第20話 「平然と息衝く活路への意気地」―――①
「……やっべー間違えた」
普段と何ら変わりない生活、言い得て日常を謳歌していた者たちにとっての望まれぬ来訪者が学園に侵攻して来てからもうすぐ30分が経過しようとする頃。
学園にいくつかある避難所にはもうすでに大体の生徒の避難が完了しており、それぞれの避難所ごとに教員や生徒会が配置されていて、侵略者に対抗する守りの陣形が出来上がりつつあった。
さらに戦闘経験のある教員や生徒会が学園内に侵入している賊を各個撃破ないし捕縛し、守るだけでなく攻めの形も徐々に組み上がってきている。
しかし先の唐突な攻撃による行動の遅れが影響してか、何人かの避難遅れまたは安否確認がまだできていない生徒がいるなど、問題はまだまだ山積みだ。
ということで賊の無力化の責務を全うしようとしている人物が一人。
オムである。
彼は今まさに敵勢力を倒すべく行動しているはずなのだが……
「うーんこれは校舎間違えたかなー1組って聞こえたんやけどなぁ……」
目の前の光景を見て、自分が自信を持っていた記憶がなんだか不確かに思えてきたオムは、頭に手を当てて考える
少し前を思い出してみよう。
。。。
『――オム、君は今すぐ“~~組”に行ってくれ 校舎全体には50人弱の敵がいるけれど、頼む頑張ってくれ、みんなもそれぞれの場所で交戦している』
『――え?あぁーんーん?おけ~』
その場の雰囲気で返事をしたはいいものの……
8組やったかー。くそぉ…1組に聞こえてんけどなぁ。そん時ちょうどトイレしてたからちゃんと聞いてなかってんなぁー、こりゃ失敗。
(だって絶対ここちゃうもんなー。全員死んでるし。うえぇきも。きもは仏さんに悪いか?まぁこれは絶対ヴィルが通った後やし。
よし!今からでも遅くない8組行こ)
眼前に所狭しと広がる血と肉と苦悶の表情で描かれる惨劇の色を見て、オムはここは自分が居るべき場所ではないと、早々に区切りをつけ立ち去ろうとする。
そこに、視界の隅に一冊の本が映り込む。その本はこの近くに図書室があるからきっとそこからひょんなことでここまで転がってきたのだろう。なんだかとても気になるその表紙に目を奪われる。立ち止まってそれを拾おうとした。
そのとき―――
<ひゅんっ
――オムもっとしゃがむんだ!
「ん?え?え!」
オム目掛けて、突如どこからともなく投擲用の小型ナイフが風切り音を伴い飛んできた。
「ひっぃぃ!」
ラーの助けが無ければ今頃オムの胴体にぶっさ刺さっていたであろうナイフは、目標を失い、その力のままに壁へするりと刺さった。
急なことに腰を抜かしたオムは四つん這いになりながら必死に物陰へ隠れる。
―――あっぶねぇ!当たったら絶対痛かったやつやん!見たらわかる!痛いやつやん!?
「ふっこれが当たらねえか、どんな反射神経してんだ、プレストーテさんよぉ!」
ん? あぁ……大して有名でもない俺の名前と顔がバレてる。これは他の情報も大体知られるかな? ラーに報告報告。
オムは敵の声が耳に届き次第、物の一瞬で冷静さを取り戻す。バカではあるがアホではない彼はこの場において冷静さがどれほど重要か“感覚”で分かっているのだ。
足りない頭で必死に考えて状況と自身の行動について最適解を暗算する。
(さて、なら次は……)
「ようよう!敵さんよぉ!俺が天下の生徒会だと知っての行動か?知らなかってんなら、見逃してやっから、ほらあっちいって!」
冷静なオムは一人で戦うことは止め、逃亡の1手を取る。
―――がしかし。
やっべぇこえぇ!なんで悪役の顔ってだいたい怖いねん!
なんでスキンヘッドやねん!
しかもそんなに数話に散らばって出てくんなよ!口調の書き分けとかできひんくなるやろ!?
敵の顔を見るや否や微かにあった戦意をバキバキに折られる。
それもそのはず、ヴィルといい勝負ができるほど敵の顔面は圧迫感があったのだ。怖いというより圧迫感、こちらが物怖じせざるを得ない緊張感を生む顔面。
「それはできない相談だぁプレストーテぇ、俺はおまえを捕縛か殺しておかないといけないんでなぁ、それが俺の役目だからなぁ!」
「いやぁ都合よく一人になってくれてよかったぜぇ!」
いちいち舌を巻くような喋り方すんなよ!
腹立つんだよ!
それよか、こいつ役目って言って足止めか……これは相手も物量だけで来ている奴らじゃないな、ちゃんと戦略がとられてんなぁ。
オムはビビりながらも思考を続け、情報を聞き出す。
「お前たちの目的はなんや?」
「そりゃぁ学生たちの強奪……」
「それは今回の、やろ?おまえ等の最終目標のことや」
オムの発言を聞いて目の前の敵は気色の悪い笑みを浮かべる。この質問をさぞ待っていたかのように。
「あぁそれ…か……ふふっ、いいだろぉ……教えようじゃァないかァ」
「なぁに簡単さぁ、俺たちは誰かに縛られるのが嫌なのさぁ―――だ か ら」
「欲のままに性をむさぼるぅ!それが俺たちが目指す理想郷なのさぁ!」
強面の男の恍惚とした表情で制もなく回る言葉にオムは不快感を露わにし、事実を知った(あぁこいつら、山羊の狂脚か)と。
山羊の狂脚とは、この世にごまんといる反社会勢力の中でもそれなりの力を持ったグループで。目的は一貫した制のない世界の実現。
制とは、性への欲求を縛るもののことだそうだ。
こいつらは、誰かを愛したい、愛されたいなどと、もっともらしいことを言ってはいるが、やっていることは自分の性への欲求の勝手な押し付けで。誘拐、洗脳、奴隷、強姦、その他のありとあらゆる一定個人の思惑を縛ることなく最大限応援するなどという馬鹿げた発想の集団。
なんでこの学園にはまともな奴じゃなくて変態な奴しか侵入してこないんや、とため息をつきたくなるオム。
でも安心してほしい。学園の中にいるけどお前も十分変態野郎だよオム。
……そしてこいつら反社会勢力に属すやつらがみんな口をそろえて言うのが、これは神の意志でもある、という言葉。
この世界は二度も神によって変更が加えられた。
その神が、自分たちが間違っていることをしているとして、なぜ止めないのだ、と。
ならばこれは神が許容したことであり、すなわち実現可能の願いなのだ、と。
そんな無理横暴な拡大解釈をして自由という名の犯罪を平気でやるのが反社会勢力。勝手なやつらだよ、こいつらは。
それに、今回の事件からも分かる通り別にこいつらは他人に優しいわけじゃない。
メンバー以外への非人道的行為は仕方ないと割り捨てるやつらだ。
自分たちの欲望のままに他人を食らう、まさに反社会勢力にふさわしいやつら。
そんなやつらが、この学園に入ってきたからには黙っちゃいられない。聞く限り何人かは、こいつらに被害を食らわされたようだし。
「そうか、それが理想か」
「そしてお前の役目が俺の相手をすることか……」
「おいおい……やれやれ、まったく―――俺を倒せると思っているのか?」
俺はスイッチをいれる。
ビビっていることが相手にわからないように。
かっこいいやつに成り切るために。
「最後の警告だぜ!消えな!」
指をビシッと突き出し相手に言葉を撃ち込む。
この時、オムにはひしひしと感じているものがあった。
―――自分より身長が高くて怖いやつに、立ち向かうことにこんなに勇気がいるんか……
くそぉ女子が見てないってだけでこうもやる気が出んもんなんか?
勝ったところで、たかが一勝。
女子に惚れられるわけじゃないし。
本で見た伝説の英雄になれるわけじゃない。
ちっ、くそぉー遠いなぁ、かっこいいって……
でもまぁ―――
かっこつけるのも悪くはないよなぁ!
お互いの心が通じ合ったように、両者いっせいに距離を詰める。
『逃げる?ノンノン、かっこよくない』
『愛のために殺し?心が躍る』
互いが飛ばす視線の矛は、鋭利さと強靭さを持った槍のように向かい合う人間を刺殺さんばかりに闘気が込められている。
油断は命を落とす。慢心は敗北を招く。この競りに勝った者こそが戦いの勝者だと目で語るように視線の圧さえも負ける気は毛頭ない。
オムの攻撃スタイルは能力による、一点攻撃。
武器など、ラーやヴィルじゃあるまいし使えなくて邪魔でしかない。
ならば出せる答えは一つ。
引き寄せをうまく活用したことによる肉体攻撃のみ。
一方相手は、果物ナイフサイズの小型ダガーによる遠近両用の巧みな動き。
距離を取って思考の時間を増やせば無数の刃が空を裂き。
攻撃に転じようとも近づけば一瞬にしてミンチのように刻まれる。
殺しのプロと少々特殊な能力を持ったただの学生、どちらが勝つかはその圧迫感からして知性の足りないサルでも分かる事だろう。
しかし、そのサルでも予測しうる劣勢のはずのオムは必死に敵の刃に抗っていた。
適当に振り回すようでは絶対に生まれないミキサーのような軌跡をたどる抉り回る刃。正確無比な超緻密な投擲技術。そのどちらもがオムに致命傷を与えるべく規則正しく動いている。
オムは敵の早すぎる斬撃に全くついていけていない。
移動からの一刀目は反応できたとしても、死角から繰り出される二刀三刀目には体の反応は疎か目で追うことすら出来ていない。
格闘術において、ヴィルほど究極の武に近い動きを行える者はそうそういないのだ。
能力を抜きにすればただの一般人より少し上ほどのオムにはヴィルの真似事なんてできっこないのも道理。
しかし、先ほども言っただろう。
オムは対処不可能のはずの敵の攻撃に抗っているのだ。
オムにできなくて、ヴィルにできること。
ヴィルにできて、同じようなことができる人物。
オムの戦いは一人ではない。
一人で戦う必要は最初からない。
なぜならそう、我々には優秀な司令塔がいるのだから。
――次の攻撃!初撃は右手からの腹部に対して下から心臓!敵の右靴を自分の右手に引き寄せるんだ!
次!軸足がぶれて体制が崩れたなら、左手のナイフを投げて牽制してくるはずだ。
能力を使ったからすぐには集中ができない、さっきの靴を思いっきり振り上げるんだ!
未来予知にも等しいラーからのアシスト。
敵は熟達した殺しのプロ。ヴィルほどでもないが、完璧に近いナイフの軌道を無意識レベルで繰り出せる紛れもない反社会勢力に相応しき殺戮者だ。
一見すると彼に隙はない。
しかし、そここそに弱点があるのだ。
完璧だからこそ次が…次の相手の行動が、次の相手の一挙一動が―――読める
相手が無意識の領域で行う一手一手がオムを行動不能にする一撃、だからこそ同じことができるラーなら解る。
相手が次、取らざるを得ない一手が。
「……くそ」
当たらない攻撃にしびれを切らした敵は距離をとる。
「うーんここまでかぁ…なかなかめんどくせぇなぁ」
学生ごときに自分の攻撃が掠りもしないのが腹立たしいのだろうか、敵の顔に若干の怒りがある。
すると、「ハハッ」まるでここまでは本気じゃないと言わんばかりに殺戮において最も邪魔な怒りの感情を軽く捨て、みるみるうちに冷静さを取り戻し余裕の笑みまで浮かべた。
「ショウ―――タイムだ」
その瞬間、投擲され、弾かれ、地面に転がっていた刃たちがピクリと動く。まるで、それは主人が自分たちを呼んでいると意思なき刃が錯覚したかのように。
刃たちは変幻自在の意思を持ったように手招きをしている敵の手元に戻っていく。
「おかえり」
余裕を崩さない敵はハンデと言わんばかりに―――
「―――ここまできたんだぁ俺の能力を教えてやるぅ」
「俺の能力は回収」
「さぁ第二回戦と行こうじゃないかぁ」
微妙たりとも場に変化は訪れていないけれど、確かにハッキリと移り染められていく世界の温かさ。
オムの顔から冷や汗が止まらない。




