第26話 「貴方と隔ち断つ僕……きっと」
(うーん。この局面をどう見るか、それでこの勝負の行方は決する、か……)
避難所の一角。
ラーはこれまでの生徒会の頑張りを判断材料にして、その超高性能な頭脳を酷使し考えを一巡二巡、巡らせる。
山羊の狂脚からの白昼堂々急な襲撃。
相手は過激派、万全の対策と入念な準備による滞りのない完璧な計画。
実際、敵の侵攻は埒外に速く、そのせいでこちらの最初の対応が相手に一歩リードされる形で遅れた。
通信機器はことごとく壊され、その影響で政府―――といってもほとんど貴族の独壇場の組織だが―――への連絡も遅れた。
学園側の被害ももちろん尋常じゃない程出た。
しかし、そう、しかし、だ。―――もう今はこちら側の勢いに乗っている。
数の減った仲間。敵は何故退かない?
敵の頭は早々にダウンしていたことが、ついさっきサブからの報告で分かった。連絡網が途絶えたのか?
それにしたって、どう捉えたって僕達の優勢。この状況で撤退の指揮を執るものがいない?
そもそも敵はどう逃げる気だったんだ?
敵の残党。常駐する敵。まだ何か残る意味?
しかし、チェビの報告からはそんなことはなかった……
第二の目的?……いや、だがそもそも学園側にはまだ確認の取れていない生徒が何人かはいる。第一の目標が終わって事態が収束していると決めつけるのは早急か。
事態発生からもうすぐ一時間。
そろそろ、応援が外部から来てもいいはずなん、だけ、ど……。
はぁ……いったい政府は何をやってんだか……。
現状としてはやはりこちらで処理するしかないの、か……。
……待て。そういえば普通に考えていたけれど、敵はどうしてあれを知ってたんだ……?
そうなってくるとあそこの絶対性も失われる、か。
……違う、まだだ、まだ発想が貧困だ。こんなの誰にでも思いつける。そもそも、だ。最初から敵の狙いは何だ。生徒の奪取?
―――いーや“違う”
辻褄が合わない。理論的じゃない。人間的じゃない。感情的でもない。
ならば……ならばこれは誰のための侵攻だ?
俯瞰しろ、周りを見ろ、世界を見ろ。
力ももう出ない。学園内を俯瞰することはもう不可能。
それでも俯瞰しろ、頭の中で俯瞰しろ。
誰の縛りだ? 誰の制だ? 誰の開放だ?
誰の―――嫉妬―――だ?
これは……ここに真実が有る、か。
『――ヴィル、頼みたいことがある』
『――なんだ?いま敵と戦闘ちゅ……まぁもう終わったけど』
『――すまないね、忙しいところに。
残党処理は他のみんなに任せて、少しやってほしいことがあるんだ。』
『――ん?それは……』
・・・
僕は、また走っていた。
さっきからずっと、もっと言うなら一時間ほど前からずっとだ。
霧のように不安定に切り替わっていく僕の目に映るもの。
いくつもある教室、だだっ広い広場。
僕の蹴りでもびくともしない対能力者用の校舎の壁。
目に映っているのはいつもの光景。
しかし、少しだけ、違う。
死体が転がっている。血で染まっている。崩壊を起こしている。
僕らの日常を脅かす“悪”。
でもこの非日常も、もうじき終わる。
いや、終わらせる。
ラーはさっきの会話の最後に、「これはただの推測でしかない」と言ってはいたけど、ラーの勘はほとんど外れない。
それは、天才的な策略家ほど、突発的な考えに身をゆだねたりしないからだ。
緻密に考え抜かれた計画のもとに全てを実行する。
それが、意図してできるなら秀才。しかし、それを日々常日頃からやってのけて、まさしく天才。
よって、ラーの勘は勘であって勘ではない。
憶測、推測は、すでに彼の中で筋の通った立式へと成り立っている。
それは勘であっても同じことである。忽然と湧いて出た案も、それは慣れた順序でいつの間にか考えられていた意図しない筋道の通った推理。
だから―――彼の“勘”は外れない。
ヴィルは走った。
とんでもない速度では敷地内を逆行していく彼の顔は、ひどく落ち込んでいて、とてもこの戦いの勝利を確信した人間の顔ではなかった。
辛く、暗く、澱んでいて、まさに沈痛な面持ちといった具合。
自身の残像すら掻き消して、ラーが導いたこの事件の真実のもとへ。
・・・
(……残念だ。
少しは期待したんだ。ラーの勘がもしかしたら何かの拍子に外れてはくれないかと)
ヴィルは落胆を隠せずに項垂れる。
受けとめたくない真実から目を逸らし、背を向けて逃げるのは人間の心の浄化作用。心が汚れてしまわないように心が壊されないように反射的に心を隠す。
しかし、それを敢えて受け止めて、為すべきことのために心の腐食をも厭わないのが生徒会。
なんとも酷な話だ。
「こんなところで何をしているんだ」
「【ペ リ タ ー】」
ここは、救急の避難口。一般の生徒では、ここの場所を知らされてはいない。
学園の上層部、それに生徒会。それぐらいしかこの、有事の緊急事態に備えて作られた学園の外へと通じる避難口を知るはずもない。
二組のリーダー的存在、優男のような柔和な態度、雰囲気からあふれ出す善の心、そんな曖昧でも確実な“良い奴”なペリターが、ただの……ただの、生徒であるペリターという男がここに居ることは、あまりにも不自然。
「あれあれ、生徒会のヴィルトス君じゃないですか、いやぁうれしい」
「こんなところまで迷った僕を助けに来てくれるなんて」
「……幾重にも張られた施錠を破って迷い込んだのか?」
「……」
浮かべた軽い笑みを固定するペリター。
「そいつらは誰だ?」
「うーん、友達かな」
ペリターの周りにいるフードを被った怪しげな人物たちについて問うが、まともに答えは返ってこない。
「……僕の目にはそいつらはインペラムにしか見えない」
「……」
「もう一度聞くペリター、ここで何をしている」
「……すぅ……はぁ……どうして、ここに僕がいると?」
参った、と言わんばかりに脱力したペリターは力なく問う。
「ラーが―――生徒会長が敵の動きを見て、明らかに早すぎる、と感じたのが最初らしい」
「敵は校内の作りを把握している、と確信するほどに」
「そうなってくれば、学園側に情報を流した敵の間者がいるのは予想できて、考える必要もなかった一番安全な避難所の下に作られたこの避難口の絶対性は失われる」
「それはもちろん門外不出の情報であり生徒会や学園の上層部しか知り得ないことだが、こと通信機器の位置を全て把握し破壊した人物ならば、これくらいの情報は意地でも集めるだろう、と」
「インペラムはただの囮。敵の真の目的は“何もない”」
「強いて言うなれば、ただ破壊して、ただめちゃくちゃにして、ただ荒らしたいだけ」
「そもそもの話、敵は脱出の手筈をどうするのか、という推理において、馬鹿な指揮官でもない限り来た道をそのまま戻って帰るという愚行はしない。 絶対に安全性の保障された逃げ道を確保しているはず、とまぁ、これ以上は長引きそうだから言わないけど、敵の陽動も、君の撹乱作戦も、仮の目的の生徒の奪取も、そして君の逃走も―――何一つ見透かされていないことなんてないし、対応できないこともない」
ヴィルの言葉を聞いて、降参とばかりに上げていた手を下ろして自嘲気味な笑いをこぼしながらペリターは口を開いた。
「……ははっ、とんでもない発想の飛躍だね」
「ただ、相手が学園の作りを知っていただけかもしれないのに」
「逃げるのを放棄しただけかもしれないのに」
「ただ馬鹿なだけかもしれないのに」
「それだけで、ここ、だと……?」
「……そんなの、そんなもの……推理でもなんでもない、ただの…あてずっぽうじゃないか……」
「そうやって、平然と……まだ理解に及ばない僕を置いていくのか……」
「……やっぱりずるいよなぁ」
ペリターの言葉一つ一つに声の抑揚は一切ない。
そんなペリターの異様な態度にヴィルは言いようのない色々な気持ちが湧いて出るのを感じた。
「やっぱり……お前で間違いないんだな……どうして、どうしてこんなことをした……ッ!!」
「みんな傷ついた!タッシ―が居なければ永久に残る跡をつけられた子もいた!」
「自分が何をしたのかわかっているのか!?」
「なぜだ……なぜ!?」
「なぜ?そんなの気に食わないからに決まっているじゃないか」
「平民のくせに僕より順位が高いやつ、僕より家の位が低いのに敬語を使わないやつ」
「意識がない、どこか同じだと勝手に解釈している、優劣も、序列も、身分も、なければならないのに、横並びではいけないのに、それを望んだのは自分たちなのに……! ……何処かで同列だと語る」
「みんなみんな、ずっとずっと、我慢してきたんだ……でも、我慢しても……やっぱり全部気に食わなかった」
「そんな時に、インペラムと、ある伝手で知り合った」
「こいつら馬鹿だから僕が協力するって言ったら簡単に乗ってくれたよ。耳触りの良い言葉を並べて、完璧な計画だと豪語して、さも絶対うまくいくんだと言ってやったら、踊らされているとも気づかずに……ほんと、よくやってくれたよ」
「僕はこの学園を潰す。そのためにこいつらを利用した」
「それは、反社会勢力につくってことか」
「……どう捉えても結構」
「この学園の情報も全部渡したのはお前でいいんだな」
「ん? まぁそうだね」
「大変だったよ、学園のいたるところに人形なんておいてさ、それを通してこいつらが見てたの」
「それに通信機器も内密に全部壊したりさ」
「……あれか」
ヴィルは先日の心霊現象騒ぎについて古くない記憶を掘り起こす。
多分、遠距離型の能力者が人形を通してこちらの規模、配置、建物の構造なんかを把握していたんだろう。
どうりで知り尽くした動きなわけだ。
「あぁーあ、なんか区切りがついたみたいで、すっきりしたよ」
「いつもいつも、真面目にみんなのリーダー?とかいうのなんかやったりしてさ」
「でも、その後に来るんだよ、とてつもない気持ち悪さが」
「自分が縛られてるってことに気付かない、カスどもが僕に群れてキャッキャしてんだよ」
「正直、ここまで耐えるのもしんどかったよ」
「……」
「なに蚊帳の外みたいな顔してんだよ?」
「君たちだってそうさ、Sランクだなんだとはやし立てられて」
「生徒会とか、そんなグループまで作って、そうやって僕達を見下してんだろ?」
「これは僕の思い込みなんかじゃない。紛れもない事実さ。自分だけは、自分たちだけは普通の生徒と何か“違う”“特別”だって思ったことはないかい?」
「……ほんっとに、そういうとこがずるいんだよ」
ペリターは初めて声の抑揚を付けて、まるで呪いで人を焼き殺さんとばかりに憤怒の炎を言葉に乗せてヴィルを炙った。
「……ここはどうやって知った、存在することすら教えられてないはずだ」
「うん?あぁそんなの真面目な僕だ、保険はいっぱい作っておく。まぁここを探るにはだいぶ苦労したけどね、逃走経路はいくつあっても足りないくらいさ」
「それにほんとは、こいつらの交渉材料の一つの、この学園の生徒を洗脳装置を付けて拉致して、ここから出る予定だったけど」
「それも全部邪魔されたし」
「僕はこのまま、この学園を壊すために目をつけていた人員だけ連れておさらばするよ」
「逃がすと思うのか……?」
―――零コンマ以下の加速。
力を出したヴィルの運動の軌跡はその瞬間において、何人たりとも追うことなど不可能だった。
「ッ!?」
ペリターはたまらず反射的にお得意の剣を執り、ある意味適当に振り上げた。
<カァンッッ!!!
金属と金属が互いを拒絶するような甲高い音が地下に響く。
「ふふふ……マジですか……」
ペリターは今度は絶望したような乾いた顔で笑った。
それもそのはず、今、ペリターが向かい合う人間は武器を―――持っていなかった。
ペリターが持つ剣は、この日のためにずっと前から隠し持っていた親に投げられるようにして渡された本物の剣、言い換えて真剣。
ペリターにぞんざいに渡された物とはいえ一応は貴族家の家宝でもあるその剣は間違いなく、素晴らしい鋭利さと、鮮やかな切れ味を持つ。
しかし―――
対するヴィルは―――素手
もちろん、隔絶された勇気というヴィルの能力を使っているわけだが、あまりにも規格外。
そも、この互いの攻撃がぶつかり合ったこの状態は一種の奇跡と言えた。ヴィルの初撃、それはペリターにももちろん見えていない、本当にたまたまガードできたにすぎないのだ。
「その、腰に差した武器は使わないので?」
素手で防がれたことに驚愕しながらもなんとかペリターは言葉を紡ぐ。
腰に差した武器―――ヴィルの愛用武器の刺突用ダガーの事だろう。ヴィルはちらっとダガーを見てすぐに視線をペリターに向ける。
「こんなもの……使うまでもない」
ペリターの裏切りにひどく落ち込んでいるヴィルは武器を使わなかった。
「あぁ~あぁぁぁ!!!ずるいよなぁぁぁぁ!!!」
舌打ちをして白熱するペリターも己に秘められし神の力を解放する。
「吠え面かかしてやる」
ペリターの能力、どんな物でも器用に扱える能力。
学園での研鑽により、精度の上がった能力行使で一秒間に二度三度絶え間なく剣閃を振るう。
体重を前方に移動して低姿勢からの切り上げ、躱された瞬間に―――いや当たらないと振った瞬間に気づいた時から剣の柄の持ち方を強引に変え、上げたエネルギ―の向きを腕の振りで下に変える。
それすらも当たらなければ、降ろしの勢いのままにその場で回転し、踵落とし、当たらなければ一回転した戻っってきた手中の剣が再度攻撃のチャンスを得る。
―――だがそれすらも。
「―――遅い」
ペリターが曲芸のように繰り出す、変幻自在の攻撃はすべてヴィルに意味をなさず。
正統派とその他いろいろの流派が混ざったペリターの長剣とは思えない軽々とした致命傷級の剣さばきは、素人のヴィルの効率化された目に全て補足されていた。
ペリターの全十二連撃の絶え間ない型の攻撃は連続していて、敵を容赦なく防ぎようのない窮地に追いやる巧みな剣劇であったが、全てを終える前に、ヴィルの拳が二十回、同じ場所、同じ角度、同じ拳で撃ち込まれた。
「ァアッ!!!」
効率的なダメージの蓄積と、暴力的なエネルギーの押し出しにより、避難口前の荒れた地面を坂道で転がるかのようにグルグルと吹き飛ぶペリター。
ひび割れてただでさえ痛い石畳は、石棘のように転がる彼の体を引き裂き、叩き、打ちのめす。
「……ッ!! あぁぁぁぁ!!!こんなもんじゃ終われない!!!」
吹き飛ぶ力を左手を犠牲にして地面にストッパーとして擦り付け、無理やりに落とす。
やすりより凶暴な地面に抉られた左手は使い終わりの布切れのようにボロボロだった。肌は全体的に赤く染まり、けれど多大な内出血により青くもある。
剥き出しの神経が辺りを漂う微細な空気に触れることで痺れるような痛みが常時襲う。
常人であれば、泣き出し、成人前の学生ならば母を呼んで叫ぶだろう。
しかし、ペリターの目に一切の敗北なし。涙なし。哀はなし。
怨嗟の如き、真っ黒な焦げ付く炎が宿っている。
獣のような雄たけびを上げ、人間性を捨てる。
ヴィルに対して正攻法は通じないと踏んでの奇策だ。
「アァ!! アアァ!!!!」
最短での剣の振り、傍から見ればただ乱雑に畜生が剣を振っているようにも見えるが、そうではない。最短で振り回している。
止め撥ね払いに気を集中させるかのように、所作に沿った行動で長剣を片手で、ヴィルという人間一人の枠組みからはみ出さずに振り回す。
一撃一撃は怨恨の雄叫びとのセット。ゆえに魂の籠った必殺の一刀。
でも。
やはり。
しかし。
けれど。
―――届かない。
「……」
何も言わず。何も語らず。何も発さず。
ヴィルは自身だけが効率的に加速した世界で、スローモーションのようにゆっくりと迫る剣を簡単にへし折り。間合いを詰めようと態勢を変えようと機敏に動くペリターの足を追い越して。
愛しい我が子にどうしても体罰を与えるときに親がするような、緩い動きで額に「こつんっ」と指をあてる。
そんな軽い動作はたかだか―――0.1秒内での出来事だ。
効率の世界にいるヴィルにとっては些末なこと。
しかし、世界の違うペリターにとってそれは―――致命傷足りうる。
「あぐっ!! ぐぅわっっ!!!っっっ!!!」
飛ばされたボール球のように地面を跳ねる肉の塊。つまり人。
勢いはついに御しきれず、ヴィルでさえ破壊するのは億劫だと言わざるを得ない堅牢な壁に叩きつけられることで、ようやくその勢いは鳴りを潜めた。
砂利のようにバラバラに砕け散った対能力者用壁に、めり込んだ状態のペリターは、やがて自重で倒れるように抜け出た。
対処不可能な事案に対面し最終手段の脱出が執られる時、全校生徒が逃げられるように広々と作られたこの空間で、端から端まで弾き飛ばしたので、ヴィルは離れたペリターを確保するために歩く。
そんなとき。
「……やっぱ……ずるい」
響いてきたのは瀕死のペリターの声。てっきり気絶しているもんだと勘違いしていたヴィルは歩きながらも一瞬呆気にとられる。
「不条理、不義理、理不尽……まさにこのことだ」
「優遇度がちがうね……」
「そうは思わないかい?」
ガクガクと震える足で何とか立ち上がったペリターは、やや声を張って言ってきた。
「分からない……僕もそんなことは今まで幾度となく感じてきたが、君までの強行に及ぼうとは思想の段階ですら思わなかった」
「ペリター……君はどうしてここまで―――」
僕の言葉を遮るように、彼は自身の信念を押し通す。
「―――いいや、それは俗にいう持つべき者の論だね」
「何一つ、これっぽっちも、分かっちゃいない」
「それは……!!!―――」
「―――でも……分かってもいけない」
「結局、分かる事なんて出来るはずもないんだよ」
「僕だってできなかった、二組のリーダー……はっ、今この状況でもとんだお笑いだね」
「それは、まるで僕が君に勝てなかったことの意趣返しのようだ。全部全部僕に尖って刺さってくる」
「……」
ヴィルは敗者の言葉に何故か揺す振られたような奇妙な感覚を知る。
何も共感できず、何も響かず、意味も解からなかったはずなのに……何かが引っかかる。
「……すぅ~はぁ……やっぱり君はずるいよ。僕らは絶対に分かり合えない」
「君らに僕は分からない。なぜならば、僕も君が分からないからだ」
「答え合わせなんていらない、全てが闇のままでいい、何も知らなくて何も分からなくて。でもそれでいい」
「それが“正しい”」
「どういう意味だ……?」
「ふふっ、言っただろう何もわからなくていいって……そして、どうしてこんなに僕が長々と喋ったと思う?」
「ッ!?―――まさかっ!」
「今だ!僕を転送しろ!」
その時ヴィルは後悔する。
戦闘の余韻と疲労と、それと会話とで気を抜いていただらしのない心。
こうやって詰めの甘いところが自分の落ち度だと言い聞かせば気が済むんだと。
叱責するように唇を噛む。
(これがペリターの最後の保険……!?
学園外に最初から逃走用に瞬間移動の能力者を待機させていた?今までの会話はそいつがこの避難口付近に来るまでの時間稼ぎだったのか……!?
気取られないようにずっと僕の意識を自分に向かせて、仲間たちは認識阻害の能力でも使って陰に徹して行動していた?)
互いの距離はそんなに広くない。ヴィルであれば一秒以下に詰められる間だ。
しかし、だとしても時間が足りない。
もう瞬間移動の能力は―――発動している
「さらばだ僕より強いヴィルトス君」
「そして、僕をイライラさせるヴィルトス君」
「―――また会おう」
そうして、奴は僕に禍根を残すように言って自身を粒子のように変化させていき、姿を消す。
―――前に、
僕の光速の突進が速かった。
相手が消えるほんのコンマ以下に、いや秒でという人間の単位で計測することすら馬鹿な時間の間に、まだ原型がかろうじて残っていた部分を光速で掠め取る。
・・・
「やりましたね、なんとか逃げられましたよペリターさん」
「……ペリターさん?」
粒子状から元に戻り、ここはペリターの学園崩壊を掲げた組織のアジト。
一瞬にして学園から遠く離れた場所に行きついた。
しかし、そこにペリターはいない。
正確に言うなれば、ペリターの頭と四肢はある。
だが、そこにあったペリターには胴体が存在しなかった。
ただの即死であった。
こうして、なんの成果も得られずに、何年もの年月をかけて、学園転覆を狙った男の人生はあっけなく幕を閉じることとなる。
その事実をヴィルは知ることもない。
して、彼は最後の瞬間にいったい何を感じたのだろうか………………
・・・
……手に残る不快な感触を拭うように服をこする。
でも、彼が最後に言い残していった言葉だけがぬぐえない。むしろ心に浸透してきやがる。
……僕は……僕達は……学園のみんなのためを思って日々頑張っているけど……それは本当に、みんなのためになっているのか?
人を助けたいという純粋な心は穢れているのか?
―――くそ、諸悪の根源は絶ったのに後味が悪い。
よりにもよって学園の生徒が反社会勢力と手を組むなんて……
(……でも、それでも、これ以上考えても仕方ないことだ。
間違いなく諸悪の根源は絶てたんだ。今は……今は、それでいいじゃないか)
ヴィルはまた、嫌な真実から逃げる。
悪人を殺すことにも心が動かないこの腐った心が、これ以上腐食しないように。
(光速で胴体を削り取った
ここに粉になった、何かもいっぱいある、間違いなく即死。
もう……これでいい
よし!気分変えていこう!
―――ここから、あいつがライバル化する展開が見えたのか?
残念。
そんなお約束は知らないのだ。
逃げられるくらいなら抹殺するってね。
僕が唯一知っている戦闘においての掟、1と2は置いておいたとしても、3“最後の時まで油断しない”これは疎かにしない。……まぁ3が若干微妙なところではあったけれど、間に合ったからセーフということで。
それにしても……明日は絶対筋肉痛だなぁ。
僕の本気の効率化。
これを使えば疲労は半端ないわ、筋肉は傷めるわで散々だからほとんど使わない
けれど裏を返せば、それを使ってでも反乱分子をみすみす野放しにはしない、ということになるわけだが。
まぁこれで、真の司令塔も死んだし後は残党処理だ。
気楽に行こう―――
・・・
こうして、何話も続いた学園防衛編は終わりを迎える。
学園に取り残された残党は生徒会によって残らず確保され、捕まっていた他の山羊の狂脚のメンバーとともに、後から到着した警察によって無事に全員御用となった。
今回の事件によって敵味方での死傷者は568人。しかしその全てが山羊の狂脚のメンバーであるから、数字だけを見ればどちらが被害者かはわからない。
しかし、彼らの度重なる犯罪行為や、今回のいくつもの法を破った学園侵入、その他は、十分に極刑に値すると認められたので、生徒会にお咎めはなしである。
そもそもとして、学園に侵入しあまつさえ生徒に危害を加えようとしことが、すでに政府から制圧許可が出ていた。
制圧の仕方は現場に任せる、と。
この世界では法が違う。
そこのところをはき違えないように。
今回の事件は、この学園のシステムに不満を持った一人の生徒が、ちょうど駒が欲しかった世界に仇す犯罪者組織と手を組んで起こしたものだった
彼は手駒を集い、自分の思うままのものを作ろうとした。
自分よがりなまさしく極悪だと言える。でも、はたしてその行いは須らく悪と言っていいのだろうか。
考えてもみてほしい。
彼は立ち上がったのだ。
自分の意志のために。
一つの側だけに立って考えてはいけない。
脳が二つもあるのはなぜか、いっぱい考えるためだ。
腐らせてはいけない。
ここにはない意思を見つけるためには考えなければならない。
だが一つ、この行いの先にあったであろうことだけは―――
―――それは、神のみぞ知るところなのかもしれない。
今回の事件で確保された罪人1058人、死亡者568人、ヴィルが殺した人数565人。
学園の死傷者0人(タッシ―がすべて治療したため)
回収してない伏線があるか心配です。




