声帯模写3
「大丈夫ですか、トールさん……立てますか?」
「ああ、ありがとうシルク」
無事回復し、シルクが安堵の息を吐く。
彼女がタイミングよくここに来てくれたこと。
聖女であり回復魔法のエキスパートだった点が幸いした。
おかげで助かった。
「本当に吃驚しました……中に入ったら、トールさんが倒れているんですから」
「すまん、ちょっとした実験をしていだんだが……軽く考えていた」
ふんわりと事情を説明する。
マンドラゴラの模写が、こんなに危険なことになるとは思わなかった。
手っ取り早くパワーアップできると思ったのに。
何がいけなかったのか? 発想が直線的過ぎたのだろうか。
我ながら結構いいアイデアだと思ったのに……。
残念なことに、そう都合よくはいかないらしい。
「もう……本当に気をつけてくださいね」
「ああ、マジで助かったよ。それで、シルクはどうしてセルの家に?」
俺の意識は虚ろだったけど。
切羽詰まったような声が聞こえてきた気がする。
「そ、そうですっ! 実はっ……セルの力を借りたくてっ!」
普段は柔らかな笑みが印象的なシルク。
だが今は緊迫した表情を浮かべている。
「残念だがセルならいないぞ、北の山の採掘場まで仕事で出かけている」
「き、北の山、それじゃあさすがに……」
なんだ? 本当にただ事じゃなさそうだが……一体。
「どうしたら……どうしたら」
「と、とりあえず、落ち着けシルク」
シルクの肩にポンと手を置き、できるだけ優しい口調で語り掛ける。
「一先ず、事情を話してくれないか?」
「トールさん……」
「なんだか知らないが……もしかすると二人ならいいアイデアが浮かぶかもしれないしな」
「……は、はい」
ほんの少しだけ、落ち着きを取り戻すシルク。
「じ、実は……ルル君が」
「ルルって……俺が教会で話した年長の子か?」
「はい」
前にフリマ帰りにシルクに子守歌を教えて貰った時。
流れで教会に泊まることになり、その時に話した男の子。
彼が高熱を出して倒れたらしい。
病名はヴェドン病といい、極稀に一定年齢の子供を対象にかかる病気。
特殊な病であり、回復魔法では治らないそうだ。
治癒薬を生成するためには、西の魔の森に生えている月魔草が必要で、その採取をセルにお願いしようとしたのだが……。
「それ、セルが戻ってからじゃ……」
「それじゃ間に合わないんですっ! 発症から二十時間以内に薬を処方しないと、病気による衰弱が一気に進行して手遅れに……」
専用の治癒薬を発症から二十時間以内に処方しなければならない。
既に発症から半日以上が経過しているそうだ。
どうしてここまで初期対応が遅れたのか。
この病気のやっかいなところは、初期症状が風邪と変わらず、病名を即座に判断できないこと。
半日以上経過すると、紫色の斑点が皮膚に浮かび始め、そこでようやくヴェドン病だと気付くそうだ。
「ギルドに草の採取依頼は?」
「勿論、他の人が伝えに、ただ……」
群生地は普段なら魔の森の中でも比較的安全な場所にある。
だが最近、群生地の傍にはアイアンアントという巨大蟻の巣が見つかったそうだ。
アイアンアントはDランクの魔物だが、それは単体での話だ。
彼らは軍隊蟻とも呼ばれ仲間を次から次へと呼ぶ。
そうなると危険度はAまで一気に跳ね上がる。
ランクで言えばブラッドヒュドラと同じだ。
蟻に見つからず単独行動可能な優秀な斥候、もしくはセルのように実力のある高位冒険者なら単独でも月魔草を採取できる。
巣のせん滅となれば話は別だが、最悪群れに遭遇しても自力で切り抜けて離脱できる。
だが、そんな実力者が都合よく見つかる可能性は低い。
ならせめて人数だけでも集まればと思えるが、日中、この時間となると冒険者たちはかなりの数が外に出ている。
その上リスキー過ぎる依頼だ。
誰だって命あっての物種だし、受ける人はそういないだろう。
「一応聞くが、どこかに月魔草を保管したりしてないのか?」
「はい。月魔草は抜いて、早めに薬にして処方しないと、病に効く成分が失われてしまうので保存が効かないんです」
そういうことか。
それで、こんなにシルクは慌てて……。
「月魔草がある場所まではどれくらい?」
「大体、私の足で街から二時間ぐらいで……」
幸い、距離的には遠くない。
群生地の近くまでは道も拓けており、迷うリスクはなさそうだ。
今がお昼だから森を往復して戻ったら夕方前。
ジーク君の症状から逆算するに、およそ午後八時頃がリミットとのことなので、治癒薬を調合する時間を加味してもまだ間に合う。
勿論、余計な戦闘などで時間を取られないことが最低条件だが。
「あ、あのっ! トールさん」
「なんだ?」
「セルが話していました! ……トールさん、凄く強いんですよね。お願いですっ! 力を貸していただけませんか?」
「……」
シルクの必死な眼差し、無論助けられるならそうしたい。
さっきも助けて貰ったんだし、ルルは知っている男の子だ。
できることなら助けてあげたいが……。
「すまない。力を貸してあげたいが、俺は戦いの後遺症で今は戦えないんだ」
「そう……ですか」
「悪い、役に立てなくて」
「い、いえ……私の方こそ、無茶を言って、ごめんなさい」
俯くシルク。
加えて、こういう時に限って悪いニュースは重なるもので……。
「シ、シルクっ! 大変っ!」
「リンデさん?」
汗だくになって現れたのは、中年のシスターさん。
以前、俺も教会地下の結界補助を手伝った時に会ったことのある女性だ。
「さっきまで一緒にいたはずの、ララがいないのよっ!」
ララは教会でルルと共に暮らしている孤児の女の子。
ルルの容態を知り、教会でジッとしていられず、リンデさんを手伝おうと一緒に冒険者ギルドに訪れた。
だが、どれだけ交渉しても依頼を受けてくれる冒険者は捕まらなかった。
それでも、なんとかとリンデさんが粘り強く話をしているうちに。
いつの間にかララの姿は消えていたらしい。
「い、一体どこに……」
「わからない、おかしなことを考えていなければいいんだけれど」
それからリンデさんは、見つかったらすぐに知らせて欲しいと言い残し、走り去って行った。
「まさか……魔の森に? あの子、特にルルには懐いていたし……」
シルクの脳裏に最悪の想像が浮かぶ。
シルクの手がギュッと握りしめられる。
顔面蒼白になるシルクだが、やがて何かを強く決意した表情に変わる。
「わ、私……森まで行ってみようと思います」
「ちょっと待て、一人でか? ……そもそも、シルクは戦えるのか?」
「いえ……でも、私は魔除けの魔法が使えます。魔物と遭遇する確率は他の人よりぐっと下がります」
そうはいうが、戦闘が本職ではないシルク。
見つかったら確実に終わりだ。
魔物避けの魔法があったって、大量の軍隊蟻の中で見つからずに……かなり厳しいんじゃないのか?
「だからって……」
「でも、それしかっ! このままじゃ、もしかするとララまでっ!」
確かにここでジッとしていても問題は解決しない。
どちらにせよ、誰かが魔の森に行かないとルルは救えない。
いっそ俺も付いていくべきか?
だが、今の俺が何の役に立つ?
無策でついていっても何の意味もない。
邪魔になるだけだ。
誰かに助けを求めたいがティナもバルさんもいない。
どうして、こういう時に限って……あの二人はいねぇん。
(…………ったく)
おいおい、他人のせいにしてどうすんだ、アホか。
馬鹿なことを考えだした自分の髪をガシガシと思い切りかき乱す。
俺が馬鹿な挑戦をしたせいで、シルクに貴重な時間まで使わせた。
加えてここで無責任に彼女を放り出すのは恰好悪すぎんだろ。
使えるものはなんでも使え……もっと真剣に考えろ。
何か……ないか? 魔物に見つかったら終わりとか、そんなイチかバチかの賭けじゃない。
もし軍隊蟻に遭遇したとしても、月魔草を採取できる方法。
弱体化した俺は魔法も使えない。
マンドラゴラの声帯模写も失敗した。
手持ちの武器は一つもなく、あるのはこの身だけだ。
欲しいのはとにかく安全だ。
俺とシルクでは軍隊蟻どころか、普通の魔物と会うだけで危険だ。
それでも、俺もシルクも傷つかずに行動できるようになる。
超ウルトラCな手段が今、求められている。
本当にこのまま見送るしかないのか?
さよならを告げ、視界から消えようとしているシルクをもどかしい思いで見つめていた。
そんな時。
「…………あ」
シルクが外に出ようと、家の玄関を開いた。
扉の向こう側、視界の端に入ってきたソレ。
脳裏に強烈な電撃が走る。
(きたっ、本当にきちゃったぞ……舞い降りたぞ、天啓が)
本当にやるじゃねえか、俺の脳細胞。
いつもギリギリになって働き出すんだぜ。
「シルク……待つんだっ!」
「え、トールさんっ?」
家から去ろうとするシルクの手を強く握りしめる。
「俺も行く! もしかしたら本当になんとかなるかもしれねえ」
「……え?」
「準備してくる! だから先走るなよ! 絶対にそこにいろっ!」
俺は急ぎ準備に入る。
ここがセルの家であることが幸いした。
成功するか否か、要は俺がアレを騙せるかどうかだ?
言うことを聞いてくれるかどうか。
実行すると色々と後で問題が起きそうだが、今は緊急事態だからな。
多少のことはやむを得ない。
「シルク、待たせたな」
「ト、トールさん……一体?」
俺は建物から戻り、シルクの待つ門へ。
「あれ? そんな白いシャツ、先ほど中に着ていました?」
「…………」
「というか、そのシャツどこかで見たような、確か……」
「お黙りなさい」
「むぐっ」
シャラップである。
それ以上続けるのは許さん……と、俺はシルクの口元を塞ぐ。
「細かいことは気にしないでいいんだ。ルルとララを助けたいんだろう、違うのか?」
「は、はい?」
微妙に悪役風味の台詞に戸惑うシルク。
今はルルを助けること、それだけを考えればいい。
余計な雑念は死に繋がる……たぶん。
もう一度、持ち物を確認しておく。
採取ナイフ持った。
ポーション持った。
汗で湿ったセルのシャツを装備した。
完璧すぎる。
『あ、あ~』
「……えっ?」
声帯模写を発動、セルの声にボイスチェンジする。
その声に、シルクが驚き顔で俺を見る。
男の俺の口から親友の女の声が出れば吃驚するわな。
『あ~あ~、ただいまボイスのテスト中』
「こ、これって……セルの声?」
俺が何をしているのか理解できない様子のシルク。
いや、まぁ普通は理解できないだろうけど。
『あ~マイネームイズセル、マイネームイズセル』
「ト、トールさん……い、一体何を」
「まぁ見てな」
問題はここからだ。
さっきのマンドラゴラチャレンジは失敗した。
だが今度こそ、本当に頼むぜ。
俺は家の門に立ち振り返り、屋敷全体を見回す。
「……ふぅ」
セルの声で声帯模写スキルを発動。
スゥ……と大きく息を吸い込み。そして。
屋敷全体に届く大きな声で叫ぶ。
『我が命に従い、集え! 守護像達よ!』
セル家を守る守護像たちに、命令する!
セキュリティ目的で庭に設置された数多の像たちに告げる。
守護像の説明、家に来た時にセルから話を聞いていた。
彼らはセルの声で命令を受理して動くと……ならば。
(頼む……うまく行ってくれ)
本来はこの家を守る役割を持つ、強力な守護像。
うまくこいつらを動かし、力を借りてシルクの護衛ができれば。
「「…………」」
シン……と、空間を静寂が支配する。
命令したが無反応? ……また、また駄目なのか?
これが無理なら子供たちを助ける手段は俺には……。
「そういう……ことでしたか」
「シルク?」
少しして、俺の狙いを理解した様子のシルクが呟く。
「トールさん、確かに守護像は登録されたマスターの声で動きます。ですが、それにも専用の指示具が必要なんです」
「……そう、なのか?」
「はい。それが、なければ像にマスターの声が綺麗に伝わら……え?」
だが、シルクの言葉を聞いて諦めかけたその時。
ごごごごごご……と、地面から伝わってくる振動。
「お、お?」
「……う、そ」
地響きが大きくなっていく。
そして。
庭に配置されていた守護像たちが一斉に動き出す。
『『『『『御命令ヲ、マスター』』』』』
「しゃおらあっ! 成功だっ!」
「えっ、え……えええええええええっ?」
ふぅ……一瞬不安になったが、狙い通りに行ったぞ。
びびらせやがって。
ずらりと、俺の眼前に並ぶ十を超える数の守護像。
俺の身長よりも大きい青白い守護像たち。
見ていて、なかなかに圧巻な光景である。
「な、あ……ああ、あり得ないです。どうして指示具もないのに、トールさんの命令を?」
信じられない現象に口をパクパクさせるシルク。
指示具無しで、どうして成功したのか?
なんとなくだが、理由は推測できる。
似た経験が過去にあるしな。
きっと、どこぞのトリプッた声を伝えるスキルが働いたんだろうよ。
これが画像認識タイプだったらアウトだったな。
簡単な命令を出し、守護像の挙動を確認。
手を上げたり下げたり、俺の言った通りに動いてくれた。
「シルク、これならどうだ?」
「は、はい! アダマンゴーレム、しかもこの数があれば……」
しばし、呆然としていたシルクであったが。
「すごい……うん、これなら、これならっ……きっと」
その目に希望の灯がともる。
「よし……そんじゃ行くぜ、シルク」
「は、はいっ! で、でも……い、いいんでしょうか? 何も言わずに借りてしまって」
「……時間がねえんだ、後で言えばいいさ」
セルは貸さないとは言ってないしな。
駄目なら駄目ってきちんと事前に言うべきだ。
昨日の説明でもそんな注意は一言もされなかった。
い、いやまぁ、あれだ。
そんな無茶苦茶な言い訳は別にしても緊急事態だしね。
優先順位大事、何が大切かって話だ。
そりゃまぁ怒られるかもしれないけど。
助けられるのに、変に遠慮してシルクをほっぽり出したら、その方がセルはもっと怒る気がするよ。
とはいえ、さすがに全部持ってくのはまずいか。
適当に選別して、何体かは家に残しておく。
あまり数を連れて行っても道中で邪魔になるかもしれないし。
守護像を引き連れ、俺たちは魔の森へと急いだ。




