第零話 「さぁここが中間。」
「生き延びたければ……」
「生き延びたければ、殺せ」
「さぁ―――早くっ!」
……もう、誰に投げられた言葉かも覚えてはいないけど、
この言葉だけは『僕』の耳にハッキリと残って―――いやこびり付いてしまっている。
海水に溺れた子供のように、藻掻けば藻掻くほど、
足搔けば足搔くほど、暗闇の中に、息の詰まる場所へと沈んでいく世界。
混沌と言うにはどこか鮮明で、どこか美しく、
優美というにはあまりにも世辞が過ぎるこの世。
それを嫌った僕は、泳ぎ方を覚え、ついには他人の乗り越え方さえも経験した。
―――あ、そうだ。最初に言っておくとこの話に意味なんかはないぜ?
ただの独白。うーん、正確には独白でもないのか、これは彼の物だからな。
いやはや、こちらの問題。全く以て気にしなくって結構。
でも、もしも聞いてくれるってならそうだな……。
いや、ふふっ、なんだか恥ずかしくなってきたからこの先は言わないでおくよ。
この話はまた今度にしよう。
さてと……どこから話そうか。
せっかく来てくれたんだ。お茶でも淹れてお話くらいはしようじゃないか。
ちなみになんだが、君は好きな物語はあるかい?
……うーん、そうかそうか。
君は冒険ものが好きなのか。うんうん見ていて楽しいよね。
恋愛もの……そうだね、心がドキドキしちゃうような物語も捨てがたい。
分かるかい?
この世にはありとあらゆる物語と記録と……。
そして誰かのかけがえのない記憶があるんだ。
さらにその数だけ感情という付加価値が存在する。
それを見るのが退屈なはずがないさ。
……ん? なんだかいまいち的を得ていないっ言葉だって? ふふっそうだね。
少しキザったらしく、し過ぎたかもしれないね。
さて、それじゃあいったい君にはどんな噺を話そうか―――あれ?
んーなんだか、うるさくなってきたね。
え? 何も聞こえやしない?
……まぁいいとしよう。うるさいってのは外の世界のこと。
ここじゃあない。君の外?
いいや、違う違う。僕の外のこと。
―――ほら見て。
そこかしこでビュンビュン飛び回ったり、原理もよく解らない現象が起きたり、そんな隠し芸のオンパレードみたいな景色のことさ。
みんな、みんな、楽しそうに笑ってるんだ。実際、楽しんでくれているのかもしれない。
ここは生まれて間もない世界だけれど、人はとても活き活きとしていて、どんな世界と比べたって遜色のない、とっても素晴らしい世界なんだ。
でも……ここは、そう楽観視もしていられない物になってしまった。
世界を変える力、僕が分け与えた力が、今この世界全体を嫌いな方へと流してしまう。
僕の嫌う方向。……こんなことのために与えたわけじゃないんだけどね。
力は彼らを変えてしまった。
いや、逃げるのは止そう、僕が変えてしまったんだ。
荒れ地を耕し、荒野を駆け抜け、人を助け、敵を退け、王になるための力は、みんなみんないつしかその在り様を変え、混ざり混ざってまるで黒になり、混沌とした物に併合されるかの如く変異を遂げてしまった。
……ん? ずいぶん不思議そうな顔をしているね。
なんと、君の世界では、人が羽ばたいたり、人間を超えた力を魅せているこの景色は異常か!?
そうか……たいそう暇な神がいるもんだ……。
―――いや!! そうかそうか、ならいいか、よく聞いていくんだ!?
君に話す物語が決まった!
大事なことだから何回も言うぞ?……いや、言わないな。
やっぱり自分で見直してくれ。
それじゃ!気を取り直して!
この物語の始まりの地は、全ての人間が平等に、そして不平等に神の権能“異能力”が与えられし世界。またの名を【神の国】
可愛いカワイイ僕の子ども達、人間が仲良く暮らしていたはずの地だ。
しかぁし! さぁここで困った困った。
何が困った? えぇえぇ、そうですそうです。
人間が一度大きな力を持てば、いつか、だれか、どこか、で扱いを間違えるというもの。
さぁそれではどうする? 野放しにしておくか?
……いや、そうだそうだ。
誰かがケツを拭いてやらないといけないな!
およよ! なんと! そんなこんなで見えましたら。
あそこにはなんともキラキラと光る輝きが。さぁここが目的地。
これが君に見せたい物語だ。
さぁ見ましょ。さぁ見ましょ。人の世界を見てみましょ。
光り、輝き、煌めく、人の物語を見に行きましょ。
青く、白く、透き通るほど心地の良い彼らの物語を見に行きましょ。
そこにあるのは確かな彼らの夢の物語、あったはずの出来事は、もう遠い昔の事のように風化して錆びてしまった虹色の思い出。
楽しさも切なさも喜びも悲しみも全てを味わい尽くした違う事のなき彼らの悠久の宝物。
慟哭と屈辱と悔恨に塗れてしまったこの時より“前”の物語。―――言わば“前日譚”。
もう一度言おう、これは彼らの『夢の物語』である。
決して美しいだけの飾られたものではなかったし、酸いも甘いも嚙み分けた彩に溢れた虹色の世界の話なのだ。
挨拶が遅れた。第一部『夢の物語』語り継ぐは、私。
紡ぐのは……?
……違う違う君じゃない。
……そうそう。彼らだな。
―――さぁ、それでは、それでは………お寝坊さんはどなたかな?
よろしくお願いします。