第18話 「思い出と託く過去」―――①
緊急の警報が学園内に鳴り響く中、僕達は現在地から一番近い避難用地下室へと走っていた。
『――おい!ラー、どういう状況だ説明してくれ!』
『――ちょっと待ってね、情報が錯綜し過ぎていて処理できていないんだ………………少し掴んだ、相手は反社会勢力の一角だ、かなりの人数で攻めてきている、1000人は……いると思う』
『――1000だと!?』
『――うん、目的は……優秀な能力者の強奪…かな。こんな白昼堂々攻めてくるなんて……』
念話越しに聞こえるラーの声は苦虫を噛み潰したように悔やんだ声だった。
流石のラーでもこんな大それた破滅的強行突破は予想できない。一般ではないとはいえ、学び舎に武装した人間が1,000人もの軍勢で攻めてくるとは誰も思わない。
そんな太刀打ちできない相手に先手を取られたことにラーは珍しく感情的になっていもいるようだった。
『――だいぶ用意周到なようだね、もうこの島への関所を全て突破されたようだ。もうすぐ学園敷地内に入ってくる……』
『――わかった、時間が無いんだな?僕は何をすればいい!?』
『――生徒会のメンバーは生徒を守るために武力行使で守護に回ってほしんだけど……それが、通信機器も全部壊されていて事態への鎮圧の許可が素早く上に取れていないんだ』
『――だから……許可がない限り、こちらから向こうへの武力行使は今現在でき…ない。こればかりはしょうがない、僕達はあくまで学生だ……』
『――今、アウラムの家に僕の能力で伝えたんだけど、後手後手に回りすぎている……そうすぐには返事は来ないと思う。だから手が出せない以上ヴィルは生徒の避難を進めてくれ……すまない』
『――なぁにラーが謝ることじゃない、ようは襲ってくるやつを攻撃せずに逃げればいいんだろ?やってやるさ』
『――ありがとう、僕が全員に指示を出すからそれに従ってくれ』
『――了解』
避難所までの道をひた走る中、この不気味に鳴り続けている緊急放送に精神をやられたのか、まだ12歳の二人はかなりのパニックに陥っていた。
「お、おい先輩!侵入者ってなんだよ!?絶対安全の学園じゃないのかよ!」
「どうなるんですか私たち!こ、ころされるんですか!?」
「っ……」
どうしよう…どうしよう。こういう時なんて言ってあげたらいいんだろう。こういう時なんて言ってあげれば安心してくれるんだろう……?
―――くそっこのコミュ障!ばか!
今回、この強行に及んだ反社会勢力というのはその名の通り、この世界の在り方に不満を抱いた者たちがそれぞれの理念毎に組織を作り日々政府に対して攻撃を仕掛けている連中のことを指す。
反社会勢力と一括りには言うが派閥ごとに、全く違う組織といっていいほど過激さに差がある。
今回のはどこの派閥かは知らないが、国営の能力者学校に白昼堂々攻めこんでくるなんて正気の沙汰じゃない。当たり前だけど……狂ってる。
でも、その敵の思惑どうりかはわからないが実際に、今学園はパニックに陥っていて避難行動もまともに出来ているのかすら怪しいレベルだ。
そんな……不安要素ばかりのこの状況で僕が彼らに言ってあげれる言葉は―――
「―――大丈夫!君たちは僕が守る」
これしかないだろ!
ヴィルの言葉を聞いた二人は少しだけ落ち着きを取り戻し、まるで覚悟を決めるように息を吸って、
「信じますから助けてくださいね」
「入学早々こんなことに巻き込まれるとかついてないなぁ……俺」
「うん……存分に任せてくれ」
ヴィルは彼らと同じように覚悟を決め、約束した。
・・・
かなり昔のことにはなるが、この学園に反社会勢力が攻め込んできたことはある。その時の教訓はまだ生きていて、前回に痛い思いをした熟年の教員などが率先して動き、それに続くように若手教員が生徒たちの避難を促している。
『――ヴィル、相手はかなり統率が取れているようだ。班に分かれて学園内をとんでもない速さで占拠し始めている。その子たちを避難地下に送り届けたら、逃げ遅れた他の人を救出に向かってくれ、他のみんなもそれぞれの役目を果たそうと動いてくれている』
『――わかった!』
ヴィルの研ぎ澄まされた感覚器官たちにこの場の異常性が伝わってきた頃。聴力を敏感にして遠くの方を聞き取れば、建物が崩壊する音や少なくない生徒の叫び声が聞こえてくる。
焦っちゃいけないと分かっていても、この胸の鼓動は止まらない。 足が地面を蹴りだして走るほど、早く前に進もうとするほど、心臓からのサイレンが留まることなく呼応するようにどんどん早くなる。
「くそっ!」
煩い音に怒号を飛ばして心を保つ。
『――そっちの避難所じゃなくてもう一つ奥のほうに迂回して行ってくれ』
『――了解!』
まるで、ヴィルの目線でヴィルの立場にいるように、それでいて客観的な立場にもいるように素晴らしいタイミングで情報を届けてくれるラー。
耳をすませば、向かおうとしていた避難所が崩れ落ちる音が鳴り響いてきた。
これを、リアルタイムで生徒会全員と意思疎通を取りながら、さらには敵の行動を見ながらの指示なのだから驚きだ。
『――まずい、生徒会だけじゃ対処が追い付いていない……ヴィル、連れている二人を担いで運んでくれ。生徒の一人が相手に対して戦闘を開始しようとしている』
『――んな、バカな……』
ラーからの伝令で呆然となる意識だったが、すぐに立て直してすぐ行動だ。
「ちょっと捕まってくれよっ!」
「え……?―――」
「ちょっ……―――」
僕は現場に早く向かうため二人を担いで超高速で移動する。それは本来の人間では全体に不可能な荒業。効率化の能力者であるからこその強行。
壁と床と天井の区別がつかない程に世界を回して全てを蹴って、前に進んだ。
二人の悲鳴が担いだ肩側で聞こえるが無視無視。
荒っぽくてすまないね。
二人を安全な場所まで連れて言った僕はさっきのラーに言われたところまでまた全速力。
後ろからうげぇぇ!という嗚咽と「びちゃびちゃぁ」という液体音が聞こえた気がしたが聞こえなーい聞こえなーい。
・・・
「かかって来いよ!!悪党ども!」
まだ成人も迎えていない発達途上な男子生徒は自分を囲む大人三人に向かって挑発をする。
若さゆえの勇気と無謀をはき違えた行動。
否、だがしかし、彼にとってはこの戦いは無謀でも何でもない。何にでも応用できると自負する自身の能力への絶対的信頼。それは戦闘とて例外ではなく。
約束された勝利、最高峰のAランクを持つ者の強者の力。
それを合法的に振るうチャンスが来たのだ、挑まなくては強者が廃る。
「おいおーい最近の坊ちゃんはかっこいいねぇ」
「はいはい、じゃあ気を抜かずに〆ちゃいましょうか」
こちらを見下す大人に思わず鼻が鳴る。 いっそ哀れみすらある。全く……勇気と無謀をはき違えた蛮行。相手にならない。
そうやって相手の株は己の中でどんどん下がる。でも夢に見る無双。絶対的強者による蹂躙。
だから昂る好奇心、臨界を見据えた唸る闘争心。
心のままに全力を―――
「いくぜおらぁぁ!あ?」
―――前に姿が消える。
「どこに消えた、そういう能力か?」
「警戒あるのみだねぇ」
反社会組織の三人は辺りを警戒するが意味はない、何故なら彼らの目的の少年はというと……
「げぇぇ!!!」
僕の目の前で吐いている。
少年と3人が対峙する瞬間に僕は全速力で相手と少年の間をくぐりぬけ、気付くことすら不可能な速度で彼だけを連れ去っていたのだ。
「ぐぞっなにじやがんだ!じゃまずんなよ!」
目を回して、口からこぼれる汚物を気にする余裕などないのか垂れ流しにしながらも、こちらへの不満を反吐と共に辺り一帯にぶちまける少年。
「邪魔も何も避難命令出てたでしょなんで逃げなかったの」
「うるせぇ! そんなの俺の勝手だ―――ひっ……」
反抗するからそのまま連れて行こうと思ったんだけど……あれ、おとなしくなった。
なんで……って、あぁー、ね。……理解した。
少年はようやく回転する世界から戻ってきて見た。自分を闘いから引き離した男は生徒会で鬼と呼ばれる悪鬼であると。
そして即座に理解する。この羅刹の笑みを浮かべ自分を叱責する人間に逆らえば―――死が待つと。
「……あぁ、はぁ、もういいから、一人で避難所まで向かえる?場所分かる?近いところまでは運んだんだけど」
「は、はひっ、だだだだだいじょうぶ、で、す……」
攻めてきた敵と対峙する時よりも、守ってくれた仲間の顔を見た時の方がビビっているという少年にヴィルは少し傷つき「そんなに怖いのかな……」と落ち込んだが、避難所までそう遠くないところまでは彼を担いできていたのでもう最後まではいいかと自分に言い訳して、足早に次の目的地まで急ぐ。
それから何人もの生徒を救出することができたが、なんとも歯がゆい。
襲われている最中だったり捕まって連れ去られている生徒がいても反撃ができないからだ。
ただその子を攫って担いで全速力で逃げることしかできない。
そしてもう一つこちらを悩ますものがある。それは、多分、敵はこの学園の細部までを知っているということ。だから制圧の動きが尋常じゃなく早い。まだ10分も経っていないのにもう半分以上の校舎と4分の一の避難所が落とされた。
これは迅速な教員の動きと相手の行動を盤面的に俯瞰するラーがいなかったら詰んでいた。
「いたぞ!学園の生徒だ!逃がすな!」
しまった……うっかり走り回って疲れて休憩していたら見つかった。
―――まっ、でも僕には追い付けないんですけどねぇ。
<フラグ!設置!>
「―――え? えぇぇ!!」
「なんでついてこれるんだよ!!?」
ほとんどの人間がついてこれるはずのない僕のそれなりの早さにも敵の一人が食いついてきた。
どれだけのスピード出してると思ってるんだ!?
羽を付けたら空飛べるぞ!?
「逃がしませんよ?」
―――こ、怖っ!
こいつの顔、怖い!
初めて他人によって、顔が怖いというものを理解したヴィル。
逃げるわ逃げる。
しかしふと……感じた。
―――でももう、いいか……そろそろだ。と。
敢えて行き止まりへと進む。
そして停止。
敵も懲りずに追いついてくる。
「おやおや、ようやく観念してくれましたか、でもよかったです。君たちは大事な未来の仲間、傷付けたくはないんですよ」
「僕は捕まっても仲間になる気なんてさらさらないけどね」
「うーんそれは残念、しかしこちらには催眠系の能力者もいます、この意味が解りますね?」
なるほど、大人数で攻め込んで将来有望の生徒たちを捕まえて、催眠する気だったのか。
自分たちの駒を増やすために。
分かってはいたけど、ほんと…悪者だなぁ、いやクズの間違いか。
ヴィルは個人的な思い出が、封じ込めていた中から沸々と出てくるような感覚がして形容しようのない苛立ちと不快感をかぶりつく様に味わっていた。
ギトギトの油のように纏わりつく記憶が邪魔で邪魔で仕方がない。
「さぁわかったならこちらに来ておとなしくしてもらいましょうか。 贅沢を言うなら生徒たちが逃げた場所を教えていただけると手間が省けるのですが……」
「…」
「無視、ですか。悲しいですねー同じ身体強化系同士、仲良くできると思ったのですが」
「まぁ黙秘していることも脳に直接聞けばすぐに済む話なのですが」
男が一歩踏み出してくる。
一歩、また一歩近づいてくる。
まだ、動かない。
言葉はいらない。
まだ…まだ……。
――ヴィル!制圧の許可がおr
一瞬
刹那を超えた瞬間移動に等しき居合。流れ聞こえてくる世界の音はゆらりと穏やかに漂う湿った風とその風が揺らす木々の音だけ。
そのわずか後に。
<ゴトッ
鈍い音。
武器などなくても余裕。
手さえあれば十分。
ヴィルからすれば人間など脆い。なんとも脆い。
ヴィルが放った煌めきさえ生み出す手刀によって相手の首が地に落ちた。




