第23話 「問答と落ち着く氷の姫」
【イーチェ・テビダーク】 彼女の並外れた人気は学園だけに留まることなく、能力によって情報が一瞬で行き渡るこのご時世、ゼノンテルア全域において注目の的な彼女、知らぬ者はそういない氷の美女と評される人物。
きりっとした秩序が宿る視線は冷たさこそ感じさせるが、不快感や苛立ちを覚えることはなく、強いて言うならば彼女のその芸術美を追求せんばかりの完璧な身体と容姿においての黄金比に沿った完璧に限りなく近い顔の造形美に、知らず知らずのうちに嫉妬と不快感を積もらせるくらい。
真に美女と評される彼女は、自身が所属する生徒会組織の使命を全うするべく長い廊下を歩いていた。
歩き姿でさえ雅な彼女を排そうと、次々に襲いかかってくる敵には全く物ともせず。彼女の凛として華やかな姿に一切の濁りなし。
敵の首魁を捕縛するため、占領された8組校舎を踏破していく。
そんなとき、ふと疑念が湧いて出た。
『――ねぇ、ラー。私にはどうしても理解できないのだけれど、どうして敵は占拠した校舎にこれほどまで人員を割いているのかしら。
これなら、数人を配備してすぐに攻勢に出た方が戦術的には理にかなっているはず、大して意味のない校舎に彼らがここまで固執する理由……分かる?』
先ほどから8組校舎の一階から登るようにして徐々に隅々まで内部を制圧していっているが、いかんせん敵の数が多い。
この校舎からはもうすでに全ての生徒が避難しているし、貴重品や重要物などの奪われて困るものなどもないはず。
それなのに、なぜ敵がこれほどまでの人数を各校舎ごとに待機させているのか。学年順位3位、イロモノの多い生徒会でも割と正常な部類で聡明で思考力のある彼女には、侵攻初期の大胆さと制圧の速さから窺えた頭のキレが途轍もない凄腕の統率者が急に無意味な行動に打って出た意味がわからなかった。
『――そうだね……他の校舎も報告を聞く限りだいたい似たり寄ったりな感じなんだよね……
みんなのおかげで敵の数も減ってきているし、避難所の方もいくつかは特定されてしまったけれど、これも難なく撃退に成功している、うーん……
適当な判断材料を持ち合わせていない僕たちでは、まだ及びつかない敵の思惑があるのか、それとも……
……このことについては、生徒の救出を優先するあまりあまり思考を重ねていなかった。言ってくれてありがとうチェビ、もう少し考えが纏まったら報告するよ』
『――えぇ、ありがとう……っ!!!??
……大変なのに労力を割いてくれて感謝するわ』
『――ん?いやいや、労力だなんて大げさだよ』
『――いいえ、そろそろ疲れてきているはずよ』
事実、ラーの体力と集中力は限界をとうに超えていた。
三十分近くの継続的能力の限界行使。
秒を刻むように入る新しい情報、その処理、対応、連絡。
通信機器が軒並み壊されたこの状況で全員と離れても意志疎通がとれるのはラーの能力だけ。事態をすぐさま終息させるには情報の伝達は必要不可欠、のであいかわらず重責を背負っている彼は避難所の一つにいながら、ずっと無理をしているのだった。
だから、自分の何気ないぱっと浮かんだ疑問に、声色一つ変えずにしっかりと答えてくれたことに感謝したのだ。
しかし心の内では、そのことに一瞬でも気が回らなかった自分を恥じてもいる。
『――……うん、わかった。
じゃあ、少し疲れたから会話を切るね。また何かあったら構わず連絡するんだよ』
。。。
しまったぁぁぁ!!!
ラーとの繋がりが無くなったことを知覚した瞬間、彼女はその美麗な顔を繊細でただただ美しい手で覆うようにして天を仰ぎ盛大に悔いた。
自然にラーに話しかけたいがために湧いて出た話題を振ったはいいが、よくよく考えてみればそれはラーの体調を度外視した愚行だった。
慌てて今度はラーに労いの言葉をかけて、気の周る女へとすぐに挽回しようとした。
そう、そこまではまだよかった。そこまではよかったのだが……
この話の流れでラーが通話を完全に切ってしまうことまでは頭のいい彼女でも考えきれなかった。もしかするとまだ少し冷静だったならば、まともな挽回の方法もあっただろうが、ラーが絡むと何かとポンコツになる氷の姫はあの瞬間においても普通にポンコツで知恵は回らない。
ラーのことだから完全には休むことなどせず今も能力を介して学園全体を俯瞰し、その合間にも必ず生徒会のみんなのことを見ているのだろうけれど、でも、ただ見られていると思うのと、繋がっていると感じながらでは心の問題的にかなりの差が発生する。
こと、チェビという乙女においてはなおさらというもの。
だから彼女は悔いたのだった。
もう少しだけでもお話ししていたかった……と。
誰も見ていないからと彫像のように固まっているはずの顔をへの字に曲げて落胆を隠しきれない彼女は、やる気を大幅にダウンさせながらも任務は完遂しようと階段を上る。
……一応、彼女の沽券に関わる事なので言っておくと、チェビという少女の表情は基本的に変化しない。生徒会という枠組みにいるからこそ彼女のその動かし慣れていない表情筋は活発に動くのだ。
冷静と冷徹を取り戻したチェビが階と階の間に差し掛かった時。
「―――死ねぇ!!!」
忽然と姿を現した新手。
しかしチェビ、さっきまでコロコロと変える印象のあった表情はまさに“氷”のように冷え固まっていた。それは臆病でも驚愕でもなく、ただ純真たる“無”の感情。この敵に対して何の情も持ち合わせていないとばかりに、まるで有象無象の空気のように気にもしない。
敵のサックか何かを指に填めた渾身に振りかぶったパンチがこちらに当たるより、息を吸うようにノータイムで発動したチェビの能力が数段速い。
【有限の証明論】
本質は数の調整。
その調整が無理難題であるほど、体力の消費が大きくなる。
「興味ない」と顔で語るようにチェビが放った技は―――
―――体内の血液量の減少。
急に血液量が減るという現象において当然の結果として、敵はパンチをチェビに打ち込む前に極度の貧血でへなへなと倒れてしまう。
体力消費?ほとんどない。
どのような基準で消費体力の増減が決まるのか、本人にも分かり切ってはいないようだが、今回で言えばこの数字の調整は彼女の中では取るに足らないことなのだろう。
憶測としてこの状況、優秀なチェビならば奇襲を受けた時点で敵より早く行動し護身用の超絶切断マン4号を敵の腹部に刺し込むこともできたことが重要となってくる。過程はどうであれ、結果的な物事の変化が能力行使の体力消費の増減に関わるのでは、と考えられるわけだ。
ともあれ、彼女は力なくして倒れた悪党にはこれっぽっちも目もくれず、先を進む。
そして歩く、歩く、歩き続ける。
優雅に、可憐に、美しく。本人は全く意図せずとも、その趣溢れる光景に情緒を揺すられること間違いなし。
次々と襲い来る敵は彼女のレッドカーペットに吸い寄せられた哀れで惨めな飛び回る羽虫のよう。
彼女の美しさに少しでも害することは終ぞかなわない。
近づけば意識を刈り取られるかの如く倒れ、仮に逃げたとしても何もない所で転んだり、何故かいつの間にか眼前に立ちはだかる異常な数の障害物に阻まれて進めない。
この校舎という閉鎖された空間の中で、飛び道具を使う変わり者もいたが彼女への攻撃が当たった数は一つもない。
絶対無敵。天下無双。きっとそれらがこの状況を言い表す正しい言葉なんだろう。
しかしそんな彼女だが何より特筆すべきは優しさだ。
今頃彼らのほとんどは、返り討ちという名目でとある一人の男に見るも無残な血を流す壊れた血液タンクのように斬殺されているだろうから、それをふまえると極度の貧血なんて慈悲的行動と言えるのではないだろうか。
一階から、塗りつぶすかのように順序よく敵を無力化していったチェビはとうとう最上階までたどり着いた。
そして、とうとう追い詰める。
親玉を。
「―――くそっ!俺をここから出しやがれ!さ、さもないとぶっ殺すぞ!!!」
恋い慕う人物とはどう考えても同じ生物と感じられない目の前の生物が、汚く品悪く落ち着きもなく無造作に放つ、怒声とつばと高慢ちきな態度に「あぁやだやだ」、と心底呆れたように首を横に振るチェビ。
皮肉かな。敵にどんな凶器を向けられようともどんな殺意をぶつけられようとも全く動じずに対処していたチェビが初めて顔をゆがめたぞ。
「……助けてほしいならおとなしく、何もせず、じっとしていてちょうだい……」
そう言ってチェビは一瞬のうちに敵の護衛と思しき人物二人を戦闘不能に至らしめる。
チェビと目の前のただ一人の敵は見た目からして二十は年が離れていると見受けられたが、態度やその雰囲気からしてどちらが人間として完成されているかは一目瞭然だった。
虚勢を張り、幼子のような親玉は、「ひっ」と一声漏らして部屋の奥へと逃げていく。
敵には聞きたいことが山ほどあるのだ、ヴィルほど詰めが甘い訳でもないし逃すわけがない。
いや、そもそも逃れる術などもうないのだけれど。
チェビがこの校舎に入り、先生方の退却を見届けた後この校舎から出口は存在しない。
なぜなら、出口の数は0なのだから。
いくら窓を壊そうと、どんなに壁を破壊しようと、この校舎に出口は最初から“ない”。
なぜならばそうチェビが調整したのだから。
一度そうなってしまえばどうしようとも能力が発動さえすればこの校舎に出口は無いったら無いのだ。
そんなことは露知らず、敵たちは現在逃亡中の男を逃がそうと必死になっていた。
ありもしない出口を探して上へ上へと逃げていた。しかし、時間稼ぎの決死の攻撃も数の利を生かした戦術もことごとく氷の姫一人に気にも留められずに打ち砕かれた。
チェビがここに着き、戦闘が開始した時点で今の今まで敵の勝ち目など無かったのである。
今更、“逃げる”などしたところでチェビの作戦の完了に、支障といえるほどの害を与えることすらできないはずだ。
ゆえに、全くの無駄。
チェビは、一度でもこの侵攻の指揮を執る人物に敵ながらも畏敬の念を抱いたことを後悔した。ただの偶然だったようだ。
これではなんの功績にだってなりやしない。こんなちんけな賊を捕まえたところで意味がない、これならばまだ生徒に危害を出している下っ端を根こそぎ捕縛した方が利があった。
チェビはため息一つ、指を鳴らして敵との距離を“0”にする。
「―――あなたに聞きたいことがあります、お答えいただけますね」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
後ろの視界にはいつまでたっても映らない少女に、逃げ切れたんだと勝手に解釈して安堵していた敵は、肩で息をして無理やりに呼吸をしていた虚を突かれ、校舎内に響く大音声で転がった。
「や、やめろ!! 近寄るなぁぁ!!!」
山羊の狂脚とはこの程度なのかしら、と呆れを通り越して再び無に戻ってきたチェビは極寒の冷気を纏った視線で、じっと敵を見る。
ごくりと、チェビの剣幕におされ、つばを飲み込む音がした。
「教えねえなぁ!はっ!お、お前がその体つかっていいことしてくれるなら話は変わるかもなぁ!」
追い込まれてもなお減らず口をたたき、無駄な虚勢を張る敵に肩をすくめたくなる―――が、いたって冷静なチェビはこんなセクハラ発言、陰湿な貴族社会で慣れている。と全く気にしていない様子。
「……別に言いたくないならそれで構わないわ。うちの記憶を覗ける能力者が来るまでこの誰も助けに来ない空間で、少しづつ、少しづつ、あなたの部品を減らしていくだけよ。そうね、どちらの方が早く済むかしら」
美しさゆえの怖さというのだろうか、をオーラのように滲み出したチェビ。
言っていることは脅しでもなく虚言でもない。紛れもない事実。きっとこの男が何も話さなければ、チェビは言ったことをすぐさま実現するだろう。醜いものが嫌いなチェビの事だ、最初に無くなるのは声のパーツだろう。そしてのたうち回って下品な汚物は今度は動くためのパーツが減らされていく。そうやってタッシーが来るまで痛みという制裁を与え続けるに違いない。
相手は、悔しそうに唇をかんでチェビを睨みつける。幼稚な敵だが、生きてきた経験からこれが嘘ではないと直感したのだ。
お互いの視線が交わっている。
そして、束の間の沈黙が流れた後―――最初に動いたのは敵の方だった!
「だっ」と勢いよく空中へと飛翔した彼は天井に届くか届くまいかのところまで飛び上がり、そのまま落下の速度と合わせて地面へとオーバードライブ。
いたって単純な突撃の体制だが、体力面では貧弱なチェビを倒すのには十分な力がある。
しかし、チェビはそんなことには構わず、冷静に、空中にいる敵を見下していた。
「ほわたぁぁぁぁぁ!!!!」
自身を鼓舞するように雄叫びを上げながら急降下、そして敵は―――
。。。
―――いわゆる土下座の形をとっていた。
「何でも話すから、拷問はやめてぇぇぇ!」
今までの展開は何だったんだと、頭を抱えたチェビの口から特段大きめのため息が出た。
そこからの相手は本当に何でも話した。
聞かれたことには、間を置かず即答で答えていた。
そこら辺も、縛られるのが嫌なグループ性というものが出ているんだろうか。鎖から放たれた盛った畜生のように食い気味に質問に答えた。
何はともあれ聞きだしたことをまとめると……
自分は親玉ではなく分隊長であること。
だから作戦の決定権は自身にはあまりないこと。
いざ、作戦通りに制圧したはいいものの生徒は誰一人いなく、さらに本部からの連絡もなぜか来なくなったので無断で行動するわけにもいかずここで待機していたこと。
などなど、他にも今まで仮説だったものが確証に変わったりだとかかなりの収穫があった。
すぐにラーへと連絡する。
そして、ラーへの連絡が終わるとなぜかヴィルが来た。
「お、おうおつかれ、け、ケガとかしてない?」
「?」
「えぇしていないわ、あなたこそ血まみれだけれど大丈夫?」
「え?あぁこれは返り血だから大丈夫」
「―――あぁ血で思い出したけど、廊下にいた奴らまだ息があったから僕がとどめ指しといたよ」
ドヤァと目で何かをアピールしてくるヴィル。時たまにヴィルはこうなることがある。
頼んでもないことを勝手にやって、それでさも、ありがたいだろ?みたいな目で見てくるのだ。
こういうところは好きになれない。
その後、オムが重傷を負ったというから、ヴィルがオムを迎えに行くことになったので風のように去っていった。
最後の最後まで私の具合とかを気にしていたけれど、本当にヴィルは心配屋さんね。
―――無事任務を終えたチェビは足早にラーのいる避難所へと向かった。




