしく、校舎の壁面を少し直すだけでも疲れたようにしている。
しかしそんな姿もふつくしい。
そのほかにもみんなが協力し合って壊れたところを修復していっている。
校舎内の死体は、昨日の内に駆けつけた警察が持って行ってくれたけど、流石に掃除まではしてくれないのか血の跡はべったりと残っていた。その掃除も後でしなくてはならない。
今日一日で終わるか少し心配になる仕事量だ。
「なぁヴィル~これすごくね」
作業中だというのに、オムはにやにやとなんだか自慢したげに話しかけてきた。
「……なんだよ」
―――筋肉痛と昨日の事をまだ引きずっているヴィルは、能天気なオムを羨ましく思いながらも作業の手を止めるその子供じみた好奇心に若干イラっとして振り向いた。
「お れ の 能力~」
「今までは使いづらかったけど、こんな便利になったわ~」
「ほれ見てみ、【派出所】これで荷物運びも楽々やー」
オムが先の戦闘で思いついたという能力の応用は確かに便利かもしれない。
今まで物を運ぶときは、オムの体に瞬間的に引き寄せてそれを僕が効率的な動きでキャッチしていたのだが。これがあれば、オム一人でも運ぶことができる。
ヴィル的にも大変楽なのでありがたいことだ。
しかし……
「んん~?どやぁ、ふっふーん」
一回一回、運ぶたびにこっちをみてドヤ顔を決めてくるのがうっとうしい。
しかもなんか、儀式みたいに身振り手振りをつけてるのもうっとうしい。
「『出でよ!我が城の根幹にして、礎!』」
「『我が前にその漆黒の姿を顕現させよ!』」
「ハァーーー!!!」
<ぽんっ
現れたのは、何の変哲もない、鉄骨。
足場用の、鉄骨。
銀色の、鉄骨
。。。
いやぁ、仕上がってんねー。もうなんか共感性羞恥を超えた何かが僕を襲ってくるよ。
オムを見つめる教員たちの目。
決まった、とポーズをとるオム。
さらに、目を覆いたくなるような事実は派出所の座標となるものを、自分の血で書いてやがることだ。自分の構成物質なら何でもいい癖に。
しかもご丁寧なことに、その血は枝になんか紋章を模ってつけている。
もうね、すべてが恥ずかしい。
本人がかっこいいと思っているのがさらに恥ずかしい。
知らんぷりしとこ。他人他人。
「―――おーいヴィルーなんで見てないねんー!」
「もっかいやるからちゃんと見とけよー」
(……まじかよ。
せっかく他人のふりしてるんだから、こっちに振ってくんなって。もういいって。
もうおなか一杯だって。なんで僕を巻き込むんだよ。一人で十年後くらいに思い出して悶えてればいいじゃないか)
「~~~」
まーたおんなじ詠唱してる。
―――ん?
待てよ、僕もあれを聞いて“詠唱”と気づけているあたり、もうだめなのか?
ダメだったりするのか?
うーん……
<バキリバキリ
その時―――不意に何かが折れる音がした。とっさに振り返ると。
先生の誰かが生み出したであろう、運搬作業用の土機械たちが木枝を踏んでいた。
それの折れた音が聞こえたんだと思う。
……待て待て。
木枝……?
「―――ッ!!」
(このままではまずいっ!)
「オム!今すぐ能力を止めろ!」
「~その漆黒の……え?」
「枝!見ろ!枝!」
オムが気付いた時には遅かった。
そもそもオムの能力に詠唱などという溜めはいらない。最初から集中をして能力の発動条件はとっくに満たしている。
それを長々とした詠唱が終わるまで溜めて言い終えれば一気に放ち、それっぽい雰囲気を作る。
すでに発動条件を満たしている、つまりいつでも能力が使える状態で集中を乱し、さらには転送先の木枝が壊れていると思ってしまった|ということは。
それがどのような結果を生み出すのかというと……
「―――あ、え、ちょまっ!」
「ぐえっ!げふっ!ぐわぁぁぁ!!!!!!!!!」
結果として転移座標が無くなったので本来の能力である【自身の元に持ってくる」という方が発動してオムに全部集合する。
大量の建材の鉄骨に勢いを持って群がられるオムは―――
<ばいばーいきーん
―――とでも言いそうな雰囲気でで空の彼方に吹っ飛ばされていった。
『ゴーレムぁ!!全員ぶっ殺してやるー!!!』
お空のきらめきとなったオムは、そう断末魔を残して消えていく。
<きらんっ
哀れ、オム。
ちなみに僕は筋肉痛が痛いので、危険を呼び掛けるのが精いっぱいだ。
対処できなかったオムが悪い。
ん?筋肉痛が痛い……?
ふふっ。
不安定な情緒で大したことも無く笑うヴィルは、傍から見てひどく―――不気味だった。
トライナスは壊れていないので、あのまま落ち着いて発動すれば普通に発動してました。
別に血が消えたわけじゃないんですから。
木が折れただけです。
まぁオムにそれを見極める冷静さはありませんが。




