俺は冴えない大学教員五十歳。妻なし子なし彼女なし。人生に失敗しちまったぜ。ある日、不運にもトラックに跳ねられる。目覚めた先は平安時代風の異世界で俺は関白だった。関白となった俺の大逆転人生が始まる!
この物語は異世界のお話です。史実とは無関係です。
俺は齢五十歳の国文学研究者。今回も教授になれなかった。研究室のジジイが死んで、教授のポストが開いて、ついに俺の時代が来たと思った。しかし、俺よりも年下で馬鹿で間抜けなガキが教授になった。なぜだ? 俺は万葉集も古今和歌集も白氏文集も古事記も日本書紀も般若真経も聖書もコーランも全て暗記したというのに、なぜ、俺は教授になれないのだ。結局、全ては媚びだというのか。みんな、教授の推薦で教授になっていく。だが、それは違う。真の教授たるものは媚びでなるものではない。実力でなるものだ。だから俺は絶対に媚びはうらない。俺は孤高かつ聖なる研究者、国文学賢人、国文学なのだ。
ふ、馬鹿馬鹿しい。本当は就職に失敗し、気づけば推薦で院生になり、そのままずるずる博士課程を受けていただけじゃないか。こんなの、ニートとなにもかわらない。学費ばかりがとんでいくのだから、ニートよりもたちが悪い。長年、大学講師を続けているが、こんなんじゃあ、食っていけない。ふ。俺が大学時代に馬鹿にした適当な会社に就職し、社蓄となった奴らは今頃、結婚し、子供もいるのだろう。お笑い草だ。あいつらは社蓄になり、金を得る、だが、それは夢を捨てるという多大なる代償のもとに為された。奴らは馬鹿だと散々に軽蔑したが、馬鹿なのはどうやら俺の方だったな。俺の夢はもう、かわいい女の子と××××することだけだ。こんな下らない文学をやることが俺の夢だったのか。その夢はもう、下らないことだと知ってしまった。俺は未だに童貞だ。五十で童貞だ。ああ、××××したい。ああ、××××したい。体が疼く。ああ、畜生。俺の人生ってなんだったんだろうなあ。死にたい。
雨が降ってやがる。梅雨だ。昨日も今日も雨。これで晴れてりゃ、気分も爽快だったろうに。
ア、ぬかるみに足を滑らせちゃった。道路の真ん中にダイブ! これで俺も死んじまう。辞世の句を詠むか。
「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」
トラックのヘッドライトが俺を照らす。明るく陽気な死者の世界へとご招待ってことだ。俺は地獄かな。ああ、死ぬ前に××××したかったなあ。鬼ってかわいいのかなあ。でもきっと男だろうなあ。男でもいいやあ、××そう。
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」
おろ? 声が聞こえるぞお。俺、生きてた! いえい! 俺は瞼をあげる。
「……」
ちょっちまてよ。ここ、どこだよ。俺の知ってる日本じゃねえ。かと言って外国では決してない。余りにも日本過ぎる。烏帽子付けてる男がいるぞ。しかも、狩衣姿だ。おいおい、ここは映画村か?
「左大臣殿? お怪我はありませんか」
雨が降っている。ざあざあ音を立てている。流石、梅雨だな。
「おい、このクソ御者めが。左大臣殿がお隠れになったらどうしてくれよう!」
「ひい! 申し訳ありませぬ!」
なんか、怒ってるな。左大臣って俺のことか?
「ちょっと、そこのあんた、俺、一体どうなったの? ここ、どこ?」
「ああ、左大臣殿、頭を打った衝撃で気でも違ったのですか。ここは京の都でございますよ。左大臣殿は歌合せのために参内する途中、このくそ御者が牛の制御を誤ってぬかるみに突っ込ませてしまったのです。すると、牛が箱ごとすってんころりん。箱の中に入っていらっしゃった左大臣殿もすってんころりんとこういうわけでございます」
ああ、ここは京の都で俺は左大臣。俺はトラックに引かれて頭がおかしくなってしまったんだろうか。ならば、まあいい。俺はこの幻覚の世界で楽しんでやる。しかも、俺は左大臣ときた。素晴らしい権力者だ。この国は俺の思うがままだ。もし、ここが平安時代だとするならば、万葉集、古今和歌集、梁塵秘抄、古事記、日本書紀、白氏文集、長恨歌……その全てを暗記しているこの俺はこの世界では菅原道真並みの崇拝を受けることができるだろう。はっはっはっは。やっと、この俺の血のにじむ努力の日々が報われる! そして、今から歌合せだと。面白いじゃないか。どうやら、隣の男の話を聞いていると、この世界は史実の平安時代とはちょっと違うらしい。どうやら、柿本人麻呂も山上憶良も在原業平も小野小町も菅原道真も紫式部も清少納言も杜甫も李白も王維も白居易もいないらしい。と、言うことは俺が古今和歌集の歌を丸ごとパクっても全てオリジナルということになるのだ。うわ、最強かよ。これ、どこのラノベ? へっへー。うひゃひゃひゃひゃひゃ。しかも、俺は摂関家だ。摂関家の子孫を残したいところは無数にあるだろう。つまり、俺は女も選び放題というわけだ。××放題というわけだ。ハーレムだ。齢五十にしてやっと童貞卒業だぜ!
「最近は梅雨の時期じゃのお。どうじゃ、今日の歌合せは梅雨を題にしてして歌を詠まんか」
帝がそう言った。
「つゆだったそとをみればあめぽたぽたかえるがはしゃいでぴょんぴょこぴょん」
なんだ、このしょぼい和歌はあり得ない。おつむはガキか?
「あまつぶがほろほろおちるよきれいだなぎんにかがやくそのひとみのよう」
低レベル過ぎて草も生えない。和歌とは思ったことをただ五七五のリズムに合わせて詠めばいいというものではないのだよ。和歌とは命だ。情熱だ。この胸の燃えたぎる想いをことのはに込め、息に乗せるのだ。ことのはは言霊だ。言霊とはすなわち神だ。素晴らしい歌は神が喜ぶ。そして、様々な恩恵を下すのだ。これが和歌だ。こいつらは和歌についてなにもわかっちゃいねえ。わかだけにな。俺が本当の和歌とは何か教えてやろう。
「ひさかたの雨は降りしけ思ふ子がやどに今夜は明かして行かむ」
これは大伴家持の詠んだ歌だぜ。とっても風情があるぜ。
「……」
凄すぎて、皆、誰も声を上げない。ああ、俺が長年、待ち望んでいたのはこれだったのだ。
「陛下! 陛下!」
突然、帝が倒れた。どうしたのだ!
「あ、ああ、何も聞こえぬ。耳が……耳が……」
おいおい、なんか、やばくなってきたな。
「ああ、道満の詠んだ和歌が素晴らしすぎて、余の耳が道満の和歌の音以外を受け付けなくなった!」
俺の名は道満というらしい。
「なんと、素晴らしい和歌だ。陛下の耳を潰してしまうほどの素晴らしい和歌など、今まで聞いたことがない。これはまさか、歌聖と呼ばれる山下万等の再来ではないのか」
「そういえば、山下万等にもこのような逸話があった。山下万等の詠む和歌は素晴らしすぎて遠く、唐土にもとどろいたそうだ」
「ああ、余の耳は聞こえなくなったが、余は満足じゃ。ああ、余の頭の中では今も道満の歌が響いているぞ」
やばい、なんだ、ここ。さいこーじゃないか。このまま現実世界にいたらこんなにも褒められることはなかった。生きていてよかった。
「よし、これから、道満には歌神の称号を与えよう。どうじゃ、そして、吉野に社を建てようではないか!」
「道満神社万歳! 道満神社万歳! 道満神社万歳! 道満神社万歳!」
やばい、俺、神になっちまったよ。
こうして、歌合せは終わった。夜になった。夜と言ったらお楽しみの時間ではないか。××いじゃー。へへへへへへ。
よおし。どうやら、都一番の美女は大納言の娘、勘子らしい。俺は大納言の邸の門の前に立った。そして、ロマンチックに恋の歌でも歌ってやろう。
「思へどもなほぞあやしき逢ふことのなかりし昔いかでへつらむ」
これは村上天皇の歌。しばらくして返歌があった。
「×××××わたしをだいていますぐにわたしの××は××××××よ」
ひっでーうただ。耳が汚れる。この女はちょっと馬鹿っぽいな。というより、この世界の奴ら皆、馬鹿っぽいな。……て、なんか、裸の女が立っているのだが。
「×××……。もう、待ちきれない。あなたの歌ってとっても×××な・ん・だ・か・ら・あ~ん」
こうして、俺は都一の美女と呼ばれる。女を×××。素晴らしい×××××だった。
さて、貴族の朝は早い。朝五時にはもう、政務が始まっているのである。俺は今年度の税収を確認した。
なんだ、この税収はあり得ない。たったこんだけの収入で国を維持できると思っているのか。どうやら、もう、とっくに律令制は崩壊しているようだ。班田収授が行われたのは五十年前……。このままでは破綻する。どうやら、もう、租庸調ではほとんど収入を得ていないようだ。荘園から収入を得ているようだな。では、非輸租田について調べてみるか……。あり得ない。こっちが把握している非輸租田はこれだけのはずだ。なのに、余りにも税収が少ない。ということは……。ただの農民がここは何某という貴族の荘園だから非輸租田と偽って検田使の立ち入りを拒否しているのだ。戸籍の方はほとんどが女ばかり、浮浪と逃亡ばかりでつかえたもんじゃない。この国はもう、国家として破綻している。立て直しだ。
「荘園整理を行うぞ! 違法な荘園は全て没収。直轄領とする」
「し、しかし、左大臣殿。あれらの土地を没収してしまいますと寺社や武士どもの反感を買ってしまいます。すると戦になってしまいます。寺社は僧兵を蓄えておりますし、武士どもは日々、土地争いに明け暮れ、とてもではありませんが、我々が叶う相手ではありません」
「ええい、やるのだ。このままでは国が亡びる。お前が言った武士に国を滅ぼされるのかもしれんのだぞ」
「そ、そんなことはありませんよ。武士どもは我々、都人に羨望の眼差しを向けておりまする。今は彼奴等を無下に刺激するよりも手名付けておいた方が得策でございます」
「ええい、やれといったらやるのだ。のお、大納言、儂にそんな反抗してよいのかな? そなたの娘は余の子をはらんでいるのではなかったか?」
「う……。や、やります」
こうして、荘園整理が始まった。史実では日本は武士によって支配されるが、そうはさせない。この国は永遠に貴族が繁栄し、天皇が支配するのだ。天皇陛下万歳!
しかし、荘園整理は失敗した。多くの官僚が地方の豪族と癒着し、全くはかどらなかった。全ては無駄だったのだ。
そして、さらなる追い打ち。なんか、関東で反乱が起きた。
「左大臣殿! 東国で平将門が挙兵し、武蔵の国の国衙を焼き討ちしました」
「はあああああああ! 大事だ。このまま放っておくと朝廷の威信に関わる。即刻、鎮圧せよ」
「軍を派遣いたしましょうか」
「東国武者だろう。彼奴等は日々、同族で殺し合いをするような輩だ。所詮、都でまろまろしている我々に勝ち目はない。東国に平貞盛という奴がいるだろう。そいつは将門の従弟で強い。そいつに将門の首を討ち取らせろ。あと、藤原秀郷とかいう奴もいるだろ。そいつにも何とかしてもらえ」
使者を送った。なんで異世界なのに平将門がいるんですかねえ。
「左大臣殿! 平貞盛は平将門との戦闘によって既に死んでいました。藤原秀郷はなんか、将門の家臣になってます」
ちょいちょいちょいちょい。なんでこうなってんの?
「将門が調子乗って新皇って言ってます。どうします」
「ええい、鎮圧しろ。兵を送れ」
「全滅しました。将門はただ今、尾張の辺りを進軍中です」
「え、都が制圧されるじゃん」
「あ、あと、藤原純友とか言うやつが瀬戸内海で海賊と一緒に反乱起こしてます」
「源経基を征討大将軍にする」
「負けました。なんか、四国と中国と九州を占領されました」
「何それ?」
「あ、将門が明日にも都に到着しそうです。逃げましょう」
ああ、俺は帝を連れて都を脱出した。ばれないようにみすぼらしい庶民に扮し、夜、山中をさまよった。こんなはずではなかった。俺のうっきうき貴族生活は脆くも崩れ去ったのだ。
目の前にお寺があった。見たこともないお寺だった。
「あ、あの。私たちはわけあって逃げてきた者です。かくまってくださいませんか」
「ほう、大体、察しが付く。最近は世も乱れておるからなあ。領主の元から逃亡するものも多いのだよ。安心なさい。かくまってあげるから。ほら、ご飯の用意をしてあげるから一杯、お食べ」
ああ、世のなかには優しい人もいるものだ。
しかし、それは最初だけだった。俺と帝はだだっ広い畑に案内され、そこで耕すよう、命じられた。
「さあ、さっさとはたらけ。はたらけばお前らの罪は仏様が許してくれるだろう」
ああ、なんと世俗にまみれていることか。寺社は武力集団を持ち、日々、隣の寺社との領地争いに明け暮れている。広大な荘園に浮浪や逃亡した者を労働させる。これが寺社のあり方だというのか。
この異世界の歴史はカオスになった。畿内以西を藤原純友が支配し、畿内以東を平将門が支配した。両者の間で激しい戦闘が繰り返され、「藤平合戦」と呼ばれた。泥濘化する戦闘の中で世は疲弊した。飢饉が起こり、天変地異が起こった。浄土信仰がブームになって。自殺すれば極楽浄土に行けるのだと皆、自殺を始めた。そんな中、奥州では藤原清衡が反乱を起こし、平将門から独立した。日本は三つに分裂したのだ。藤原清衡が治める領地を「上日本」、平将門が治める領地を「中日本」、藤原純友が治める領地を「下日本」といった。長続きする戦乱の中で三者は互いの領土を侵犯しないという約束を立てた。これを「天下三分の計」といった。こうして、日本において三国時代が始まったのである。……。もう、俺の出る幕じゃないようだ。勝手にやってくれ。
もとのひだりのおとどわけがわからなくなったときよめる
わかんねえなにがなんだかわかんねえ
ここはおれのしってるにほんじゃねえ
続く
次回
中日本国は上日本国を滅ぼすため、進軍を開始した。この軍勢を上日本国が迎え撃つ。中日本国は総勢十万。対して上日本国は総勢七万。この圧倒的不利な状況の中、上日本国はどのように戦うのか。「牛攻め」とは一体、上日本国の秘策「鵯越」とは一体! 両者拮抗する中、下日本国が奇襲に出る!
次回「死せる清盛、生ける義経を走らす!」お楽しみに!
日本でも三国志やりたかったんだ~。