第27話 終章 「過去と並び経つ己」
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―――思い返せばこの学園での生活は地獄でしかなかった。
多分、というか絶対に僕の性に合っていなかったんだと思う。
僕―――ペリターは数ある貴族家の一つに名を連ねる人間だ。と言ってもテビダーク家のようにとてつもない権力と発言力があるわけでもないし、アウラム家のように人々から崇拝されるような家柄でもない。
普通、といってしまってはおかしいだろうけど、普通のどこにでもいる、一定の治める領地を持ち、議会に対しての税を何一つ文句言わないで払う貴族だ。
そんな平凡な僕もなんとか貴族の例に漏れず、無事Bランクの能力を神から頂けることができた。
しかし、今よりもっと裕福な生活を望む家族からの期待をよそに、発現したのはなんてことのない能力。
ただ自分が扱う物を器用に使えるということだけであった。
これが庶民ならどうということはなかったんだろう。肉体労働、事務営業、なんでもござれ。むしろ歓迎までされたかも。
しかし貴族である僕にとってこの能力は、使えない、意味のない、ゴミでしかない。
人を上から命令する立場である僕にとって全く重宝されることのない能力。
まるで、自身が命令を与えなければならない下々の人間言い換えて現場の人間が持つような能力。すなわちそれは自ら、本来は自分と同じ立場のはずの人間の中で自分だけが下であると最初から公言しているようなものだった。
そして、この能力を身に着けたその時から僕の人生は大方決まったようなものだった。
兄や親からは精神的な壁を張られ、こんな能力ではまともな役職には就けないとメイドや執事に陰口をたたかれる毎日。
―――ほんと、嫌になったよ。
しばらくの後、編入の手続きが終わってこの学園に入ってからも家の中とそれほど状況は変わらなかった。
最初こそ、良い転換日になると期待に胸を膨らませたものだが、そんな希望も一時間と持たない。閉じ籠っていた家の中が楽園であったかのように、辛い現実を、見なくてもいい現実を、見たくもない現実を、まざまざと毎日のように思い知らされる日々。
飽きもせずに僕の噂を聞いた家の位が同程度のやつにいつもいつもバカにされる。
やれ「お前のような奴が生まれる家はもう終しまいだ」と。
やれ「貴様のようなやつが貴族と名乗るなど何かの冗談か、いっそシャベルでも持って道路でも作ったらどうだ、そのほうが社会にもお前の能力にもありがたいことだ」と。
いっそ嘲笑を通り越して哀れみすら感じさせるように、度し難い暴言、許し難い事実を言ってきた。
僕は壊れた木偶人形のように心を殺したよ。
『ここで逆上すれば相手の思うつぼだ』
『その事をだしにしてきっと僕の家の力を削ぎに来る。そうやってまた嗤うつもりなんだ』
……だから、まだだ。
いつか、必ず、どうにか、絶対、確実に見返してやると。
そのときまで、その時までは……涙を呑んで耐えるのだ、と。
弱い僕の必死の抵抗が奴らに火をつけたのかは知らないけれど、最初の1年はそんな誹謗中傷がずっとずっと続いた。永遠のように続く孤独と言葉の暴力に何度殺されそうになっても、その間に僕は毎日毎日必死に勉強して、自分の可能性を見つけるために多角的に僕の能力を分析した。
その甲斐もあってか、僕は13歳という若さにして5組まで上がることができたんだ。
僕を馬鹿にしてたやつはどいつもこいつもまだ10組や良くて9組。まさに異例中の異例だった。
そんなこともあったから、実家から久しぶりにお褒めの言葉もいただいたし、望み薄だった他貴族家からの縁談の話もあったりした。
そのとき、僕はこの世の可能性に大いに歓喜したよ。
どんなに期待されていなくても、どんなにこの能力至上主義の世界で自分の能力が意味のないものであっても。
頑張れば道は開ける……と。
僕は本気でそう―――信じていた。
―――僕のような奴を、道端の小石のように平気で踏みつける、あいつらが現れるまでは。
僕より一個下の子達が入り始めてきたころ実家から連絡があった。とんでもない事件が起こったと。
その概要を知るより、自分でそれを見る方が速かった。
周ってきたのは情報サークルがつくっている新聞。
そこには忘れることのない、見出しからして衝撃のことが掲載されていた。
それは、
『史上初の一世代に同時8人のSランク保持者現れる』
『アウラム家次期当主がリーダーか』
こんなことは人類史において初めてのことだった。
Sランクとはこの数百年の間にも両手ほどの人数しか現れていない、多様性のある能力の中でもほとんどオンリーワンに近い、ある意味伝説のものだ。
過去のSランク保持者はそのどれもが例外なく歴史に名を残しており、存命である断罪の少女や統一の少年は誇張なしで生きる伝説だ。
Sランクの能力はそのどれもが世界を変えるほどの力を持っており一人現れるだけでも大ニュース。巷でのSランク能力の呼び名は―――世界を変えることができる能力。とまで言われている、実際に過去のどの事象を見比べても、その言葉に嘘偽りはない。
そんな長希少な能力者が一気に8人。
それも、そのメンバー全員が一つのグループに幼い頃からまとまっていたのだというのだ。
神が仕組んだといってもおかしくないある種の贔屓。
……そしてこの事件をきっかけに、史上でも稀にみる13歳での5組在籍など話題に上がることすらなくなった。
落ちぶれた僕と違って彼らはすごかった。
入学早々からその力を存分に発揮し、入学してから初めてのテストによって一気に4組まで上がった。しかも彼らの快進撃はこんなところでは止まらない。
学園で起こっていた人間問題を次々に解決していき。
生徒会という、教員以外での自治組織の設立。寮くらいしかなかったこの島に娯楽施設を建て。この島での生活をより良いものにした。
大々的な革新が続いていたそのころにはまたしてもSランクの能力者が現れたと騒がれ始め、さらにその人物が、血筋も経歴もあやふやだがアウラム家次期当主と将来を誓い合った者だというのだ。
流石にこのころにはもう驚くことすらできなくなっていたね。
ギスギスとした陰鬱で陰湿な貴族同士のせめぎあい、それに巻き込まれる平民。
それがこの最先端ではありながらも何もかもが最低だった学園の実態だったはずだ。
でも、そのことが嘘のように、幻であったかのように、普遍的な笑いに満ち溢れ、分け隔てなく平民と貴族が輪となって学ぶ、そんな素晴らしい場所になっていった。
それに伴うように僕の学園での生活も著しく変わったよ。
自分が気に入った人間以外の周りの人間を馬鹿にするしか脳のないやつが“友情”だ“平和”だ何だと言いはやし、僕を貶し落とし続けたやつも、心を入れ替えたかどうだか知らないけれど、そんな弱者をいたぶって得る快楽を寧ろ蔑むように真面目に普通に勉学に励むようになった。
だから、僕に悪口いうやつもいなくなったし、僕を見下すやつもいなくなった。
過ごしやすい穏やかな快適で素晴らしい学園での日々が始まる。
―――わけねぇだろ。
違うだろ。そうじゃないだろ。
お前らは頭真っ白にしてただアホみたいに人を馬鹿にすればいいだろ。
貶して、貶めて、滑稽な姿を見て、自分の前に這いつくばらせて、靴を舐めさせ、強姦を和姦だと強要し、一部の教職員金で雇い権力で脅し、自分の汚く下卑た穢れた欲望を行いながら、子供のような晴れ晴れとした笑顔で人を嗤うのがお前らの仕事だろ。
どうして……真面目ぶるんだよ……?
どうして……綺麗に笑えるんだ……?
どうして……仲良くしてんだよ……?
お前らがそれでどうすんだよ。
お前らがそんなだと、僕が、僕は……誰を見下せばいいんだよ。
お前らをいつか見下してやろうという……僕の、僕の心はどうすればいいんだよ。
おまえらが、おまえらが、まともになったら……僕は……。
そんな僕のめちゃくちゃになった気持ちとは裏腹に、学園は良くなっていっているらしかった。
生徒会の連中は挫折を知らないように順調に組を上げていき、それに比例するかのようにより一層注目を集めていった。
対照的に、頑張る目標を失った僕は路頭に迷い、クラスが上がることはなかった。
一時期はあった、いつか生徒会の誰もが敵わないような偉業を打ち立て、自身の存在を、無価値な能力を持ってしまった自分を、救済しようだなどと気持ちも、その時にはもう……思い出すことすら無かった。
そして、そう時間はかからずに貴族家の人間たちは何としてもSランク能力者を家に引き込もうと躍起になり、縁談を申し込み、学園での距離を近づけさせ、ありとあらゆることをした。
僕の婚約相手も例外ではなく、婚約はちり紙のように呆気なく破棄となったよ。
この学園での目標を失い、将来も消え、将来の相手も消えた。
そんな僕にあるのは僅かな悲しさ―――それと溢れ出て止まらない嫉妬心。
この学園で良い結果を残せば、誰もが認め、僕を見直す。
この世界で良い人間であれば、僕は価値を見出し、生存の権利を得て、誰に嘲笑われることなく、平凡に生きられる。
万人に周知されたいわけじゃない。誰彼構わず友達になりたいわけじゃない。
ただ……普通に―――生きられる。
そう思っていた。
しかし結局は、最初からすべてを持つ者には勝つことはできず。
凡人ができる一握りの頑張りは、天才たちのほんの少しの行動によって上回られ。
僕の成果は、実りは、結果は、最初から何事もなかったかのように消え失せる。
―――これが平和だと?
あぁ確かに、陰口を言われることも、物を壊されることもない。
しかし、残ったのはなんだ。一番最初の役立たずの自分。ただそれだけじゃないか。
僕には踏み台がどうしても必要だった。
役立たずな僕にはより役立たずなものが必要だった。
それも、もう。
……なくなった。
本当に、ずるい。
望めばなんでも叶う。
手を伸ばせば易々と手が届く。
最初から認められ、当然のように崇められる。
……いやになる。
だから僕は、この学園を壊してやることにした。
認める、認めない。
平和、平和じゃない。
そんなものも学園さえなくなれば、あってないようなものだ。
水を断ちたいなら水道をふさぐんじゃなくて元を壊せばいい。
この学園を壊せば全ては意味がなくなる。
そうすれば、何もかもが意味のないものになる。
僕だけが意味のないものじゃなくなる。
決心がついた僕はすぐさま計画を練った。誰にも怪しまれないように常にみんなの模範になるよう心掛ける。
その合間に学園の極秘情報を片っ端から集め続けた。避難口のこと、全ての連絡手段の配置場所。何年掛かっても集め続けた。
傷口を自ら抉るような辛い日々の中、気が付けば僕の周りには仲間と自称するやつらが群れ始めていた。
何年か前には僕を見向きもしなかった奴ら。そんな奴らが、ちょっと変化があるとすぐに手のひらを反して僕にすり寄ってくる。
何を考えているのか全くわからない奴ら。本当の事を言っているのかさえ怪しい霧のように不安定な生物。自己中心的でこちらの不快感を理解しようともしない。相手のことをさも慮っているかのように勝手に振舞い、純真であるかのように恋心を伝えきた、その時ばかりは僕との意思の疎通は不可能と思えたよ。
そういえば、同じ言語を話しているとさえ思えないこともあった。
どうせ陰では僕のことを嗤っている。どうせ何も見ちゃいない。どうせ期待していない。
そう簡単に人間性が変わるわけがない。あのころからお前たちの本性は何一つ変わっていない。
他人を見下し悦に浸る。そうやって自身の存在理由を肯定し、価値を無理やりに固定する。
上に在ろうとする僕とは価値の見出し方が根本的に違う。
下劣で下賤で下卑ている。
まったく、反吐が出る。
入学当初の悪夢の期間が再来したように僕にとって吐き気を伴う日々が続いていた頃。なんの気まぐれか生徒会の催しで、“ナイト杯”となる物が開催され、その都合で生徒会の人間と模擬試合をした。
僕の計画も大詰めの所に来ていたし、最後に僕から全てを奪ったやつらを間近で見てみたかった。
―――負けたよ。それもあっさりと。
僕は幼い頃から今まで、価値を見出すために一つの宗派にこだわらず、また違った良さを開発するためにあらゆる所作を学んで色々頑張ってきたのに、何の格闘経験も持たない人間にボコボコにされたよ。
ほんとに……いやになる。
落ち込みと憎悪で苛まれる中、僕一人で計画を実行しようとしていた時、貴族の伝手で山羊の狂脚と会うことができた。
会ってみてすぐにこいつらの破天荒さは理解したよ。こいつらは目的のためなら何でもするといった。それは僕にとってもちょうどいい。
こいつらを利用してやればより計画が盤石になる。
僕の計画を手伝えば駒がたくさん手に入ると言ったら、やつらは僕の計画に協力すると喜んで言ってきた。
僕はやつらのために内部構造を人形を通じて見せ、作戦を立てた。
意表を突くために昼の時間に侵攻し、そのすきに僕がすべての連絡手段を破壊する。
全ては完璧なはずだった。
普段から、善を装いながら心の奥底では世界を舐め腐った人間は、本物の悪人の前になすすべもなく捕まって、元の居場所である畜生の存在へと帰るのだ。
全ては……完璧だった。
でも、僕の計画はまたしても邪魔される。
慌てふためく生徒は見つけられず。
後攻する本隊が到着するころには、学園内はもぬけの殻。急いで避難所まで向かわせるもことごとく撃退され。
僕の完全上位互換、僕の永遠の目標、僕の全てを飲み込んで有り余る能力の利便性。
やつだ。
ヴィルトス・ジェントジェミニスだ。
やつはやっとの思いで確保した生徒を全てかっさらていく。
あいつは最初見た時からそうだった。
僕にないものを持っていた。
素晴らしい能力、変に群れない理性、約束された将来。
ないものがすべてあった。
今回もそうだ。
そうやって僕のことを否定していく。
それからしばらくするころには、圧倒的有利だったはずの僕らの陣営は崩壊し抵抗することもままならなかった。
僕は撤退を決める。
どうせ後の捜査で僕が関わっていることがわかるのだ。犯罪組織との約束なんて反故にして目を付けていた有能そうな駒だけを連れて、仲間だなんだと勝手に言ってきたインペラムの人員は早々に切り捨てる。
何をしてでも今、逃げるべきだ。
でも、逃げようとしても―――あいつが来た。
絶対に気にしない絶対にバレない、僕にさえ実態のつかめないあの生徒会長にも悟られないと確信していた。
しかし、結局僕は凡人だったようだ。
最後まで天才を上回れない。
僕の保険。
この避難口からの逃走。
もうすぐ迎えが来る。
それまで、会話を続けて時間を稼がなければならない。
どうやらやつは怒っているようだった。
天才にはわかるまい。
凡人の人生がいかに虚しく、悲しく、期待されないということがつらいか。
だから優しい僕は言ってやる。
『平民のくせに僕より順位が高いやつが嫌いだ』
僕は、少しの頑張りと努力で、下層に位置していた人間が、最初から優遇されて有利だったはずの凡人の人生を賭けた頑張りを踏みにじるやつが嫌いだと。
『僕より家の位が低いのに敬語を使わないやつが嫌いだ』
平民のくせに、天才のくせに、僕より何十倍もすごいくせに、生まれた時からの優遇なんか吹き飛ばして、こんな僕と対等に話そうとしてくれるやつが嫌いだと。
今までずっと同じになんて成ろうとしてなかったのに、君が現れてから、全ては同列になってしまう。
そんな世界、求めてなかったはずなのに……
手を取り合おうとするやつが……嫌いだと。
彼はその後も感情を爆発させて怒っていたが―――そんなことは、もう……気にしない。
僕は次への計画と頭を回していた。
ここから逃げた後はどうするのか、山羊の狂脚から引き抜いたこいつらを使ってどう学園に反旗を翻すか。
それしか考えていない。
そして助けが来たと合図が来る。
別れを告げ、僕は最後にこいつに一泡吹かせてやった。
なのに……っ!!!
―――痛い。
その感覚だけが僕の心を支配する。
憎しみも怒りも悲しみも、全てを痛みが塗り替えていく。
瞬間移動したはず。
その名の通り瞬間で移動するはず。
しかし、現実はどうだろうか。
ゆっくりとゆっくりと自分の瞼の動きすら把握できるほど、この世界はコマ送りのように遅くなっている。
目に映るのは残像すら残さない不可視であるはずの人影。
でもこれが誰だかは分かる。僕がこいつを間違うはずもない。
分かったのが最後、僕の意識は痛みの赤から黒へと、暗闇へと、底の見えない闇へと落ちていく。
あぁ…………。
ちきしょぉ…………さいごまで…………
いまでも…ぼくは……ぼんじん、だったのか…………
すぐに、考えることが―――停まった。
彼は、最後まで仲間を作りませんでした。
信用も、信頼も、許しも彼は与えず、与えられませんでした。
結局、彼はほんの少しでも認めてもらいたかったのに、仲間をたった一回でも認めることはありませんでした。
与えられることだけに執着し、自分が与えることをしなかったのです。
彼は受け取ることだけを考え過ぎた。そも、彼は自身が与えられる存在だと気づいてはなかったのかもしれません。
あぁ安らかにお眠りなさい、一人の主人公。
願わくば、あなたに。
許しがあらんことを。




