第1話 「世界が生んだプロローグ」
初投稿です。拙い文ですが、最後まで読んでいただければ幸いです。ご感想、ご指摘お待ちしております。
最初は設定ごつ盛りなので退屈かなと、頑張ってくだちぃ(土下座
『パキリパキリ』少し前で、何かが割れる音がする。
……こんな、こんな、はずじゃなかったんだ………
「バキバキ」少し向こうで、何かが折れる音がする。
……お前ら全員ぶっ殺してやる!
「キシキシ」もっと後ろで、何かが擦れる音がする。
……お前を、絶対に、許しはない……
「アッハッハッハ―――」ずっと隣で、誰かが嗤う声がする。
……夢は見られたかい?
遠くで何かが、潰れる音がした。
近くで誰かが、むせび泣く声がする。
でも、でも、どう動こうにも、何かをしようにも、
僕の手は動かない…動かないんだ……。
あぁ……声さえも出やしない。
あの時だ。あの時の選択だ。
後悔はしていない。ただ、でも……涙が出るだけだ。
やはり僕は……子供のままなんだ。
過去を見ている。下を向いて、そっぽを向いて。
あの夢の時間だけを見ている。
もう、僕にはどうすることもできない。
だから、だから…
あぁ誰か、誰でもいい、助けてくれ。
僕を、僕たちを…………
。。。
「―――っ!?」
ふんわりとした柔らかなベッドマットを、汗と涙でべとべとに濡らして眠りから覚醒する。
快晴の、雲一つない部屋の外とは裏腹に彼の心の内は大雨すら通り越して、もはや決壊して洪水を起こしたようにそれは見事に荒れていた。
目覚めの時間とは思えないほど早まる動悸に、荒い呼吸。
おおよそ、この状況を言い表す言葉を探ったならば“悪夢”が、一番いい形容の仕方だろうと思わせるものだった。
「…はぁ…はぁ…んくっ」
乾いたように上手く喉を通らないつばを飲み込み、髪をかき上げた。
自分の身なりにあまり頓着しない『彼』にとっては無用の長物でしかない、部屋に一枚しかない鏡を見れば陰惨とした、はっきり言ってとても酷い顔が映っていた。
鏡に映った意味不明の目元の涙をぬぐい、手のひらをじっと見つめながら記憶を確認する。
「…くそっ…」
彼は悪態をつく。この妙な不快感の原因を探っても思考が上手くまとまらないからだ。
今もなお、覚えのない不幸感だけが彼を襲い続ける。
「……テスト…大丈夫かな」
苛立った思考を無理やりにでも変えた。
今日の彼の予定は学園でのテストがある。歴史学のだ。
このすっきりとしない歯がゆい感情を感じたまま、学園のテストを受けることに抵抗感があるのだろう。
何より、不安げな声がその証拠だ。
頭を振り、必要のない感情を追い払うような動作を取ってみる。
まぁ彼の場合はその残念な顔面が遠心力で振られたことで、余計に残念なものに見える、ということしか起こらなかったわけだが。
彼はおもむろに立ち上がり、手短に身支度を整えていき最後に服を着替える。
学園に通う生徒の一般着、いわゆる制服に着替え、出る直前に見つけた寝癖を手で押さえる。
何も思い出せない不快な感覚がまだまだ残るが―――彼は家を出た。
。。。
学園までの道のりをありえない進路を通っていく人物が一人。
驚異的、いや人間にはありえない身体能力で建物の壁や突起を蹴って、まるで空でも飛んでいるのかと言うほどに、彼が地面と触れ合っている時間は短く、それでいて空中を飛んでいる時間はあまりにも長かった。
さらに、彼は手を制服のポケットに入れたままでその身の熟し。
子どもが水たまりを「ぽんっ」と飛ぶのとは訳が違うはずなのに、見た目から窺える感じからして、両者ににあまり違いは見受けられない。
常人を超えた動きで通学する人物、『彼』の名前は、
【ヴィルトス・ジェントジェミニス】
この学園の“生徒会”メンバーの一人であり、そしてこの学園一のきらわ―――
「―――おぉーい!! ヴィル~!」
不意に彼を呼ぶ声が。 「すたっ」と軽やかに地面に舞い戻る。
「ん? 誰だ―――っておいおい!?」
「やめっ!? と、止まれ!! ストップ!? 待て!? 待って!?
―――ぐはぁぁ!!!」
彼の制止も空しく『ぴゅーどかーん』とド派手に体当たりを食らわせられ、吹っ飛ぶヴィルトス―――ヴィル。
「おいこらっ! アシミー?!!!!!」
吹き飛ばされた体制から空中で軸を取り戻し、新体操の要領で着地に成功したヴィルは、頭の血管をプチプチと浮かび上がらせて、さらには怒りで体を震わせた。
「にゃはは~すまんね~ヴィル」
柔和な表情でまるで悪いとは思っていない口ぶりで謝る美少女。
彼女の名前は【アショナミー・スぺクラム】、ヴィルとは幼い頃からの仲であり、つまりは旧知の何たらというやつだ。
快活そうな雰囲気は本人の表面的な部分から溢れていて、その可愛いを極限まで突き詰めたような容姿と相成って、男子の男心をとことんくすぐる。
明るい性格と誰隔てなく接する優し気な心情は、まさに男子が望む女子の理想形と言えるだろう。
(はぁ、もういいや、アシミ―からまともなごめんさいは聞けないな)
僕は怒りの感情を呆れの方にヨーソロー。
「アシミ―、みんなは? 生徒会のみんな」
学園の校舎にそう遠くない所まで来ていたが、それはそうとして誰一人他の生徒会のメンバーが見えないことを疑問に思った。
「ん?……うーん? さてはヴィル今日生徒会の仕事が朝からあるって覚えてないな?」
アシミーは何か企み事のある子供のようにニヤニヤとしながら言った。
「な!?」
この僕が…アシミ―なんかに仕事の指摘を受けるだなんて…!?
忘れていた、あぁ忘れていたさ。
普段から生徒会の仕事なんて平気ですっぽかす寝坊魔のアシミ―が覚えているのに、いつも真面目にやっている僕が覚えていない? あぁふざけんなよと。
これもすべては、朝に感じた嫌な感じのせいだ。
なんという憂鬱。
「…忘れてた」
目線をそらしながら微かに聞こえた非を認めるヴィルの声。
「やっぱり、そうだと思った」
「ダメだよ~仕事はしなきゃ」
あれ、つい先日生徒会の仕事を三回分も僕に押し付けた人物が言うことなのかな?
ん? ん? ん?
……言ってやりたいが我慢する。
「…もういい、それでなんでアシミ―もここにいるんだ?」
「だっておかしいだろ、朝からだったじゃん臨時の仕事」
「あぁ…それはー」
一瞬たじろぐアシミ―。
両人差し指を合わせてツンツンしながら言った。
「ね、寝坊した……」
「え」
僕は止めていた足を動かし始める。この先の展開はもう読めた。
け、けど一応、確認を……
「ち、ちなみに“寮”を出た時の時間は…?」
「8時……に、25分」
「い、今は?」
「8時…32分」
「あと3分でテスト始まるじゃねぇぇかぁぁぁっ!!!!!???」
今さらながらにアシミ―が全力疾走していた意味を知る。
(ちくしょう! アシミーやっぱりお前は寝坊魔だ! きっちり寝坊してんじゃねぇよ!)
「あぁ! ちくしょう! だめだ! 普通の走りじゃ間に合わない!」
現在地点から自分のクラスの教室まで道のり、目測400m。
3分はややきつい。
「こうなったらしゃあない!」
やや、やけくそ気味になったヴィルは解放する。
己に秘められし神の力を。
『能力』を意識的に発動し、されど意識を落ち着かせる。
神が与え給うた能力には、集中と体力を使う。
それを疎かにしては碌なことが起きないのだ。
「ヴィル! ん! ん!」
走りだそうとするヴィルに両腕を突き出し、まるで抱っこをせがむ幼子のように、抱擁の姿勢を取るアシミ―。
そのアシミ―の思惑をヴィルはため息をつきながら瞬間的に理解した。
「はいはい、わかったよ、お嬢様」
美少女特有の良い香りというやつが鼻に香ってくるが無視をして、両腕を突き出してくるアシミ―をそのままの状態で抱きかかえる。
(俗にいうお姫様抱っこだ。
まぁでも恥ずかしさとかはないかな。
だってアシミ―とは幼馴染だし、親友だし。
小さい頃には豚の真似をさせられながら上に騎乗されたこともある。
もうこのくらい気にしない。おっといけね。ほんとに時間がまずいな)
多少の焦りを感じつつヴィルトスは助走もなしに空へと飛びあがった。
それは紛れもなく飛空に近い跳躍。
もちろん脚力だけでの飛翔など、並みの人間では数mが限度。
しかしこの男、優に数十は飛んでいる。
これが彼の能力。『神が与えし能力』―――たかだかその一端。
まるで大空を駆け上がるように天空を横切る様は、まさに美麗の姫を抱きかかえた鬼のようであった。
―――あぁぁ! 遅刻したくなぃ! くそ!
悪夢なんかもうこれっぽっちも見たくないね! 今日は厄日だ!
・・・
何とかテストに間に合ったヴィルトスは、ペンを取り学生の本分でもある勉学に励む。
さぁ歴史を語ろう。
~~~ウン百年前、今では【神来前期】と呼ばれる時代。
私たちが現在住む【ゼノンテルア】の祖先の話だ。
人類は石をもって動物を狩り食料とし、足をもって怪物の脅威から逃れてきたという。
そして幾許の時が経った後、次第に人類は効率を求め群れをなし、食料をとるのではなくつくることを始める。
やがては様々な文化を持った異なる集落を形成し最終的に”国”を作り上げていったのだった。
さらに、国を作り上げた人類は資源の確保に勤しんだ。
しかし気候やその他の環境的要因、怪物の生息域の変化などにより一つの国で生産できる資源に限界を感じた人類は争いを始め、他の国から奪い合うようになったという。
そしてついに時は来たる。
今から丁度【500年前】“神”が初めて降臨した。
神は言った。
【ゼノンテルア】の人々に聞こえぬものがおらぬほど大きく。
「あぁ、嘆かわしい、人間は何故そうも争うのだ」
沈黙が続く中とある勇敢な少年は、声高に言った。
「人間は弱く、惨めで愚かだからです」と
しばしの静寂の後、神はその大きな口を開いてこう言い放ったという。
「そうか、弱さゆえか……ならば我が力と叡智の一端を与えよう」
その崇高な言葉と大量の本を残し神は消え去ったそうだ。
翌日には現存している国すべてに、神が残していった神の叡智を綴った本が平等に与えられた。
そして、その件の本の内容が今もなお研究が続けられている神の学問“神学”である。
神が残したものがもう一つ。
今現在も、この大陸を治め、統制している“力”。
そう、異能力である。
この力は当時の【ゼノンテルア】の人々の生活を劇的に変えたのだった。
あるものは足が速くなり、あるものは怪力の持ち主となり、またあるものは火を噴けるようになったりなどして、多種多様な『能力』をもつ人間たちが生きる世界となったのである。
現在では能力は12歳以上になるとどこからともなく封筒が届けられ、それを読むと何かしらの能力が開花し、自由に扱えるようになる。
しかし神学もそうだがこの“能力”についても深くは解明されておらず、事実、12歳になった時に発現する能力の内容がどういった基準で決まるのかという疑念然り、能力の封筒の中身の手紙に書かれている【能力のランク】についてなど、まだまだ分からないことが多いのだ。
さて、異能力と神学により繁栄した人類だが平和はそう長くは続かなかった。
今から丁度【200年ほど前】にゼノンテルア全体を巻き込む大戦争が起こった。
定かではないが単なる小さな国同士の外交的小競り合いがきっかけだと、今の世には伝わっている。
今まで争いなんかには無縁だった平和思想の人々だが、お国の命令とあっては拒否する
こともできず、能力者による激戦となったという。
このころの神学は実戦で使える段階には進んでいなく、そして神の知恵を人の争いに使うなど許される行為ではないと、とある集団が訴えたために使用されることはなかった。
―――個人的に、能力の方はいいのかよとツッコみたいところだが。
熾烈を極めた大戦争だったが、実際はどの国も攻め切ることができず、人材、資源を失い続け、人々は心も体も摩耗し、正常な判断力さえ失っていた。
さらに、既存のものを量産するのみで、発展もなく……まさしく負の戦争だったという。
しかし、大戦争が始まってから【丁度100年】。
そう今から100年前、神は再び突然と降臨した。
その言葉は今にも記録が残っている。
『あのさぁ、理解って知ってる?学ぶって解りますか?
……そんなことばっかしてるともう僕怒ってここに来ないよ!?』
『いやぁ、ね!? 別に争うのがダメっていうわけじゃないんだけど~♪』
『んー、なんか地味なんだよ、てめぇら』
神は続けざまに言う。
『ほとんどはやりたくてやってるわけでもなさそうなんですけどね……』
『えぇー! それならよっしゃ! これでおけ~♪』
『ではまた』
人々は震えた。
神の異様な雰囲気にもだが、この絶望的な状況が何か変わるという喜びに。
そして人々は望み通り救われる。
100年続いた大戦争は終結したのだ。
各国の全ての重要人、つまり人を使う人間の原因不明の失踪によって ~~~~~~
・・・
名前を確認しペンを置くヴィル。
答案を見返し、間違いがないかを確かめる。そして全ての答えに自信が持てた時、ヴィルは小さな溜息を吐いた。
歴史というもの見る上で、能力という強大な力に溺れた人間にひどく悲しく落胆したからだ。
この答案が合っていると思うほど、なぜだか悲しくなるヴィルだった。
「―――テスト終了! 全員手を止めてペンを離しなさい」
テスト特有の緊張感がこの教室内を埋め尽くす中、テスト監督の教員が声を張り上げ制止を促す。
次々と、宙を漂う雲のように緩やかな動きで空を飛び回収されていく答案用紙。
飛んでいく答案に向けて、手を合わせ祈るヴィルトス。
―――どうか合っていますように!!
書き終わった後でどうこうしたところで、もちろん結果が変わるわけはないのだが、それでもその意味がないものだと分かっていても無意識的にやってしまうほど、この【テスト】というものはかなり重要なものだった。
まず前提として、ヴィルトスの在籍する学園【能力者育成及び保護観察学園】は国営の、つまりゼノンテルア政府…言い換えてゼノンテルア貴族直下の国立学園だ。
もちろん国営とあって設備、人材、どれもが高水準最先端なものばかりで、一般の学校に通う学生なら誰もが自分が学園に在籍することを羨望するレベル。
しかし、この学園の“入学条件”は不平等ともいえる。
それは、
―――『神から与えられし能力のランクがB以上であるということ】―――
ランク? B? 掻い摘まんで説明しよう。
ランクとはおそらく神から与えられた能力が、いったいどれだけの範囲に影響を与えるのかという“目安”だ。
言葉の通り、もし【手から火を出せる】能力者がいたとして、ランクが高ければ高い程大きな火を出せるし。
逆に小さなものは、どれだけ能力の発動に必要な体力と集中を注ぎ込んでも、出せる火の大きさは、せいぜい人の顔の大きさ程度が限界とされる。
能力のランク、つまり段階というのは F~A まで存在し、Aが最高ランクである。
ただ……もう一つだけ例外があるのだがそれは置いておこう。
能力者っていうのは不思議なもんで、全国民は12歳の誕生日を迎えると、どこからともなく一冊の封筒が届けられる。
その封筒には送られてきた側の【能力】と【ランク】それと神からの祝福の言葉が書かれている。
急に貰った能力の御し方も制す力も無いのに暴走させてしまった能力が独り歩きし、町一帯を能力者の本人含めて吹き飛ばした事例は大昔にある。
だからこそ、能力を安全に使えるようになるためにも、12歳になった高ランク―――とりわけB以上の全国民を基準として、その対象者たちが能力の扱いを学びつつ人間としての基礎学力、人間性を学ぶ場所が【学園】というものとして創られたわけだ。
よく見てみればこの学園のいたるところの壁は、どんな能力にでも耐えうる、これまた能力で作った特殊金属で作られていたりもする。
こういうところが強大すぎるが故に制御が難しい高ランク能力者のための配慮というわけだ。
さて、12歳になり能力を貰って学園に入ってくる子たちは全国規模となるとまぁ多い。
そこで問題が発生する。
一般的学び舎であれば“学年”というものを設定し、決められた1年の間に生まれた子達を同一学年とすればいいわけだ。
でも、この学園はそうはいかない。
なぜなら、能力というのは誕生日に授かるものだから、もちろん人によって取得時期がバラバラであるため、決められた一年の中でBランク以上の子どもを集めても一年の初めに入学した子もいれば最後の方に入学した子もいる。
そうなっては学力や勉強の進行度に多大な差が生じてしまうのだ。
だから諸々の問題を解決するためにあるシステムが導入された。
入学時期をバラバラにして学年すら無くす、能力を授かり入学してきた子は例外なく全て“十組”に入れる。
そして『シーズン』ごとに行われる【テスト】によって全生徒を順位化し、その順位の上から規定数を取っていき“クラス分け”を行う。
さらに、授業はコマ選択制にし個人が自由にどの授業を受けるかを選択できるようにする。
つまりは入って来た時は問答無用で十組、努力すればクラスがあがっていくよ。
というわけ。
そしてこれを踏まえて最初に戻ろう。
ヴィルは―――ヴィルトスはこのテストに全力を尽くしている。
朝昼晩の予習は完璧。テスト問題への対策もばっちりだ。
しかし…もしも…これを落とせば……
―――クラス順位が落ちる!!!???
この学園に入学してからもう五年、齢17のヴィルトス。
自分よりもいくつも年下のクラスに落ちることは何としても避けたい。
未発達の変声期到来ギリギリの年代とクラスを同じにするのはどうしても我慢ならない。
ゆえに、手を合わせてまでもこのテストの出来を祈るのだ。
この学園のテストは全クラス統一。10組~1組まで全て同じだ。
これはあくまでも公平と競争を求める学校の方針。
もちろん、頭脳強化系の能力者もいる現状、向き不向きはあった。
それに12歳頃の子どもたちは全学年対象のこのテストを理解するのはなかなかに難しい。
よって10組そこらには低年齢、5組で15、6歳が、卒業年齢である18歳で1、2組といった風にクラスが自然と別れていく。
最初は点が全然取れないけれど、年齢を重ね受けた授業の回数が多くなっていくと自然にクラスが上がっていくというシステム。
もちろん飛び級ならぬ飛びクラスも十分あり得る話。
もしヴィルの年齢で十組に落ちようものなら……。
(怖いなぁ、落ちたくないなあ、クラス保持したい……)
「―――ヴィルトス君」
突然として掛けられた声。
それは手から煙が出るほど手を擦り合わせるようにしていたヴィルにとっては、まさに藪から棒の出来事だった。
「ぶわっ、あ、え、あぁ、な、なんでしゅ……?」
キョドりつつ応答するヴィル。
「あ、いや、全然そんな畏まらないで!」
「ただ、テストどうだったかな~って聞きたくて来たんだけど……」
「…もしかしてお邪魔だった?」
何かヴィルに対して不都合なことでもしてしまったのではと、いらぬ心配をしてくれるこの優しき女性はヴィルとクラスを同じくする【リポレム】さんだ。
知的なメガネは彼女の愛嬌のある顔により個性をあたえるが、決して硬派なイメージを持たせることはなく、言葉の節々にまるで、ニコッ、なんてつきそうな話し方は、不快感などを与えず。
むしろ、こちらがニヤついた表情をしてしまい、彼女を不快にさせてしまうのではないかと思えるほど。
そんな人物。
(僕がこの学校で一番かわいいと思う人物でも―――いや…5番だ。やっぱり5番目に…可愛い)
返答のないヴィルに「どうしたの?」とまた心配そうにしてくれる優しいリポレム。
そんな彼女に慌てるのはヴィルだ。
「あ、ぁ! いやごめん! 考え事をしていたんだ!」
「邪魔じゃない! 全然!」
「えっと、テストの出来だよね!?」
まさにてんやわんやの手話といった具合で、手を横にぶるぶると振るヴィルトス。
その慌てようは美少女と対面する童貞。……まぁ実際童貞なんだけど。
「うんうん! どうだったかなって、自信、ある?」
楽しそうに聞いてくるリポレムを前に、ヴィルトスは考えた。
己が女生徒と会話する機会がそうあったかと。いいや否。
これは極めてレアケース。この機会を逃してはならぬ、と。
(ここで会話が出来るいい男になるんだ!!!)
「……えー、あぁーうぅー…いい感じ?…かな」
「へぇーそうなんだー! いつも通り難しかったのにやっぱりすごいね!」
「あ、あははー」
「…んー」
「あー…」
「「………」」
まさかの一往復のみ。会話が終わった。
―――ちくしょう! このコミュ障の化け物め!
ヴィルトスは自身の不甲斐なさを呪った。
どうしてこんな時にも自分は気の利いた一言も出てこないのだろうと。
せっかく、こんな僕に女子で唯一話しかけてくれる存在が、わざわざ来てくれたのに会話をブン切ってしまった。
ヴィルトスが自身を責めている間にも、リポレムはどうにかして会話を続けようと、会話を持ち出そうと頑張っていた。
「あ! 今回の、生徒会のみんなの出来はどうなんだろう…?」
一瞬の間に頑張ったリポレムが話題を出す。
「あぁー…みんな、か…どうなんだろう」
「分かんないけど、多分いつも通りだと…思う」
こやつに会話をする気はあるのか。と言われんばかりの弱々しく的を得ない返答だった。
だがリポレムは普通に会話上手。捕まえたチャンスは逃さない。
「へぇーじゃあやっぱりみんなでまた『1位から9位』を取るの?」
ヴィルは能力を使い『高速』で『熟考』する。
(あぁぁぁぁ~~~~どう答えたらいいんだ。
そうだよ、っていうのもなんだか調子乗ってるみたいだし。
いやぁ全然、とかいうのもやっぱり失礼な気もする。
だって実際僕はまた9位の座を取る気満々なのだから。
その点について妥協はない。
よし、この変な謙遜はいらないはずだ。正直にありのままを言うんだ。
「そ、そうだよー」
「ひ【筆記】は上手くいったと思うから後は【実技】の結果次第なところはあるけどね」
「あは、あははー…」
まさに清廉潔白といったオーラが体から発せられている美少女に、まともに目を合わせられないヴィルは、会話の常識など背負い投げ~~~~!!!!
いかにしてリポレムと目を合わせないかということに全力を注ぎながら口から言葉を絞り出した。
ヴィルトスには面と向かって女性と会話する胆力はこれっぽっちもない。
「うーん、やっぱりすごい!」
「本当にヴィルトス君たち生徒会のみんなって優秀というか、秀才というか、私みたいな凡人とは全く違う世界の人たちみたいだよ」
そう言われたヴィルトスは苦笑しながら頭をかく。―――が。
前に突き出して否定した時の状態で停止させていた方の手を、突然掴まれて、リポレムの手で包まれ、さらには避けていた視線も向こうから合わせてきて褒められた。
気恥ずかしさだけが沸々と湧いて出る。
「そうか~ヴィルトス君は『筆記』の方が得意なんだねー」
実技―――学園のテストは2種類あり、筆記テストと実技テスト。
筆記テストとは先述した通り校内全員共通の学力テストの事。
そして実技というのが、個人個人が持ち合わせている「能力」を使って何かするのだ。
まぁ何かっていうのはかなり漠然とした言い方だから例えを出すと、【火を手から出すことができる能力】を持った人物がいたとしよう。
その人物はその能力を使って何か芸術作品を生み出すでもいいし、あっと驚くパフォーマンスでだっていい。
そうやって何でもいいから自身の能力を適切に御し制し、審査員に上手くアピールできたなら、まぁ高得点はもらえるだろう。
それが実技テスト。
この2つの合計点が総得点となり、先ほどのクラスシステムに則り上から順のクラス分けがなされる。
そして、つまり、だ。
リポレムの言う学年9位とは、総合得点から見て学園での点数が上から9番目を、目指しているということだ。
もう一つ。彼の紹介が不十分だった。あまりにも彼は朝から慌てていたからね。
【ヴィルトス・ジェントジェミニス】―――学園という国営の能力者育成機関において絶大な権力と発言力を持った、あくまでも『生徒』による自治組織【生徒会】のメンバー。
学年順位は、生徒会の中では末席でありつつも弱冠17歳にして、一桁代の9位に名を連ね、「彼の優秀さ」と「性格の良さ」は結果としても、生徒会の評価からしても悪くない、むしろ素晴らしいとさえ言える。
しかし“生徒”からの彼への評価はめっぽう悪い。
その原因、根本的理由、所以は彼の人相によるもの。
普段の生活の中で感情の起伏が平凡である彼は、もちろん平時いつも無表情ないし素面というやつだ。だがそれですら怖い。
なにが怖いって怖いものは怖い、といった感じで怖いという概念しか感じなくなってしまうほどには十分怖い。
人が訳の分からない節足、多足動物に忌避感を感じるの然り、死の恐怖感から自身より大きなものを怖がるのも然り。
言葉ではあんまりうまく表せないけどなんか嫌だし怖い。
その存在の百点満点の回答がヴィルトスである。
ゆえに、彼が心優しきリポレムに話しかけられているこの状況は彼にとって幸福であるし、傍から見れば「先生呼んでこようかな…」に近しい状況とも言える。
さて解説はいったん中断だ。
彼のことをもっと理解したうえで続きのシーンを見て彼の滑稽さを笑おうではないか。
「そ、そうなんだよ!」
「実技は能力の関係であんまり得意じゃないけど、勉強の方はだ、大丈夫」
※↑見た目は超怖いです。
「えぇーそれなら今度のクラス編成の時にも一緒になれたら次のテストに備えて勉強教えて欲しいな」
「9位の人に教えてもらったら頭よくなるかも!」
「ぁ!…う、うん、おしおしししえるっ…!?」
※↑キョドってますが強面です。
「え、ダメかな…?」
「あ…だだだだダメじゃないんだけど…! き、緊張しちゃうし」
※↑もしかしたらショタのようなボイスで再生されている方がいるかもしれませんが、目覚めてください顔面凶器の体現です。
「そ、それに! リポレムさんだって僕の1つだけしか順位変わらないじゃないか」
まぁそれもそうだ。
当然の原理として、学年順位が9位であるヴィルトスはもちろん1組の人間であり、それと同時にクラスメイトでもあるリポレムも同じ1組であるというのは当たり前だ。
そして、真面目な彼女は順位も高くその差はヴィルトスの言う通り、順位にして一つ、点差にして誤差のレベルだ。
教えを乞うにはやや人選が違うように感じるほどの差しかない。
「いやそうだけど……そうじゃないんだよ!」
ヴィルの言葉を皮切りにたかが外れたように、少しだけ語勢が強まるリポレム。
「え、えぇー…」と若干の引きを隠せないヴィル。
「私、今年で19歳! ヴィルトス君は!?」
「じゅ、18歳です…」
「つまり?!」
「卒業年じゃないです…」
卒業年とは、この学園のクラスシステムのゴール地点、つまりは学園卒業の要となる重要なワードだ。
学園は入学時期もバラバラなように卒業時期も個人によってバラバラなのである。
卒業資格は説明すると簡単だ。ただ年齢が19歳になった時に1組か2組か3組、俗に上位クラスと呼ばれるクラスの名簿に名があるだけでいい。
しかし、リポレムが言うようにヴィルトスたちは上位クラスに在籍してこそいるが、卒業年は来年であり、簡単な話、このクラスに居ても意味がない。
それに卒業年ではないヴィル達たち生徒会はほぼ全員17歳で、ということは卒業年の人間とは生きてきた日数に約1年の差が有るわけだ。
このようなことを背景にリポレムは、何かに何かを燃やしていた。
「私は! 去年まで4組だったの!」
「つまりヴィルトス君たちとは今は同じ組でも状況が全然違うの!」
これも卒業生の意地なのだろうか、それとも一年前の自分も決してサボっていたわけでは無いのに、至れなかった場所にヴィル達がいることへの悔しさか。
どちらにせよメラメラと燃える意地が見えた気がしてちょっとちびりそうなヴィルだった。
「……まぁでも、ヴィルトス君たちはみんなが言うように特別だから、しょうがないか…」
「ッ……」
―――その言葉は、ズキリッとヴィルトスの心を串刺しにした。
―――その言葉は、リポレムと会話ができている状況に幸福を感じていたヴィルトスを一気に覚めさせ、冷めさせるのに十分過ぎたものだった。
―――その言葉は、ヴィルを……黙らせた。
心の抑揚が一瞬で凪のように沈められたヴィルは、顔色一つ変えずに机の上の筆記用具を淡々と片付け始める。
「そう……かもしれないね」なんてその場しのぎの言葉は口で発していても、その音声は寸分の狂いもなく、先ほどまでのヴィルと同じ声音であっても、彼の心境は無でしかなかった。
机の上の私物がすべてカバンの中にしまえた時ヴィルトスは、
「……ごめん、リポレムさん」
「僕もう行かなくちゃいけないんだ」
「そろそろ失礼するよ」
そう無理やりに言い残し、机を離れ、教室から足早に去ろうとする。
その背中をリポレムは手で追いかけたが、すぐに反対の手で止めた。
リポレムは薄々と感じていた。彼の一瞬のうちの心の変化を。
会話を続けようとする意志を優先させ彼をこの手で止めてはダメだ。
今は彼を引き留めてはいけない。そう感じたのだ。
その何かを感じる能力がリポレムの清廉潔白なな優しさの真髄なのだろうけれど。
だとしても。
―――ヴィルトスに『特別』という言葉は決して軽い言葉ではなかった。