第21話 「平然と息衝く活路への意気地」―――②
「おら!おら!おらぁ!」
無限機関のように絶え間なく、風を切り、投擲される敵の刃。
投げては自分の手元に戻しまた投げる。一切途切れることなく連続で空を飛ぶナイフにオムは敵に全く近づくことができないでいた。
この状況、どうすれば打開できるのか、オムは散々その無い頭をひねって考えたがどこまでいっても答えは浮かばない。
【万物交番】を使って打開しようにも、オムが引き寄せできるのはせいぜい一秒にナイフ一本程度。 それ以上は集中が間に合わず発動しない。
そして、かなり少なく見積もっても敵が神業を以てして投げるナイフは1秒に3本ほど。
もちろん如何様にしても対処できるわけもなく……
「ひっぃぃ!殺されるぅぅ!」
結果、逃げること大優先。
例え、一発逆転を狙って相手自身を引き寄せて攻撃しようにも、今すでに空中を飛んでいるナイフをどうにか対処しない限り、それに当たって終わりだ。
しかも、敵はオムが攻撃を行う隙を全く作らないつもりなのか、常にオムを中心とした円を描くように移動しながら攻撃してきている。
これでは相手を瞬間移動で引き寄せて、相手を盾にして飛び交うナイフを防ぐという、攻撃と防御を兼ね備えたカウンターもできない。
一方向だけならまだしも全方向を取り囲むように投げられては守り切れないからだ。
ただ単純に、逃げるということすら困難なこの状況において、オムの能力の性質はどうしようもないほどに無力で、まるで手出しはできず。活路を見出すことは窮状。辿る道は至極簡単、それすなわちオムの敗北。
何もやり返せない歯がゆさが、自然と噛んでいた唇から血を流させた。
そんな折に、敵から飛ぶのは精神を揺さぶる悪辣な煽り。
「どうした!? 来ないのか!?」
「―――ッ」
今、切羽詰まったオムに残された手段はたった二つ。相手が体力切れを起こしこの終わらない蜂の巣の剣に何か些細な綻びができた瞬間の隙を突くか、生徒会の誰かがこの危機的状況に駆けつけてくれることを待つのみ。
といってもその両方がオムを起点としたものではなく、あくまでも自分以外の要因があってこその打開策。
残念ながら今のオムにできることと言えば、いくら煽られようとも自棄にならず、攻撃を躱し、懸命に命を繋ぐことだけだ
しかしこれだけでは、なんかオムの能力って不便だしザコくね、と思われそうなので解説しておくと。
オムの能力は落とし物を自分に持ってくる能力、もう少し細かく言うなら自分が落とし物と思ったものを持ってくる能力。
ならば手つかずの未開な土地があったとしたら?学園の能力の暴発に備えた強固な壁材でも引っ張ってこれば?
それらはもちろん落とし物だ。
オム、いや馬鹿にとって認知されていない物所有権が絶対的に決められていない物体的要素というのは須らく落とし物という認識になりうるのだ。
ということでオムがその気になれば、人間が視認不可能なほど強大な物を呼び寄せて災害的な被害を一瞬のうちに起こすことも可能というわけだ。
しかしそれはしない。
いや出来ないというべきか。
なぜなら今言った行為やそれに属する行為は、例外なくして全てにおいてハイリスクおよび諸刃の剣だからだ。
オムの能力は再三言おう。
あくまでも引き寄せなのだ、ということはある意味爆心地にいるオムはその被害を一番に受ける。
つまりは、オムの切り札というのは本当の意味での切り札であり、正真正銘最後の手段なのである。
そうおいそれと使えるものではない。
とどのつまり―――やっぱりオムの能力はザコである。
(やばい、そろそろ疲れてきたな。避けるんもしんどい……ラーもそろそろ限界に近いはず、これ以上は無理や。逃げるか?……ちっ、くそ、あいつ一見するとぐるぐる動き回ってるだけに見えるけど、確実に退路の方に立つようにしてる。
逃がす気なしかよ……
さっきラーから聞いたけど、ヴィルが変なリングみたいな装置を付けた生徒がおった言うてたみたいで、どうもそれが洗脳装置っぽいねんけど……一つとはよう思わんし、何より生徒会の誰か一人でも敵に回ったらめんどくさい。
だから、なおさら捕まるわけにはいかん。
かといって、この状況をどうにかすることは俺には……)
オムが悩んで不出来な頭を無造作に掻こうにも、敵はそんなことを許してはくれない。
「おいおい足が止まってきたなぁ!?降参かぁ!」
ちっ気付きやがったか。
あいつの顔色に変化は……ない。
うせやろ、燃費良すぎやでそれ。
……このままやったら…負ける。
そんなオムの焦りを知ってか知らないか、敵は攻撃の手を一旦止めた。
「ふぅ……そろそろ的当ても終わりだぁ。当たらない的当て程詰まんないもんはねえからよぉ」
「しっかし、結局当てさせてくれなかったなぁお前、まだガキのくせによくやるぜぇ」
「まっもうお開きだがな、俺もそろそろ飽きたぁ」
「とりあえず―――」
「―――沈 め や」
一拍置いて。
オムの予感に掠る死の気配。
今までの空気感よりもっと濃密な戦場感。臨死体験にも等しい人生で味わったことのない死神の息吹。
それは、ここがいつもの学園であるとは思えない程に世界を暗く染める。
並の学生では一生に一度も対面することなく生涯を閉じるであろうこの存在。言うなれば―――絶対的死の宿命
そして突然と効果は表れる。
室内で統率の取れた軍隊のように列を成して飛び交うは煌めく刃。
それが向かう先は主の方ではなく。
「―――はっ!?つぅぅっっ!!!! いってぇぇっぇ!!!」
先ほどまでとは真に違う。
今の今までが鈍らで、主の命によってその鈍悪な怠惰さを捨て、道具としての本懐を呼び覚まされたかのように、これまでとは一味も二味も速さ鋭利さ残虐さ、その全てにおいて革新的違いの起こった刃たちは、まるで持ち主の汚らわしい性格が色濃く移り出たように、オムの手に戻っていた。
ギラギラの刃の方を握る手に向けて。
結果、握っていた拳にいつの間にか無理やり戻ってきた刃物は掌に深々と食い込み、痛みに震え絶叫するオムからびちゃびちゃと赤い液体が流れ落ちる。
急いでナイフを投げ捨て両の手を抑えるが、出血が止まらない。なにより両手がやられたことで押さえることもままならなかった。
「まずは敵の攻撃手段を奪う、あの超大物の暗殺一家でも基本とする、相手を殺す過程に必要なことの一つだぁ」
「次に……」
<グサッ!グサッ!グサグサ!
落ちていたナイフたちが、自分たちの居場所はここだと主張でもするかのようにオムの足へと戻っていく。
掌の痛みで苦悶の表情を浮かべるオムに追い打ちとばかりに深々と突き刺さる無数の刃。
ここまで抉り切られては立つことも叶わない。
オムは歯を食いしばりながら床にのたうちまわる。反射的に抑えようとしてしまった手が、重症であることを再度伝えてくるかの如く削るような波状の痛みを訴え、足全体は火で焼かれるかの如く燃え盛る痛みがオムを侵食する。
床を転げるオムを見下し、勝敗が決まったと確信する敵はコツコツと廊下を歩き、オムとの空いていた距離を詰めていく。
「―――敵の行動を封じる」
「まっ必須項目だなぁ」
勝負ありだ。
。。。
……ごめん。
………ごめん。
…………勝てんかった。
俺なら出来ると、そう信じてくれて、なのに俺は……
ヴィルならいっぱい仕事してる。それやのに俺は……
タッシ―がおれば避難所は大丈夫や。
それに、他のみんなも、みんなも。
結局俺は……ははっ、嫌になるわ。
ランクがどうたら騒がれようが、結果俺はなんもできてないやんか。
役立たずもいいところや。
でも、今は悔しさよりも虚しさよりも……いたい。
ほんま痛い。
逃げだしたい。
願うなら泣き出して、恥をさらけ出して、今すぐタッシ―に治してもらいたい。
消えゆく意識の中でまだ17歳の少年は傷の痛みを嘆いた。
平穏とは真反対の業火の痛み。
彼が現実から目を背けるのにこれ以上相応しい理由はない。
しかし……彼はカッコよくいたかった。
………………くそがっ! くそっ!くそっ!!!こんクソが!!! こんなこと考えてることがもうかっこ悪いってなんで気づかんねん!
そうや!奮い立て、俺!
カッコよく!英雄的に!
目指すなら、それは……!
男が向かう先、俺が目指すのは……!
俺が夢見たのは……!
“どんな敵にも決して負けない中二病やろ!”
『まだ立てるっ!』
―――彼はまだ……たった17歳の少年はまだ…負けてなどいなかった!
「……かっかっか、ふっふっふ、あーっはっはっは!」
「……気でもおかしくなったかぁ?」
これがおかしい?
まさに好都合!
絶体絶命に笑う主人公。
敵の勝ったという負けフラグ。
全てはあるべきして揃った!!
余裕を感じ、声を大にして笑うオムだが、太ももからふくらはぎにかけて何本もの刃が深々と刺さっている。
もはや立ち上がるのは不可能。
だが彼の心に有るのは揺るぎない勝利へのプラン。自身を肯定する不遜なほど増大する自信。
勝つ気しかない!
「なぁ俺ってなんだと思う?」
「はぁ?本格的に痛みでねじが飛んだかぁ」
不意に飛んだオムからの意味不明な質問。賊は正気を疑った。
だけど、
「いいから答えろや」
強気の姿勢は一つたりとも崩さない。
「ははっこの状況でもその図太さかぁ、嫌いじゃないぃ」
「まぁ俺がお前と認識したもの、としか答えられんなぁ」
「そうか、それはよかった」
―――あぁそうや、良かった。
「なにぃ?」
―――敵さんよぉ、こんなに痛い思いさせてくれやがってほんまにぶちぎれそうやけど……
<ズバンッ
廊下に静かに響いた肉を断つ音。
オムの体に突き刺さっていた何本ものナイフたちが、敵の胴体に集中し突き刺さった音だ。
それは、さも100倍返しと言わんばかりに敵の体を再起不能なまでボロボロにし、まさにハチの巣だった。
―――1つだけ感謝する、あんたのおかげで……
敵の体が崩れ落ちる。
「俺はまだまだかっこよくなれそうや!」
不細工な勝利の雄叫びは、そのフロアだけを軽く揺らしたのだった。




