第24話 「仰天と崩壊し尽くす英雄(笑)」―――①
「あのぉ……ど、どなたかいませんかぁ……?」
弱弱しく、頼りなく、生物として―――いや雄として限りなく女々しい声が建物内をふわりと迷走するように響いた。
その声の主は偵察のために校内を探索していたサブのものだった。声、容姿、雰囲気、どれをとっても女子と大差なく、どちらかといえば女子よりも女子っぽい見た目をしている―――が、カッコいい筋骨隆々の雄々しい男を目指しているという難儀な性格を持った少年。
こちらの少年は、つい先ほど学園に侵入してきた賊の情報収集のために危険を顧みず、生徒会の職務として単独で学園探索を行っているのだが……いつの間にか意図せずして薄暗やみの暗い通路に迷い込んでしまっていたのだった。
今、こんなところに誰かが居たらそれはそれでおかしく恐ろしいことなのだが、この不気味さが支配する空間の渦中で小心者のサブが黙っておくことは不可能であり、震える声で人の有無を問う。
外界と隔絶された現状をサブが考えるに、外では今、ラーが事態の把握をしていて、それに準じてヴィルや他のメンバーが逃げ遅れた生徒を救出しているころだろう。
サブはというと、学園内の把握にまだ手が回らないラーのために情報伝達係として歩き回っていたのだが……
何度も言うがこんな辺鄙な場所にたどり着いてしまったのである。
学園にかれこれ五年はいるサブだが、こんな場所は今まで来たことがない。
それゆえに、脱出の目途が立っていないのである。
【御都合展開】
一日に三度だけサブ自身に英雄展開(笑)を起こすというSランク能力の中でも抜きん出て異質な能力。
その能力の残りのカウントはあと一回だけ。
もしこれを使い切ってしまったらその日、サブはもうただの貧弱ボディな一般人になってしまう。
さらにめんどくさいことに、【御都合展開】はサブ本人にも使いどころを決められるわけでもなく。特に決まった時間で発動するわけでもないので、発動タイミングはその時々なのである。
朝、起きた時にプリンが食べたいなぁなんて思っていたら、本当に寮の朝ごはんにプリンが出てきて、気づいたらカウントが減っていた。
そして今、カウントが減っているのを確認したので、状況から考えるにどうやらここに入ること自体に能力を消費したようなのだった。
「うぅ……なにもこんなところに入るために減らなくてもいいじゃん……」
今にも泣きそうな声で、唇をとんがらせながら自分の能力の不便さに悪態をつくサブ。
第一として、自分はこんなところで油を売っている暇はなく、一刻も早くこの学園の状況をラーに伝えなければいけないのだ。
この空間はなぜか分からないが、ラーとの通信が接続されない。助けを要請することもできないので自分自身でこの窮地を脱する必要があった。
よって、自分の1m先ほどまでしか見えない程の暗闇に、心を打ちひしがれそうになっても自分の心に鞭を打って必死に出口を探す。
数分間の間、休むことなく歩き続けたサブは見た。
光だ。
光が見える。
誰かいたんだ、という心の底からの安心感に体と心を鷲掴みされたサブは、炎に飛び込む羽虫のように一目散に光の下まで走った。
結果。
「―――お頭ぁ、こいつどうやった入ったんでしょうかねぇ」
「分からん、だがしかし警戒するに越したことはないだろう」
「それに、なにか異空間破りの能力持ちなのかもしれない、そうだとしたら使える」
丁重に捕獲しておけと言い残してお頭と呼ばれた人物は奥の方に姿を消す。
そうだ、捕まった。
普通に、捕まった。
あっけなく、捕まった
サブが迷い込んだのは、誰も知らない空き教室なんかではなく、だれも寄り付かない未知の路地などでもなく、敵が侵入時に作ったと推測される亜空間の仮拠点だったのだ。
つまり、サブはいきなり敵の本拠地へとカチコミに来ていたということになる。
敵が“異空間”というワードを言っていたことから、ここが能力でつくれられた空間であることは早々に理解した。
しかし、ここで問題が発生する。
どうにかして敵の本拠地である現在地をラーに伝えなければならないが、やはりこの空間にいる以上はラーとの通信ができないのだ。
俯瞰的戦争の主ではないサブでは、この本来ならば存在しない場所からオムに通話の信号を送ることは不可能。
つまり、ラーからこちらに通話をかけてこなければこの状況を伝えることができないのだ。
しかしそのことを期待してもまず難しいだろう。
なぜなら、今頃ラーは生徒の避難を優先させて能力の容量を使っているはずだから、こちらのことを気に掛ける余裕はないだろう。
つまりは……
\(^o^)/オワタ。
目の前に居座る、ヴィルといい勝負が出来そうなほど顔が怖くて屈強そうな男に監視され、さらに手から腕を頑丈な鉄の鎖でぐるぐる巻きにされているこの状況を、一人で打破しないといけないという事実を考えとった瞬間、生徒会のために、学園のために、と闘志を燃やす心だけは屈強であろうとしたサブの心はあっけなく折れた。ぽきっと。
(どういうくそげー?)
サブは心の中で大粒の涙を流して嘆いた。というか傍目から見てもサブは今にも泣きだしそうで、その繊細そうで保護欲を掻き立てられる雰囲気は、何とも言えない“哀”があった。
だが、何とか気丈に振舞えている、と勘違いしているサブはこんなところに自分を招き入れた能力にさっきより文句を言ってやる。
ウルウルとした眼球、濡れた眦がようやく乾いてきた頃。
サブは脱出を決意した。
(とりあえずこの絶望的状況を抜け出すにしても、最初は情報収集が大事!
うん、ドラマでも言ってたもん。
さっき、ここに来る前にぼくが入ってしまった部屋にはこの目の前の監視役の男の人とお頭と呼ばれていた人物、小男、細身の女性の四人がいた。
まず、お頭という人物が指揮を執っているのは間違いない、なぜなら今は部屋を移されてしまったから目では見えないけれど、奥の部屋の方で指示を出すようにして声を荒げているのが聞こえる。
そして、向こうの奥の部屋にいるであろう、女性と小男、そのどちらかがこの空間を作っているということで間違いない。
でなければ、こんな精密なものを離れていて維持できるはずがない。だから当然として空間内にいなければこの迷宮のように入り組んだ亜空間は作り出せない。
さらに、消去法的にそのどちらかもう一人が護衛ということになるだろう。
最後に目の前の屈強そうな男が空間を作っている説だが、その可能性は薄い。
なぜならぼくのことを監視しながら、この空間を維持するほどの集中力を維持できるとは思えないし、能力を維持しながら監視だなんてとてもじゃないが適材適所と言えない。
よって、この人は監視に適した能力か力を持っていて能力もまだ発動していないということになる……うん、この人の隙を突くことはさらに難しいということが分かってしまった……。
うーんこれだけの情報を推測して後はどうしたらいいんだろう。
仮に鎖を抜け出しても、あんなに迷ったほど広いこの空間からぼくが相手を撒きながら逃げられるとはとても思えないし。
鎖もさっき言っていた丁重とはかけ離れていてそれはそれはぐるぐるだ。
そもそも、目を離してくれないことには何もできない……)
サブがどうしようもない今の状況をどう対処するか考えているところ。
転機が訪れる。
「おい!監視はいいから、外の援護に向かってくれ、どうやら一人の生徒が確保した生徒を逃がしている」
「なかなか手ごわそうだ、それにたぶんお前と同じ身体強化系だぞ」
「……それはなかなか、わかりました行きましょう。」
そういって僕を監視していた強面の屈強そうな男は出ていった。
「のんびりのほほんとしてる学生の相手なんて楽な仕事だと思ったんだが……なかなか一筋縄でではいかないな、何より対応が速い、いや速すぎる」
「これも、アウラム家の跡取りというやつの手腕か? ほんとに学生なのかよ……ちっ、まぁいい、なによりまだこちらの人的被害は少ない、何人か目ぼしい生徒を奪取した後、退却すればいいか」
(今、聞き捨てならないことが聞こえた。
生徒の誘拐が目的?
うぅ!このことを早くラー君に知らせなきゃ)
サブは監視が居なくなったのを機にここからの脱出を本格的に試みる。
幸いなことに、他の三人は相変わらず奥の部屋にいて、サブのことを全くと言っていいほど警戒していない。
(うれしいことだけど、なんか弱く見られたみたいで複雑―――
―――その時。
カウントが減った。
何にカウントが使われたのかはまだ分からない。目を見開いて、分かる形で動揺する。
しかしサブは身近な変化に気を配るより、まずはこの鎖をどうにかしようと思考を転換させる。
とりあえず手近に何故か転がっていた丁度よさそうな細い棒状の金属片が使えると思い、ぐるぐるの鎖を固定しているロックのカギ穴へと押し入れる。
特に開錠の知識を持たないサブは適当に乱雑にカチャカチャと鍵穴をいじくってみる。
そうやって一分ほどこねくり回していると、
<カチャッ
開いた!
こんなに簡単なんだなぁ、開錠って。
不器用のぼくでもできるんだから。
手が自由になったなら続いて逃げ道を探る。
この部屋には奥の部屋につながる扉しかない。というか奥の部屋とは言っているが、敵が固まっている部屋への通り道しか存在しない今サブが居る部屋が実質的な奥の部屋なわけだが。
とりあえずこの部屋を出て脱出するには、サブが主観的に奥の部屋と言っている敵が少なくとも三人いる部屋を抜けて出なければならないということだ。
サブは可愛らしくあごに手を当てて思案する。
(強行突破?ヴィル君とかならともかくぼくにはできない……
でも、かといって他に取れる手段はない……カウントはもう残ってないし。新しい監視がいつ来るかも分からない……よし)
覚悟を決めたサブは慎重にこの部屋に一つしかない扉へと近づく、ゆっくりと歩くのは少しでも音を減らして気づかれにくくしようとしているためだ。
ギリギリまで神経を尖らせて忍び足に徹しているサブが、ようやくドアノブまで手が届くところまで来たとき―――
<ガウッ
びくんっ!
サブは丸くなっていた姿勢が一瞬のうちに真っすぐになり、心臓がいつもの四倍くらいに跳ねたように感じた。
今、生き物らしき声が聞こえたのは、サブが鎖でつながっていた柱の隣にある、大きな布を被った箱型のものから聞こえた。
サブはそれを恐ろしく思いながらも、生徒会の一員として正体を確かめるべく勇気を出して布を剥がす。
そこにあった箱型のものは檻だった。
見つけた檻の中に入っていたのは……
それの正体に気付いた瞬間、サブはゴクリと息をのむ。
(初めて見た……本物の怪物だ……っ!)
怪物とは、人類史が始まった時から登場する人間の天敵の総称である。
まだ能力のない時代、そう“神来前期”の時代。
当時の人間の村や家屋はことごとく、人間を遥かにしのぐ強大な力を持った怪物たちに襲われ、その結果いくつもの命が失われたという。
そして、能力を得てからも人間と怪物との争いはしばらく続いたとされている。
彼らの多くは知性が少なく、ただ人間を、補食、玩具化、するために襲うらしい。
その危険性を憂いた100年前の貴族―――政府がこのゼノンテルアから一匹残らず他の大陸に駆逐したのだ。
なので今現在、このゼノンテルアにおいて怪物は存在しないはずでサブにとっても初めての会合なのである。
怪物と評される彼らにも種族と呼べるものがあり、目の前にいるのは獣種の狼型だろう。とサブは結論付けた。彼は幼いころから読書好きで怪物についても本で読んだことがあったのだ。
ゼノンテルアに怪物が存在しない以上目の前にいるこの怪物はこの組織が独自に他大陸から連れてきたものなんだろう。
怖い存在ではあるものの、本だけでしか見たことのない生物を見られたことにに心を躍らせるサブ。
怪物のその容姿は怪物と呼ぶにふさわしく、つぶれた半分の顔に、縦に分かれた二つの目、ゆがんだ口に、アンバランスな体つき、とてもじゃないが生物として疑わしいところではある。
小さな唸り声を出し続ける怪物。
サブは「はっ」とびっくりしたように扉の方を見入る。これでは、向こうにこちらへの注意を引き付けてしまい最悪の場合気づかれてしまう。
「何とかしないと……」そうぽつりと言って、使えるものはないかと体から色々なものを探り出す。
そうして―――
―――あった!
見つかったのは、朝のプリン。
朝に食べるのも良いが後で食べようと残しておいたものだった。
サブは急いで蓋をあけ、噛みつかれないようにびくびくしながら、檻にプリンをいれる。
最初は匂いをかいで訝しむ怪物だったが、食べられるものだと判断したのか、それともお腹が空いていたのか、食べ始めた。
ガツガツとプリンを頬張る怪物を横目に、サブは気持ちを再度立て直す。
ようやく静かになった。
―――先へ進もう。




