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初級魔法しか使えず、火力が足りないので徹底的に攻撃魔法の回数を増やしてみることにしました  作者: 大地の怒り
第二章

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古竜騒動12

本日ラストの三話目です

ご注意ください

『やはり……こうなったか』


 虹竜に迫られるトールを見て黒竜が呟く。


 戦い開始から十分が過ぎ、虹竜の設定したタイムリミットが過ぎた。

 時間を知らせる結界内部に設置されていた火球は一つ残らず消滅していた。


「ト、トールッ!」


『騎士の娘、残念ながら結界内部の声は向こうに届かん』


 必死に叫ぶセルに……黒竜が無意味だと告げる。


「ち、マジで硬えなっ……おい!」


『無駄だ。戦いへの干渉はできん。お前たちには戦いが終わるまでこの中にいてもらう』


 試しに拳を結界に叩きつけるバルだが、逆に拳の方が赤くなっていた。

 結界から出て助けに入ることもできない。

 今のトールには前衛も後衛もいない。

 眼前の最強生物とサシの勝負など自殺行為に等しい。


『もし仮に外に出て、お前たち全員の力を合わせてもレライアには勝てん。だったらせめて、小僧の散り様を仲間であるお前たちがしっかりと見届けてやれ』


「勝手に決めるな!」


「まだ……わからない、未来は」


 セルとティナが黒竜に強く反論する。


『やめておけ、期待すると辛くなるぞ。あの小僧にここから何ができるというのだ。強い精神力には確かに実力差を埋める力がある。根性論などと侮れぬ、馬鹿にできない力だと私は思う。だが……それも限界がある。人と竜、この巨大で厚い壁は超えることはできない』


 物わかりの悪い子供たちに諭すように黒竜が言う。


「本当にまずいな、こんな状況じゃ、もう考える時間もねえぞ」


「う、さっき、そこの時間を計算する火球、こっそり増やしておけばよかった。一個ぐらいならバレなかったかもしれない」


 バルの言葉に反応するティナ。


 絶体絶命の窮地に立たされているトール。

 その顔からは動揺と強い焦りが漂う。


「未来はわからない……と言ったな、ティナ」


「ん、死相は出てる。でも、まだ……まだ気配は時々、一瞬だけど消えたりしている、揺らいでる……未来は決まってない」


「そうか……バル、トールは逆境にとにかく強いんだったな」


「ああ……」


「だったら……きっと、絶対に」


 見届けよう……この戦いの結末を。


 信じよう、ここ一番のトールの意地を。







『さて……覚悟はいいな。結局、貴様は我が鱗に傷をつけることは叶わなかった。約束したな、十分したら貴様の身体を引き裂くと』


「っ!」


 虹竜の冷たい視線を受けて、反射的に後ずさる足。


『今更命乞いしても聞かんぞ。己の分をわきまえず我に逆らった結果がこれなのだ』


「……」


 風前の灯火となった俺の命。


 まずい……このままでは確実に殺される。


『馬鹿な男だ。我に逆らわなければ、大人しく言うことを聞いておれば、相手が同じ人間であれば貴様が負けることはおそらくなかっただろうに』


 虹竜の全身から膨れ上がる殺意、そして。


「っ!」


 話は終わりと、虹竜が猛スピードで突っ込んでくる。

 セルと違い、俺なんかがあの巨体の突進をまともに受けたら、全身がバラバラになってもおかしくない。

 襲い掛かる風圧でバランスを崩しながら、強引に横っ飛びする。


 無様に転がりながらも回避するが……。


『……遅すぎる』


 身体の真横ギリギリの位置を狙って振り下ろされる長い尻尾。

 尾撃により破砕する地面、衝撃で数メートル浮き上がる俺の身体。

 そのまま受け身も取れずに地面に落下。


「ぐ、がっ!」


 背中から伝わってくる強烈な衝撃。

 急いで全身に合成ヒールをかけて、傷を癒やす。


『……休んでいる暇はないぞ』


「くっ!」


 起き上がると同時、ふたたび尻尾のなぎ払い攻撃。

 虹竜にとっては虫を払う程度の手加減した攻撃なんだろうが、戦士職でない俺にとってはそれだけで致命傷。

 だが、ティナのように空を自由に飛べるわけでなく、並の身体能力の俺がいつまでも避けきれる理由はなく。


 ほんの一瞬反応が遅れただけで。

 数度のやり取りで、尻尾がほんの少しだけ腹部に掠った、たったそれだけで簡単に吹き飛ぶ。

 あばらが何本かへし折れる音がした。


「がっ……」


(駄目だ、に……逃げることしか、できねえっ!)


 魔法で動きを止めたくてもこいつは止まらない。

 行動を阻害することすらできねえ。

 大人と子供なんてもんじゃねえ、どうしようもない絶対的なステータスの差。

 加えて、回復魔法だと体力は回復しねえから、時間経過とともに疲労はどんどん蓄積していく。


「はぁっ、はぁ……」


『最初、我に吠えた威勢はどうした?』


 口元から零れた血液を腕で拭い去る。

 回復魔法で傷を癒して立ち上がるが、またも尾撃だけで吹き飛ばされる俺。

 砂埃で汚れた身体でよろよろと立ち上がる。

 そこで、ゴロゴロと上空から音がしているのに気づく。


『まだ、この程度でくたばるなよ』


 空を覆う雷雲。

 森で見た虹竜の落雷による広範囲の魔法攻撃。

 逃げ道を塞ぐように上空から降り注ぐ。


 苛烈さを増していく虹竜の攻撃。

 できる限り落雷を魔法で相殺しつつ、落雷から逃れようと汗だくになりながらも必死に走り回るが……。


「く、そっ! 【【【【【ヒール】】】】】」


 再び虹竜の魔法か、引き起こされた地割れに行動を阻害され転倒。

 嫌な予感がしたので、即回復魔法を詠唱して残響。


「ぐ、があああああああああっ!」


 悲鳴を上げ、被雷しながらも持続型の回復魔法で無理矢理耐える。


 幾本もの落雷が己の身体に連続して降り注ぐ。





「う、ぐっ……はぁ、はぁ……」


『大した……回復魔法だ』


 落雷でボロボロにされ、膝をつきながら俺は立ち上がる。

 マジで回復魔法がなかったら、ダメージで何回死んでるんだ。


『だが貴様自身の耐久力は並の人間と変わらん、回復が間に合わない速度で消し飛ばすことは、我ならさして難しいことではない』


「…………」


 森で見た天変地異はこんなもんじゃなかった。

 俺で遊んでいるのだろう、腹が立つ。


『それに、なまじ強力な回復魔法が使えるというのも考え物だな。苦しむ時間が増えるのだから』


「ち、くしょう」


 機動力も攻撃力も防御力も、俺は全部こいつに勝てない。

 強いて言えば攻撃力が一番近いが、滅茶苦茶な虹竜の防御力のせいで、差し引きは酷いマイナスだ。


(足りないものが、多すぎる)


 ティナとの模擬戦もブラッドヒュドラの時も、それなりに俺が勝る面があったと思う。

 だけど、こいつはほぼ全部の面で俺を上回っている。


 死にたくはねぇ……だが、どうしたらいいんだ。

 ここで立っても同じ事の繰り返しだ。

 激痛を味わう回数が増えるだけ。


 あまりに絶望的なこの戦い、活路が……まったく見えねえ。


『ふん』


 また尻尾に吹き飛ばされ、木に叩きつけられる身体。

 そして回復魔法、ただの時間稼ぎにしかならないかもしれない。

 それでも、虹竜に遊ばれているんだと知りつつも、何度も繰り返し回復魔法……生きるために。


『気に、入らんな……その目』


「はぁ、はぁっ……あ、あぁ?」


『もっと簡単に心がへし折れると思ったが……』


 血で、泥で汚れ、ボロボロの姿となった俺を見て、少し苛立たしそうに呟く虹竜。


『理解できんな。まさか本当に勝ち目があると思っているのか? それとも苦痛を楽しむ趣味でもあるのか? この状況なら普通、諦めて死んだ方が楽だと考えるものだ』


「はは、だ……ろう、な」


 虹竜の言う通り、足掻いても苦しむ時間が延びるだけ。

 それは、わかってんだ。

 一撃受けたら楽になれるんだろうよ。


 回復魔法で身体が癒えたって精神的ダメージは蓄積していく。

 繰り返し与えられる激痛、こんなのは拷問に等しい。


 痛い、逃げたい、楽になりたい……そんなの当たり前だ。


 そんな気持ちに無理矢理蓋をして。

 生への渇望が身体を動かしているだけだ。



「……が、はっ!」


 虹竜から射出される火球をまともに受ける。

 疲労で詠唱して防御する余裕すらない。

 またも、無様に地面を跳ねて転がっていく。


『貴様は言ったな、我のことを傲慢だと。確かに貴様から見たら今の我はそう感じるかもしれん。だが、そんなものは視点が変わればどうとでも変わる。不条理な力で抑えつけることが傲慢というのなら、家畜どもから見た貴様ら人間も同じだろう』


「……」


『正しい正しくないを論じるつもりはない。我から見れば己の力量を把握せず対等であろうとする貴様の発言こそ傲慢だ。我は最強種、竜だ。何故弱者に合わせなければならない、わざわざ下まで降りて来なければならない。強き者に弱き者が従うのは自然の摂理。対等であろうとするなら口先だけでなく、我を納得させるだけの力を示してみろ!』


 地面に倒れたままの俺に、言いたい放題の虹竜。

 疲労と痛みで反論する余裕もないぜ。


 まぁ……そもそも、何言われようがどうでもいいが。

 寧ろ長い台詞を喋ってくれたら、体力回復できてありがたいぜ。


 ゆっくりと、身体をひきずりながら、また立ち上がる。

 呼吸が苦しい、傷が癒えたって意味はないかもしれない。



 それでも……探せ、かすかな勝機を。



『その闘志、少しだけ褒めてやる。だが……無駄だ』


「…………」


『貴様の魔法は竜にも届きうる……相手が他の古竜、例えば氷竜あたりに貴様のファイアボールをうまく当てることができたなら、貴様が勝利する可能性も少ないがあったかもしれん。だが我には勝てない。魔法使いである以上、絶対に……例外なくな』


「例外なく? ……しっかり一撃くらってんじゃねえか」


『だから奇跡だと言っただろう? 二度目は万が一にもない』


「はは……だったら百万分の一くらいは確率があるってことだな?」


『……ほざけ』



 と、強がってみても。何の策もないわけだが。



『強がりもそこまでいけば大したものだ。貴様にわずかばかりの敬意を表し……一瞬で楽にしてやる』


 上空へと羽ばたく虹竜。


『我の全力のブレスだ。貴様の全魔力でも迎撃は不可、消し炭一つ残さんぞ』


 そして大きく口を開ける。

 ブレスの構え、口元に生成されるエネルギーの塊。


『アアアアアアッ!』


 収束していく超高密度なエネルギー、先ほどより強い輝きが虹竜の口元に集まり、俺目掛けて勢いよく発射される。

 言う通り、迎撃はたぶん無理だろう。

 回避も俺の身体能力じゃ無理。加えて今は疲労困憊。


 だったら……普通じゃない方法で避けるしかねえ!


『『『ウインドボール』』』


 ダメージ覚悟で自分に向けてウインドボール。

 風魔法で強引で無理矢理に急加速、空へと急浮上して緊急回避。


「ぐ、っ!」


 魔法の衝撃で意識を失いそうになるが痛みは無視。

 浮上直後、俺のいた場所をギリギリのタイミングで通過する虹竜のブレス。

 触れた全てを消し飛ばすエネルギーの爆流が世界の果てまで続きそうな勢いで地形を大きく削りとっていく。



「おおっ、おおおおおおおおおおおおっ!」


 回避はできたものの、高い高い……やばいって。

 高度四十メートルくらいか。

 パラシュートなしのスカイダイビング、超こええ。


 だが正直運がよかった。

 ピンポイントで空中、視界正面に入った虹竜。

 ぶっつけ本番で飛んだのだが、うまい位置に飛べたらしい。


 ブレス中の虹竜にそのまま勢いでカウンター。


【【【【【ウインドボール(300)】】】】】


『っ!』


 慌てたように翼をはためかせて、高度をあげて魔法を回避する虹竜。


(……避けた、だと?)





 空中で一瞬の攻防を終えたあと。


 落下スピードを減らすために自分にウインドボール。

 着地は完璧にとはいかず、全身を強打したが強引に回復魔法。


 腕が折れようが、足が折れようが、回復魔法で治る。

 回復魔法頼りのあまりに乱暴な行動。

 なんか、だんだん痛みになれてきている自分が嫌だ。

 いや、滅茶苦茶痛いんだけどな。


 超危機的状況のせいか、痛みを味わうのに躊躇がなくなってきている気がする。


「はぁ、ふっ……はぁ……」


『よく、あがく……本当に』


 ゆっくりと俺の前に下降してくる虹竜。

 ズタボロになりながらも、また立ち上がる俺を見て呟く。

 だが今の俺には虹竜からの言葉もあまり耳に入らない。


 胸中を支配する大きな疑問。


(なぜ……避けた?)


 緊急回避からのカウンターに、そんなに驚いたのか?

 十分変化の間に合うタイミングだったはずだ。

 さっきまで、自信満々に変化で防いでいたのに。

 さっきの二連撃でもない、母音詠唱を使った不意打ちでもない。


 なのに……こいつ、どうして。

 咄嗟にとった反射的な行動なのか?


(……まさか)


 浮かび上がる推測。当初から小さな違和感はあった。

 何故こいつは最初、俺のファイアボールを凌げなかった?

 まさかの攻撃力に油断したからか? いや、だったら今のは?

 二回も油断したのか? ……まさか。


 ここまでのやり取りが推測を確信に変えていく。


「咆哮が……変化能力と連動しているのか?」


 虹竜の眉がピクリと動く。


 奴が大きく動揺したのは、二回ともブレス中にカウンターされたパターンだ。

 ブレス中は咆哮ができない……だから変身もできない。

 筋は通る。


『よく……気づいたな。まぁ別に隠していたわけでもないが』


 俺の言葉に少し感心した素振りを見せる虹竜。


『貴様の言う通りだ。魔力と肉体には密接な関係がある。肉体の性質を変化させるには、魔力波長を変化(属性変化)させるだけでは不十分、各々の波長の変化に一致するよう肉体を共鳴させねばならない、ゆえに咆哮が必要となる』


「…………」


『我ら虹竜は咆哮を自在に操り、己を含め八種の竜に変化できて、初めて一人前とされる……このようになっ!』


 すぅ……と息を吸い込む虹竜、そして。


『ガアアアアアアアアアアアッ!』


 カメレオンみたいに変色していく虹竜。

 ペイントソフトでRGBのカーソルを移動してるみたいだ。

 火竜、氷竜、水竜、地竜、風竜、白竜、黒竜……そして、通常の虹竜形態の八種類に変化していく。

 ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド……と変化させるように。

 些細な違いをつけ、絶妙に使い分けて咆哮している。


「…………」


 そうか、そういうことだったのか。


 正直、細かい変化の原理や理屈は半分も理解できねえが結論だけは理解できた。


 そうだよな、ゲームのボスじゃねえんだ。

 演出効果なんかで一々変身に声をあげるはずがない。


 なんだ……同じじゃねえか。


 俺らの魔法(詠唱)と同じじゃねえか。

 発動速度は速いが、必要なプロセスは結局同じ。


 だったら……。


(こいつは今……大失敗を犯したかもしれねえぞ)


 思いついたのは一つの奇策。


 このやり方が虹竜に通じるという保証はない。

 決まる可能性は低い、成功条件は厳しい、リスクも滅茶苦茶高い。

 だけど……これが完璧に決まれば虹竜を倒すことだってできるかもしれない。


 だが一方、何も出来ずに死を迎える可能性も高い。

 一度しか使えない攻撃手段、本当に博打だ。

 地雷の埋まってる危険地帯に自分から突っ込むようなもの。


 虹竜の性格を考えるに少しはいけそうな気もしないでもないが……。



(……やるのか俺? 本当に?)


 とはいえ……他に有効な手があるわけでもない。

 迷いは死に直結する。

 わかってはいるが……危険過ぎてなかなか踏ん切りがつかない。



『お、おい小娘っ! 何をしているっ!』 


「ん?」


 緊迫した場の空気を壊す、黒竜の声。

 視線を送ると、黒竜の作り出した結界内部から薄煙があがっていた。


 い、一体何が起きて? 


「え? ティナ?」


 先ほどの煙はティナが結界の中から小規模の攻撃魔法を使ったらしい。

 音が聞こえない結界の中から何かを伝えようとしているのか。

 結界をバンバンと叩くティナ。


 そして……。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それを見た瞬間、すぐには理解できなかったが。

 徐々にそのサインの意味を理解する。



 もしかして、もしかして……。



「は、ははっ……ははははははははっ!」


『何が、おかしい……痛みで狂ったか』


 突然笑い出した俺を気味悪げに見つめる虹竜。


 俺は汲み取る彼女のサインの意味を。


 そうか、そうかよ。あんがとよ……ティナ、最高の応援だわ。

 おかげで自信を持っていけそうだ。



 迷いは……完璧に消えた。



「虹竜……足掻くのはあと一回、次が最後の勝負だ」


『…………ほう』


 俺の覚悟が伝わったのか。

 虹竜の瞳に真剣さが増した……気がした。


「それと……だ。また奇跡だ、なんだと後で文句言われたら嫌だからな。はっきりと宣言しておく」


『なんだ?』


 俺は虹竜に向けて、ゆっくりと手を突き出す。


「ファイアボールだ。ファイアボールをてめえの身体にぶち当てる」


『貴様……正気か?』


「正気だよ、どうせ詠唱しても読まれるみたいだしな。信じる信じないはてめえの自由だが、俺はちゃんと伝えたぜ」


 これで後戻りはない。

 真っ直ぐに突っ切るだけだ。


『何を……考えている。貴様が何をしようが、どんな魔法を撃とうが我の変化の方が貴様の魔法の発動よりも早い、詠唱で先読みできる以上、それは確実なことだ』


「だろうな」


『それとも……我が気づいていないと思っているのか? 最初は見逃したが、しっかりと魔力感知で貴様を調べれば』


「ああ……俺のポケットにある、最後の秘薬のことだな」


 残り一つの秘薬をポケットから取り出す。


『……本当に、理解できんな』


 動じた素振り一つない俺に戸惑う虹竜。


『まさか自分から手札を全部暴露するとは、負けた言い訳にでもするつもりか?』


「逆だ……これで駄目だってんなら潔く認める」


 俺と虹竜の視線が交錯する。


「完璧に認めるよ、自分の無力を……完全敗北を」


『……いいだろう』


 俺の言葉に満足したように、空高く飛んでいく虹竜。


『何をしようが、どんな策を用いようが……貴様はこの爪で引き裂かれる、それを教えてやる』


 一層増した虹竜からの威圧感。

 ピリピリと緊迫した空気が……痛い。



『いくぞ……貴様の最後の悪あがき、見せてみろ!』 


 対峙する俺を見つめ、何度か翼を動かしたあと。 

 ついに動き出す虹竜。

 轟音を引き連れて、超スピードで滑降してくる。


「……ふぅ」


 深呼吸……不思議と緊張はしていない。

 覚悟を決めたせいか恐怖も今はない。

 勝つための最善を尽くす、忠実にイメージ通りにやるだけ。

 虹竜の姿を見失わないよう、目をしっかりと開く。

 一気に距離を詰めてくる虹竜。


 まだだ、もう少し引きつけろ……虹竜を。


 両者の距離はおよそ二十メートル。


(ここだっ!)


【【【【【アースボール(300)】】】】】


『ガアアアアアアッ!』


 咆哮し変化していく虹竜。

 巨大な岩砲弾が地竜形態となった虹竜に直撃。

 正面衝突による強烈なカウンターも虹竜には通じない。


 ダメージは当然ないが、少しでも動きが止まってくれればそれで十分。

 さっき地竜は飛べないって言ってたもんな。

 地竜形態は飛行できないため、空から落下していく虹竜。



 ここまでは予定通り。

 生きるか死ぬかの分岐点はこの先にある。


 詠唱終了と同時、虹竜に土魔法が着弾する前から俺は二つ目の秘薬を口に入れており……一気に回復していく魔力。


 副作用なんてのは、生き残った後で考えれば良い。

 この状況で使うことに躊躇なんかしねえ。

 最後の勝負のための準備は完了。


 さぁ……いくぜ!



『は、走っただとっ!』



 耳に入る、見物人の黒竜の驚きの声。

 落下中の虹竜の着地点目掛けて全力で突っ込む。


 どんなに素早い詠唱をしても虹竜には読まれてしまう。

 母音詠唱だろうが言語伝達のせいで虹竜には読まれてしまう。

 考えたが、これはもう……本当にどうしようもない。

 とすれば防御されないために残された方法は一つ。


 両者の物理的距離をゼロにして、発動から着弾までの距離を失くす。


 虹竜まであと十メートル……まだ遠い。

 時間が過ぎるのがあまりに遅い。

 鈍足な己の足が、身体能力の低さが……恨めしい。


 虹竜の巨体がそのまま地上に落下。


 先ほど粉々になった巨大岩に加え、虹竜の着地により砕けた石片が空中に飛散している。

 貧弱な身体に鞭を打ち、汗と泥にまみれ、石の雨の中を全速で駆け抜ける。


 ゼロ距離での一撃……それが俺の唯一の勝機、そのために。


 被弾して皮膚に痣ができようが、額から血が出ようがそんなのは無視だ。

 どっかの骨が折れようが、動けりゃいい。

 痛い……が、どうってことねえ。

 得られるリターンを考えりゃ微々たるもんだ。



『やはり、な……それしか手はないだろう』


 必死で近づこうとする俺を見据える虹竜の視線。

 その瞳に動揺などは一切ない。

 黒竜は考えていなかったが、虹竜の方は距離を潰すという俺の行動を予測していたようだ。


『さぁ来い……最後の勝負、受けて立ってやる!』


 虹竜との視線が交錯する。

 てめえのお望み通り、いくぞ。


 正真正銘……最後の一撃を。



【【【【【……炎よ】】】】】


『な、なにっ?』



 詠唱を開始する。


 宣言通り、詠唱はファイアボールだ。

 それも最もタイミングの予測しやすく、対応のしやすいフル詠唱。

 失敗の見えた、あまりに無謀過ぎる行為。


『いや、そうか……貴様なら直前で切り替えられるか』


 一瞬、戸惑った虹竜だったが……。

 すぐに冷静さを取り戻し、狙いを理解したような表情に。


 詠唱は前唱と後唱で構成されるが、俺は後唱だけで発動する短縮詠唱が可能だ。

 つまり、最初こそファイアボールの前唱でも、最後にウォーターボールと叫べば、結局はウォーターボールが発現する。


 ここで詠唱を開始しても俺の不利にはならない。


【【【【【我が前に立ち塞がる敵を撃て】】】】】


『……』


 そのままファイアボールの詠唱(前唱)を続行する。

 別の魔法に切り換えるのか、そうでないのか。

 俺の挙動をしっかりと観察し、見定めようとする虹竜。


 俺の短縮詠唱が発動するよりも虹竜の変化の方が早い。

 距離を詰められても対処できるという自信が虹竜から伝わってくる。


 虹竜の胴体はもう目前だ。

 残り一メートル……あと少し、もう少し。


 そしてついに、虹竜の鱗に俺の手が届いた。



【【【【【ファイアー】】】】】】


『ガアアアアアアアアアアアアッ』


 完璧にファイアボールと判断した虹竜。

 これまで何度も繰り返したように咆哮を開始する虹竜。


 宣言通りのファイアボールに対応しようと。

 咆哮と同時、虹竜の鱗が変化していく。


 澱みなく、滑らかに……。

 俺の詠唱が終了するよりも早く、色が変わる。



 ()()()()()()()()()()()()



『……………ッ!』


 目を大きく見開く虹竜。


 気づいたか? 

 己の身に起きた異常に気づいたか?


 思い通りに変身できないことに気づいたかよっ!



 ()()()()()()()()調()()()()



 咆哮を狂わせ、てめえの身体が俺の思い通りの色になるように。


 さっき咆哮の違いをしっかりと聞かせてもらった。

 自分で言うのもなんだが音感はいいんだ。

 余裕がない時ならともかく、一度きちんと聞けば違いは理解できる。


 長かった、本当に大変だった……心が折れそうになった。

 調律は直接、手で対象に触れなきゃ発動しない。



 ようやく……この状況に辿りつけた。



(くらいやがれっ!)


【【【【【ボオオオオォォォル!】】】】】


 がら空きどころか、弱点属性になった虹竜のボディに、ありったけの魔力を込めた最後の一発を叩き込む。


 綱わたりの策だった。

 そもそも、人間に通じたスキルが竜に通じるという保証だってない。


 クリア条件は厳しいものだった。

 思いつくまで時間がかかった。

 足掻いて、足掻いて、虹竜の特性を理解して、ようやく見えた勝機だった。

 死ぬ気で接近して、ゼロ距離でのみ使える手、ただし防御不可の一撃。


 嬉しかった……本当に嬉しかった。

 最後、虹竜が『受けて立つ』と言ってくれて、本当に嬉しかった。


(これは……受けた時点で負けなんだよ)


 そうしたのは、自身のプライドか、絶対的強者の余裕か。

 間近の特等席で俺の失敗を見届けて満足したかったのか。

 なんだか知らんが。


 結局のところ、要するに。



「……舐めすぎなんだよ、てめえは」


『っ!』


 そのまま遠くへ、火球に押されて虹竜は勢いよく吹き飛んでいく。







(何故……だ?)


 どうしてこうなった?

 どうして我は二度もこの小僧にっ!


『ぎ、が、あああああっ!』


 意地で押し返そうとするも火球に押され、みるみるうちに焼け焦げ、煙をあげていく氷の皮膚。

 さすがにこの状況では変化する余裕もない。


 またも、またも我に痛みを……さっき以上の激痛を。


(に、人間如き、が……また)


 な、なんという屈辱だ。

 許さん、絶対に許さんっ。


 確かに完全に予想外の一手だった。

 だが、同じ手を使われても次は通じん。

 二度と我に近づかせん。


(よくも、よくもっ!)


 思いのまま、激情に任せて叫ぼうとして……。

 視界の隅、火球の向こう側に見えた小僧の姿。


『…………っ!』


 疲労と怪我で今にも倒れそうな小僧。


 その姿を見た瞬間、吐き出しそうになった言葉を飲み込んだ。


 力を使い切ったのか膝を地に着き、ふらふらの満身創痍、いつ意識を失ってもおかしくないほど。

 限界ギリギリの状態、どう見ても我に一撃を加えた人間とは思えない。

 それでもなお目だけは闘志を宿し、敵である我を見据えている。



 ――舐めすぎなんだよ、てめえは――



 脳裏でリフレインする小僧の一言。


(おの、れ……)


 力の差を考えれば、こうなる前に小僧を止めることもできたはず。

 自身の感情を優先し、賭けなどを提案して遊んだ結果がこれだ。


 小僧は身体をズタボロにされ、時間切れになり、我にいたぶられ、すぐそこに死が迫る中でも、諦めずにかすかな勝機を探し続けた。

 持てる全てを出し切り、死力を尽くして我への攻撃を成功させた。



 小僧に対して我はなんだ?

 何をしているんだ我は? ……そうじゃないだろう。


 これ以上、無様な姿を晒すつもりか?

 まだ恥の上塗りをする気か?

 次は通じない? 我は何度同じことを言うつもりだ?


 我の身体は氷竜そのものというわけではない。

 炎耐性への弱さも純粋な氷竜よりは幾分かはマシだ。

 相当なダメージになるだろうが、死ぬことはあるまい。

 だがもし……小僧に今以上の魔力があったとしたら。


 ()()()()()()()()()()()()()()



(腹が……立つ)


 心底、腹が立つ小僧だ。


 ならば、我がここで言うべき台詞はコレしかないではないか。



『小僧おおおおおおおおっ!』



 我は小僧を睨み、意識が残っているうちに叫ぶ。



『…………見事』


「っ」



 戦いの終幕を知らせる大爆発が、辺り一帯を包み込んだ。

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