古竜騒動7
古竜たちから逃げるため、街を出ることを決意した俺。
そうと決まれば行動は迅速にだ。
いつ虹竜と黒竜に二股の件がばれるかわからないからな。
そして一時間後。
準備を終えた俺たちは街の東門にいた。
必要な食糧、お金諸々……きっちり用意。
同じく隣には旅の支度を終えたセルとティナの姿。
俺たち三人を見送るのは副ギルド長とバルさん。
「君の旅の無事を祈っている」
副ギルド長と別れの握手をする俺。
「トール……一緒について行ってやれなくてすまねえな」
「いえ……」
バルさんは最初お酒を飲ませた責任もあって、重要な仕事をキャンセルしてまで付いてきてくれようとしたのだが、気持ちだけ受け取ることにした。
今回はティナとセルもいるし、あまり大人数でも目立つしな。
さて……行くとするか。
ようやく慣れてきた街だ。
ここを離れることに、少しだけ寂しい気持ちになる。
だが……ずっとここに留まるわけにもいかない。
奴らが俺のしたことに気づく前にエスケープである。
「それでは皆様、短い間ではありましたが、本当にお世話に……」
『こぞおおおおおおおおおおおっ!!!』
『どこだ、どこにいるうううううっ!!!』
「「「「「…………」」」」」
別れの挨拶をしようとしたところ。
街中に響き渡る大音量ボイス。
天地を震わすその声には凄まじいほどの怒りの感情が込められているのがわかる。
『あそこだレライアッ! 見つけたっ! 見つけたぞ、あの小僧だっ!』
『おのれええぇ! よくも我らを虚仮にしてくれたなあああっ!』
どうやら、俺の旅路は始まることすらないのかもしれない。
翼を勢いよくはためかせ、猛スピードでこちらに飛んでくる古竜たち。
二股(?)をかけたのがバレないうちに、早く街を出ようとしたのだが。
(ちくしょう……間に合わなかったか)
どうやら少しだけ逃げるのが遅かったらしい。
想像以上に向こうが気づくのが早かった。
『ふうぅぅ……ここまで酷い侮辱をされたのは何百年振りだろうか……』
『小僧ぉ、覚悟はできているんだろうなっ!』
夜空に浮かぶ二体の巨大生物。
虹竜と黒竜、その鋭い視線が俺へと注がれる。
めっちゃ怖い目で睨んできている。
その息は荒く、目は血走り、興奮状態なのが一目見ただけでわかる。
「ト……トール」
「ど、どう……する、の……これ」
(……ど、どうしようかな、本当)
隣から聞こえたセルとティナのかすれ声。
やべえ……これは本当に詰んだかもしれない。
『信じられんことをする小僧だっ!』
『くっ……私の目も曇ったものだ。すっかり騙されたわっ! まさか既に虹竜と約束を交わしていたにも関わらず、このようなふざけた真似をするとは考えもしなかったっ!』
悔しそうな顔を見せる黒竜。
だがまぁ、本人にも読めなかったし無理もない。
『おのれぇ……先ほども騎士の娘の代わりに、汝を選んだ私を内心で嘲笑っていたのだなっ!』
「い、いや……そんなことは、あれはあれで本気だったんです!」
黒竜がギロリと俺を睨む。
「こ、こうなったのにはとても深い事情がありまして……」
『『ああ? 事情だとおおぉ……』』
黒竜と虹竜の声がシンクロする。
こいつら実は仲いいんじゃねえのか? ……口調もかなり似てるしよ。
俺という共通の敵が生まれたおかげで、彼らの結束を高めてしまったのかもしれない。
とりあえず、こうなったらあれだ……ひたすら謝るしかない。
日本人の得意技を発動させるぜ。
「だ、騙すつもりはなかったんです。わ、忘れていたんです……その、すみません」
『忘れていたぁ……貴様にとって、この我との約束はその程度の認識だったということかあっ!』
吠える虹竜。
め、めんどくせぇ。
「その……ちょっと特殊なお酒を飲んでですね。記憶から抜け落ちていたんです。あ、謝ろうと思ったんです……お二方に本当に悪いことした気持ちはあるんです。もし会ったら誠心誠意謝罪する用意はあったんです」
『謝罪だと? ……では背中の荷についてはどう説明するつもりだ?』
虹竜が俺の背中の荷袋を指さす。
「こ、これは……旅をするのに必要だからです!」
『そんなことはわかっている! 何故夜中のこんな時間にそんな物を持って街の外門にいるのかと聞いているのだ!』
「そ、それは……旅をするのに必要だからです!」
『こ、この男はぁ……もっと具体的に質問してやる! だから何故旅に出る必要がある? 貴様は我らに謝罪するつもりだったのだろう? まさか、また嘘をついたということかっ!』
「う、嘘ではありません! 俺はもし次に会ったら土下座でもなんでもするつもりでした!」
『口ではなんとでも言えるのだっ!……貴様は言葉と行動の矛盾が多すぎる』
「な、なに一つ矛盾してないですっ!」
『ああ? 矛盾しているだろうがっ! 正直に話せっ! この後に及んで見苦しい真似をするでないわっ!』
俺は決して嘘はついていないのに。
古竜の望む通り、すべて正直に話す。
「だ、だって……謝罪はあくまでお二方に会った場合にするという話ですから、会わなければ謝罪の必要すらないので、それにこしたことはないと思い、街を出ようと……あとは姿をくらまして、時間が全部解決してくれるのに賭けてみようと考えました」
『『た、ただの屑ではないかっ!』』
いや……んなこと言われてもな。
謝ってもこいつらが許してくれる気がしなかったし。
そりゃ逃げますよ……当然だろ。
その方が圧倒的に生存率高そうだもの。
『悪いことをしたら、まず御免なさいだろうがっ!』
『そんな基本的なこともできんのかっ!』
なんかお母さんみたいなことを言い出しやがった。
『き、貴様という男は……人間だとか竜だとかそういう問題ではないぞっ!』
『生物としての品格が問われるわっ!』
「い、いや……だから、それには色々事情が」
激高する古竜たち。
ネチネチ、グチグチと俺を責め立てる二体の竜。
絶対に許さんだの、五体満足で済むと思うな、とかなんだのと。
これはもう駄目かもしれん……本当に。
諦めの感情が心を支配していく。
謝罪は失敗。こいつらは絶対に俺を許してくれないだろう。
『このコウモリ男がああっ!』
『本当に調子のいいことばかり言いおってえ……』
(…………あぁ?)
だが、はっきりとそれを認識すると同時。
別の感情も心に芽生えた。
追い詰められて覚悟が決まったせいか。
ふつふつと少しずつ湧き上がるのは怒りの感情だった。
何故俺だけがこいつらに責められているのか。
確かに俺も騙すような真似をしたよ。
その点は悪かったよ。済まないと思ってるよ。
うん、二股は確かに良くない。
だけどよ……こいつらは本当に俺を一方的に責める資格があるのか?
俺だって古竜どもには沢山迷惑を掛けられているわけで。
魔の森で行われた古竜たちの戦い。
そのせいで街の魔除けの結界が消え、魔の森でゴブリンに襲われ死にかけた。
演習では黒竜の血を得て進化したらしいブラッドヒュドラに襲われ死にかけた。
次は湖で虹竜に身勝手な理由で襲われ死にかけた。
こっちはここまで三回も死にかけてんだぞ。
こいつらのしたことに比べれば、俺の二股くらい可愛いもんじゃねえのか?
「……ト、トール?」
俺の様子に異変を感じたのか、セルが疑問の声を呟く。
ゆっくりと前に出て、古竜たちの方へ進んでいく。
そして……。
「うるっせええええええええええええっ!」
『『っ!』』
街一杯に響くのではないかという声で叫ぶ。
さすがに我慢の限界を迎えた俺だった。




