こんな時代に、三人の出会い!
夏休みも明け、クラスの皆が少しだけ打ち解けてきた頃。
やれ日焼けしただの髪切っただのと久々の級友との再会に花を咲かせる会話の中、僕が未だに誰にも声をかけられず一人窓の外を眺めるこの現状の原因が入学式の後の自己紹介であることは、漂白剤もびっくりの驚きの白さのスケジュールであった夏休み中に嫌でも理解している。
「吉野道成です。趣味は・・・霊と会話することです。お祓いは専門外ですができないこともないです。霊障に悩まされている人がいたら相談には、乗りますよ。あっ、もちろんタダではないですけど。」
入学時、いまだに中二病を引きずっていた僕はその時、いかにも自分は人と違いますよいろいろ知ってますよ詳しいことはここでは話さないけどオーラ全開でニヒルに、クラスの皆の前でその妄言をぶっ放したのである。
無論そんな頭がイかれてると自己申告してきた奴と仲良くしようなんて奴は誰もいない。同じ中学出身が誰もいないこの高校でなら人気者になれると勘違いし、変わる努力の方向を間違えたこの失敗に、浮かれた僕でも何か間違えたのでは?と考察するに至ったのがやっと、遊びに誘われるどころか一日誰とも会話せずに終了した一学期終業式の日だった。
「あんた学校でもそのキャラで喋ってんの?家ではいいけど外ではやめとけよ、友達いなくなるぞ。あっ、元からいねぇか!がっはっは!・・・でもいやマジで。」
テレビを見ながら左手で腹をだらしなくボリボリ掻きつつ右手でポテチを食している、普段真面目なことなど何一つ言わない姉に、「いやマジで」の部分だけ振り返りながらガチトーンでそう言われたとき、終業式の後、夏休みの予定を聞かれないかと一人最後まで教室に残っていたあの虚無の時間とそのセリフを照らし合わせ、やっと自分が犯した間違いに気づいたのだ。
そこからの一か月は徐々に後悔と反省の地獄の始まりである。
それにしてもこの四月から七月までの三か月、よくいじめられなかったものである。思い返せば予兆はあったのだ。あの二度と思い出したくない自己紹介の後、静まり返った後ひそひそ声が聞こえてきたり(この時は注目されていることに興奮していた)、次に自己紹介する後ろの席の生徒から、小さな舌打ちが聞こえてきたり(そりゃそうだあんな自己紹介の後に誰が自己紹介したいっていうんだ)。しかし、見た目チャラそうなヤンキーにイジられることはあっても(同じ調子で返していたらそのうち引かれていった)、いじめられることはなかった。ここは、クラスの皆の心の広さに感謝したい、いやまだ始まっていないだけかもしれんが。
しかしこの二学期始業式終わりの教室で、いじめられる心配は無いと思えた。そう、もはやこのクラスの皆は、僕の事をいないものとして扱うことに決めたようだった。うん、悲しいが賢明な判断だ。しょうがない。無視されるのもきついがそれは自分で蒔いた種だ甘んじて受け入れようと決心した。
そんな折である。
「はい静かにー。・・・えぇーと、さっきの校長の話にも合った通り、このクラスに転校生が来ました。皆仲良くしてあげてね!」
担任の先生が教室に入るなりそう言った。そうなのか、校長の話なんて新学期からいじめられるんじゃないかとドキドキしていてまるで聞いちゃいなかった。
しかし転校生が来るなら、やり直せるチャンスがあるかもしれない。話題はあの自己紹介事変より転校生に向くだろうし、転校生はあの事変を知らないわけだし、皆からアレコレ言われる前に先に仲良くなってイメージの払拭に協力してもらおう。そうだ。ナイスアイディアだ。いける!僕の普通の高校生活を取り戻すには、このチャンスにかけるしかない!僕の高校生活の全てをお前に賭けるぜ転校生君!
ガラガラとドアを開け入ってきたその転校生は、小柄ながらも整った顔立ちのイケメンだった。
「じゃあ・・・えぇーと、軽く自己紹介お願いできるかしら?」
先生にそう言われたイケメン君が黒板に名前を書きだし、振り返って満面の笑みでこう言った。
「逢沢澄だ。趣味は霊と会話すること!お祓いは専門外だけどどうにかはできる。霊障に悩まされている人がいたら相談に乗るからじゃんじゃん声かけてくれ!あっ、もちろんタダじゃあないからな!」
グッバイ!僕の高校生活☆
しーん・・・と静まり返る教室の中僕だけが感じる。誰もこっち窓際後ろの席を見ないが、全員が心の中で僕を見ている。
はッ!これが霊能力ッ!?
なんて脳内ノリツッコミしつつ顔面蒼白脂汗ダラダラの僕とは対照的に、逢沢君は手を腰に当て爽やかフェイス満面の笑みである。
一体何が起きているというんだ。自己紹介事変の時とほぼほぼ同じセリフを転校生である逢沢君が何故?
そうか仕込みか、皆の仕込みでこれは新手のイジメなんだな?
しかし凍り付いた教室の空気が、この事態が仕込みやウソなんてものではないことを如実に物語っている。誰かこの静寂を破ってくれ!心臓が持たん!
「あらぁ、吉野君と気が合いそうねぇ。」
先生もうやめて!とっくに僕のライフはゼロよ!
誰もがスルーした方が後々の為とわかるのにそこで僕の名を出すのは愚策中の愚策だ先生よ!
「ブハァッ!!」
隣の席のヤンキー女子が、なにかを堪えきれずに吐き出し、そのまま腹を抑えて小刻みに揺れている。
「・・・ウッ・・・ククッ・・ヤベェ・・ムリッ・・こんなん笑うしかッ・・・ウヒッ」
先生大変です、痙攣している生徒がいます。僕が保健室に運ぶんでそのまま家に帰ってもいいですか。
皆が忘れようと決めた矢先にこの仕打ちである。隣のヤンキー女子と先生以外は、一様に気まずそうに俯いたままである。
「えぇーと、じゃあせっかくだから吉野君に逢沢君の学校案内を頼もうかな。席もちょうど後ろだし、じゃあお願いね?話も合うだろうし」
「グハァッ!!」
ほぼ断末魔じゃねぇか。教室はもうカオスの様相を呈している。
後ろの席に向かって歩いてくる逢沢君が僕の机の横に止まり、手を出して挨拶してくれた。
「吉野君か、これからよろしくな!困ってることがあれば相談してくれ!」
差し出されたイケメンの手の先をチョンと握り返しながら、助けてほしいのは今のこの状況からだよ、とも言えず、
「・・・ッカヒュッ・・アッ・・はい・・・・・。」
極度の緊張と朝から一度も声を出していないことで、涙目の僕の声帯から発せられた掠れた空気の音が、教室に虚しく木霊した。
「ヒィーッ!ヒィーッ!・・ングッ殺す気かッ!・・・笑い死ぬッ!・・・」