初依頼1
依頼に向かう前に受付嬢さんから話を聞く。
せめて街の周辺情報ぐらいは知っておきたい。
この街はアナセルの街という。
エストリア王国という国の西端にあり、一言で言うなら辺境の街である。
北に広大な山脈が、南には湖がある。
西には魔の森と呼ばれる物騒な名前の森が広がり、奥にいくほど強力な魔物が出る。
ルルル草という回復ポーションの材料となる草が森にはたくさん生えているそうだ。
安全な依頼と言ったのに、何故受付嬢はこの依頼を選んだのか。
それは森の奥まで行かなければ魔物が出ないからだ。
魔物がいない理由は街に魔物避けの結界が張られているため。
かなり強力な結界だそうで、街から一キロメートル圏内であればほぼ安全とのこと。
俺の場合、戦闘力皆無なので魔物が出たらほぼ詰みだからな。
基本的には安全な依頼だが一つだけ注意された。
稀に森に生えている赤い花の植物は見つけても絶対に抜かないようにとのこと。
その花はマンドラゴラ……抜いたら叫び声をあげる植物魔物。
声を聞いたら生命力を奪われるとか物騒なことを言われた。
俺はギルドを出る。
あ、そうだ。
森に出かける前にステータスウインドウを再確認しておくか。
ジョブの欄が変化して歌が増えているはずだ。
俺は念じてウインドウを出現させ確認していく。
*****************
ジョブが決定されました!
スキルを二つ獲得しました!
*****************
おや、一番上にメッセージが出ているぞ。
変化が生じた場合、冒頭で知らせてくれるのか。
ていうか、 いきなりスキル二つ? 歌以外にもあるのか?
名前:池崎透
LV:1
HP(生命力):15/15
MP(魔力):100/100
力:10
素早さ:10
体力:10
取得魔法:なし
ジョブ:吟遊詩人
スキル:魔力回復(特大) 魔力増量(特大)
言語伝達、言語伝達、言語理解、言語理解
歌(NEW!) 調律(NEW!)
確かに歌以外にも一つスキルが増えている。
調律とあるが、どんな効果なのかね。
ピアノとかでよく聞くワードではあるけど。
****調律****
声をスキル保有者の抱いたイメージに変化させて、近づけることができる。
他者を対象にする場合、手で体に触れる必要がある。
これ、どういう場面で使えばいいんだろ?
説明文を見るに声の指揮者みたいになれるのかな?
ついでに歌も調べておこう。
****歌****
歌うことで自身、周囲に様々な効果を及ぼす。
説明文短っ、どんな効果かは歌次第なのでこれ以上説明しようがないのかもしれないけど。
かなりざっくりな説明だけど……一通り、なんとなく理解することはできたのでよしとしよう。
しかしたくさんスキルを覚えても、現時点で殆ど使いこなせないのがネックだな、本当。
街の西門に着いた。
街は高さ三メートルくらいの壁にぐるりと囲まれている。
街は西からの魔物の侵入を防ぐ要所でもあるため、なかなか頑丈な造りとなっている。
辺境だが街の規模もそれなりに広いとのこと。
街門を出る時に一応、門番にご挨拶する。
「こんな奴街にいたっけ?」と怪しまれることもなかった。
話では街は東西にキロメートル単位で伸び、住人も千人以上いるそうだ。
兵士も一々顔を覚えてはいないか。
写真もないし住民票とかないからな。
門を出て、鬱蒼とした薄暗い森の中の道を歩く。
昨日は雨が降ったのか地面が湿っている。
森の中、ぶんぶんと飛ぶ虫がかなり気持ち悪い。
この辺も、この世界で生きるなら慣れていかないとな。
ルルル草の群生地は街から五百メートルくらい離れた場所にある。
二十分程歩いて目的地へたどり着いた。
大きな木々はなく、草がびっしりと生えている。
少し開けた場所で作業もしやすそうだ。
俺はルルル草を探す。
地面に生えている草はほとんどの種類が緑色。
そんな中、木の根元に生えた赤い花が目に留まる。
あれが話に聞いていたマンドラゴラだろう。
間違って抜かないようにしないとな。
パッと見は緑ばかりなので、最初はルルル草が見つかるか不安だったが心配は無用だった。
濃い緑色をした、葉が六枚ある草がルルル草だ。
遠目だと雑草などと見分けがつかないが、近くで見れば違いは一目瞭然。
着いてすぐに作業を始める。
サクサクと借りたナイフを使って刈っていくことにする。
採取にナイフを借りたのは、根を残しておくルールだからだ。
地上から出た草の部分だけ刈り取って、根だけ残しておく。
根があればルルル草は早く再生し、定期的な採取ができる。
この世界に来たばかりで手持ちの道具を所持していなかったが、ギルドの方で採取用のナイフと荷袋を貸してくれたので助かった。
ナイフは少し古びたものだが、手入れはしてある。
道具のレンタル料は報酬から差し引くそうだが、ありがたい。
黙々と作業をしていく。
なんとなく、小学生の頃の公園掃除とかを思い出す。
渡された袋一杯に草を詰めたら依頼は完了だ。
作業中、暑さで汗がだらだら流れ……喉が渇く。
(お金が入ったら外で水が飲めるように、入れ物を購入しよう)
脱水症状になったら洒落にならないしな。
まぁ今日は我慢するしかない……頑張ろう。
『……グ、グギギガ』
『……ギギガッ!』
そう決意すると同時。
森の奥からくぐもった声が聞こえた気がするけど……頑張ろう。
『グゴッ! グゴゴゴッ!』
この場所は安全なはずだし幻聴に決まっている。
独りぼっちで作業しているから、神経質になっているのかもしれない。
そう、これは俺の弱き心が生み出した幻聴。
『グゴゴゴゴゴゴッ!』
「…………」
と、信じたいところだが……さすがに三回目なので思い込みは危険な気がしてきた。
耳を澄ませば複数の足音が聞こえる。
音はこちらに近づいている。
俺は音と逆方向に移動し木陰に隠れることにする。
『……ギギガッ!』
『グゴッ! グゴゴゴッ!』
『コッチ……ヘンナカンジガスル』
声がした方を木から顔を出して覗く。
すると、視界の先に汚らしい茶色い肌にボロい布を纏った生物を発見。
身長は人間よりもかなり小さい。
個体差はあれど平均して一メートルくらいだろうか。
(あれ……どう見ても魔物だよな)
地球ではお目にかかれない生物……確かゴブリンてやつだ。
おいおい、この辺は安全で魔物は来ないんじゃないのかよ?
俺は地面にベッタリと身を伏せて息を殺す。
どう見ても友好的な感じはしない。
物音一つでも立てたら彼らに気づかれる。
昨日降った雨により、地面がかなり柔らかい。
ぬかるんだ泥の中に身体が沈んでいく。
ヌチャッとした感触が体に伝わってきて気持ち悪いが我慢するしかない。
こうなったら全身を泥まみれにして、土と同化してやるぜ……迷彩色ってやつだ。
服が汚れるが今はそれどころではない。
命が一番大事だ。
湧き上がる恐怖を押し殺して奴らが通りすぎるのを待つ。
うまくいけば俺に気づかずどこかにいってくれるかもしれない。
そんな甘い希望を抱くが、足音はどんどん俺のほうに近づいてきている。
『コッチ、ナニカイル、エモノ? アシアトアル』
どうやらゴブリンたちは俺を探しているようだ。
現実は無情で、すぐにゴブリンたちに囲まれてしまった。
ちくしょう、足跡を消すことなんて考えてもなかった。
森は彼らのホームグラウンド。
彼らからすれば俺を見つけだすことは造作もないのだろう。
音はもうすぐそこ、手が届く距離にきている。
『……ナ、ナンダコノ、チャイロイノ?』
上から降り注ぐゴブリンの視線を感じる。
エスケープ失敗、隠れるんじゃなくて即逃げるべきだったぜ。
どうやら完璧に見つかってしまったようだ。
だが、まだ攻撃はしかけてこない模様。
彼らと話し合いができればいいんだが、失敗した時が怖すぎる。
先ほど見た、こいつらの握っていた棍棒には赤い血がこびりついていた。
明らかな戦闘民族であり、下手に動くとどうなるかわからない。
反射的にこん棒を振り下ろしてくるかもしれない。
『カラダ、チャイロ……ゴ、ゴブリン……カ?』
『オ、オレタチト、オナジ?』
ゴブリン違え……と、突っ込みたい気持ちもあるが。
今は勘違いしてもらえるほうがありがたい。
ゴブリンたちがトンチンカンなことを言い出したのは今の俺の姿が原因のようだ。
服は泥まみれになっているからな。
その汚い姿から彼らは俺を同族かも? と考えたらしい。
なんにせよ好都合だ。
ゴブリンたちは攻撃をしかけてこない。
息を殺して、脱出の機を待つ。
武器もない俺はこいつらに隙ができるのを待って逃げるしかない。
戦うなどという選択肢は存在しない。
(お、落ち着くんだ俺、まだ諦めるには早いようだぞ)
緊張からドクンドクンと、高まる心臓の音。
会話のやり取りを聞くに、ゴブリンたちはあまり知能は高くないようだ。
隙を突ければもしかしたら逃げられるかもしれない。
俺はジッとそのチャンスを待つ。
『イヤ、ナニカ、チガウ……』
『……ゴブリン、モットチイサイ』
『ホブゴブリン?』
俺の周りで相談を始めるゴブリンたち。
『ホブゴブリン、ハダ……ミドリ、イロチガウ』
『コンナトキ……リーダー、イレバ、ワカルノニ……』
リーダーとやらはもっと賢いらしい。
『シンデイル、ノカ?』
棍棒でグリグリと俺の背中を押して刺激してくるゴブリンたち。
(い、痛ぇ! 痛ぇってば!)
強く押されて痛みが走るが、歯を食いしばって我慢する。
とにかく動かないことに全力を注ぐ。
死んでいると勘違いしてくれれば、どこかに行ってくれるかもしれない。
『ハンノウ、ナイ』
『ドウスル?』
『ヒトマズ、リーダーヲ、ヨンデ、キイテミルカ……』
そうだ、そのまま解散してくれ。
その隙に全力で逃げてやる。
リーダーとかいうのが来る前にな……。
『……ドウシタ? オマエタチ……』
『『『リーダー!』』』
おのれ、間髪入れずリーダー来やがった。
ズン、と大きな振動が近くから伝わってくる。
薄目を開けると、前方に緑色の巨大な足が見えた。
それだけで、とんでもなく大きな生物だということがわかる。
色を考えるにこいつがホブゴブリンてやつか。
ああ、詰んだ。これはさすがに無理だ。
もっと早く逃げておけばよかったと、己の判断ミスを悔やんでももう遅い。
『リーダー……』
『コレ、ワカル? ゴブリンカナ?』
『オロカモノメ……カンサツガンガ、タリンゾ』
子分のゴブリンを叱責するリーダー。
リーダーは俺をじっくりと見ているようだ。
視線を背中に感じる。
『…………マサカ、コイツハ』
『『『ボス?』』』
ボスだけあって他の個体よりも賢いらしく、俺の正体を看破したらしい。
くそ……どうする? 戦っても勝てる気がしない。
ゴブリン一匹なら体格的にまだどうにかなるかもしれない。
だが、この数が相手だ。
手元のナイフ一本で、俺になにかできるとは思えない。
『コレハ……ニッ!』
『『『ニ?』』』
まずい、バレている……ニンゲンであることが。
どうする? どうする?
ニンゲンだとばれたら碌なことにならないだろう。
ちきしょうっ、万事休すか?
ボスが口を開く。俺は死の覚悟を決め……。
『……ニッ、ニューゴブリン!』
(なるほど……俺は君を過大評価していたようだ)
ガ●ダムみたいな呼び方しやがって。
「おおおおおっ!」
俺は立ち上がり、全速力で駆け出す。
ボスがとても馬鹿でよかった。
動くなら子分ゴブリンの意識がボスに集まっている今しかない。
突然立ち上がり、動き出した俺に虚をつかれ驚くゴブリンたち。
『ニ、ニンゲンダゾッ!』
『リーダー、チガウッ!』
彼らの動きが止まったこの時間を無駄にするものか。
俺は立ち上がり、全速で駆けだして逃げだした。