軍隊蟻1
シルクと共にセル家の守護像を引き連れ街門へ。
教会で暮らしている子供、ルルの病気を治すために。
薬の原料となる月魔草を探すために。
そして……ルルを助ける為、一人で月魔草を魔の森に採りに行ったルルの友達、ララと会うために。
街の門を守る兵士にララが来たか尋ねると、残念ながら答えはイエスだった。
ほんの少し前のことで、彼らが止める間もなくあっという間に去っていったそうだ。
もっとちゃんと仕事しろや……と思ったが、今それを言っても仕方ない。
幸いというか、ララのジョブは狩人だそうだ。
魔物との遭遇を回避しやすい気配察知系のスキルも使える。
とはいえ、魔の森は決して子供の身で安全な場所ではない。
街近くでも俺がゴブリンに襲われたようにイレギュラーだってある。
とにかく急ぐしかない。
魔の森を南西方向へ、月魔草の群生地に繋がる森道を移動する。
道幅はかなり広く、三、四人で横に並んでも問題ない。
街に近いのもあり、それなりに道が整備されていたのは助かった。
狭い道だと守護像を連れていけないからな。
連れてきた守護像は十体、人型で大きさは二メートル程度で基本一緒。
だが、識別できるように守護像の背中には番号が刻まれている。
俺とシルクを中心に、守護像でぐるりと囲むような陣形を作って進む。
陣形知識などないので、これが移動に適した形なのかわからんが。
「きゃっ!」
「……と」
途中、地面の窪みに足を取られ、つまずきかけるシルク。
慌てて彼女の腰に手を回し、転ばないように支える。
「大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます」
少し顔を赤らめてシルクが礼を言う。
(本当はゴーレムの上とかに乗れれば楽だったんだけどな)
歩く度に凄まじい振動が伝わり、騎乗はさすがに無理そうだった。
時間があれば馬車とか用意して、馬の代わりに引かせるみたいな手も試せたかもしれないが……。
ちなみに守護像は自動システムだ。
守れと命令しておけば自動で判断して動いてくれる。
ゆえに、魔物が来たぞ→十メートル前進しろ→そこだ三秒後に攻撃。
なんて細かく指示を出さずともいい。
実際問題、そんなんだったら使い物にならないよな。
更に別途、こちらで出した命令にも従ってくれるそうだ。
「こんな便利な代物なら、ギルドでたくさん用意しておけばいいのにな」
戦闘力もあり、痛みや恐怖で怯むこともない。
毒とか麻痺とか状態異常にもならない。
まあ、今の守護像の状態は洗脳と同じかもしれんけどさ。
本来のマスターでない俺に従っているのだから。
俺だけに存在する守護像の脆弱性? を突いた形である。
「その、私も詳しくはないのですが……」
説明してくれるシルク。
この守護像は元々、アダマンゴーレムと呼ばれる野生の魔物。
倒した躯体を転用して、内部の命令の送受信を司る核部分を書き換え、人間の思い通りに動くように作り変えたものらしい。
形を一から作ろうとすると、各部位の力学的なバランス設計とか、関節の駆動とか物凄く面倒とのこと。
アダマンゴーレムは標高高い山、洞窟奥深くにおり数も少ない。
動きが単調などの欠点もありCランクの魔物だが、性能自体で見ればBで、再利用できるほど綺麗な状態で討伐するのは難易度が高い。
更にそれを街まで運んでくるのにも多大な手間がかかる。
「アダマンゴーレムは王都の大神殿で、ガーディアンとして採用されている程の代物なんですよ」
「へぇ……」
そんなものを自宅の防衛システムにぶっ込んでくるとか。
すげえな、Sランク冒険者の家。
「それに、ゴーレム特有の欠点もありますから」
「大きな欠点? それは?」
「はい……ゴーレムは人間ではないということです」
どういうこと?
なんか哲学的な話なのか?
「ゴーレムは偶に、考えられないような失敗をするんですよ」
「例えば?」
「た、例えば? えぇと……そうですね。一時期セルはマルクさん、えぇと、お父さんのことをパパって呼んでいたんですが……」
「え? なに突然?」
なんで急に、シルクからセルの暴露話が始まったの?
パパか……まぁセルは凛々しいイメージが強いから、その呼び方に多少の違和感はあるが。
「小さい時なら、微笑ましいと思うけどな」
「いえ、今から三年ぐらい前の話です。マルクさんがあの家を建ててからの話なので」
え、結構大きくなってからの話じゃないか。
なんだろ、パパって急に甘えたくなったのか?
前も家に一人は寂しいとか話していたしな。
強気な女が実は甘えんぼとか、ギャップ差があるのも個人的には嫌いではないが。
「まぁいいや、それがさっきの欠点にどう繋がるんだ?」
「守護像をあの広い家に設置して間もない頃の話です。マルクさんは多忙で家を留守にすることが多く、守護像のメインマスターはセルで登録されていたんですが」
「ふむ」
親父さんが三か月に及ぶ長期仕事を終えて、家に戻ってきた時のこと。
家の玄関を出て、セルは親父さんを迎えるために外で待っていたそうだ。
冬の寒い中、わざわざ出迎えてくれた娘の顔を見て喜ぶ親父さん。
だが……。
「疲労困憊で帰ってきたマルクさんに、セルが『父さん!』と言ったら、守護像は『通さん!』だと誤認識して敵と判断して襲い掛かったそうです」
「……お、おおぅ、きっついな」
「マルクさん、『俺、何か娘に嫌われることしたっけ……』って、原因がわかるまで本気で落ち込んでいたそうですよ」
駄洒落が言えねえじゃん。
仕事で疲れて帰ってきて、娘の顔見て癒されるはずが……。
つうか、人によっては大事故になっていたよな。
守護像の身体に刻まれた番号が、三号、六号、十号、十三号、十八号、二十五号……みたいにバラバラだったのはその時壊されたからかな?
ちょっと気になっていた。
まぁ、シルクの言いたいことはなんとなく理解した。
スマホの音声認識だって、偶に訳わからん曲解をするしな。
「だ、大丈夫かな……誤解なく意思疎通できるか不安になってきたよ」
とはいえ、今更だしもう信じるしかない。
しかし、ずっと走り続けていたので喉が渇いてきたな。
『悪い……俺の後ろの守護像十三号、俺の背中(袋)から水袋出してくれる?』
『畏マリマシタ』
『ん、さんきゅ、あ……封も開けといてくれよ、すぐ飲めるようにな。渡す時絶対こぼすなよ』
『了解シマシタ』
「だ、大丈夫なんじゃないですかね?」
ああ……とても不安である。
「トールさんと守護像のやり取りを見るに、信じられないくらい滑らかに命令伝達がされているというか」
「そっか」
まぁ一応、出かける前に守護像と旗上げゲームみたいなことをしてみたが、特に問題なく動いてくれた。
命令時もタイムラグはなく、右腕上げないで左腕……みたいな回りくどい言い方をしてもキチンと指示に従っていた。
当時問題が起きたのは旧型のプログラム。
今セル家に配置されているのはキチンと更新されているものらしい。
ここ数年でもかなり技術が進化しているそうなので、今はそういった事故もなくなりつつあるそうだ。
「……」
「なんだよ、シルク……じっと見て」
「い、いえ……すみません。急にセルの声になったので吃驚しただけです。スキルを使用していると理解はしているんですが、どうしても違和感が……」
「うん……まぁ、慣れてくれとしか言えない」
話はしつつも足は止めない。
可能な限りの速度で道なりに森を進んでいく。
ズシンズシンと守護像が動く度に地響きがする。
守護像との移動、最初はかなり圧迫感があった……が、慣れた。
『ほい水袋、また中にしまっておいて』
『了解シマシタ』
もう、彼らはマラソンで隣でサポートしてくれる人なんだと、強引に思い込むことにした。
ちなみに移動中。
『ガガアアアアアッ!』『ヴオオオオオオンッ!』
時々、周囲からは魔物の遠吠えのようなものが聞こえてきた。
だが実際に襲撃を受けることはない。
シルクの唱えた上級光魔法『ホーリーチャーム』。
街道沿いにまかれる、魔物避けの聖水より数段強力な効果があるそうだ。
「シルクの魔法、すごい効力だな。こんなに魔物に気づかれないなんて」
「い、いえその……たぶんこれ、ちがうと思います。気づいているけど、近づけないのだと」
「…………」
少し申し訳なさそうに言うシルク。
まぁ、隠れてる感じが微塵もないもんな俺たち。
ドスンドスンと響く足音、大量のゴーレムの群れ、ちょっとした軍勢だ。
ここまで派手に移動したら、魔法があってもさすがに気づくか。
まぁ、魔除けが効こうがそうでなかろうが結果的にはほぼ同じだ。
この光景を見たら、普通の魔物なら怖れて攻めてこない。
とにかく、襲撃がないのだからいいさ。
守護像が熊避けの鈴みたいな役割を果たしてくれている。
軍隊蟻もビビってくれればいいんだけどな。
だが、彼らは自分より数十倍大きい魔物だろうが、餌と見れば襲いかかる極めて獰猛な性格らしい、期待は薄そうだ。
「す、すみません。一緒にいるのに私、お役に立てなくて……」
「んなことねえさ」
群生地までの道は迷いにくいとのことだが、シルク抜きで俺が月魔草を迅速に探せるかというと微妙だ。
自慢じゃないが、この俺のフィールド探索能力の無さはバルさんが保証してくれている。
そもそも俺一人だと現物を見てないから、草がどんなものかも知らない。
加えて先行したララのこと。
もしかしたら、どこかで怪我をしている可能性だってある。
その時はシルクの強力な回復魔法が役に立つはずだ。
移動から一時間半、群生地は遠くない。
ここまでララの姿はないが、ぬかるんだ地面に少し前にできたと思われる足跡が見つかった。
無事に進んでいることを喜ぶべきなのか。
危険な奥の方まで来てしまったのを悪く考えるべきか。
なんとも複雑だ。
鬱蒼とした森の中をずっと進んでいくと、視界の拓けた場所に出た。
細く伸びた崖と崖を繋ぐ橋が架かっている。
橋の十メートルくらい下、谷底には流れの速い河がある。
ザーザーと水が流れる音がここまで聞こえる。
「もうすぐです。この橋を渡った向こう側に月魔草があるはずです」
「わかった」
おそらく、ララもその先にいるはずだ。
橋の向こう側では軍隊蟻が確認されている。
いつ、何が起きてもいいよう気を引き締めて移動する。
橋を渡って五分ほど。
ついに月魔草の群生地に辿り着いた。
そして。
「ラ……ララッ!」
そこには……草むらにしゃがみ込んでいる子供。
俺たちが探し求めていた女の子の姿。
「え? シ、シルク姉っ?」
シルクの声に反応して、ララが立ち上がる。
見た感じ怪我などはなく無事だったようだ。
「っ!」
安堵し、慌てて転びそうになりながらもララの元に駆け寄るシルク。
「ど、どうしてここに?」
「どうしてじゃないわっ! し、心配したんだからっ!」
シルクが涙を浮かべながらララを胸にギュッと強く抱きしめる。
「もう、勝手なことをして……もうっ」
「シルク姉……ごめん。でも私、ルルを助けたくて……これ」
シルクに身を任せていたララ。
とても申し訳なさそうに、ゆっくりとシルクに差し出しのは鮮やかな紫色の花をつけた植物。
「月魔草、もう見つけていたのね」
「これでルルは助かるんだよね、シルク姉」
「うん、あなたのおかげよ。でも、こんな無茶はもう絶対にしないで……ルルが助かってもこれでララが怪我をしたら、私たちは悔やんでも悔やみきれないわ」
「ごめん、なさい」
「だけど、あなたが無事で……本当によかった」
シルクが本気で心配しているのが伝わったのか、素直に反省するララ。
とにかく、無事再会できて何よりである。
「あ、あの、トールさん、シルクお姉ちゃん……そ、その、後ろの像は?」
「大丈夫、味方よ」
「もしもの時のために、ちょっと借りてきたんだ、心配しなくていい」
今更ながら、若干びびりながら質問するララ。
「そ、そそ……そうなんだ?」
それでも、おっかなびっくりの様子で守護像を見るララ。
これ、最初にシルクが姿を見せなかったら魔物と勘違いして逃げてたかもな。
さて、二人も落ち着き。
抱えていた不安が一つ消えたところで。
「二人とも、早くここを離れよう」
「そ、そうですね」
いくら守護像を連れているとはいえ、軍隊蟻と会わずに済むなら、それにこしたことはない。
今回の目的は魔物討伐ではないのだ。
月魔草を見つけて、目的を果たしたならすぐにでも去るべきだ。
急いで街に戻るとしよ……。
「……ララ?」
移動を開始しようとしたところで、何故か立ち止まるララ。
「見られている? ……やな感じ、する」
最初にソレに気付いたのは察知系のスキルを持つ彼女だった。
違和感の原因を探すため、周囲を見回し始めるララ。
「ん? なぁ……どこかから音が聞こえないか?」
次いで、俺の耳が異音をキャッチする。
「音、ですか?」
「ああ」
シルクには聞こえていないのか?
俺にだけ聞こえる幻聴? いや……確かに聞こえる。
他に大きな音のない森の中だからか、はっきりと、
「カチカチ、カチカチと……金属音みたいなのが」
「き、金属音……まさか」
シルクの声に強い警戒感が混じる。
俺はカチカチ音の発生源を探す。
耳を澄ますと……カチカチ、カチカチ、カチカチ。
何度も、何度も……音がする。
「トールさん、シルク姉っ……あれ、あの木の下っ!」
ララが指を差したのは五十メートル以上離れた木。
音の発生源の方向とも一致している。
ララの示した場所を見る。
この距離だとさすがにはっきりとは視認できないが、こちらを見つめる黒い影のような存在を確認する。
「まずい。もう、見つかって……」
金属音のようなカチカチ音は、アイアンアントが自分の足と足を叩いて出している音。
あの音が仲間を呼ぶ合図だという。
「か、囲まれる前にここを離れるぞっ!」
「はいっ!」
「う、うんっ!」
ララの手を引き、元の道へと走り出すシルク。
軍隊蟻からの逃亡劇が始まった。




