隠し耐性
ゴブリンたちの襲撃を退けた(?)俺は魔の森から冒険者ギルドへ帰還する。
中に入り、俺を担当してくれた受付嬢のカウンターへと。
「あら、トールさん。ルルル草は無事見つかりまし……ふ、服が泥まみれじゃないですか!」
受付嬢が俺の泥まみれの姿を見て驚く。
まぁ街を歩いてもそれなりに視線を感じたし目立つよな。
戻る前に噴水広場で洗っておくべきだったか。
「森で色々ありまして……でも、大丈夫ですので、それでですね……実は」
俺は魔の森で経験したことを伝える。
「ほ、本当ですか? その話」
「はい、複数のゴブリンとホブゴブリンがルルル草の群生地の近くに、それで俺は囲まれてしまって、その後どうにか切り抜けて戻ってはこれたのですが」
「な、なるほど。ですが、魔除けの結界もありますし、あのあたりにゴブリンが群れで出るなんて……その、疑うようで申しわけないのですが、何か証拠となるものはありますか?」
証拠、証拠か……せめてゴブリンたちの体の一部でも持ってくるべきだったか。
でもゴブリンの死体にあんまり触りたくなかったしな。
「証拠はないですけど、採取地の近くにゴブリンたちの死体が転がっているはずですので、確認してもらえたらと」
「……ん? 死体? ということは逃げたのではなく、倒したのですか? ゴブリンはともかくホブゴブリンを?」
「ええ……全員まとめてやってやりましたよ」
「……た、たった一人でどうやって?」
「それは……こいつですよ」
訝しげな顔をする受付嬢。
俺はマンドラゴラをテーブルの上に出す。
と、同時受付嬢の目が大きく開く。
「こいつが俺を助けてくれたんです」
「ま、ままま……まさかと思いますが、これを……」
「ええ、一か八かで直にぶっこ抜いてやりました。どうせこのままだと死ぬと思ったんで、一人で死ぬのは嫌だから道連れを増やしてやろう的な感じでしたね」
「……」
受付嬢があんぐりと口を開けている。
「あ、ああっ、ありえないんですけど……地面から抜かれた時に出るマンドラゴラの鳴き声は生命力を大量に奪います。音波対策をしていない場合、かなり高レベルな冒険者でもないと生き残ることは……」
「いや、俺もそう聞いていたんで死を覚悟したんですが……本当になんで無事だったのが不思議で不思議で」
首を傾げ、俺と同じように不思議がる受付嬢だったが……。
何かに気づいたようで、パチンと両手を合わせる。
「……そうだ! トールさんて吟遊詩人でしたよね?」
「そうですけど」
「なるほど! ……ジョブの恩恵ですよ!」
「ジョブ?」
「はい、トールさんの職は吟遊詩人です。音波系の攻撃に対する耐性が高いんですよ。だからマンドラゴラの鳴き声を聞いても生命力を奪われないですんだのでしょう」
なるほど、それでか……。
スキルとして表示されてなくても、ジョブごとにそういう特性みたいなのがあるのね。
「とにかく、ご無事でよかったです」
「はは……まぁかなり危険な真似をしましたけどね。逃げる時マンドラゴラを見つけられて運もよかった」
「う、運がよかった……んですかね。運とは違うような……まぁでも、とにかくよかったです」
ちょっと納得いかない顔の受付嬢さん。
「それではこの後すぐ、森へ調査隊を送らせていただきます。ルルル草採取については成功扱いにはできませんが、情報の確認がとれましたらギルドからいくらかの補償金などをお支払いします」
「お、お金もらえるんですか?」
「今回はこちらの情報不足による不手際ですので……安全という前提で依頼を紹介したわけですから」
申し訳なさそうに言う受付嬢さん。
俺はゴブリンの死体がある場所など、詳しい情報を受付嬢に伝えてカウンターを離れる。
(ったく、初日からこんなことになるとはな……)
しかし俺、吟遊詩人じゃなかったら死んでいたんじゃないだろうか。
まぁ予定とはかなり違うけどお金も手に入りそうだ。
これで今日の飯、宿代くらいはどうにかなるかもしれない。
俺ははじめて、この外れジョブに感謝した。
調査団が戻るまでの間、ギルド食堂の適当な席で休むことにする。
今日一日でどっと疲れたからな。
といっても……お金がないので何も注文できないけど。
従業員がチラチラと微妙な顔で見ていたけど、しばしの我慢だ。
群生地は街から離れてはいないので、一、二時間すれば調査団も戻るらしい。
確認が終わればお金も手に入るはず。
ふと、俺は荷袋の中を覗き込む。
袋の中にはマンドラゴラが入っている。
このマンドラゴラを買い取る提案をギルドがしてくれた。
マンドラゴラの中には良質な魔力が含まれている。
上級マジックポーションなどの原料になるなど、需要が結構あるらしい。
売却すればそこそこの値段になるのだが、俺は提案を断った。
そこまで深い理由はないが……しいて言えば直感、なんとなくだ。
一応、このあと補償金も入るし、買取りはいつでもしてくれるそうだしな。
今日はコイツに命を救われたからお守りってやつだ。
二時間ほどして調査団が戻ってきた。
彼らはゴブリンの遺体を無事確認できたようだ。
俺の襲われた場所以外にも魔物の足跡を発見したとかで、明日は広範囲に森の方を捜索するそうだ。
ギルドからは今回の件の補償金として、一万五千ゴールドを渡された。
ゴールドはこの世界の貨幣単位。
この世界ではお札はなく硬貨のみとなっている。
それぞれ硬貨の種類を、価値の低い順に並べるとこうなる。
一ゴールド硬貨、十ゴールド硬貨、百ゴールド硬貨、千ゴールド硬貨、一万ゴールド硬貨、十万ゴールド硬貨、一千万ゴールド硬貨。
このようになっており、一千万ゴールド硬貨などは余程大口の取引でもないと見ることはないそうだ。
俺は硬貨を合わせて一万五千ゴールド所持している。
ルルル草の成功報酬がレンタル料を差し引いて五千ゴールド。
それを考えると三倍の金額を稼いだ計算だ。
命を失いそうになって三倍って安いのか、高いのか。
まぁ予定よりお金を稼げたのは確かだ。
お金を受けとり、借りていたナイフと袋を返却したあと。
ギルドを出て宿へ向かうことにする。
もう日は沈み夜になっている。
ギルドの食堂は夜は酒場へと変わり、いくつかのテーブルでは仕事帰りの冒険者たちがドンチャン騒ぎをしているが、さすがに今日ははしゃぐ気になれない。
今日はもうゆっくりと休みたかった。
泊まる宿は受付嬢さんに紹介してもらった宿だ。
ギルドと提携している宿は比較的安全であることの証明でもある。
その分少しお高く、この宿は一泊と二食(夕食、朝食)付きで三千ゴールド。
最初、とにかくもっと安い宿を……と提案したが、やめておいたほうがいいと言われた。
個人にコインロッカーや金庫など与えられないこの世界だ。
安さにつられると、中には宿の従業員が盗みなどの悪事を働くところもあるそうだ。
まぁ俺の手持ちなんて殆どないけど、最低限の安全は欲しい。
宿の入口で宿代を女将さんに支払う。
宿に入る前に有料だが、無地のシンプルな部屋着を貸してもらった。
服が泥でかなり汚れていたので、中に入る許可を得られなかったためだ。
洗濯サービス代で千ゴールド追加でとられる。
出費が増えるけど仕方ない。
ただ、食事はなかなかのモノだった。
ブルーフロッグという、夏に大繁殖する蛙の魔物の肉をメインに使ったポトフだ。
肉は淡白で独特の食感であったが、量も多く、お腹が空いているのもあり美味しかった。
(さて、明日からどうするか?)
宿屋の二階の一室が今日泊まる部屋だ。
部屋には簡易な机とベッドのみで何もないが、清潔感はある。
木製のベッドに寝転がって考える。
残金は一万一千ゴールド。
一応あと二、三泊はできる計算だが余裕はない。
生きるには一月で十万ゴールド以上は稼ぐ必要がある。
できれば貯金もしたいし、一月二十万ゴールドは欲しい。
日本と違って福利厚生がしっかりしているわけではない。
健康保険もなければ、国民年金もない。
病気とか何か起きてからじゃ遅いから、ある程度の貯蓄は必須だ。
ルルル草の成功報酬が五千ゴールド。
同じ依頼なら宿代を引いて約一日二千ゴールド貯金できる計算だが、これは出費が宿代だけの計算だ。
今日みたいに服を借りたりしたらイーブンになる。
この際、稼げるなら一時的に冒険者以外の仕事でもいいんだけどな。
住み込みで働けたら最高だ。
世間話ついでに受付嬢に聞いてみたが、身元も不明でコネもない俺が飛び込みでできる仕事はあまりないそうだ。
せめてこの世界で誇れるスキルがあればな。
向こうの世界でも資格とか面接で有利になるしな。
TOEIC百六十点はこの世界では役に立たない。
まぁ地球でも役に立たない気もするが。
現状を把握するため、もう一度ステータスウインドウを開く。
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レベルがあがりました!
スキルを二つ取得しました!
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おや? またメッセージが出てるぞ。
名前:池崎透
LV:4
HP(生命力):23/23
MP(魔力):200/200
力:16
素早さ:16
体力:15
取得魔法:なし
ジョブ:吟遊詩人
いつのまにかレベルがあがって、スキルまで増えている。
マンドラゴラを抜いた時はステータスに変化はなかったはずだけどな。
ああ、あの後ホブゴブリンを倒したから経験値が入ったのか。
なんとレベルが三つもあがっている。
魔力の上昇が特に凄いな。倍になってる。
それに気持ち、少し力持ちになったような気もする……たぶん。
実感あんま湧かないけど。きっと強くなっているはずだ。
さて、新スキルのほうは何を覚えたのかな。
スキル:
魔力回復(特大) 魔力増量(特大)
歌 調律
言語伝達、言語伝達、言語伝達(NEW!)
言語理解、言語理解、言語理解(NEW!)
「……い、いい加減にしろよ、マジで」
期待した俺が馬鹿だったよ……まさかトリプルとは。
(NEW!)とかアピールしてるのがマジで腹たつわ。
まぁ吟遊詩人だし、言葉に関するスキルなら覚えてもおかしくない……のか?
「……寝よ寝よ」
スキル確認を終え、俺は目を閉じる。
まぁスキルはともかく、レベルがあがったのは嬉しかった。
きっと少しずつ前には進んでいるんだろうと信じよう。
(明日は街を歩いてみようか)
幸い数日分生活費の余裕ができたんだ。
魔法巻物などの物の相場もこの目で少しは知っておきたいしな。