こんな時代に、三人の出会い! 6
ドアを開けた先は、七畳ほどの広さの部屋で、その奥に面した窓は、成人男性の腰から頭までの大きさ。
人のおらぬはずの廃墟で、その窓は半分ほど開いていて、微かに風に揺られている。
先程まで自らの手でその首を絞めていた女生徒は、部屋の扉が開くと同時に意識を失い、倒れた拍子に男子生徒に抱き留められながら、力の抜けた腕をぶらりと垂らしていた。
修羅場を乗り越え安堵する六人の生徒達。その様子とは裏腹に、二人の生徒だけが、部屋の奥に居る恐ろしい「窓辺の少女」を認識していた。
「・・・。」
「・・・やっぱり、三枝さんも視える人なんだな。」
部屋の奥、窓から外を覗く「窓辺の少女」の後ろ姿は、薄汚れた白のワンピースを着た長い黒髪の少女の姿で、
しかしその首が折れ曲がり伸びている様子が、尋常ならざる者だということを見た者に理解させる。
「こういうのはなるべく見ないようにしてたんだけど・・・。」
「相対してみると改めて凄いな・・・。」
都市伝説は、ある種の信仰の形。
信じられている数が、そこらの普通の霊とは比べ物にならない。
さらに「窓辺の少女」が怨念の歯止めを開放し、臨戦態勢ならば尚の事。
「・・・ひっ――うっ」
「なんだありゃ―――」
「うわぁああ――――ぁ」
常人なら、その後ろ姿を見るだけで失神してしまうほどに、その怨念が強まっていく。
意識のあった視る力の無い三人も、「窓辺の少女」の姿を認識できてしまう段階まで。
「意識を失っただけだ、でも逆に良かった。顔や手を見るなよ。あたしらが聞いた話じゃ、見ちゃいけないって、そういう話だった。」
そういう話は広まるほどに、尾ひれをつけていくものだ。
そう、車中でのあの話には続きがあった。
それから廃墟となったその家の窓に、時折その少女が現れ、その顔を見た者、少女に手を振り返した者は、あの世へ道連れにされると。
「ユイはふざけて手を振ったんだ。バカなことだよ、でもそれだけで死なせるのはあんまりだ。」
「安心しろ、殺させやしないさ。その為の俺と、ミッチーだ!俺がミッチーについている数百体の悪霊を、すべて奴にぶつける!!」
その存在の理由により、奴はこの場所から離れることができない。そして、ミッチーこと吉野道成少年にとり憑く悪霊も、彼から離れられない。
道成少年の悪霊の矛先を一瞬でもこの場所に変えること、その術を彼は持っている。
そして悪霊が同じ場所に対峙するとき、互いの縄張りの争いが始まる。どちらがより強い怨念か。
どちらがこの場所にふさわしい霊なのか、どちらか一方は、負ければ消える!
悪霊と悪霊に殺し合いをさせるのだ―――!
「―――って、おいミッチー!!一人で―――」
倒れた三人から視線を部屋の奥へと戻すと、道成少年は、窓の傍の「窓辺の少女」のすぐ横へと移動していた。
彼が、空気すらも震えるほど、最高潮に高まった怨念すらも見えないという誤算。
と同時に。
体の自由を奪われる。
すでに、「窓辺の少女」は、こちら側を向いていたのだ。
「うっ・・・がぁあっ―――!」
―――金縛り。道成少年を見る、ということはすなわち、そのすぐ横、「窓辺の少女」の顔も視界に入ってしまう。
その顔、もはや顔とも呼べぬ代物は、輪郭だけ人のそれで、残りはクレヨンでドス黒く塗りつぶされたような虚無。
本来顔のパーツがあるべきところからは、ゴポゴポと、何かが溢れる音。
目線を逸らしたくても、体の自由が奪われているため顔を背ける事ができない。
眼球の動きさえも支配されている。
先にこちらを始末すると決めたのか―――、「窓辺の少女」がゆっくりと、だらりと下げた右手を上げる。
するとこちらの右手もそれに呼応するように、上がり始める。
だめだ・・・手を振り返しちゃ―――。
しかし体は、もはや制御不能。周りの時間さえ、止められているように感じる。
「窓辺の少女」の塗りつぶされた黒い顔面から、ゴポゴポと水の音がする。
もしかして―――笑っているのか?
ゴポ、ゴポとなる音と共に、右手がゆっくりと上へ。
―――こうなればせめて、巻き込んでしまったミッチーを逃がさなくては!
ゴポゴポ、ゴポ。
―――声が、出せない・・・!
ゴポゴポ。
―――やめろ!!!
そして澄、良子、二人の右手が上がり切り、今にも横へ振り出しそうとしたその時。
「―――あのぅ、さっきから二人とも何言ってんの??」
緊迫感などまるで無い、素っ頓狂な声で。
振り返った道成少年が訪ねる。
「さすがに様子を見ればさ、二人が急に即興コント始めたとは思わないんだけど。騒いでた三人が意識失ったとこ見ると、多分ここら辺に、本当にいるのかもしれないね。」
少しズレた位置を手で指し示す道成少年。
「でもさぁ、違う。違うんだなぁ。僕の好みとは違うよ。」
「悪霊と悪霊をぶつける、だとか、殺し合いさせるだとか、物騒だよ。ていうかそもそも死んでるから悪霊なんだろ?」
「その窓辺の少女の続きの話、僕も知ってたよ。伊達に小学校からオカルトにはまってたわけじゃない。今じゃ恥ずかしい思い出だけど、怖い話を大量に調べてた時期もあってね、その辺、君らより知識だけはあるつもりだよ。」
「でもその話、その女の子がちょっと悲しすぎるって思わない?病気なのに一人で放っておかれて。やっと遊べそうな、仲良くなれそうな少年を見つけたのに、自殺しちゃって。」
「挙句の果てには、手を振り返してくれる関係ない人まで道連れにしちゃうような、悪霊にされちゃって。」
窓辺の少女の動きが、さっきから止まっている。
「それじゃ、救いがなさすぎるよ、そんな話、他にごまんとあるんだから、わざわざ増やさなくてもお腹一杯だよ。」
「彼女が手を振った理由は、そんな悲しいものじゃないはずだ。」
「そう思って、その話を色々調べてたらさ、ある地方に見つけたんだ。」
「さらにさらにその続きの話があるってこと。知らなかったでしょ?」
廃墟となったその家の窓に、時折その少女が現れ、その顔を見た者、少女に手を振り返した者は、あの世へ道連れにされる。
そんな話を聞いた、あの時の少年は悔しかった。
もっと早く、彼女に声をかけていれば。
もっと早く、彼女を訪ねていれば。
一週間も一人にするような、寂しい思いはさせなかったのに。
だから。
少年はもう一度、彼女の家へ向かう。
ある言葉を伝えるために。
そして、窓から覗く、死んだはずの少女に手を振り返す。
「一緒に遊ぼう。」
金縛りが、解けた。