第25話 「仰天と崩壊し尽くす英雄(笑)」―――②
奥の部屋では、何かに怒っているのか怒鳴るような喚くような、そんな暴力的な声が聞こえる。
もしかしたらそちらの方に気を取られていて、ここからぼくが抜け出しても分からないかもしれない。
僕の後ろの檻にいる狼型の怪物は、ぼくがあげたプリンをペロペロと食べていて、今のところは何かをしそうな気配はない。
今が好機と見たぼくは、すぅとドアを開ける。すると―――
―――ぱちくり。
がっつり互いの目があった。
「……お、お疲れ様で-す」
見られていない、気づかれていない、そう信じるしかない。
例え、相手方が座っている椅子がぼくのいた部屋の方向を向いていたとしても。
例え、手を電話のような形にして命令を出していたお頭さんが、ぼくを見て唖然と口を止めていたとしても。
例え、ぼくと同じくらいの身長の小男の人がぼくのことをまばたき一度もせずに目をこじ開けて、ずっと見ていたとしても。
信じるしかない。
見つかっていない。
いない、いない……いない。いないったらいない
この部屋を出ればまだ勝算はある。
早く出るんだ……
「あ、おつかれー……てなるかぁぁぁ!!!」
―――やっぱりだめだったァァ!
「お前!どうやって鎖を外したぁ!」
ひぃぃ、違うんです!
ドラマっぽく適当にカチャカチャしたら外れたんですぅぅ!
「まぁいい!ここから出られるとは思わないことだ!怪我をする前におとなしく部屋に戻れ!」
「なぁに、そのうちお前と同じように他の生徒もここに来るさ」
「っ……」
(どうしよう!相手とぼくの距離はだいたい七mくらい?
……こうなったら!)
だっとサブは走る。
仰天する敵の首魁3人組など気にもせず、ここの部屋の出口めがけてただ走る。
「ふん!無駄よ!この空間は私の管理下にあるわ!出口どころかこの部屋から抜け出すこともでき、ない…わ……?」
「……ねぇ、あなた逃げる気あるの?」
「ッ!?」
「ありますけど!」
サブは声を大にして反論する。
「いや、にしては遅くない?ねぇ遅くない?本気で走ってるの?」
「これでも必死で逃げてます!」
失礼な!確かにぼくは体力測定の時に測った記録では50m走、24秒だけど。
これでも本気なんだもん!
「はぁ、馬鹿馬鹿しいわ……ふん!」
「あ!」
この空間を作ったらしい女の人は、一度集中をして能力を発動すると今までは何もなかった地面の石タイルが突起し始めて、一瞬のうちにサブの行く手を阻んだ。
目の前でこの部屋からの唯一の脱出路が防がれてしまう。
逃げ場は封じられ。
敵は三人。
一人は空間系、もう一人は念話型、後の一人はわからない。
対して、能力を使い切ったサブはただの一般人。
(すごく分が悪いけど……こうなった以上戦うしかない!)
ぼくは学園で習った格闘術の基礎的な型を取る。
「あらあら、もしかして一人で戦う気?」
「勇気もはき違えばただの無謀だって知らない?」
「ここは言わば私の絶対的支配域。この空間において私は神にすら近い現象変化をもたらすことができる」
「あなたに勝ち目なんて万に一つもないのよ、哀れなお嬢ちゃん」
この空間に自信の力へ絶対的信頼を持つ女は余裕そうに大層な口で宣った。
「けっけっけ、若いってのは良いでやんすねぇ。しかし、戦うって決めたのなら、このレディファーストを尊ぶあっしでも女の子相手に容赦はしないでやんすよぉ」
小男もサブに何かができるなど思ってもいないのか強者の風格をわざとひけらかした。
それに対しサブは、
―――お、女の子?!
まさかぼくのことを言っているのか!?
ううぅ……許せない、気にしてるのに!
特にそのことについては気にしていなかった。
「けっけっけ、泣いて喚いてももう止まらないでやんすよ!こい!怪物!この娘に格の違いというものを見せてあげなさい!」
はっ!まさかっ!?
さっきの怪物は、この人が使役しているのか……!?
どうしよう……さすがに人間の何十倍もの膂力を持つ怪物には、武器も何もなしには、勝てないっ……
「あっしは裏の世界ではそれなりに名の知れた調教師」
「あっしの能力と技術による調教は怪物すらも従えるでやんすよ!」
「さぁ!」
・・・
「さぁ!」
・・・
「さぁ……!」
静寂だけが小男の声を空しく響かせる。
「……あぁーあれ、お、おっかしいでやんすねぇ、来ない……」
「あの、ちょっと後ろの部屋見てきてもいいでやんすか?」
「あ、はい、どうぞ」
「あ、どうもでやんす」
(ちょっと!何してるでやんすか!出番でやんすよ!)
(そんなダラダラして!ほら起きるでやんす!もー!まったくそんなぐうたら! そんなんだから愛しの女の子に愛想尽かされちゃうんでやんすよ!)
(いいでやんすか!? 言うこと聞かないなら小型犬のリトルエッタちゃんとのお見合いなしにするでやんすよ!)
(あぁ!もうしつこいでやんすね!)
(もう引っ張るでやんすよ!)
「……はぁ、はぁ……お、お待たせしたでやんす」
「……ふぅ、では仕切り直して。さぁ怪物!この生意気な娘を死なない程度に打ちのめしてやるでやんす!」
。。。
「……」
「あれぇ、どうしたのかなぁ、なんで動かないのかなぁー?」
「もう、いっつもちゃんとご飯あげてんじゃーん」
「知り合いの調教師に『お前のやつデカすぎて交尾もできないしそもそも怪物だから子供出来ないのにうちの小型犬たち襲いに来るのマジ止めろ』って何度も言われてるのにお見合い組んでやってるじゃーん」
「デカいから食事もかなりの量必要で毎日エネルギー気にして食べさせても、お前体の半分くらい元から存在しない異形だからめちゃくちゃこぼすじゃーん、でもちゃんと毎日規定量食事あげてるじゃーん、食費見る? 桁数やばいよ?見ちゃう?ねぇ何金かかってると思う?」
「こんな時くらい動いてくれてもいいじゃーん!」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
日々の鬱憤を暴露した小男は肩で息をするように、早口で消費した息を吸い上げた
「あ、あのぼくさっきこの子にプリンあげちゃったんで、もしかしたら眠たいのかも……」
「あぁーそうなんでやんすかぁ、まったく……この子ほんとに言うこと聞かない子でしてねぇ」
「へぇそうなんですか、やっぱり狼型だと気難しいところがあるんでしょうか……うーんと、お手!」
「がうっ」
「あぁー!お手してくれた!めちゃくちゃ良い子ですよこの子!」
「そ、そうでやんすかぁ?……お手」
「」
「あれおかしいな、ぼくの言うことは聞いてくれるのに……お回り!」
「がうっ」
「あっ!やっぱりしてくれる!最初見た時はなんだか怖かったけどこうして見ると可愛いかも……」
「そうでやんすかねぇ、なんであっしの言うことを聞いてくれないんでしょうかねぇ、さっきまでは聞いていたのに」
「あぁ、もう舐めないでっ、くすぐったいよぉ」
「仲いいでやんすねぇ、ここで初めてあったとは思えないほどの仲良しでやんすねぇ」
「えへへ」
「けっけっけ」
( ^ω^)・・・
「はっ!?」
「お頭ぁ!あっしの頼みの怪物が乗っ取られましたぁ!」
「ばかやろぉ!何してやがんだ!」
何だか知らないけれど、こっちが有利になった。
「くそぉこうなったら実力行使しかないね!覚悟しな!」
「えぇ!?……あ!怪物!守って!」
「がうっ」
「きょぴっ!」
細身の女の人は怪物にぺちっと軽々叩かれ、気絶して倒れた。
「あぁ!!??お頭ぁこいつが倒れたら亜空間の能力が解けてしまいやす!」
「どうするでやんすか!?」
「どうするも何も逃げるしかない!」
「え!?それはダメ!怪物!二人を捕まえて!」
「がうっ」
「げふんっ」
「ごふんっ」
咄嗟に逃走を図った二人は、まぁまぁの距離を離れていたにもかかわらず、おそろしい速さで近づいてきた怪物になすすべもなく女の人の後を辿るように叩かれ気絶した。
そして無事に、本当に何事もなく三人とも捕獲することができたサブ。
「……山羊の狂脚のボスであるこの俺が……こんな三文芝居みたいなやられ方だ、と……クソが……ぐっ」
衝撃で意識を手放すお頭の男。最後には怨恨交じりに言葉を吐いていく。
ということで、学園を制圧しようと侵攻してきた山羊の狂脚の司令塔は早々に退場していたのであった。
ちなみにもしサブが肉弾戦を挑んでいたら、自分で転んで気絶していました。




