第19話 「思い出と託く過去」―――②
転がった強面の男の顔面を顔色変えずに冷たい目で見つめる青年。
制圧の許可が下りるのが速いか青年が首を叩き落としたのが速いか、それは本人にも与り知るところでない。
「……ふぅ」
微かな肉片と一滴の血液が付いた右手をブンブンと異物を掃うように振って、落ち着いた息を吐く。
まるで仕事の合間の伸びのように気楽な動作は、17歳の青年が殺人を犯した直後の行動とは思えなかった。
業務連絡のように、
『――ラー一人やった』
『――分かった……でも無力化はできなかったかい?その武力に正しさを持てるかい?』
ラーが悲しみを含んだ声で聞いてきた。
別に武力制圧の許可は下りたんだ。つまりやつらは国家反覆を狙った犯罪者と認められたのだ、殺したところで誰も僕は責めたりできない。むしろ称賛されるまである。
だからヴィルは悪びれたそぶりも見せず。
『――……やつらは生きていちゃいけない』
『――……そう……分かった。でも、例えどんな時でも感情だけに身を任せてはいけないよ、感情だけに全てを賭けた時、優先したもの以外全部なくなってしまうから……だからこれだけは胸に刻んでおいてくれ』
『――了解……」
ヴィルは力なく返事する。
(……僕がこいつを殺した理由はただ一つ、憎くてしょうがないからだ。
僕はこいつらみたいに平気で人を傷つけるやつが許せない。ついでに人を傷つける僕の顔も嫌いだ)
もしかしたらこいつはまだ何もしていなかったのかもしれない。悪事の“あ”の字にも加担していなかったかもしれない。
でも、それでも道を踏み外している時点で、ダメなんだ。
まだ引き返せるやつとそうでないやつがいるが、こいつは、こいつらはダメだ。
だから殺す。
その考えは―――決して変えない。
僕は転がった男の顔をもう一度見る。
自分が殺したという、淡々とした、いっそあっけない事実を忘れないよう脳裏に焼き付けるために。
僕は前を向く。脳裏に焼き付けた事実がどうでもいいと感じれたから。
床を蹴る。
一人でも多く生徒を助けるために……。一人でも多くこいつらを殺すために。
『――タッシー保存しておいてもらったあれ頂戴』
『――わかった、おいスぺラ届けろ』
ラーの俯瞰的戦争介した念話でタッシ―に連絡を取り、荷物をスペラに届けてもらう。
そしてすぐに僕の手元に刃渡り15㎝ほどのナイフが送られてくる。
この武器はタッシー特注で、両側に刃がついていない。
形こそはナイフ型だが刺突のみに特化した頑強な作りになっている。
まぁ僕達は曲がりなりにも世にも奇妙で珍しいSランク保持者、つまりは有名人。命を狙われたり、今回の事件のように力を狙った悪党に誘拐されそうになったりすることはある。
つい1年ほど前にだって久々に実家に帰ったサブが連れ去られたりする事件があった。
そういうこともあって大小さまざまではあるが、僕達は護身術も学んでたりする。
というかこの学園の教育課程にも護身術はある。
僕の武器はこれ、この刺突ナイフ。
なんでこの変な設計なのかというと―――
―――「ごふっ」「ぐへっ」「ぎゃっ」
あっという間に三人の敵を無力化する。
僕の障害物を使った高速移動ですれ違いざまに急所を刺す、これができるから。
そして相手は死ぬ。
普通のナイフのような無駄な切れ味はいらない、むしろ切れ味が落ちていく刃などいらない。
相手が僕を認識するより早く、効率化された筋肉で一点集中の一撃を叩き込む。
そして相手は死ぬ。
求めるのは壊れにくさだけでいい。
首、脇、胸、股関節のあたり、どこに刺しこんでも致命傷を与えられる。
走って走って刺して刺して、抜きざまに傷口をえぐりながら引き抜く、結果出血多量。
やっぱり相手は死ぬ。
このローテーションを続けるだけだ。
鈍重な相手が僕存在に気付くのは刺された激痛を感じた時だろう。
床を蹴り、壁を蹴り、速度は加速度的に増していく。僕が走ることによって生み出す風圧が教室のガラスをガタガタと揺らしている。
しかし、僕がこの戦術をとれるのは偏にラーのおかげだ。
もし僕だけだったらむやみに校内をうろうろして無駄に体力を減らすだけ。ラーの俯瞰的戦争によるリアルタイムでの敵の配置のリーク。
それを頼りに高速で刺しに行く。
効率的動き、無駄のない動き、一切の不純物がない紛れもない殺人。
相手を殺すだけに特化した動き。
高速で動く自分の体を完全に制御しきり、今の自分の態勢から繰り出せる最高の一撃を相手の急所に打ち込む。
見る人が見れば、感動さえもする完璧な体運び、人殺しの極致。
まさに効率的。
一切の無駄なし。
人体の許容できる限界を超えた動き、それを可能にするのはやはり隔絶され勇気のおかげ。
床、壁、立体物、全てを蹴れば体は自ずと進む。
人体が落ちるより早く、前に進めば体が地面に触れることはない。
しかし、現実的なことに目を向けて考えれば、もしそんな力を出せば普通は先に人体が限界を迎える―――が隔絶された勇気がそうはさせない。いや、そうはさせてくれない。
足が折れれば速度が落ちる、軸がぶれれば敵を効率的に殺せない。
ならばどうする?ここで終わるか?
いや違う。
簡単だ、足は折れさせず、軸をぶれさせなければいい。
能力がそうさせない。
なぜなら効率的にできないから。
これがこの世の理から一つ外れた能力の恩恵。
生身の人間にはできないことを一つも二つも叶える力。
物事の効率を最優先に考える能力はその他の非効率さを補ってくれる。
『――ラー次はどこだ!』
『――5組校舎!女生徒が襲われている!どうやら避難所から出てしまったようだ』
『――わかった!すぐ行く、最短ルートをナビしてくれ!』
(くそっ!なんで今外になんか出たんだ!わかっているのか!?もし捕まったら連れていかれて奴隷のように駒として犯罪に手を貸すことになるんだぞ!?)
ヴィルは守らねばならない対象に苛立ちを覚える。
避難はみんなかなり頑張っていたがそれでも迅速と呼べる物ではなかった。
それに対して敵の侵攻は速かった、確認出来てはいないが何人かは捕まっているかもしれない。
ここまでの進行を指揮する司令塔も分からない。この大規模を統率しそしてこの的確かつ早急な行動は、敵といえどあっぱれと言わざるを得ない。
その頭の切れる司令塔の尻尾すらつかめてもいないのは、こちらとしても痛手すぎる。
何より時間がない。
今、ラーは全員の連絡をつないで、さらに学園全体を俯瞰的戦争で俯瞰している。
捕まったやつがいたとしてそいつの把握に回す体力はもうない。
(そうだこれは、この前の見世物の戦いなんかじゃない……!もしかしたら誰かの人生が決まってしまうかもしれないんだ……)
事態の深刻さを再び噛みしめたヴィルはラーのナビに従って現場に向かう。
。。。
「はいはーいおとなしくして頂戴ねー」
「ひっ来ないでっ!」
(どうしよう……ッ!侵入者が来たって言ってたから、少しは警戒していたけれど………まさかこんなことになるなんて……。ただ私は、教室に忘れた“勉強道具”を取りに行きたかっただけなのに……
学園への侵入者は今回が初めてじゃないからって、前回はほとんど何もなかったからって……そうやって、思って……
考えが甘すぎた……ッどうしよう!
怖い、怖い怖い!こわいこわいこわいこわい……!!!!
少女は逃げる。
巧みな逃げ足と敵を分断させるように動いて自身に活路を見出す的確な逃走。その一瞬で練ったにしては上出来すぎる計画を現在進行形で思いつく脳が、あと数分前にもあればこんな結果にはならなかったはずだ。
楽観、油断、軽率。その全てが彼女の落ち度。
敵からの追跡を幾度として回避し、安心の避難所まで逃げ続ける。だが―――
「―――はい、おしまい」
少女の行く手は阻まれた。
ゲラゲラと笑いながら近づいてくる大人5人。下卑た笑みのお手本のような顔を全員揃って浮かべる姿はまさに恐怖でしかない。
……遊ばれていた?
自然と少女に浮かんだ考察。正解だ。
少女に活路など最初からなかった。もし彼女に助かる術があったなら、それはやはり最初から外になど出ないことだ。
出てしまった時点で彼女の予定は調和される。お約束とやらに収束するのだ。
まともじゃない呼吸。正常じゃない手足。止まった思考。どれも全てが自分の持ち物ではないように不鮮明に逃避を始める。それは躰という宿主を見捨てるかのように全ての機関が逃避した。
「どうだった? 楽しかった?」
場所と雰囲気が違えば、その男からの言葉は何気ない日常の会話へと成りえただろう。
でもことこの場においてその言葉の意味は―――
「―――こ、こないで……おねがい……します」
「……怖がらなくていいよ、一瞬さ」
―――恐れという感情を支配するのにこれ以上打って付けの物はなかった。
「…ッ…ッ…!!!!」
息が喉を通らない。
手を伸ばしてくる!?
な、なぜ笑っているの?
逃げる? もう逃げられない!
囲まれた……!?
動けない……!!
なにか出してきた……?
わたしの頭に……ッ!!!
イタイ……イタイ……アタマ、が。
めがうご、かな……い。
ふる……えがとまらな、い。
かおをあげられない。
ちからが……でない。
あたま、しろ、うめつくさ、ていく。
なに……かん…えられ…い…
…おとこがkた。
…はなす。
…えがお。
…ふれる
…はだ。
……きたない。
………つめたい。
……………ちかい。
………………いたい。
。。。
コワい。
・・・
…赤い?
「―――…じょうぶ!?…大丈夫かい!?」
徐々に視界が戻ってくる。
私は助けられたのだろうか? あれ、そもそも、なぜ、何から助けられたと思ったのだろうか。……分からない。
この人は知っている、生徒会の偉い人だ。この人には近づいては駄目、と仲の良い友達から言われたことがある。
その人は顔が赤かった。
火照っているとか日焼けているとかそういうのじゃなくて、ペンキをぬったよう、に……
そこで私は気付いてしまった。
知らない大人が彼の後ろで血を流して倒れているのを。
彼がやったんだ……、と直感的に感じ取ってしまった。
そしてもう一つ気づいた。私はなぜか彼の服であろう血濡れた服を着ていた。サイズが違う。
でも、なぜだろう。血で濡れていて冷たいはずなのにとても、とても、暖かい。
彼は言った。
もうこんなバカなことはしてはいけない、と。
自分の行動が今正しいのかちゃんと考えられるようになりなさい、と。
その顔はいつも遠くから見た顔より怖かったけれど、それでも……自分でもわからないけれど……それは優しくて、うれしくて、涙が止まらなかった。
散々泣いた私を彼が置いていくことはなかった。
傍にいてくれた。
幾久しく泣いた私が泣き止むと、彼は私をお姫様抱っこで運んでくれた。
そこにあった顔は、噂で聞いたような怖い人なんかじゃなくて、覚悟を持ったとてもかっこいい姿だった。
避難所についたときに彼は、
「……中にいる生徒会のメガネをかけた人物の所に行って「ヴィルに助けられた」、と言ってくれ。 そうだな……僕の“功績”が増えるから」と爽やかな笑顔で言った。
さらに別れ際には、多分独り言だけど「つらいことは思い出さない方がいいに決まっている……」なんてことも言っていた。
私は彼の言葉が何を指した言葉なのかわからなかったが、言われた通り避難所のメガネの人の所に行く。
そして言われた通り、
「あの、ヴィルトスさんに助けられたんですけど……」
。。。
あれ。
私なんでさっきと違う避難所にいるんだろう?
服もなんか新しいし……ま、まさか!?これが侵入者の狙い?
女生徒の服を集めるとか?
……ないわぁ。
それにしても暇だなぁ。
この避難所友達いなさそうだし……
あ!そういえば勉強道具……あぁ教室に忘れたぁ!
まぁおとなしく、生徒会の人が解決してくれるのを待ってよ。
あれ? 生徒会の人ってそんなに面識あったけな~?
なんでパッと出てきたんだろ?
まぁいいか!
……でもやっぱり暇だなぁ。




