初依頼2
異世界転移、転生……WEB小説でよく取り扱われる異世界モノ。
不慮の事故で死んだ主人公が別世界に旅立ち。
その世界で生活したり冒険したりなんかする話。
神様からチートを貰って、たくさんの女の子に惚れられハーレム作って、魔王を倒して世界を救って英雄になって……。
あるいは転生した世界がやり込んだゲームの世界で、自分は作成したキャラになっていて、ステータスはカンスト状態、起きるイベントを熟知していて自分の思い通りに事を動かし世界の中心人物になる。
まぁ基本的には主人公スゲーと周りにチヤホヤされる話だ。
あはは、女の子チョロ過ぎ……こんなので惚れるなんて現実にあり得ねえ。
なんて思いつつも、自分が主人公になっているかのように楽しむ。
こんなことを言っていると馬鹿にしているようだが、俺だってなんだかんだで嫌いじゃない。
物語だしな、ご都合主義でもいいじゃないかと思うんだ。
現実はしんどいしな。
『オエッ、オエ~!』
いやもう……これは酷すぎだと思うんだ。
逃げる俺を追撃してくるゴブリンたち。
藪をかき分け、森の中道なき道を全力疾走する。
後ろを見ればもう手が届きそうな位置にゴブリンがいた。
諦めずに、死にたくない一心で走る。
さすがに泣きたくなってきた。
転びそうになりながらも必死で逃げるが、地の利は向こうにありどんどん距離が詰まってくる。
「うぐっ!」
背中に強い衝撃を受けて、俺は前方に転がっていく。
ゴブリンの棍棒がかすっただけだというのに……この威力、力が違いすぎる。
ただのゴブリンですら俺よりも強いようだ。
「がはっ、はあっ、はぁっ……うぐっ!」
『……ニガ、サン』
立ち上がる前に、二メートルはある巨体の緑色ゴブリンが俺の上からのしかかってくる。
マウントを取られた形だ。
信じられないような力で上から体を押さえつけられる。
『ハジ、カカセオッテ……』
「てめえが勝手に勘違いしたんだろうが! うぐっ!」
くそっ! このままでは死んでしまう。
転生してこんなすぐ死ぬなんてありかよ。
どうにかっ、どうにかできないか。
このままじゃ俺は……。
だが俺には攻撃手段など何一つない。
土壇場で力が覚醒するとか、助けがくるとか、そんな不確定なモノに期待するが無理そうだ。
死がすぐそこまで迫っている。
ああ……最後の晩餐じゃねえけど、死ぬ前に冷たい水くらい飲みたかった。
『アタマカラクッテヤルゾ』
その大きな口から、俺の口へダラダラとよだれが落ちてくる。
こんなディープな形での水分補給は望んでいなかったよ。
心まで凌辱されていく。
だが、もう駄目かと心が絶望に支配されかけたその時だった。
とあるものを発見する。
(……こ、これは)
手元にある地面に生えた赤い花マンドラゴラ。
ソレを見て即覚悟を決める。
このままじゃゴブリンたちに確実に食われてしまう。
「うおおおおおおおっ!」
『……アガイテモ、ムダダ』」
俺は腕に力を入れる。
もう時間の猶予はない。
危険だから絶対に抜くなと受付嬢には言われた。
だが、このまま俺一人で死ぬくらいなら……いっそのこと。
赤い花をがっしりと掴んで、全力で引っこ抜く。
その瞬間。
『#%&$&$&$%#%#%#%$%’’』
声にならない声が森に木霊した。
「…………う、ん」
降り注ぐ陽光で目が覚める。
起きたばかりでぼんやりした視界が、時間経過とともに鮮明になっていく。
周りを見ると地面に倒れるゴブリンたちの姿。
緑色のホブゴブリンも倒れていた。
俺の手には赤い花が握られている。
赤い花から茎と順に下に辿っていくと白く太い根が見える。
根には窪みがあり、位置的に人間の顔のようにも見える。
これがマンドラゴラか。
「う、ぐっ!」
背中に痛みを感じる。
それでも……。
(い、生きているのか俺は?)
ゴブリンたちに襲われて、半自暴自棄になった俺はマンドラゴラを引っこ抜いた。
その声を聞いた者は生命力を奪われるはずなのに。
どうして無事だったのか、疑問に思っていると。
『……ウ、グッ!』
聞こえて来るくぐもった声。
声の発生源はホブゴブリンだ。
どうやら生きているのは俺だけではなかったらしい。
他のゴブリンたちは死んでいるようだが、リーダーだけあってしぶといようだ。
だが見た感じかなり衰弱しており瀕死の状態。
そんな奴に対して俺は……。
名前:池崎透
LV:1
HP(生命力):13/15
あまりHPが減っていない。
減少分はほとんどがゴブリンに棍棒で攻撃された分だろう。
俺も声で一瞬気絶していたし、今も耳は痛い。
マンドラゴラの声の影響がないわけじゃないけど……十分我慢できる痛みだ。
飛行機で離着陸時に味わう耳の痛みと同程度って感じ。
『……ア、ウ』
「……」
さて、このホブゴブリンをどうするか。
中には倒したモンスターが仲間になったりするゲームもあるが。
俺はホブゴブリンの目を見る。
『ウウウウウウッ! コ、ロス……』
駄目だな、これは……完璧に憎しみの目だ。
元気になったらすぐにでも襲い掛かってきそうである。
放置すると面倒なことになりそう。
衰弱しており、放っておいても死ぬかもしれないけど。
仕方ない、直接トドメをさすか。
命を奪うことに少し躊躇する気持ちはあったが、コイツが生き残った場合、俺に復讐とかよからぬことを考えるかもしれない。
そういうのは勘弁して欲しいところだ。
俺は手元のナイフを抜き、ゴブリンの首元を突いて直接トドメをさす。
嫌な感触がナイフから伝わってきて気持ち悪かった。
だが、死を覚悟するまで追い込まれた相手だ。
倫理的なブレーキは薄くなっていた。
ゴブリンたちの死体を見ながら俺は考える。
「……一度ギルドに戻ったほうがいいな」
ルルル草の採取を中断して、街へ帰還する。
街の近くには来ないって話なのにゴブリンが現れたんだ。
また魔物が現れたら今度は殺されるかもしれない。
ああ、初仕事が失敗扱いになりそうで鬱だ。